先週までは、まったくなかった話題で、教室内は騒がしかった。
ちらちらとかなめを見ながらも、話しかけようとはしない。 妙に気を使ってるのがわかり、かなめの機嫌は悪くなる一方だ。 話題の中心は宗介だった。かなめと宗介が一緒に登校するのは、たまにあることだが、 今日の宗介はさらに別な少女二人と連れだって登校したのだ。 その朝、宗介はかなめの部屋にやってきた。 曰く『数日間、彼女たちと行動をともにするため、かなめの護衛ができない』というものだった。 揃って登校したものの、かなめは不機嫌そうに黙り込んでしまい、 道中での会話はまったくなかった。 かなめは自分の気持ちがよく分からないでいる。 『任務として護衛している』と聞けば腹が立つ。『任務があるから護衛しない』と聞いても、 やっぱり腹が立つ。護衛されても、されなくても気に入らない。 ……だったら、どうなれば納得するんだろう? その奥底にあるのは『任務と自分とどっちが大事?』といった、 よくある心理なのかも知れない。自分を最優先にしてほしいのだろうが、 彼女自身はそれに気付いていない。 思いにふけっていたかなめに、恭子が話しかける。 恭子も泉川駅で合流したため、彼女たちの存在を知っている。 「噂になってるね」 「そりゃあ、目立つんじゃない?ソースケが女連れだもん」 「えー?相良くんはいつも女の子と一緒だよ」 「え?」 かなめが驚きの声を上げる。 「なによ、それ?あいつのまわりに女の子なんて……」 「カナちゃんと一緒にいるじゃない」 あっさりとかなめを指さす。 「あたしは彼女なんかじゃないし……」 「彼女だなんて言ってないよ。カナちゃんと一緒にいるって言っただけ」 恭子に軽くいなされて、かなめの顔が赤くなる。 かなめにはそう言ってみせたが、恭子は二人がお似合いだと思っている。 クラス中でそう思わないのは、当人達だけだろう──宗介がそんな発想するとも思えないが──。 宗介が有名なのは確かだが、遠目でも目立つのは、そばにかなめがいるからだ。 注目を集めるのも、警戒心からというよりは、二人がまぶしくみえるためだ。 端で見てると、過剰なほどエネルギッシュに見える。 なんか、二人が揃っていると、無敵な気がする。 どんな障害も粉砕して我が道を行くというか……。 誰にも、割って入ることはできない気がするのだ。 「他に、相良くんと親しいのは、あたししかいないもんね」 「そりゃあね。あいつの個性は知れ渡っているから、 いまさら一目惚れなんてあり得ないし。知ったうえで気に入るなんて酔狂な人間も、 いないだろうしね」 「そうかなー?知らないからだって気がするけど」 「……どういう意味よ?」 「外見だって悪くないし。無愛想だけど、 頼めばいろいろしてくれるし。暴力沙汰だったら頼りになるし。 とんでもないことしでかすけど、悪気がある訳じゃないもんね」 「甘いわよ。その『とんでもないこと』がどれほど凄まじいものか、 キョーコだって知ってるじゃない。気が休まる時なんて……」 「なんで、悪く言うの?」 「悪口じゃなくて、事実をいってるだけ」 「あたしが相良くんを誉めたんだから、 うなずいていればいいじゃない。それなのに、相良くんが『迷惑だ』って強調するんだよねー。 カナちゃんって」 「単に、あたしの苦労わかって欲しいだけよ」 「でも、相良くんって、最初はとっつきにくいけど、 イヤな人間じゃないもん。あたしだって好きだし。 カナちゃんだって最初は悪口ばっかりだったけど、一緒にいるじゃない」 「まあ……どんなに迷惑な奴だって、友達だしね」 「相良くんのそばには、カナちゃんしかいないけど、 ……カナちゃんと一緒にいる男の子も、相良くんぐらいなんだよね」 「やめてよねぇ。あいつと一括りにするのは……」 「じゃあ、相良くん以外の誰かに、食事を作ってあげたりしてる? あたしと一緒に行動するときに、他の男の子を連れてきりする?」 「……それは別に、あたしの意思って訳じゃなくて、その、 他にも理由があるし……」 「どんな理由?」 「いや……あの、言えないけど、理由があるのはホントなんだからね」 「ホントに迷惑なら、誰かに任せたら?」 「なんなのよ? さっきから……妙にカラむけど」 「ほら、今朝の女の子達に相良くんを任せちゃったら? カナちゃんがそれでいいなら、問題なさそうだし」 「キョーコはそうしてほしいの?」 「んー、そういうわけじゃないんだけどね。 たぶん、言うとカナちゃんが怒るから言わない」 「その言い方、なんか、カンに障るんですけど」 かなめのこめかみに血管がぴくぴくと浮かぶのを見て、恭子はすかさず話題を変える。 このあたりの呼吸が、宗介に致命的に欠けているものだ。 「それでさー、誰なの? あの二人って?」 「ったく……。知人なんだって。 例によって宗介の養父関連らしいけど」 「テッサちゃんもそうだし、他にもそんな知り合いが多いのかなあ?」 「さあね?」 かなめが肩をすくめて見せる。 「カナちゃんはその養父の人って、会ったことあるの?」 「ちょっとだけ……」 「どんな人? やっぱり爆破ばっかりしてるの?」 「爆破したとこは見たことないなぁ」 「じゃあ、鉄砲は?」 「……ないかな」 戦場で拳銃撃ったのは見たけど……。そんなことを言えるわけがない。 「まあ、強いけど、静かな人だよ」 「強い?」 「えっと、体格もいいし、強そうってこと。 口数も少ないし、やたらと騒動を起こさない宗介ってとこかな。やっぱり似てるのかもね」 「ふーん」 「しかし、遅いわね」 「そうだね。あの子達の説明で手間取ってるのかな?」
このクラスに、お約束のように転校生がやってきた。それも二人同時にだ。 またしても転校生が来たうえに、二人まとめて同じクラス。 生徒達も不思議そうにざわついている。 「あちらが高城さやかさんです」 恵里が教壇から少女を紹介するが、当の本人は恵里の視線を受けたまま、 不思議そうに見つめ返したままだ。 背中まで髪を伸ばした少女に、生徒たちが視線を向けたが、 本人は視線に気づきもせず、ぼーっと突っ立ったままだ。 「こちらが天野ちはるさんです」 恵里は、仕方なく、もう一人を紹介する。 眼鏡をかけて、二本の三つ編みを首の両側から垂らしている少女だ。 「よろしくお願いします」 無表情に言って、それっきり口を閉ざす。 さまざまな経験をしているこのクラスの生徒達も、こんなに愛想のない転校生を見たのは、 いままでで一度しかなかった。 「天野さん。その、もう少し転校の事情なども話してくれないかしら?」 「……はい。私も高城さんも日本人ではありますが、 これまで海外で暮らしていました。 旧知の相良さんがいるためこの学校に転入することになりました。 高城さんが病弱なため、1週間ほどしかいられませんが、よろしくお願いします」 生徒たちが皆、宗介の方へ視線を向ける。宗介は周囲を気にせず、 転入生の二人に視線を向けたままだ。 「じゃあ、二人とも後ろの席について」 窓際の最後部が宗介で、その隣にさやか、次にちはると、順に座った。 最後部に集めたのは、恵里のそれなりの判断なのだろう。
授業中。 宗介の隣の席についているさやかは授業を開始してからずっと、 顔を横に向けて宗介の顔ばかり見ている。 教師たちには彼女の健康状態など説明されているため、注意する人間はいなかった。 さすがに気になって、宗介が尋ねる。 「なぜ、俺の顔を見ている?」 「……? 相良さんの顔を見ていると、安心するの」 「そうなのか?」 「見たら、だめ?」 そう尋ねるさやかは脅えた小動物のようにみえた。 「いや、かまわん」 「うん……」 そう言って、さやかが心ここにあらずといった感じで、宗介を見続けている。 小さな声での会話だったが、級友達は興味しんしんで聞き耳を立てている。 しばらくして、彼女が目線を外したかと思うと、親指の爪を噛み始めた。 数分経っても数十分たっても、やめようとしなかった。 「やめるんだ」 宗介が制止の声をかけるが、さやかは気付かないのか爪を噛み続ける。 宗介は手を伸ばして、彼女の口元にあるその手を握って、行動を止めた。 「やめろ」 さやかは、自分の手を覆う宗介の手を不思議そうに見下ろすと、視線を宗介に向ける。 「うん……」 ぽそっと答えて、やっぱり宗介を見つめ続ける。 それを宗介は二度と止めようとは思わなかった。
昼休み。 屋上へ向かおうとした宗介の学生服の裾を、さやかがきゅっとにぎって、追いかける。 授業の合間にトイレに立ったときも、彼女はそうしてついてきたのだ。 一応、トイレの外に押しとどめはしたが……。 「どこへ、行くの?」 さやかが尋ねた。 「屋上へ弁当を食べに行く」 「それなら私たちも一緒に行きます」 ちはるが告げた。 「……そ、そうか」 宗介は、微妙にためらいを見せる。 それを気にもせず、ちはるはさやかの弁当も手にして後ろに並んだ。 三人がぞろぞろと屋上に出ると、屋上に腰を下ろしていた少女の一人が手を振って見せた。 「……やっぱり、一緒だね」 恭子が面白そうに、かなめに話しかける。 「そうね……」 つまらなそうにかなめが応じた。 「彼女たちも一緒で構わないだろうか?」 「いーよ。あたしも聞きたいことあったんだ」 明るく応じたのは恭子の方だった。 「助かる」 宗介は微妙にかなめと視線を合わさず、恭子と話す。 三人がそれぞれ、弁当を開いた。 「あれ、相良くん、今日はお弁当なんだ」 恭子が指摘すると、宗介より先にちはるが答えた。 「はい。私が作りました。二つ作るのも、三つ作るのも同じですから」 「え?どうして?」 「一緒に生活していますから」 「えーっ!」 恭子が驚きの声を上げる。 恭子が聞いていたのは、宗介の知人であることだけだったので、 近所に住んでるだけだと思っていたのだ。 かなめは、恭子の視線が向けられたのを感じ取ったが、 無視したまま、カスタードパンを囓った。 「いいの?」 「あたしには関係ないでしょ」 いつものようにかなめが応じる。 「ふーん。あたしは本当に関係ないから、いいんだけど……」 「なによ、言いたいことでもあるの?」 「カナちゃんがないなら、あたしにもないよ」 「あたしには、ないわよ」 いや、かなめとしては言いたいこともあるのだが、言っても意味はないし、 その権利もない。 ただ、自分が残した調理器具を使用して、料理を作ったのかと考えると、妙にムカつく。 あまり会話も弾まないまま、おとなしく食事を進める。 さやかとちはるは無表情だ。 かなめも表面上は普通に食事をしているように見えるが、 宗介は無言の圧力を感じ取っている。思い過ごしかも知れないが、 彼女は不機嫌だと思われる。 恭子も同じく平気で食事をしている。しかし、 彼女ならば俺と同じものを感じているはずだ。 だが、かなめの扱いに関しては、彼女は最高のスペシャリストなのだ。 この状況も、意に介する程ではないのだろう。 こうして、不要な緊張感をはらみつつ、昼食の時間は過ぎていった。
放課後。 「ねえ、カナちゃん。あれ……」 恭子の指さす方向を見たかなめが、げっそりした表情を浮かべた。 校庭を横切ろうとしていたその三人の生徒は、なぜか縦に並んでぞろぞろと歩いている。 校庭の中で異様に浮かんでいた。 宗介が先頭で、さやかが学生服のすそを握って続き、ちはるが最後尾を守っている。 「なんだかなー」 情けなさそうな表情でかなめが眺めると、珍しいことに、 三人の中で当惑しているのは宗介のように見えた。 その三人の行く手に、一人の男が立っていた。 立ち上る陽炎や、舞い上がるつむじ風の幻が見えるようで、 時代劇や西部劇での決闘場面を彷彿とさせる。 その場に立ちはだかっているのは、椿一成だった。 「あちゃー」 かなめは頭をかかえる。 また、こんなときにこなくても……。 かなめが疲れた表情を見せる。 騒動の元が向こうから近付いてきた。 「相良宗介。今、この場で勝負しろ。 今日こそは決着をつけてやる」 「別にその必要はないだろう。 俺とは関係なく、好きに生活してくれてかまわんのだが……」 「それでは俺の気がおさまらん」 「できれば来週にしてもらえないか? いまは忙しい」 「臆したのか? まさか貴様が、突然の挑戦だからといって、 戦いを避けるとは思わなかったぞ」 今回は、珍しく一成の挑発が効いたようだ。 「……確かに、敵の急襲に泣き言をいうわけにはいかん。 受けて立とう」 宗介が言うと、なぜかちはるが前に進み出て、宗介の左に並ぶ。 「申し訳ありませんが、出直してもらえませんか?」 「女。俺は相良に話しているんだ。お前には関係のない話だ」 ちはるが一成に目を向けたまま、宗介に話しかける。 「相良さん、彼は平穏な生活の障害になると思われます」 「そのようだ」 「排除すべきではないでしょうか?」 「うむ。だが、奴は素手での格闘でしか納得しないぞ」 「了解しました。私は左からいきます。相良さんは右から」 「了解だ」 不意にちはるの左足が跳ね上がる。突然の蹴りをかわすことはできなかったものの、 一成の鍛えられた反射神経はガードに成功する。 「いきなり、何を……?」 だが、一成が言葉を言い終える前に宗介の拳が飛ぶ。 両側から攻め立てられて、さすがの一成も防戦一方であった。 本来、素手での戦いで宗介と一成は互角なのだから、 ちはるまでが参加すると、そのバランスが一方的に崩れることになる。 「……待て! こら……」 一成の言葉に構わず二人の攻撃が叩き込まれる。 どちらかの一発によって一成の動きが鈍った。 一成の身体が無防備のまま、攻撃にさらされる。 ほどなく、一成は気絶してグラウンドに伸びていた。 「まだまだ、未熟なようだな」 宗介がつぶやく。 すぱん! すかさずかなめのハリセンが宗介の頭頂部に叩き付けられた。 すぱん! 続いて、ちはるの頭にも。 「? ……これは?」 ちはるが不思議そうに宗介に尋ねる。 「ハリセンだ。彼女がハリセンで叩くときは、 こちらの行動になんらかの落ち度があった場合だ。記憶しておいてくれ」 「了解しました」 「ソースケもあんたも、卑怯じゃないの」 「……? 素手だったぞ」 「2対1じゃないの!」 「うむ、相手の人数も把握できないとは、状況判断が甘いのだろう」 宗介の言葉に、ちはるが頷いている。 「『素手で戦う』というのは、1対1で戦うものなの」 「しかし、俺も複数の人間に囲まれることが多いが?」 「もともと、そのテの連中は卑怯なんだから、 二度とそんな真似しないでよ」 「了解した」 宗介がうなずいた。 かなめの視線を受けて、慌ててちはるもうなずいた。 「了解しました」 二人を前にして、かなめはイヤな事実に気付いた。 ちはるは言葉遣いこそ丁寧だが、口数も少なく感情に乏しい。 常識にとらわれず、独自の行動基準を貫き、世間の目を気にもとめない。 かなめのそばにいる、『ある人物』とよく似ている。 目の前の二人を見て、かなめは心理的重圧にめまいがした。 『ソースケ』が、二人になった……。
──つづく。
あとがき
本来はただの護衛役として登場したちはるでしたが、何か特徴を出そうと思って、 宗介に似せてみようと思い立ちました。おかげで極端にお気に入りになってしまった。 |
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