日本海戦隊  >  二次作品
傍若無人なデュエット- [1]- [2]- [3]- [4]- [5]- [6]- [7]


(5)強襲のサーズデー

 クルツは休暇の予定を消化しにでかけた。ナンパである。

 テッサは日本まで来たものの、宗介に任務がある以上は彼を連れ出すわけにもいかず、メリッサを従えて街中へ繰り出した。

 宗介は、三名の少女と顔を合わせながら、勉学にいそしんでいた。




 事件が起きたのは放課後である。

「相良さん。セーフハウスの食材の残量に問題があります。帰りにスーパーへ寄りませんか?」

「了解だ」

「お菓子を、買ってもいい?」

「かまわん」

 三人の会話を聞いて、かなめは恭子を別な場所に誘う。

「キョーコ、あたしたちは、CDショップ寄ってから、帰ろうか?」

「どうしたの、突然?」

「買うのを忘れていたCDがあってさ」

「ふーん、あたしはいいけど……」

「行こっか? じゃあね、ソースケ」

 きょとんとした三人をのこして、二人は交差点で分かれる。

 しかし、これだけで済めば、特に問題はなかったのだ……。




 自宅近くのスーパーでの買い物の最中に、宗介の携帯電話が鳴った。

『もしもし、相良くん?』

「肯定だ」

『あたし、恭子』

「どうかしたのか?」

『カナちゃん、そっちにいる?』

「いや……、何があった?」

『CDを選んでいる間に、いなくなっちゃって。冗談にしても、全然姿見せないから心配になって……』

「PHSは?」

『電波が届かないって、アナウンスしか流れてないの』

「……すまないが、心当たりを探してもらえるか?」

『相良くんは?』

「俺も近所を探してみよう」

『うん』

 理由はいくらでも考えられる。何か別なものに夢中になっているとか、たまたま携帯電話が壊れたとか……。だが、常盤に何も言わないなど、考えられるだろうか? 答えは否定的だ。なにか、胸騒ぎがする。

 いまは、自分のおかれた状況に問題があった。同僚たちの来訪、重要人物の集中。自分の中で、警戒心が散漫になっていたのかもしれない。

「すまないが、先に帰るぞ」

 ふたりを残して自分の部屋に急ぐ。

 単に事故であれば、彼女に持たせた発信器が役に立つはずだ。だが……そうでないなら……。

 疾走しながらも、宗介はクルツとマオにそれぞれ事情を説明する。もしも、かなめからの連絡を受けたら、すぐに自分宛に連絡をいれるよう伝言を頼む。

 かなめの家の電話は留守番電話のままだ。

 かなめのPHSへは数分おきにかけてみるが、一度もつながらない。

 そして、自室で確認したところ、発信器はすべて反応がなかった。




 すでに二二〇〇時を回っていた。

 クルツも、マオとテッサも宗介の部屋にいる。

 部屋の外で、宗介が恭子と話をしている。

「常盤、君は帰るんだ」

「でも、カナちゃんが」

「現状でできることはすべてやった。君も疲れてるだろう。帰って休んだほうがいい」

「眠れっこないよ」

「いや、身体を休められるときには、確実に休むんだ。必要な時に動けなくなると、すべてを失うことになる。今は休め」

「……警察に行った方がいいかな?」

「…………」

 これがただの刑事事件なら組織捜査の方が有効だろう。しかし、彼女の本当の価値を知った人間が相手だとすると、敵も組織である可能性が高い。そして、〈ミスリル〉が動く場合に警察は邪魔になる。

「いや、やめた方がいい……。彼女は必ず俺が助ける」

「そんなの! 相良くんに何ができるの? ただの高校生じゃない!」

 恭子が宗介をなじるのは初めてのことだろう。しかし、宗介には彼女の気持ちがよくわかる。今の自分も同じ気持ちだ。対策以前に、どこにいるかも把握していないのだ。不安ばかりが増大する。一高校生の宗介を信用できなくて当然だ。

「俺を……信用してくれ。必ず助ける」

 宗介には、方法や可能性を能弁に語ることなどできない。ただ決意だけを不器用に伝えた。

 恭子が宗介の目をのぞき込む。

 しばらくして、恭子は小さく息を吐いた。

「そうだね。……確か、警察って一晩明けないと、失踪届も受け付けないって聞いたし、誰かが襲った現場を見た訳じゃないもん……」

 恭子はどうにかして、納得しようとしている。

「すまない」

「絶対、カナちゃんを助けてね」

「約束しよう。……もし、君が耐えられなくなったら、警察に連絡してくれてかまわない」

「ううん。相良くんの連絡を待つから」

 立ち去ろうとして、恭子が一言だけつぶやいた。

「……さっきは、ひどいこと言って、ごめんね」

「気にするな」

「うん」

 

 宗介が室内に戻った。

「どうする? これから」

 クルツが話しかけてきた。

「連絡を待つ」

「そうは言ってもな。営利誘拐とは限らないんだ。もし、カナメの価値を知っている連中なら、連絡の必要もないぜ」

「ああ。だが、俺がいっているのは、敵の連絡じゃない。あいつだ」

「あいつ?」

「ああ、こんな時にしか役に立たない奴だ。もし、この期に及んで、何もしないようなら……俺の手で殺してやる」

 静かな言葉だったが、その場にいた誰もが息を飲んだ。必ず、言ったことを果たす。そんな、覚悟が感じ取れる。

 テッサでさえ、今の宗介が恐ろしかった。いや、そんな宗介をじかに見たことがなかっただけに、衝撃が大きかったのかもしれない。人を傷つけるためだけに存在する、剥き出しの刃のような……。

 電子音が鳴った。宗介の携帯電話だった。

 宗介の反応は早かった。

「レイスか?」

『うるず7、心配シテイタカ?』

「千鳥は無事か?」

『タブンナ。敵ノ潜伏場所ハツカンダ』

「そうか……」

 宗介が安堵する。同時に張りつめていた殺気が消えていた。

『ドウスル? 助ケニクルノカ?』

「俺が待っていたのは、『お前が助けた』という連絡だ。自分が救出できないから、情報だけを連絡してきたんだろう? さっさと言え。俺が助け出す」

『ズイブンナ言イグサダナ』

「おまえとおしゃべりする時間はない」

『悪イガ、オ前ニハ言エナイ。天野チハルニ、代ワレ』

「なに?」

『早クシロ』

「……天野、代わってくれ」

「……?」

 注目の中で、ちはるが宗介の携帯電話を受け取った。

「……〈キャンサー〉ですね? ……はい。……了解しました」

 ちはるは、電話口で幾度か頷いて電話を切った。

「敵がいるのはオフィス街の東亜通信ビルです」

「そうか……」

「相良さん、私も参加させてください」

「別に、かまわんぞ」

「ちょっと、待てよ。俺は部外者だけどな、あんたの任務はさやかの護衛だろ? それをほっぽって、カナメを助けるのは間違ってるぜ」

「しかし、今回の件はこちらにも否があります」

「責任云々じゃなくて、お前の仕事のことを……」

「ウェーバーさん、彼女にも参加してもらいましょう」

「テッサ?」

「サガラさん。少しお話があります。いいですか?」

「はっ」

 宗介とテッサが、宗介の寝室に姿を消した。

 自分たちに聞かれたくないことでもあるわけ? マオが不審げに部屋の扉を見つめた。

 

 マオには、先ほどの宗介の様子も気にかかっていた。

 もともと宗介は兵士として最高水準の技能を有する。しかし、戦場しか知らない宗介は、人としての成長に欠けている。

 宗介は日本での生活でその部分を補おうとしている。そうすることで、さらに強くなれるはずだ。マオ自身だけでなく、同じ陸戦隊の上司であるカリーニンや、特別対応班のリーダーであるベンも同じ思いだろう。

 いずれ、宗介はさらに強い戦士になる。しかし、今の宗介は自分の心を持て余しており、弱点になりかねない。宗介の感情はひどくカナメに左右されており、それは依存、または執着といってもいい。

 現に香港での一見はその発露だった。あのときの宗介はカナメと会えなくなるというだけで、平常心を失い、任務すら放棄したのだ。同僚に死なれたとしても、そこまでひどくはならないはずだ。

 カナメを人質に取られた場合、宗介はどのような行動を選択するだろう? たとえ、カナメを死なせることになっても、決然と拒絶できるのか? いずれはどちらかの選択を行い、その重圧に耐えられるようになるだろう。だが、今は無理なのだ。

 現時点において、ラムダ・ドライバ搭載型ASへの〈ミスリル〉の対抗手段は、〈アーバレスト〉だけと言っていい。そして、ラムダ・ドライバを稼働できるのは、相良宗介ただ一人なのだ。宗介を失えば、それだけで〈アーバレスト〉が無力化する。

 さらに、〈ミスリル〉側と思える〈ウィスパード〉の全てが、この場に揃っている。

 もし、自分ならば宗介を敵にするのは避けて、仲間に引き込もうとするだろう。そのメリットは計り知れない。さらに、〈ウィスパード〉が手にはいるとしたら……?

 事は、カナメ一人ではすまない可能性がある。恐ろしいほど重大な場面だと知って、マオは慄然とした。

 宗介が自分で思いつくとは思えないが、誰かにそそのかされる可能性はある。

 それに彼女たちにとっても、今の状況は難しいはずだ。

 かたや、いつもそばにいながら、まるで違う世界を生き、いつ別れがくるかわからない。かたや、同じ組織でも厳然たる階級差があり、ともに行動することもできず、自らの指揮で相手を戦場へ追いやるのだ。

〈ミスリル〉でない場所ならば、宗介とともに生活することが可能になるかもしれない。それを少女達が望まないと誰が断言できるだろう……。〈ウィスパード〉だからといって実験材料だとは限らないのだ。研究者のひとりとして招かれるなら、待遇も悪くはないはずだ。

「……姐さん、どうした?」

「……え、何?」

「なんか、凄ぇ真剣な顔してたぜ」

「うん、ちょっとね……」

 まさか、そんな疑念を口にするわけにもいかない。

 彼らのことはよく知ってるし、信頼に値する人間ばかりだ。頭を振ってそんな想像をかき消した。

 

「サガラさんと話しました。現場には、わたしも高城さんも同行します」

「ちょっと待って! 危険すぎるわ」

「ですが、別行動を取るのも危険です。敵の規模も不明ですし……」

「でも……」

「マオ曹長。これは命令です」

「……了解」

「マオ。心配する必要はない。彼女たちも含めて、突入部隊に損害が出ない方法がある」

「なにを、夢みたいなこと言ってんのよ」

「ふむ、だったら夢のような装備だと言うことになるな」

「ああ、あれですか?」

 ちはるだけが納得した。

『あれ?』

 マオとクルツが不思議そうに声を上げた。

 

 その装備を見たときの二人の顔は、見物だった。テッサもさすがに、言葉が出ない。具体的に装備の詳細を聞いていなかったためだ。

「言いたいことは、いろいろあるんだけどよ……。これは、なんだ?」

「ボン太くんだ」

「だから、なんなんだよ?」

「俺も、詳しくは知らん」

「あのなぁ、ふざけてる場合じゃ」

「まあ、装備してみろ。外観ほど可愛いものじゃないぞ」

「ふん……」

 さすがに、冗談じゃなさそうだと判断して、ぬいぐるみに脚を突っ込んだ。両手を通して、ヘッドマウントディスプレイを装着してから、頭の張りぼてをかぶる。

 ボン太くんが周りを見回し、四肢の動きを確認する。

「ふもっふふも〜、ふ(こいつはすげえ……ん?)」

 かばっと頭がはずれた。

「何だ? いまのは?」

「ボイスチェンジャーだ。どうも、それを止めると電子機器が動かなくなるため、仕方がない。欠点といえば、そのくらいだな」

「姐さん、こいつ面白いぜ」

 クルツの様子は、オモチャを買ってもらった子供のようだ。

 仕方なく装着したマオは、クルツと同じ感想を持った。

「呆れたわね。あんた一体、なに考えてんのよ?」

 冗談にしか見えない外観と、高度な内蔵機器のギャップに驚いているようだ。

「たいしたものだろう? 大金をかけて製作したのに……、これだけの性能を持ちながら、買い手がつかなかったのだ」

「そりゃあ、買い手はつかないんじゃないの?」

「なぜだ?」

「このナリじゃ、軍や警察が手を出しっこないわ」

「その外観は一番のセールスポイントのはずだが……」

 宗介が真剣に首をひねる。

 かなめの無事を知らされて、焦りが解消できたように、マオには見えた。いまの宗介は、いつもと同じ『できの悪い弟』に見える。

「天野。クルツを撃ってくれ」

「了解しました」

 がぁん!

 いきなりだった。意表をつかれてクルツですら反応できなかった。

「見ろ、この防弾性能を」

 ぼこん!

 ボン太くんの手が、宗介の頭に真上から叩きつけられた。

「この馬鹿! もうすこし、説明してからやれよ!」

「実演した方が早いだろう?」

「まあ、性能はわかったよ。……んじゃ、行くかい?」

 クルツが不敵に笑う。

「そうしよう」

 特別対応班の三人が参加する最強のボン太くんズが結成されようとしていた。

 

 東亜通信ビル。

 捕らえられていたかなめの前に、一人だけ顔を知っている男がいた。

「あなたは……」

「また、会ったな」

 一昨日の火曜日に、陣代高校に来た暴漢だったのだ。あのときの青あざが顔に残っていた。

「そっちの警備態勢を知りたくてね。あんな茶番を仕組んだのさ」

「そうだったの……」

「奴らはこの場所を知らないだろうし、わずか二名じゃ、ここの警備を突破できるわけがない」

「さあ、それはどうかしらね」

「自身がありそうだな」

「まあね」

 この男は知らないようだ。

 確かに一昨日は二名しか、実戦担当者はいなかった。しかし、昨日、その量が倍加している。宗介と同等の能力を持つ二人が。

 

 クルツが運転するほろをかけた中古トラックの荷台に、五体のボン太くんがいた。まだ、頭のはりぼてはかぶっていない。

 宗介とマオは平然としている。この様な作戦は今までにもあったし、それが彼らの日常なのだから。

 ちはるの表情は誰にもわからなかった。彼女だけはすでに頭部もかぶっており、完全にボン太くんだったのだ。胸にペイントがついた機体を使用している。

 さやかは状況を把握していないのか、きょとんとした顔をしている。 

 テッサはおちつきがなかったが、それも当然だろう。本来、彼女自身はこのような現場に、いるはずのない立場の人間だ。

 しかし、テッサがいま考えているのは別のことだ。先ほど見せた宗介の殺意が脳裏に刻みついていた。……もしも犠牲になるのが、かなめではなくテッサだとしても、宗介は先ほど口にしたことを実行に移すかもしれない。だが、行動が同じでも、そこに込められた思いは、等量ではない。テッサのために動くことには、立場や仕事の余地が多分にある。しかし、宗介がかなめのために行動するのは、純粋に一〇〇パーセントかなめのため、もしくはかなめに対する自分の想いのためなのだ。

 このような仕事に従事していながら、不謹慎なことは重々理解している。しかし、それでも、誰かを殺しかねないほど、自分の身を案じて欲しい。カナメさんが、羨ましかった……。

「大佐殿。やはり、残られた方が」

 思案げなテッサが気になったようで、宗介が話しかけてきた。

「いえ、大丈夫です」

「単独行動は避けてください。必ず誰かと行動をともにするようにしてください」

「……はい」

 どうして、『必ず自分と』と言ってくれないのだろう。

 テッサが小さくため息をついた。小さな望みのはずだが、彼がらみで思うようになったことは、一度もなかったような気がする。

「高城、不安だろうとは思う。だが、逃げてばかりはいられない。自分のなすべきことをするんだ。もしもの時には、仲間がいることを思い出せ」

「……うん」

 テッサが目を丸くして、宗介を見る。少なくとも自分は、かなめの次に宗介と親しかったはずだ。それなのに、彼女の方がはるかに気をつかわれているように見える。

 そもそも、今回の来日が彼女の存在にあったことに、いまさらながら思い至った。よくみると、彼女の手が宗介のボン太くんの腰のあたりをつまんで離そうとしない。

 ムッとしているテッサに、宗介はまるで気づいていなかった。

『ふもっふ(そうでした)』

 場違いな声がした。

 皆の注目を浴びて、ちはるが頭を取った。

「もうしわけありません。伝え忘れていたことがあります。敵の呼称は〈キャンサー〉で統一してください」

「〈キャンサー〉? 了解した」

 宗介が応じる。特にマオもテッサも不服はない。

 しばらくして、トラックが止まる。

 運転していたはずのクルツが、ばさっと幕を上げて、荷台に潜り込んできた。

「到着だ。ちょうどいい時間だろう?」

「ああ、そろそろだ」

 作戦開始時刻は〇〇〇〇時ジャスト。

 ――あと二分四〇秒。

 クルツがいそいそとボン太くんを着込む。

 車が停車したのは、ビルの正面だ。

 早く到着しすぎると、警戒されてしまうため、タイミングを計っていたのだ。

 あとは突入時刻を待つのみだ。

 ぶるっとテッサが震えた。

「大丈夫?」

 マオが声をかける。

「ええ」

 小さくだが、確かにテッサが笑みを浮かべて見せた。

 ――あと一分一五秒。

 それぞれが、銃器類を手にした。町中でもあるため、宗介が日常的に使用しているゴム弾仕様だった。

 すでに、全員が頭部をかぶり、この場にいるのは六体のボン太くんであった。

「ふも、ふもふぅも(じゃあ、準備はいいわね?)」

 無線機から流れるマオの声が、嬉しそうに弾んだことに、同僚の二人が気づいた。

 ボン太くん(宗介)とボン太くん(クルツ)が顔を見合わせた。マオの言いそうな台詞に気がついたのだ。

 マオが叫ぶのと同時に、宗介とクルツもその言葉を口にする。

『ふもふもっふ(ロックンロール!)』

 〇〇〇〇時。突入。




 ──つづく。




あとがき

 基本的に、長編も短編も好きです。それで、七話もやるなら、アクションの一つも入れたいと思いまして、このような展開となっています。

 ──後日談。

「あたしの留守番電話に、誘拐犯から電話がきたら、どうする気だったの?」

「問題ない。君の電話には盗聴器が仕掛けてある」

「さっさとはずせっ!」

 すぱん!







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