歩道を駆け抜けるボン太くんが六体。 偶然見かけた人間は、ひとり残らず驚いたが、誰ひとり突入部隊だと思った人間はいなかった。当然である。気づいたらどうかしている。 ショットガンが正面玄関をぶち破る。 警報ベルがけたたましく鳴り響いた。 〈キャンサー〉たちが右往左往するのを蹴散らして突き進む。 内蔵する電子機器類が物陰の敵の存在もすべて察知する。 瞬く間に、一階を制圧して階上へ向かう。 〈キャンサー〉たちは、どうにか反撃を試みるが、すべて実行前にボン太くんの攻撃にさらされてしまう。仮に成功しても、堅牢な防弾性能の前に何の効果も上げられない。 『ふもふも、ふもるふもふぅも(ウルズ6、三階へ向かって)』 『ふも(了解)』 『ふもふも、ふもるふもふぅも(ウルズ7、四階へ向かって)』 『ふも(了解)』 マオの指揮に従い、宗介とクルツが階段を駆け上っていく。 『ふもるふもっふも(残りは二階を制圧)』 『ふも(了解)』 三人の少女が口々に答えた。
四階に到着した宗介は見知った男をみつけた。 男はこちらの姿を見て驚いたが、すぐに拳銃を発砲する。 ぱん! ぱん! ぱん! 「な?」 男は初めて見た防弾性能に驚愕する。 どん! ゴム弾が男に叩き込まれた。 「ぐぅ……まさか、防弾だとは思わなかった」 がばっと、ボン太くんの頭が跳ね上がり、宗介の顔が現れた。 「『俺に用があるなら、直接来い』と言っただろう」 「こちらで用があるのは、千鳥かなめだ。まあ、他の少女でもかまわんが……」 「千鳥はどこにいる? 言わないのならば、別な人間に尋ねる」 銃口を顔に向けた。 「わかった。……そこだ」 近くの扉を指さす。 「よし。お前が先に入れ」 「…………」 「さっさとしろ!」 男が室内に入ると、いくつかの銃口が彼に向けられたが、発砲を耐えた。 すかさず、男を押しのけて室内に突入したボン太くんが、中にいた数人の男たちにゴム弾を叩き込む。数秒でケリがついた。 初めの男にも、あらためてゴム弾を叩き込む。 椅子に縛り付けられている少女がいた。 侵入者を見て、目を丸くしている。 「ソースケ?」 『ふもっふ(肯定だ)』 ナイフで縄を切断する。 『ふぅもふもふも(俺から離れるな)』 「わかんないわよ」 ぼこんと、頭を叩かれた。 「俺から離れるな」 宗介が顔を見せて、かなめに伝える。 「う、うん。わかった」 『ふもふぅも、ふもふもぅ、ふもるふもっふ(こちらウルズ7、エンジェルを確保。〈キャンサー〉の掃討に移る)』 『ふも(了解)』 マオや他の人間が答えた。 それから、数十分後、ビル内にいた〈キャンサー〉たちが全て床に眠っている。 宗介がセンサーで、各ボン太くんの存在を確認する。 宗介の機体がアルファ。そして、ブラボー(ちはる)、チャーリー(マオ)、デルタ(クルツ)、エコー(テッサ)。確認出来たのはアルファを含む五機のみであった。 (うまくいったようだな……)
着替えをしたいというかなめの要望で、宗介は彼女の部屋まで付き添った。 かなめの部屋の前に一つの影があった。その存在に気づいた宗介が、かばうようにかなめの前に進み出て、グロック19の銃口を相手に向けた。 かなめの部屋の前にうずくまる影――。 「……キョーコ?」 ぴくっと反応した恭子が、両膝を抱えた腕の間から、顔を上げた。 「カナちゃん!」 ばっと立ち上がると、かなめに抱きついた。 「よかったぁ。ホントに。心配したんだから……。ヤだよ、こんなの。もう……」 ぐすぐすと鼻を鳴らして、かなめの胸に顔を伏せる。 「ごめんね……」 恭子が泣きやむまでしばらくかかった。 「カナちゃん、大丈夫だった?」 「うん。ソースケに助けてもらったから」 「……ありがとう。相良くん」 「いや、礼にはおよばない。むしろ、連絡もせずにすまなかった。家で寝ているものだとばかり……」 「ううん。相良くんは、あたしの身体のこと心配してくれたのに、ごめんね。どうしても、我慢できなくて……」 「こんな時間まで……ごめん。キョーコ」 「カナちゃんは悪くないよ。無事でよかった」 すでに、〇三〇〇時も回っている。通常なら、恭子をかなめの家にでも泊めればいいのだが、今はかなめのそばにいるのは危険かもしれない。彼女を早く帰らせるべきだと思うが、『かなめは無事だったから、さっさと帰れ』とは、宗介ですら言えない。 ふと、宗介が思いついた。 「常盤。もう遅いから帰った方がいい。俺たちが送っていく」 「だって、もう電車もないよ」 「トラックを俺が運転して、千鳥と一緒に君を送る。それでどうだ?」 「相良くんが運転するの?」 「肯定だ」 「あのねキョーコ、こいつは海外とかでも運転してるし、結構……」 「信用しろ」 かなめの言葉をさえぎって、宗介が言った。 「……うん。信用する」 恭子の返答にかなめが驚いた。 「どうなってんのよ?」 首をひねる。
宗介の運転するトラックが深夜の街を走る。荷台の上には、二人の少女の姿があった。 恭子が望んで荷台に乗り込み、かなめもつきあっている。 「なんで、荷台なわけ?」 「相良くんのいないところで、話したかったから」 「なによ、それ?」 「あたしは警察に任せようっていったんだけど、相良くんが絶対自分で助け出すからって、止めたんだ……」 「そう……」 「ちゃんと、やりとげてみせるんだもん。凄いよね」 「そうね。約束を守る……守ろうとするのは、あいつの数少ない長所だもんね」 「相良くんって、カッコいいね」 「うん。あたしも何度かそう思ったことある」 「助けてもらえて、嬉しかった?」 「まあね。二度や三度じゃきかないくらい、助けてもらったしね。学校生活じゃ、まるで逆だけど」 「いまのカナちゃん、凄く可愛い顔してるよ」 「ありがと」 「カナちゃん、相良くんのこと、好きなんでしょ?」 「そうかもしれない。でも、正直、自分でもわからないわ」 「今日は素直だね。カナちゃん」 「いろいろあったからね」 ……いや、待てよ。捕らえられてボン太くんに救われたのは、前にもあったぞ。自分にとって、これは珍しい出来事じゃない。こんなのが、あたしの日常なんだろうか? 「……まあ、自分の無事を喜んでもらえるのって、嬉しいことよ。修学旅行の後の、お見舞いを思い出しちゃった。みんなの元に帰れてよかったって、凄く実感したんだ。……あたしにはキョーコがいてくれて、よかった」 「……あたしも、カナちゃんがいてくれてよかった」 目に涙を浮かべながら、二人がくすっと笑いあった。
宗介が部屋に戻るなり、クルツがその襟首を締め上げた。 「何をやってたんだよ? この大事な時に」 「常盤を送っていた」 「あん? 何だと?」 「ちょっと、クルツくん……」 あわててかなめが説明する。 「ちっ!」 いらだたしげにクルツが舌打ちをした。 「ソースケ、どうする気だ?」 「別にどうもしない」 「あの子を、助けないのか?」 あの子――高城さやかのことである。いま、この部屋に彼女の姿はない。先刻の作戦中に、彼女は行方不明になったのだ。 「助けた方がいいのか?」 宗介が、ちはるを振り向いた。 ちはるが困ったようにうつむいた。 「なんだよ、それは!」 再び、クルツが激昂する。 「お前、カナっ……くそっ! 自分がよければ、それでいいのかよ!」 クルツが本当に言いたかったのは、違う言葉だ。本当は『カナメさえ助かれば、サヤカが犠牲になってもいいのか!』と言いたかったのだ。しかし、かなめの前で、それは言えなかった。クルツが怒りを向けているのは、かなめではなく、宗介なのだから。 クルツが気に入らないのは、さやかを奪われた事実よりも、それをまるで気にしない宗介の態度なのだ。 マオはクルツを止めようとしない。マオもクルツと同意見だからだ。 それに、もう一つ不吉な符号に気づいていた。 〈ミスリル〉にはその存在を隠したり補助するために、いくつかのカバー企業を運営している。現に、陸戦隊員であるマオたちは、警備会社『アルギュロス』に属している。そして、情報部のダミー企業の関連に、香港を拠点とする『東亜通信』の名があったはずだ。 先ほどの攻撃は、もしかすると〈ミスリル〉に対する敵対行動にあたるのかも知れない。 もしも、テッサが全てを理解した上で行動していたら、彼女はすでに……? 「テッサは……どうするつもり?」 緊張を含んだ声で、マオが訪ねる。 「そうですね……。どうしましょう?」 彼女もまた、ちはるに視線を向ける。 本来、さやかの安全に関して全責任を負っているはずの人間だ。しかし、無表情のままで、何を考えているのかうかがい知ることができない。 「〈キャンサー〉に捕まっているサヤカを、放っておくのか?」 クルツもテッサに問いかける。 宗介もテッサも反応が鈍い。いつもの二人からは考えられないことだ。 「〈キャンサー〉って、蟹座のこと?」 かなめが素朴な疑問を口にした。 「いえ、この場合は『がん』を意味していると思います」 その言葉を使ったちはるではなく、代わりにテッサが答えた。 「のんびりしてる場合じゃねーだろ? 〈ウィスパード〉がさらわれちまったんだぜ! あの子にまで、影の護衛がついてるわけじゃねーだろ!」 クルツが怒鳴った。 「千鳥も大佐殿もここにいるぞ」 「サヤカがいねーよ!」 「何を言っている?」 宗介が平然と言い放った。 「他の〈ウィスパード〉など、最初からここにはいなかったぞ」
ビルの中ではぐれてしまった時に、そのボン太くんは、ひとりの男に話しかけられた。 情報部を名乗ったその男に、さやかはこの部屋まで連れてこられたのだった。さやかの着ていたボン太くんのぬいぐるみは、すでに脱がされており、壁際にころがっていた。 男は情報部員だとIDカードを示し、さやかは確かに本物だと認めた。 「まったく、作戦部は無茶をする。君にもしものことがあったら、どうする気なんだ……。すぐに仲間が迎えにくる。君は無事帰れるから安心してくれ」 「さっきの敵を倒したのに、まだ私を守るの?」 「それが任務だからな」 「ねえ、あなたは〈キャンサー〉なの?」 「俺は違う。〈キャンサー〉など聞いたこともない」 「知らないなら、教えてあげる……。〈キャンサー〉は組織名じゃなくて、情報部内に巣くう、不穏分子をさすの。〈キャンサー〉を狩り出す人間が、彼らをそう呼んでるだけ。これは、符丁も兼ねているから、正式に作戦に参加している人間は、〈キャンサー〉の名を知っているはずなの。……わかった?」 その言葉に男は驚きを隠せなかった。 男はさやかに背を向けたまま、上着の下のホルスターに手を伸ばす。しかし、あるはずの拳銃がそこにはなかった。 「これを、探しているの?」 その言葉に初めて男が振り向いて、ぎょっとなる。 少女が自分の拳銃を持ち、その銃口が自分に向けられているからだ。 「それを返せ」 「……じゃあ、弾だけ」 立て続けに銃声が鳴る。三発だった。 「…………!」 男が自分の身体を慌てて確かめるが、無傷だった。男の周囲に三発の弾痕が残っていた。 「動かないで、次は当てるから」 少女の口調は、この状況においてものんびりしている。 「お前……?」 「私は情報部の〈デュエット1〉。今回の作戦目的は、情報部に癒着する〈キャンサー〉の切除。あなたのおかげで、この仕事も終わりそう。ありがとう、〈キャンサー〉さん」
ちはるの携帯電話が鳴った。 「はい。……こちら〈デュエット2〉……了解。……すぐに、迎えに行きます。……了解」 ちはるは携帯電話を切ると、すべての事情を皆に説明した。 「……というわけです。彼女と私のチーム〈デュエット〉が今回は囮となって作戦を進めていました。盗聴の恐れもあるため口にはしませんでしたが、お二人には見抜かれていたようです……」 ちらっと、宗介とテッサに視線を向けた。 「以前、そちらに対して強い態度を取ったためか、将軍からは作戦部に──というよりも、大佐殿にだけは、身内の恥をさらさないように厳命されていたのですが……。すでに、事情を察しているようなので、説明させてもらいました」 ちはるの顔は心なしか、すっきりしている。 「ただ……、さやかの情報が流れすぎたためか、逆に千鳥さんを狙うとは思いませんでした。ご迷惑をかけて、申し訳なく思っています」 「いいわよ。もう。全部すんだんでしょ?」 「千鳥さんにとってはそうなります。ただ、私は今から一仕事してきます。さやかと合流して、〈キャンサー〉が接触していた相手を、出迎えなければなりません」 「手伝おう」 宗介が申し出る。 「いいえ。ご厚意は嬉しいのですが、これは〈デュエット〉の任務ですから。ただ、先ほどのトラックと、全ての装備類を借用します」 「了解した」 ちはるが出かけると、誰ともなくため息をついた。 「ソースケ。いつから気づいてたんだよ?」 クルツがいささかムッとしながら、問いかける。 「最初からだ」 「どういうことだよ?」 「初めてこの部屋で会ったときに、確かに彼女はあの少女と似ていた。だが、似ているだけの別人であることは、その時からわかっていた。……お前は、気づかなかったのか?」 「俺はモニターでちらっと見ただけだぜ。というより、確実に覚えているお前の方が驚きだよ」 「人を覚えるのは得意だからな。……今回の作戦で、自分に護衛を命令しなかったのは、護衛をされると障害となる理由があるのだろうと考えていた。そのうち、彼女が囮だと気づき、心細そうな彼女を心配していたのだが、作戦が成功して何よりだ」 その推理は微妙に横道にそれているようだが、大筋に間違いはなかった。 「テッサも気付いてたわけ?」 マオも疑問を投げかける。 「途中からですけど……。天野さんが高城さんの護衛を、故意に緩めているように見えたものですから。サガラさんとお話しして、確信しました」 「ちゃんと俺たちにも説明してくれよ。二人だけの秘密か?」 クルツが口をとがらせた。 「そういう言い方はやめてください」 真っ赤になってテッサが釈明する。 「ただ、情報部の作戦行動ですから、横槍を入れるわけにも行かなくて。私はアミット将軍ににらまれてるようですし……」 「それでも……よ。どれだけ、あたしが心配したと思ってんのよ」 マオが深いため息をついた。 「ごめんなさい。メリッサ」 しょぼんとなったテッサを見て納得したのか、マオがからかうように話しかける。 「……でも、よかったじゃない」 「え?」 「だって、ここまで確かめにくるほど、二人の関係を気にしてたんでしょ? 一番気に病んでた相手が、まったくの他人だってわかったんだから、一安心じゃない。さらにライバルが増えなくてよかったわよ」 「メリッサ!」 テッサが赤くなって、あわててマオの口をふさぐ。 宗介が少し考えると、 「もしかして大佐殿は、自分が〈キャンサー〉だと心配していたのですか? それならご安心ください。自分は〈ミスリル〉を……」 宗介が相変わらず的はずれな事を口にする。 「私はサガラさんを疑ってなどいません! いま話しているのは、そういう次元の話ではないんです。サガラさんは黙っていてください」 どうにも察しの悪い宗介に、テッサはすねたように文句を言った。 「…………」 口を閉ざした宗介が、うなずいて了承したことを伝えた。
二時間ほど経過し、ちはるが戻ってきた。 背後に従っているのはさやかひとりだ。 ちはるを押しのけるようにして、さやかがすっと宗介の前に歩み出る。 「……相良さんが、励ましてくれたから、がんばれたの。ずっと、私のそばに……」 さやかが寄り添って、いつものように宗介のシャツのすそを掴む。 すぱん! かなめのハリセンがさやかの頭部に振り下ろされた。 初めての事態に、さやかがぽけっとかなめを見つめる。 「それは、もういい!」 かなめが怒鳴った。 まだ、さやかがぽかんとしている。 「全て私が話しました。もう、バレています」 ちはるが補足する。 きょろきょろと皆の顔を見回したさやかは、やっと状況を把握したようだ。 「なんだ……もうちょっと、相良さんと仲良くしたかったのに……」 すぱん! ふたたびハリセンが飛んだ。 テッサ一人がそれを見て、納得したように頷いていた。
ある人物の言によると、『情報部員などという奴は、たとえ監禁しても起きている限り油断できない』らしい。 そういうわけで──。 東亜通信ビルの男たちは薬を打たれて眠らされている。 さらに、二体のボン太くんに熱烈に歓迎された連中も一緒に眠らされている。 すでに全員が米軍基地に拘束されており、後日、情報部で背後関係を追求されることになる。 作戦終了。 徹夜明けの皆は、その一日を睡眠時間に当てた。 〈デュエット〉の二人は、この登校する最後の日を、あっさりサボった。
──つづく。
あとがき 作戦そのものは、これで終了です。 というわけで彼女は別人でした。草案では本人だったのですが、原作に再登場でもしようものなら、整合しないし……。ストーリー上、面白かったんで、このような正体となりました。 あらすじを決めた後に、第一話を書き直してますから、不都合な記述はないと信じていますが……。どうでしょう? |
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