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傍若無人なデュエット- [1]- [2]- [3]- [4]- [5]- [6]- [7]


(7)終幕のサタデー

 この土曜日は陣代高校も休日である。

 作戦を終了させた〈デュエット〉の二人だったが、この土曜日を過ごしてから本部へ戻るつもりのようだ。テッサたちも同じ飛行機で八丈島まで向かう予定をたてている。

 彼女たちは一段落した安堵からか、ショッピングモールでの買い物を楽しむことになった。かなめも参加して、いつもの街を違う面子と歩いていた。

 ただ、驚いたことに、さやかの『おっとり』は地の性格のようだ。ちはるの『常識なし』も同じらしい。テッサは真剣に〈ミスリル〉情報部の行く末を危ぶんだ。しかし、自分や宗介を見たかなめが、同じように〈ミスリル〉作戦部を不思議に思っていることは考慮されていない。

 正直、今日のかなめはのびのびとショッピングを楽しむことができた。宗介が騒動を起こしてもフォローする人間が何人もいるためだ。一方、宗介も、いつもなら持ち前の責任感で、過敏にならざるをえなかったのだが、この場には数人のプロがいるため、彼自身も気を緩めることができた。

 すっと、さやかがちはるに歩み寄る。

「……場所も確認できたし、そろそろ、トイレに行ってくる」

 後ろを見回しながら、さやかが言った。

「どうぞ、お好きなように。私の分もお願いします」

「うん、ちはるの分も、たっぷりね……」

 楽しそうに笑ったさやかが、人混みの中へ消えていった。

「高城さんは、どちらへ行ったんですか?」

 テッサが何気なく聞いてきた。

「はい、トイレです。大佐殿」

「そ、そうですか……」

 恥ずかしそうに、テッサが口ごもる。

「トイレに行くのが、ご不審でしょうか? 人間とはいえ動物である以上、生理現象を意志力で抑制するのにも、おのずと限界が……」

 ちはるが大げさに語り始めると、テッサが顔を真っ赤にする。

「いいから、黙りなさい!」

 すぱん!

 かなめのハリセンが飛ぶ。

「了解しました」

 宗介に言われたとおり、ちはるはかなめのハリセンには素直に応じる。

「あんたも女の子なんだから、もう少し、恥じらいとか、そういうものを理解しなきゃ……」

「しかし、その現場を見られたのならばともかく、『トイレに行った』と話すだけなら……」

 すぱん!

「……失礼しました」

「いーい? 女って言うのはねえ……」

 かなめが買い物客でごった返す道路上で、熱心に話し始める。

「……あれは、あれで恥ずかしいと思うんだがなあ」

 クルツが客観的な評価を下す。

「クルツ」

 宗介が話しかけてきた。

「なんだよ?」

「……俺は、変わっただろうか?」

「どうしたんだ? いきなり」

「俺は、日本での生活をするようになって、自分が変わったと思っている。そして、それを自分でも嬉しく思っているんだ」

「へー。お前が自分でそんなこと言うなんて初めてだな。どういう心境の変化なわけ?」

「千鳥との接触で俺が変わったように、あの天野も少しは変われるのではないだろうか? 千鳥から、いろいろな事を学べるはずだ」

「……驚いたな。サガラ軍曹の言葉とは思えねえ」

「だろうな。自分でもそう思う」

「同病相憐れむってやつさ。……だけどな、俺が見たところ、あの子はお前よりまともだよ。少なくとも爆弾は使わない」

「…………」

「ソースケ。確かにお前は変わってきてるよ。たぶん、いい方へな。だけど、お前はまず、人のことより、自分のことさ。まだまだ、カナメに教えてもらえ。いろいろとな」

「ふむ、いろいろか……」

「そうとも、あれやこれや、いろいろとな」

 クルツがスケベそうな顔をしたが、宗介にその意味は通じなかった。




 そんな一行を見つめる視線があった。

 その人物は、いくらか遅れて一行を尾行している。

 不意に右腕が強く引かれたかと思うと、何者かが腕を絡めてくる。突然、誰かが腕に抱きついてきたのだ。

「はじめまして、レイス」

「〈デュエット1〉か」

「うん」

「おどかすな。……第一、接触されるのは迷惑だ」

 そう言いながらも、人目をさけるために、しかたなくレイスはさやかと歩調をあわせて歩いていく。

「ちょっと、忠告したかったの」

「どういう意味だ」

「どうして、千鳥さんの居場所を教えるのが、遅れたの? 相良さんへの、意地悪?」

「人聞きの悪いことをいうな。確かに連絡が遅れたのは認めるが、不可抗力だ。……結果的にウルズ7が苦しんだとしてもな」

「でも、相良さんは、千鳥さんを何度も怖い目にあわせたのは、レイスが熱心じゃないからだって思ってる」

「所詮、護衛に関しては素人だからな」

「今の相良さんは、レイスを『敵じゃない』って思ってる。でも、レイスが失敗したら、『敵』になるんじゃない? レイスが『守れなかった』んじゃなく、『守らなかった』からだって」

「奴がどう思おうが自由だ」

「レイスは、日本でのドジな相良さんを、近くで見てるから、甘く考えてるみたい。……相良さんは『ウルズ7』なのに」

「奴の実力ぐらいは理解している」

「もし、レイスが失敗したら、情報部から叱られるよりも早く、相良さんに怒られるんじゃないかな。ものすごく」

「ばかばかしい」

「一昨日、相良さんは『殺す』って言ってた。レイスには逃げ切れないと思う」

「……私は情報部に属する人間だぞ」

「でも、レイスを情報部が守るかな? レイスがいなくなれば、情報部は相良さんと仲直りできるんだから」

「そんなことはありえん」

「ううん、そうなるよ。……だって、私がそう提案するから」

 びくっと、レイスの身体が震えた。

「レイスと相良さんとじゃ、まるで価値が違うもの。みんなそう思うんじゃない?」

 レイスは視線を泳がせると、さやかがぶらさがっている右手の代わりに、左手でたばこを取り出した。なんとか気を落ち着かせようとして、たばこをくわえるが、わずかに先が震えている。

 さやかが、黒光りする物を取り出した。レイスに見せつけるように、ゆっくりと右手のそれを彼の鼻先へ持ってくる。

 それは拳銃の形をしていた。

「……っ!」

 あわててレイスは右手をポケットから取り出そうとするが、さやかの絡めた腕で押さえられている。

 レイスの眼前で、銃口が火を噴いた。

 シュポッ!

 銃口の小さな炎が、レイスのたばこに火をつけた。拳銃型のライターだった。

「相良さんと仲良くしてね」

 にっこりと笑って見せると、さやかは皆の後を追いかけた。

 レイスは尾行も忘れて、その場に立ちつくしていた。




「疲れた〜」

 帰るなり、マオがテーブルに突っ伏している。

「妙な発言だな。より疲れたのは、俺とクルツのはずだ」

 男二人が、抱えていた荷物を床に並べ始めた。

「細かいこと、言いっこなし」

「そうそう、ソースケも気を利かせろって。最年長者には敬意をはらってだな……」

 すかさずスリッパが飛んで、クルツの顔に命中した。

「一番はらってないのは、あんたでしょうが」

 今日の戦果は大漁だった。中には、ほとんど実用品としての価値のない物まであり、無駄な物も多い。喫煙しないさやかの拳銃型ライターなど、最たる物だ。

 ショッピング中には、ほとんど購入しなかったちはるだったが、彼女の持ち帰る荷物が一番増えている。

 さやかが見るに、ちはるは至極ご満悦の表情だった。じつは、宗介も似た表情をしていることに、かなめも気づいていた。

「相良さん。感謝します。私にとって、今回の作戦での一番の収穫になりました」

 ちはるがあらためて礼を口にする。

「いや、こちらこそ礼を言う。有効に活用していくれ」

 そう。センスが宗介と似ているのか、ちはるはボン太くんを気に入り、購入してしまったのだ。ただ、受け取った領収書は〈ミスリル〉情報部宛で、帰還後には会計官とひと悶着起こすことになるのだが……。

 例のペイント弾は繊維に染みこんでしまっており、完全に修復することができなかった。そのため、ちはるは宗介から格安で購入することができたのだ。

「あのペイント痕を隠すために、全面的に赤い塗装をほどこして、愛用させていただきます」

「……ちょっと待て」

「なんでしょうか?」

「赤くだと? そんな事は許さん。内蔵する機器の性能もさることながら、最大の長所ははあの外観にある。フォルムもカラーリングも最高水準の完成度だ。赤いボン太くんなど、俺のボン太くんではない」

「ですから、『私専用』です」

「そういう問題ではない。そのような奇抜な色彩では、ボン太くん全体のイメージに悪影響だ」

「相良さんの主張は理解できますが、この機体の状態では視覚的インパクトが強すぎます。次善の策として、赤く塗装することを提案します」

「上から服を着せるなど、代案はいくらでもあるだろう?」

「同意しかねます」

 熱心に論争を始めた宗介とちはるを、呆れたように皆が見ている。




 調布飛行場。

 宗介とかなめが、〈ミスリル〉の面々を見送るために、飛行場へ足を運んでいた。ちなみに、〈キャンサー〉の連中はコンテナにすし詰め状態にして、別便で発送済みだった。

「また作戦が始まるまで、楽しんどけよな」

「了解した」

 クルツの言葉に、むっつりと宗介が応じる。

「相変わらずね」

 マオが微笑む。

「カナメも元気でね。今度、いつ会えるかわからないけど」

「はい。マオさんも……」

「まったく、残念だよ。俺たちが会えるのは、厄介事が起きたときだけだもんな。まあ、それまでは、ソースケのお守り、よろしく頼むわ」

「うん」

 クルツの言葉に、かなめが笑顔でうなずいた。

「千鳥さんにはご迷惑をおかけしたことを、改めてお詫びします」

 ちはるが話しかける。

「もう、いいって。結果的に助けてもらったんだし」

「お詫びの印に、相良軍曹をお返しいたします」

「な、なによ、それは?」

「……さやかが、こう言えば、千鳥さんは喜ぶはずだと……、ご迷惑でしたか?」

「ちょっと、高城さん。この子に変なこと、吹き込まないでよ!」

「嬉しくないの?」

「なんで、そうなんのよ! 勝手なこと言わないで」

「嬉しくないんだ……。ごめんね。じゃあ、返さない」

「返さないって、あんたね……、ソースケだって物じゃないんだから」

「研究部に要請して、ラムダ・ドライバの運用実験をしてもらおうかな。相良さんを現地に三ヶ月ぐらい拘束して。……千鳥さんが望むならそうするけど?」

「…………」

「でも、千鳥さんが嫌がるようなら、撤回します。……嬉しい?」

「……そ、そうね。嬉しいわ。あんたの親切は一生忘れないわ」

 その言葉とは裏腹に、浮かべた笑顔が極端に引きつっている。

 テッサが近づいた。

「その運用実験をするときは、ぜひ、メリダ島でお願いしますね。なんでしたら、私の方から要請しますし」

「……テッサも、いい度胸じゃないの」

 かなめがジト目をテッサに向けた。

「そのくらいは、言わせてください。せっかくの休暇なのに、まるでいい事がありませんでした」

 テッサが肩を落としてため息をついた。

 さやかは、次に宗介の前に歩み寄った。

「お別れか……。相良さん、少しかがんで」

「? ……こうか?」

 宗介が上体を傾けると、顔の位置が低くなった。

『あっ!』

 かなめとテッサが何かを察して、同時に声をあげた。

 さやかは二人を振り返って楽しそうに笑うと、宗介の左頬にある十時傷に唇を当てた。

「?」

 さやかの行動の真意が理解できず、そのままの姿勢で宗介が首をひねる。

「では、私も」

 ちはるは、別れの挨拶だろうと判断して、その行為を真似ることにした。 ちはるは右の頬に唇で触れる。

「なぜ、そんな事をする……?」

 きょとんとした宗介の顔が、突然、こわばった。こちらを向いている二人の少女の表情が見えたためだ。

 ひとりは、頬をふくらませて、目に涙をにじませて睨んでいる。

 ひとりは、笑顔を引きつらせながら、こめかみに血管を浮かべている。

「……俺はなにか、まずいことでもしたのか?」

 重圧を感じて同僚に尋ねるが、返答はまるで役に立たないものだった。

「さあな。自業自得だ」

「自分で考えなさい」

 二人はあっさりと飛行機に向かって歩いていく。

 二人にとって、宗介との別れはいつものことだから、特に感傷的になるわけもない。作戦があれば、また宗介と行動をともにするし、休暇ごとに東京に来ては顔を合わせている、ような気がする──実際には、そんなはずはないのだが──。

 一方、情報部の二人は、所属も本名も知らない。二度と会うこともないだろう。

「サガラさん……」

 テッサはクルツ達と条件は変わらないはずだが、別れがたいようだ。

「また、遊びに来てもいいですか?」

「もちろんです。歓迎します」

「はい」

 嬉しそうな笑顔を浮かべる。

 そして、何かを逡巡するような表情になり、宗介の顔を見上げて、かなめを見て、背後の飛行機のそばで待つ仲間達を振り返り、また、宗介の顔を上目遣いで見上げる。

「……なにか?」

「え、あの……その、……なんでもない、です」

 あきらめたようにため息をつくと、飛行機に向かってトボトボと歩き出した。




 この一週間の珍客が搭乗した飛行機が飛び立った。

 夕空へと消えていくのを、その場に残った二人がずっと見送っている。

「ちょっと、寂しいかな」

「そうだな」

「ソースケでも寂しくなるんだ?」

「無論だ。別れが楽しいわけはない。たとえ、再び会える可能性があったとしても……」

「…………」

 かなめが言葉を詰まらせた。

 日常生活において、宗介はデリカシーに欠ける言動が多い。しかし、別離という面でいうなら、はるかに敏感なのかもしれない。二度とは会えない人間が、自分よりもはるかに多いのだろう。渡り歩いた戦場すべてに、忘れられない想い出があるのかも知れない……。

「……? どうした、千鳥?」

 無言になったかなめの顔を、宗介がのぞき込む。

 その目がいつもより優しく見えた。

「ソースケ。あたしと会えなくなったら寂しい?」

 そんなことを訪ねたのも、多少感傷的になっていたからかもしれない。

「わからん」

「なによ、それ? 会えても、会えなくても構わないってこと?」

 単純に疑問を口にしただけのようで、怒っている様子はなかった。

「『どっちでもいい』とは、言っていない。『わからない』と言ったんだ」

「寂しいか、寂しくないか、想像がつかない。ってこと?」

「……正確に言うなら、考えたくないんだ」

 宗介は視線を正面にむけたまま、かなめを見ずに答えた。

「この前の一件で、俺が受けた指令は『君と二度と会わない』というものだった。そして、あの男から『君が死んだ』と聞かされた。あの瞬間、俺は全てを失った気がした。月明かりもなく、装備もなく、味方もなく、敵すらもいなかった。戦いの終わった戦場に、おびただしい数の死体とともに、ただ一人で取り残されたような……」

「…………」

「あんな思いは、二度とごめんだ」

「……あたしのそばにいたい?」

「肯定だ」

 宗介がやっとかなめに目を向けるが、すぐに視線を足下へと落とした。

「その、君が迷惑でなければ」

「……迷惑じゃないよ」

 うん。その時、確かにかなめはそう思った。

 当然、騒動もつきまとうだろうし、気苦労も絶えないだろうし、それでも大歓迎だと思った。

「助かる」

「ずっとそばにいるつもり?」

「できれば……」

「一生?」

「そのつもりだ」

 かなめの顔に暖かな笑みが浮かぶ。

 恋愛とか、結婚とか、そんなことを宗介が考えているとは思えない。それでも、傍らに宗介がいて、ともに過ごすのは、素晴らしい人生のように思えた。

 正直、今の自分たちの生活にとって、障害は多いだろう。戦いに彩られた宗介の生活、自分をつけ狙う正体不明の敵、そして……アッシュブロンドの美少女。

 それでも、未来というのは、『なかなか捨てたものじゃない』と感じられた。

「久しぶりに、あたしの夕飯でも食べに来る?」

「うむ。ありがたい」

「じゃ、買い物して帰るから、荷物持ちよろしくね」

「了解した」

 二人は足取りも軽く、自分たちの住む街へと帰っていった。




 ──『傍若無人なデュエット』おわり。




あとがき

 以上、『傍若無人なデュエット』でした。

 レイスは『終わる〜』で、宗介を侮蔑したり、かなめを嘲弄したりと、不適切な行動が多いため、今回は不幸に直面しました。

(DM8月号をみると、かなめとは友好的なようですが……)

 それと、レイスが喫煙する可能性はゼロだと思います。これは演出と言うことで……。








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