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白銀藩始末記  -[壱] -[弐] -[参] -[四] -[裏]

(裏)宗介、裏稼業事始め


 夜──。

 わずかに覗いた月も、すぐに雲の陰に隠れて、あたりが闇に包まれる。

 暗い夜道を、提灯片手に一人の若者が歩いている。

 ふらふらとその足元が定まらない。酒に酔っているのだ。

 新婚だというのに、彼の行状は誉められたものではない。

 酒に女に博打。

 日々の生活に不自由しないと、暇をもてあますのが人というものなのかもしれない。

 新妻を放って、今日も帰りが遅くなったのだ。

 そんな彼の目の前にふらりと、一人の男が現れた。刀を差した、一見浪人風の男だった。

 額には縦一文字の傷がある。

 人形のように心を感じさせない目が、若者を見下ろしている。

 男は、目の前の若者になんの興味もわかなかった。とるに足らない、虫けらのような存在。その生死にすら興味がなかった。

 こいつを殺すのは、単に仕事のためだ。

 無造作に刀を抜き放った。

 例え酔いが回っていなかったとしても、若者には男が何をしたかわからなかっただろう。

 その場に、若者が膝をついた。

 何の痛みもない。

 ただ熱かった。まるで、正面から熱湯をかけられたように。

 腹のあたりに、熱い湯や、柔らかい物を感じる。

 しばらくして、彼は動かなくなった。




「つまらねえな」

 傷の男が嘆いた。

 なんの武芸の心得もない町民を、不意をついて切り捨てる。

 彼にとっては、面白みのない仕事だった。

「それなら、もう少し楽しめる仕事をしてもらおう」

 そう応えたのは丸い鼻に、丸い眼鏡を乗せた男だった。

 傷の男よりも柔和な顔つきをしているものの、同じように、血の臭いが染みついた人物だった。

「瓦版の記事を書いている娘だ」

「小娘に興味はねぇよ」

「その娘に、護衛がついているとしてもか?」

「護衛だと?」

「ああ。忍びらしい。甲がやられた」

「そいつは、面白そうだな」

 初めて傷の男に表情が浮かんだ。

 獲物を前にした獣の顔だ。




 人生とはあっけないものだ。

 つい先日、祝言をあげたばかりだというのに、今度は葬式だ。

 顔を出したかなめも辛かった。

 このまえ、宗介が辻斬りを返り討ちにしたと聞いて、その記事を載せた矢先のことだった。

 瑞樹は泣き崩れるばかりだった。

 一度、彼女ともめたこともあったが、瑞樹はさっぱりとした気性をしていて、すぐにかなめと意気投合した。

 毎晩、夫が夜遊びしていると、愚痴を聞かされ続けていたが、こんな事になるよりははるかにマシだった。

 かなめはいたたまれずに、すぐに席を辞した。




 夜。

 神社の社の中に、三つの人影があった。

「可哀相で、見てられないわ」

 かなめがつぶやいた。

「気持ちはわかるけどね……」

 マオの声も沈んでいる。

「しかし、どういう事なんだ? 辻斬りは死んでなかったのか?」

 クルツが疑問を口にする。

 それは、かなめもマオも考え済みだった。

「それはないわね。ソースケぐらい腕の立つ人間が、傷の程度を見違えるとは思えないわ。その場で、とどめを刺すのも難しくはなかったろうし……」

「うん。あたしもそう思う」

 かなめも同意した。

「しかしな。この前までの辻斬りも、銭を奪ってねーんだろ? だったら、愉快犯としか考えられねーよ。そんな奴が、同時期に何人も現れるってのもなぁ……」

「つまり、愉快犯じゃないのよ」

 マオが深刻な表情を浮かべてつぶやいた。

「どういう意味?」

 かなめが勢い込んで尋ねた。

「なんらかの目的で、辻斬りを装っているとしたら、どう? 誰か目的の人間を殺すために、辻斬りのフリをしたのよ。手分けして、計算づくで」

 マオの言葉に、かなめの背筋に冷たいものが走った。

 たしかに、人を斬る事を楽しんでいる辻斬りというのは恐ろしい。だが、それは無秩序に起きる天災に似ている。

 だが、なんらかの目的の為に、辻斬りをしているというのは、さらに恐ろしいことだった。裏では計算ずくで事を行い、そのうえ、無関係の人間の命を平気で奪う。

 いまのは、マオの推測に過ぎないが、それは当たっているように思えた。

 かなめが四枚の小判を取り出した。

「長屋のみんなで、ふたりのお祝いにって、準備したお金なの」

「……仕事にするの?」

「瑞樹のために、なにかしてあげたいんだ……」

 そう言ったかなめが、マオに視線を向けた。

 マオはかなめから視線をそらさず、クルツに尋ねた。

「どうする? クルツ」

「俺はかまわないぜ」

「そう。……じゃあ、引き受けるわ」

 マオが頷いて見せた。

「よかった……」

 かなめがほっと息を漏らした時、ふたりの表情が一変した。

 ふたりは社の入り口に視線を向ける。

 そこに人の気配があったのだ。

 遅れて、かなめも振り返った。

 そこに立っていたのは、宗介だった。

「奇遇だな」

 宗介が平然と声をかける。

「なぜ、ここにいるのか、聞かせてもらえる?」

 マオが硬い声で尋ねた。

「ただの偶然では、まずいのか?」

「話す気がないなら、腕ずくで聞き出すことになるわよ」

「俺はお前達と争う気はない。そのつもりなら、気配を断って近づいている」

 宗介の言うことはもっともだった。

「俺はもともと、お前達が何をしているか知っている。全て調べた上で、かなめのそばに来たのだから」

「知っている?」

 マオが具体的な事を口にせず、先を促した。

「お前達は、晴らせぬ恨みを金で請け負っている、始末屋なのだろう?」

 その言葉を耳にして、クルツが動いた。

 間合いが近かったので、狙いもつけずに、吹き矢を吹いた。

 その矢が闇を裂いて跳ぶ。

 宗介が顔をかばうように腕を振り、平然とその場に立っている。

 闇の中から飛んできた矢を、戸外にいた宗介が自分の手でつかみ取って見せたのだ。

 その技の冴えに、クルツが呆然となった。

「この前も、見せてもらったからな」

 誇るでもなく、無表情に告げた。

「それよりも、始末屋の件だが、俺も仲間に入れてもらえないか?」

「何ですって?」

「ソースケ?」

 マオとかなめが驚きの声を上げた。

「馬鹿なこというなよ。もともと、この家業は正体を知られたら、始末するのが掟なんだぜ」

 クルツが目を細めて宗介を見やった。

「クルツの言う通りよ。あんたには悪いけど、本気でやらせてもらうわよ。これまでの頼み人の命にも関わることなんだから……」

 マオも宗介の様子を見ながら、じりじりと間合いを計る。

「ま、待ってよ。ふたりとも」

 かなめが宗介のそばに走り寄ると、ふたりに向かって両手を広げて見せた。

 マオとクルツから宗介を庇おうとしているのだ。

「どういうつもり?」

「例え、カナメでも、裏切りは許されねーぜ」

 ふたりの冷酷な声。

「だいたい、なんだって、こんなところへ来たのよ!」

 かなめが背後の宗介に声を荒げて尋ねる。

「仕方がない。君が危険な行動をとるなら、俺は見過ごすわけにはいかない」

「もうちょっと、場をわきまえなさいよ。場をっ!」

「俺は、君のそばにいると言ったはずだ」

 そう言われて、かなめが嘆息する。

 頑固というか意固地というか、たぶん、引き下がろうとしないだろう。

「こいつ、仲間に入れてくれない?」

「馬鹿なこと言わないでよ。色恋沙汰で掟を破る気なの?」

 マオの反応も当然と言える。しかし……。

「違うわ。そんな色っぽい話じゃないのよ。確かに、得体の知れない奴だし、何考えてるかわかんないような奴だけど、それでも、あたしはこいつを信じてるの」

 そう言い切った。

 宗介が城勤めしていると言えば、余計に口を封じようとするかもしれないので、そこまでは口にできなかった。それに、自分の出生の秘密も口にはできなかった。

「どうしてもって言うなら、あたしはソースケにつくわ」

 かなめの役割は情報集めが主で、これまでの仕事でも、実際に手を下すのはマオとクルツだ。かなめが敵に回っても障害には成り得ない。

 それでも、かなめの覚悟は、ふたりに伝わった。

 仮にも、裏の稼業を続けてきた仲間なのだ。仲間意識というだけでなく、お互いに親しくもなっていた。

「あたしはソースケを信じる」

 そう宣言したかなめに、マオが告げる。

「もしも、そいつが裏切ったり、ヘマをしたら、あんたにも責任を取ってもらうわよ」

 言葉の意味は明白だ。かなめに死をもって償えと言っているのだ。

「いいわ」

 かなめが頷いて見せた。

「心配する必要はない。かなめを守るために来たのだ。俺が裏切ることはありえん」

 宗介が請け負った。

「どうでもいいけど、守る守るって言わないでよ! 誤解されるって、何度言えばわかんのよ!」

「しかし、事実だ」

「それはわかってるけど、ごまかしなさいよ! 少しは!」

「しかし、君を守るために……」

「だから、言うなっての!」

 すぱーん! 例によってハリセンでひっぱたく。

 ふたりの痴話喧嘩に、マオとクルツも毒気を抜かれてしまう。

「どう思う?」

 マオが、ためいきまじりに尋ねた。

「そこまで、かなめが信用してるなら、いいんじゃねーの?」

「そうね。もしもの時には、あたしらで、何とかすればいいし……」

「何とかできればな」

 そう言ったクルツの声は、意図したほど軽い口調にはならなかった。




 辻斬りを調べているかなめが、夜遅くまで街を歩いている。

 当然、囮だった。

 これが、彼らにとって不都合な行動であれば、前回のように直接狙ってくることも考えられる。

 そして、その通りになった――ただ、その目的は少しばかり違っていたが……。。




 浪人風の男。

 額に縦一文字の傷と、人形のような目。

 かなめの正面から、その男が近づいてきた。

 その目に射すくめられ、かなめが動けずにいる。

 風を切って、銀光が飛んだ。

 男の引き抜いた刀が二本の釘を払い落とし、残る一本は身を引いてかわす。

「釘……?」

 男が地面に落ちた釘に目を向ける。

 木陰から宗介が姿を見せた。

「……久しぶりだな。九龍」

「九龍?」

 宗介の言葉に、かなめが不思議そうに呟いた。

「くっくっくっ。こんなところで会えるとは思わなかったぜ。宗介」

「なぜ、お前が生きている?」

「お前の釘を食らった時に、ちょうど、のけぞった格好だったんでね。額に突き刺さらず、えぐられただけですんだのさ。ありがちだろ?」

 そう答えながらも、肩を揺すって笑っている。

「忍びというのが、お前だったとはな。俺はついてるよ」

「それはこちらの台詞だ。お前をこの場で、もう一度殺してやる」

 宗介の殺気に生唾を飲み込んだかなめが、おそるおそる尋ねる。

「……誰なの?」

「もとは俺と同じ里の出身で、抜け忍となった男だ。この男が里を売ったため、忍び狩りで全滅することになった」

「たかが、百両の仕事だぜ、ムキになるなよ」

「百両だと?」

「ああ、お前がしたことに比べれば安いもんだ。俺の命は百両じゃ買えないんでな」

「一銭もいらん。お前を殺せれば、それだけで十分だ」

「お前にできんのか? カリーニンもいないんだぜ」

 九龍が不敵に笑う。

「ぐわっ!」

 どこからか、男の悲鳴が聞こえた。

 その声に反応して、宗介と九龍も動き出した。




 かなめの周囲を警戒していたクルツが、その男達に気づいた。

 二人の男が並んでいる。

 クルツが知るわけもないが、手裏剣を構えているのが乙、もう一人の名は丙といった。裏稼業をするのに、名を隠している男達だ。

 おそらく宗介を狙っている男をめがけて、クルツが筒を構えた。

 飛んだ吹き矢が、その男の延髄に刺さった。

「ぐわっ!」

 手裏剣を取り落として、男がその場に崩れ落ちた。

 身体を振るわせた男がすぐに動かなくなった。




 クルツから、さらに距離を取った丙の前に、美女が立っている。

 マオだ。

 クルツに比べて、くみやすしと見たのか、丙はマオに向かって走った。

 マオは平然としたまま、懐から小箱を取り出した。軽く握れるほどの大きさだった。

 からくり人形に使用する発条(ぜんまい)という動力部分だった。

 びょろろろぉん。

 気の抜けるような音と共に、金属製の細い帯が引き出される。

 マオがその発条を鞭のように振り回すと、風が唸った。

 初めて見る武器に丙が戸惑いを隠せない。

 マオが手首を軽くひねると、それに応じて、金属の帯が先端を跳ね上げる。

 男は、飛んできた発条を刀で払うが、先端を流されながらも、刀を握る両手に発条が絡みつく。肉も筋も血の道も、ずたずたに切り裂かれた。

「ぎゃーっ!」

 すさまじい声を上げた。

 男は刀を握っていることも出来ず、地面に取り落としてしまった。

 血を滴らせた両手が、何も出来ず前に垂れ下がっている。

「た、助けてくれ……」

 男が涙を浮かべて懇願する。

 マオは冷たい視線を向けると、発条を握った手首を返す。

 その発条の先が跳ねて、男の首筋をかすめた。

 鮮血が飛び散る。

 血溜まりの中に、丙の身体が崩れ落ちた。




 その頃、宗介は苦戦を強いられていた。

 九龍という男は、人としてほめられた男ではない。だからこそ、戦いとなった時に強かった。

 人を殺すことにためらいがない。

 暴れる、いや、殺すのが好きな男だが、猛獣ではない。宗介の誘いに容易にはのってこようとしない。

 自らが有利となる場所で、宗介を迎え撃とうとする。

 甲高い音を立てて、九龍の刀がまたしても釘を払い落とした。

 じりじりと九龍との間合いを詰めながら、宗介が釘を握る。

 奴が反応仕切れない間合いで、釘を放つ。

 胃の腑を焼くような重圧。

 しかし、九龍が先に動いた。

 一足飛びに間合いを詰める。

 慌てて宗介の放った釘は、上手く刺さらず九龍の袖で弾かれた。

 一閃。

 右手に握っていた釘を落とした。

 その右手から一筋の血が流れ落ちた。

 九龍の刀で、腕をしたたかに切りつけられたのだ。

「…………」

 無言で傷を押さえた宗介の左腕から、さらに数本の釘がこぼれ落ちだ。

「あばよ」

 九龍が刀を振り上げる。

 この時の九龍の目は人形の様だった。宗介を写してはいるが、なんの感傷も見られなかった。

 その九龍をにらみつけた宗介が、それを吹いた。

 口に含んでいた一本の釘だ。

 それが、鍛えようのない個所を襲う。

 九龍の右目にそれが突き立った。

 それでも振り下ろされた刀を、あやうく転がって宗介がかわした。

「貴様ぁ」

 九龍のたった一つ残った目が、憎悪を込めて宗介を捕らえる。

 ざざざっ! 何者かがこちらへ駆けつけてくる。

「大丈夫?」

「あと一人か……」

 マオと、クルツの声だ。

「ちっ!」

 舌打ちを残し、九龍は背を向けて遁走した。

 走るのにじゃまな刀を、鞘に収める。

 いくら激情にかられようと、自らの命を優先する。そういう男だった。

 宗介が無事な左手で釘を投げる。

 九龍の背中に三本とも突き刺さったが、足はまったくゆるまない。こちらの三人を相手にして、勝ち目がないことを知っているのだ。

 クルツの吹き矢も刺さったが、宗介と同じでしびれ薬の効果が鈍い。

 九龍の行く手にゆらりと人影が現れた。

 追っていた宗介達だけでなく、九龍も知っている男だった。

 後ろで縛った灰色の長い髪と、口元を覆う髭。

 カリーニンだ。

 九龍にとって、五体満足でやりあっても、勝てると断言できない相手だった。今の痛んだ状態では、分が悪い。

「どけぇっ!」

 九龍が抜き打ちの刀で、逆袈裟に切り上げる。

 この男を怯ませて、その隙に逃げ延びるしかない。

 斜め下方から切り上げられた切っ先を、カリーニンはさらに身を沈めてかわす。

 すれ違いざまに、低い姿勢のカリーニンの刀が、九龍を襲った。

 がつん。

 固い音が響く。

 唐突に支えを失って、九龍の身体がつんのめった。その勢いのまま転がった九龍は、身を起こそうとするが、立ち上がることができなかった。

 自分の右の足から大量の血が流れ落ちている。

 膝から下が失われていた。

 カリーニンの足下に転がっているのが、それだろう。

 片足を失っては、逃げ切るのは不可能だ。

 かくなる上は、この連中を。

「があぁぁぁっ!」

 地を転がって、カリーニンに迫る。

 地に伏したまま、手近な足に斬りつけた。

 きん。

 カリーニンの刀がそれを阻む。

 九龍の刀を握った右腕を、宗介の足が踏みつけた。

 宗介は左腕に握った釘を、九龍の胸に差し込んだ。

「終わりだ」

「ぎぃぃぃっ!」

 歯を向いて宗介をにらみ返した。右目を釘で貫かれ、左目だけが宗介を写す。

 足を失い、自由にならない体で、刀を振り回す。

 宗介も、カリーニンも、九龍から離れた。

 宗介の釘は正確に心の臓を貫いている。長くは持たないはずだった。

 しばらく暴れていた九龍が、ばたりと倒れたまま動かなくなった。




「まさか、九龍と再会することになるとはな……」

 カリーニンが、そうつぶやいた。

「お頭、一体、どのような用件で?」

「お前の報告にあった、その二人の腕を見せてもらおうと思ってな」

 カリーニンの目が、クルツとマオに向けられる。

「ソースケ。秘密を守ると約束したはずよ」

「もともと、二人の裏の稼業について、俺はお頭から聞かされたのだ。俺が漏らしたわけではない」

 正確に言えば、今夜の仕事について知らせているのだが、その事自体は問題にならないだろう。お頭はただの役人などではないのだから。

「私は城勤めをしてはいるが、元は裏の世界の人間だ。君らを咎めるつもりはない」

「何が目的なの?」

 マオが尋ねる。

「君らの力を借りることになるかも知れない。これは、君らにとっても損な話ではないと思うが」

 そう言って、カリーニンは二人に話を持ちかけた。

 表の法で裁くことのできない罪人がいるのは確かなので、始末屋は黙認するということ。そして、裏の情報も渡す替わりに、必要に応じて手を貸してもらいたいという内容だった。




「……あの者達も、腕は立ちます。『天女』を守る為には、あのままがよろしいかと」

「わかりました」

 カリーニンから事の次第を聞き、テッサ姫が頷いた。

 彼女の本当の名はテレサであるが、彼女はこの愛称が気に入っていた。その名で呼んでくれる人間は、ほとんどいないが……。

「昨夜の九龍の行動は、『天女』を手に入れるのが目的と見受けられます」

「彼女の力を欲したのでしょう。……それで、江戸の方は?」

「やはり、江戸表にいるのは替え玉のようです、おそらく、すでに我が藩に戻られてるご様子」

「そうですか……」

 この藩を彼女の一族がまかされたのには、一つの理由があった。

 その血をひくものは、「囁かれし者」と呼ばれる能力を受け継いでいる。

 神の声を聞き、常識を越えた、理(ことわり)を知る力。

 それにより、徳川幕府に自らの力を認めさせたのだ。

 そして、その力を恐れられたからこそ、代々、江戸に人質を預けているのだった。

「もう一つ、気になる件があります。町方を向かわせたのですが、すでに九龍の死体が持ち去られた後でした」

「死体を?」

「はい。死体などに、一体、どのような価値があるというのか……」

「まさか、兄上は……」

 テッサはその先を口にしようとはしなかった。




 暗い部屋だった。地下にでもあるのか、周囲の壁はすべて石で組み上げられていた。

 光源はろうそくではない。硝子の玉に閉じこめられている明かりが、室内を照らし出している。

 台の上にはすでに命を失ったはずの身体が横たわっていた。

 右目と右足を失っている死体。

 傍らに立っている銀髪の青年が、死体を見下ろしてうっすらと笑みを浮かべた。




 ――『白銀藩始末記』おわり。




 あとがき。

『始末記』の本当の終わりです。

 次回のタイトルは『白銀藩風雲録(仮)』となっていますが、どうなることか……。

 ちょっと、唐突な印象があるかもしれませんが、最初からこの顛末は考えてました。

 私にとって、「時代劇と言えば、必殺」ですから。








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