日本海戦隊  >  二次作品
傍若無人なデュエット- [1]- [2]- [3]- [4]- [5]- [6]- [7]


(4)歓迎のウェンズデー

 いま、メリダ島にはマオの姿はない。M9の新しい装備の動作試験のため、島を離れているのだ。

 私用で呼び戻すわけにもいかず、相談すべき相手もいないまま、テッサは悶々としていた。どうも仕事に集中できずにいたのだが、しかし、やっと決心が付いて、基地内で一人の人物を捜すことにした。

「ウェーバーさん」

「おろ、テッサ。どうした?」

「……あの、休暇の予定はありますか?」

「まあ、予定はぎっしりと詰まってるよ。どこかの街のまだ見ぬ彼女と、デートで忙しいのさ」

「じゃあ、わたしと一緒に休暇をすごしませんか?」

「……は?」

 それが昨夜のことであった。




「ふむ、最近になって休暇が激増している気もするが……、大佐殿も激務だからな。効率的な任務遂行のためにも、可能なうちに休養をとってもらうべきだろう。問題はない」

 報告を受けて、痩身の男がうなずいている。テッサの副官にあたるマデューカス中佐である。

 しかし、報告した青年士官は、その場から立ち去ろうとしない。

「……?他にも報告があるのかね?」

「じつは、もう一人、SRT要員も休暇を申し出ておりまして」

 怪訝そうな顔のマデューカスだったが、その人物の名を聞いて青年士官の当惑の原因に気付いた。

 同じ日に休暇を取っているということは、行動をともにしている可能性がある。これがマオならば、マデューカスも気に病む必要がないのだが……。

「少佐。ウェーバー軍曹はどうしたのかね?」

 傍らにいる、軍曹の直属の上司に尋ねた。

「『台湾へ行く』と報告を受けています」

「台湾だと?泊まりがけでかね?」

「『日帰り』とは聞いておりません」

「……まさかとは、思うが……。上官を上官とも思わない、あの男のことだ。もし、問題でも起こすようなら……」

 カリーニン少佐はマデューカスが何を考えているか察したが、彼自身はその可能性は皆無だと考えている。クルツの態度そのものには問題視される余地はあるが、その根幹の部分ではまともな男であることを、自分は知っている。中佐が快く思っていないのは、単に規則に照らし合わせているからであって、クルツ個人を親しく知らないためにすぎない。

 それに……大佐殿のそばにいるのが誰であっても、マデューカスは納得しないだろう。それこそ娘を持つ父親のごとく。そして、彼が宗介を一番に目の敵にする理由は、宗介個人に対しての評価ではなく、単に『テッサ本人が宗介を慕っている』ことが原因だろうと考えていた。

 カリーニンは台湾行きが偽装にすぎず、本当の目的地が別にあるだろうと察していたが、あえて黙っていた。

「あの男を押さえるには……、マオ曹長を呼び戻してもらえるかね」

「しかし、彼女は……」

「承知している。しかし、こちらの方が重要だ。直ちに呼び戻したまえ」

「はっ」

「彼女ならもう一人の男にも、睨みがきくだろう」

 やはり、マデューカスも気付いているようだ。

 こうして、マオは隊長ではなく副長によって呼び戻されることとなった。




 やれやれ……、ただでさえマデューカスのおっさんには睨まれてるというのに、今度会ったらどんな嫌味を言われることやら……。

 しかし、逆に考えると、この状況をマデューカスが嫌がるのなら、実行する意味もあるってものだ。クルツが人の悪い笑みを浮かべる。この旅行の意外な楽しさに気づいてしまった。

「すみません。ウェーバーさん」

「気にしない。テッサのお相手なら、望むところだって」

「でも、あたしはデートにはつきあえませんよ。現地調達がうまくいくように、祈ってますね」

「冷たいねぇ、テッサちゃんは」

 協力を要請したのだから、すでに彼には事情を説明している。

「しっかし、テッサに、カナメに、その娘だろ……。なんであいつの周りには、『変わった人間』ばかり集まるのかねぇ。『変わった人間』だから、あいつを気に入るのかもな」

 笑いながら話すクルツの言葉に、テッサは驚きの表情を浮かべた。

 そう、いま宗介の周りには、〈ウィスパード〉が集まっている。自分は除くとしてもカナメさんとその少女が集まったのは偶然だろうか? そこに、自分まで集まるとしたら……。

 テッサが思いにふけるのを見て、クルツは話しかけるのをやめた。水割りを楽しみながら、イヤホンを耳にはめる。




 放課後。

 待ち合わせがあるという宗介に付き合って、かなめ他二名も公園にいた。

 一人、公衆トイレで用を──危険が無いかの調査を──済ませたちはるは、出ようとしたときに出入口で人とぶつかりそうになって、すかさずよけた。相手の少女は多少鈍いのか、たたらを踏んで自分の足に躓いて転んでしまう。

「……?」

 すっと、ちはるが無言のまま手をさしのべて、少女を立たせた。

「すみません」

 そう言った少女が恥ずかしそうに笑みを浮かべて、入れ違いにトイレに入った。

 日本では目立つ白人の少女だった。アッシュブロンドという特徴は、どこかで聞いた気もするのだが……。

 ふと、その場に金髪の青年がいることに気づいた。トイレのそばに何をするでもなく立っている。変質者だろうか? 相手もこちらに気づき、その瞳に緊張が走ったように見えた。

 ちはるの警戒心に刺激されたのか、男の身体にも緊張感が満ち始めた。

 男は特別な動きをしたわけではないが、感じ取れていた隙が消えた。コートの内側がふくらんでいるのは、もしかしたら拳銃だろうか……。

 ちはるがいつでも拳銃を取り出せるように、鞄の中へと手を差し入れた。男も、後ずさりながら、上着の下へと手を回す。

 じりじりと焦げ付くような緊迫感がある。

「何者ですか?」

「ただの観光客だよ。そっちは?」

「ただの女子高生です」

「……あのさぁ、それは陣代高校の制服だよな? もしかしたらお前は、〈ミスリル〉の情報部員なのか?」

「あなたは、……〈キャンサー〉ですか?」

「なんだそりゃ……?」

 そこまで聞いて、ちはるが発砲する。

 男はすかさず木陰に姿を隠した。トイレに駆け込んでも逃げ場がなくなると判断し、ちはるは男と距離を取るように公衆トイレの裏側へと姿を消す。

 やはり、さやかを狙ってきたようだ。それとも、かなめを?

「待て!俺の話を聞けって。俺も、同じ〈ミスリル〉の人間なんだ」

「そうですか」

 信じていないのか、ちはるは発砲を続ける。

 それに応じて、男も反撃を開始した。

 公衆トイレを挟むような形で、ちはるは男と銃撃戦を始めてしまった。

(そういえば、先程の少女は大丈夫だろうか? 銃声は聞こえてるだろうから、飛び出してくるような事はないと思うが……)

「何をしてるんだ? 二人とも……」

 駆けつけた宗介が、困惑したように話しかける。遅れて、かなめと、さやかもやってきた。

 宗介の位置からは、身を潜めている二人をそれぞれ視認できた。

 銃口を向けあった二人も、宗介に気づき、それぞれが話しかける。

「相良さん! 〈ミスリル〉を名乗っていますが、裏切り者かもしれません!」

「ソースケ! こいつは敵か? いきなり撃たれた!」

 宗介がため息をついた。

「誤解があるようだな……。天野。その男は俺の同僚で信頼できる人間だ。クルツ。その少女は情報部の人間なんだ。それぞれ銃をおろしてくれ」

 二人ともばつが悪そうに、銃をしまった。

「増援の連絡を受けていませんでしたので、敵と判断しました。申し訳ありません」

 ちはるが敬礼する。

「まあ、無事だったからいいけどな。実際、増援じゃないし……」

 クルツが肩をすくめた。

「クルツ。……お前が電話で言ったとおりだ」

「何が?」

「確かに驚かされたぞ」

「……いや、今のは単なる偶発事故だよ」

「どういう意味だ?」

「驚くのはあっち」

 クルツが指さす方向には公衆トイレがあり、少女がおずおずと顔だけのぞかせていた。

「あの……大丈夫でしょうか?」

「大佐殿?」

「テッサ?」

 確かに、宗介もかなめも驚いていた。




 宗介の部屋に六人が顔を揃えていた。

「そのような話、信じられません」

 説明を受けたちはるが首を振って応える。

「事実だ」

 宗介が念を押すが、ちはるは納得しない。

「戦隊長ともあろう人が、満足な護衛もなしに出歩くなど……考えられません。事前の連絡もなしに作戦行動中の現場に顔を出しては、不測の事態もありえます。ましてや、『特殊な存在』でもあるのだから、どれほどの責任を負っているか……。思いつきで気ままに行動するようでは、戦隊長としての責任が問われます。そのような軽口は、本物の戦隊長に対して失礼ではないでしょうか?」

 悪気はないのだろうが、珍しくぺらぺらと言いつのる。

 その台詞がちくちくと突き刺さり、テッサは胸に手を当てて、何度か痛そうな表情を浮かべる。

「……事実なんです。すみません」

 情けなさそうに、本人が応えた。

 宗介の顔も戸惑いの表情で、クルツは苦笑を浮かべている。ちはるはそれを見回して、事実だと思い至ったようだ。

 立ち上がって敬礼する。

「申し訳ありません。存じ上げなかったとはいえ、失礼な言葉の数々を撤回させていただきます」

「いえ……こちらの方こそ、反省してます」




 宗介とクルツ、かなめとテッサが会話しているのを、ちはるとさやかはぽけっと見ていたが、突然、ちはるが立ち上がった。

「お話し中、すみませんが……」

「どうした?」

「どうもマンションに侵入者のようです」

 腕時計の液晶表示を見ながら告げた。

「なに?」

「勝手ながら、いくつかの警報機を設置させていただきました。武器を持った人間が近付いているようです」

「俺も行こう」

「いえ、一人でかまいません。相良さんと、ウェーバーさんはこちらをお願いします」

「了解した」

「ああ、任せな」

 確かに、この場にいる三人の少女を守るのが最優先だ。

 ちはるが出てしばらくすると、非常階段の方で小さく銃声が聞こえてきた。

 敵の別働隊に備える必要がある。

「電気を消すぞ」

 言うなり、宗介が照明を落とした。窓から漏れた明かりで中の様子が読まれるのを避けるためと、敵に照明を落とされて視界を奪われるのを警戒したのだ。

 取り出した銃を、クルツに渡していると……。

 宗介の携帯電話が鳴った。

 通話ボタンを押すと、すかさず声が聞こえてきた。

『ソースケっ! 今、どこにいるの?』

 マオの声だ。

「セーフハウスだが?」

『危険よ。すぐに離れて! 今、そのマンション内で敵と交戦中』

 ぱん!

 声に銃声が重なる。

「…………」

 宗介がたらりと冷や汗をかいた。

『聞いてんの?すぐに、カナメのそばに行って!』

「……一つ質問がある」

『のんびり話してる暇はないわよ!』

「一つだけだ。敵は、陣代高校の女生徒か?」

『そうよっ!……ちょっと、聞こえてんの?』

 宗介が泣きそうな顔でかなめを見る。初めて、かなめの苦労がわかった気がした。




 宗介の部屋に、客がもう一人増えた。

「失礼な質問かもしれませんが……西太平洋戦隊は、暇なのですか?」

「いえ、そういうわけではないんですけど……」

 ちはるの素朴な疑問に、テッサの返答も歯切れが悪かった。戦隊長である自分も含めて、休暇を取った人間が、作戦行動中の同僚の元にぞろぞろと遊びに来る。考えてみれば恥ずかしい状況ではあった。

「まあ、こっちにもいろいろ事情があんのよ。それに、あたしの場合は仕事だから」

「そうなんですか?」

 テッサが驚いた。

「メリッサは山岳地帯での新装備のテストを行っていたはずじゃあ……」

「中佐からの最優先命令でね。テッサが間違いを起こさないように監視しろってさ」

「え……?」

 テッサの頬が鮮やかに赤く染まった。

 かなめが驚いて、それを見つめる。

「間違い?」

 宗介が、首をひねった。

「そうですか……。なにか、重大な選択を迫られているのですね」

 ちはるも意味を取り違えているようだ。

 宗介も、ちはるも、マオの言葉を理解できていなかった。

 テッサが、こほんと取り繕うように咳払いして、ちはるに向き直った。

「あの、アマノさん。部署が違うのはわかっていますが、ひとこと言わせてください。今回は特に被害もなかったからよかったですけど、無闇に発砲するのは問題がありませんか? 一般人とともに生活するのだから、過激な行動はなるべく避けて、目立たないようにした方が……」

 ためらいがちにテッサが指摘する。

「ですが、今回はウェーバーさんの場合も、マオさんの場合も、プロだと察しがつきましたから」

「むろん、現実的な脅威に対してなら、当然反撃を試みるべきです。しかし、なんの攻撃もされないうちから、発砲するのは、この日本ではやりすぎです。まさか、爆弾までは使用しないと思いますが……」

 ふと、テッサは、宗介が神妙な顔をしているのに気づいた。

「どうしたんですか?」

「恐縮です」

「あの、サガラさんに言った訳じゃありませんよ」

「善処します」

「……え? あのぅ」

 テッサが困った表情で、助けを求めるように目を向けると、マオもクルツも顔を背けて肩を震わせている。かなめも同じで、腹をおさえてうずくまっており、その背中がぷるぷると小刻みに震えていた。




 その後、この部屋に泊まりたいと一人の少女が言い出したり、うまく説得した別な少女が部屋に招いたり、便乗して潜り込もうとした男が追い出されて、一人寂しくホテルへ向かうことになる。

 こうして、水曜日も終わりを告げた。




 ──つづく。




あとがき

定番となっている(?)、レギュラーメンバーの登場です。

ただし、活躍するのはちはるです。お気に入りのキャラなので、書いていて楽しかったです。

あと、ラブコメを目指して当初はプロットを考えたんですが、次回以降は、方向性がまるで違います。ご容赦の程を……。







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