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白銀藩始末記  -[壱] -[弐] -[参] -[四] -[裏]

(四)宗介、かなめと向き合う


 畑仕事に使用している小屋だろうか?

 その小さな小屋に、二人は転がり込んだ。

 宗介が抱きかかえるようにして、その少女を小屋へと連れ込む。

 かなめだけでなく、彼女を助けるために川へ飛び込んだ宗介もまた、全身がズブ濡れになっている。

 宗介が囲炉裏に火を起こした。

 暗かった小屋の中が、炎に照らし出される。

「かなめ。着物を脱げ」

「いい……」

 かなめが首を振る。

「髪も濡れているぞ。これを使え」

 壁にかかっていた手ぬぐいをかなめに放った。

 かなめは手を伸ばそうともしなかったため、その手ぬぐいは誰の手にも渡らず床に落ちた。

「いらないわよ」

 かなめには、いつもの覇気が全くなかった。捨て犬のようにオドオドとして、何かを恐れているように見える。

「隠す必要はない」

 宗介の言葉にぎょっとなって、かなめが見つめ返す。

「俺は今から着物を手に入れてくる。それまでに、髪を拭いて乾かしておけ。君が自分でやらないのなら、俺が拭いてやる」

 かなめが視線を伏せて、手ぬぐいをじっと眺めている。

 宗介が小屋を出て行った。




 そこらの家から、干してあった着物をくすねてきた宗介が、小屋へ戻ってきた。

 囲炉裏の前にかなめが陣取っている。

 宗介が言った通り、かなめの着物は囲炉裏の近くに広げて干してあり、彼女自身は小屋に転がっていたむしろを、身体に巻いていた。

 彼女は結い上げているらしい髪を、手ぬぐいでまとめている。

「それでは髪が乾かん」

 宗介の指摘に、かなめがびくっと身体を震わせた。

「いいわよ。別に」

「俺に隠す必要はない。俺は君の味方だ」

「…………」

 かなめは無言のまま答えない。

「君の髪は銀色なのだろう?」

 その一言で、かなめは宗介を振り返った。

 愕然として、宗介を見つめる。

「見せてくれ」

 かなめは観念した。

 すでに知られていては、隠しようがないことだった。

 のろのろと、かなめが手ぬぐいを取り去った。

 かなめの手からこぼれ落ちた髪は、いつものつややかな黒髪ではなく、炎の揺らめきを照り返す銀色をしていた。

「……どうして?」

 力無く、かなめが尋ねる。

「驚く必要はない。俺はそれを知ったうえで、君の元へやってきたのだから」

 かなめは不思議そうに宗介を見つめた。

「世間には知らされていないが、この藩の殿様は異国人なのだ」

「え?」

 自分の事情も忘れて、かなめが驚いた。

「今、殿様は病に伏せっており、危険な状況にある。変わりに政務を取り仕切っているのは、姫君なのだ。俺は姫様直々の命により、君を調べに来た」

「どういうこと……?」

「殿様も、姫様も、ある特徴が合致している。おふたりとも銀色の髪をしているのだ。君と同じようにな」

「……っ!」

 かなめの両目が見開かれた。

「君は殿様の血を引いているのだ」

「そんな……」

「君の母親は、由緒正しい武家の出だと聞いた。城勤めをしていて、殿様に見初められたらしい。子を宿した事を知って姿を消したとしか、俺は聞かされていない」

「そう……。そうだったんだ」

 力無くかなめがうなずいた。

「母さんは、詳しいことは何も教えてくれなかった。ただ、髪の色だけは誰にも見せるなって。絶対、危険な目にあうからって……」

 だから、特殊な染料を使い、生まれてからこれまで、隠し通してきたのだ。

「お城のお家騒動なんだ? あたしみたいな小娘なんか、どうなるか……」

 かなめを手に入れて、藩を我が者にしようと企む人間も出てくるだろう。

 当然、跡取りの話も絡むだろうし、彼女の血筋を狙う人間も出てくるに違いない。

 かなめは自分を両手で抱きしめた。わずかに身震いする。

 どのように扱われるか想像もつかない。自分が、身を守るすべも持たないちっぽけな存在にしか思えなかった。

「心配する必要はない。そのために俺が来た。俺の受けた命は、君の出自を確かめることと、君を守る事だ。安心してくれていい」

「あんたが……?」

「そうだ」

 宗介が無表情にうなずいて見せた。

「俺は元々、城のお庭番をしていたのだ。腕を見込まれて、君の護衛を仰せつかった」

 しかし、所詮は彼も城の人間なのだ。自分の味方ではあり得ない。

 そんなかなめの疑惑を感じ取ったのだろう。宗介が言葉を紡ぐ。

「本来、俺の正体や、殿の事は、君には伏せるように言われていた」

「……だったら、どうして?」

「君を安心させたかった。俺の事も信用してもらいたかった。そうでなくては、任務も果たせないだろう」

「じゃあ、そのことがバレたら、どうなるの?」

「おそらく、死罪だろう」

「なんですって? なんで、そんな大事なこと、あたしに話すのよ!」

「いま、説明しただろう」

「だって、おかしいわよ。あたしに危険が迫るかどうかもわからないのに、それじゃあ、あんただけは確実に殺されちゃうじゃないの!」

「……そうだな」

 確かにその通りだ。

 彼女に説明せずとも、髪の色は確認できたし、周囲での護衛もできるはずだ。

 しかし、どうしても、言わずにはおれなかった。

 初めて、宗介が言葉に詰まる。

 彼自身が、自分の気持ちを把握してなかったのだ。

「おそらく……、君に笑っていてもらいたかったのだ」

 首をひねりながら、そう答えた。

 確信は持てなかったが、おそらく、それが正しい答えのはずだ。

「君と会って、十日ほどしか経っていないが、君は魅力的な人物だと俺は思っている。君にはむしろ、殿様や姫様とは無関係に生きてほしいのだ。きっと、君ならば、君自身のままで生きていけるはずだ。俺はそんな君を応援したいと思ったし、元気づけたいと思ったのだ」

 かなめがまたしても、驚きに目を見開いた。

 ただ、先ほどとは違い、嬉しさからだ。

「宗介……」

 宗介を瞳に写したまま、涙がこぼれ落ちる。

 かなめがうずくまった。

 膝を抱えるようにして、身体を震わせる。

「うっ……。ぐすっ……」

 かなめは泣き続けた。

 生まれてから16年もの間、誰にも話せずにいた秘密。隠し続けてきた事実を知られ、それを受け入れてくれた相手の存在。

 そして、自分に近しい肉親が存在する事実。

 それらに対する思いが、彼女の胸にこみ上げてきた。

 堰を切ったように涙が溢れてくる。

 宗介は戸惑いながら、かなめの隣に腰掛けた。

「その……、気にするな。俺は君の味方だ」

 そう声をかけるが、かなめは余計に泣き出した。

「ずっと、君のそばにいる。安心するがいい」

 しかし、彼女はなかなか泣きやまなかった。




 日本晴れ。

 今日という良き日にふさわしい天気というものだ。

 五月晴れというには、惜しいことに、今は水無月であった。

 なにやら、異国では水無月の嫁入りは縁起物らしい。

 主役の一人である花嫁の主張で、本日決行の運びとなった。

 陣代長屋の住人が祝言をあげるとなれば、長屋の面々が放っておくはずがない。祭り好きの彼らが喜んでその会場へ向かっている。

「しかし、あの瑞樹がねぇ」

 かなめはさっきから関心し通しだった。

「そんなに不可解なのか? だとすると、裏で金が動いたのかもしれんぞ」

「どうして、そう飛躍すんのよ! ただ、若旦那は瑞樹の迫力に怯えて見えたから、ちょっと不思議だっただけなの」

「おそらく、弱みでも握って、意を通したのだろう。見事な手腕だ」

 すぱーん!

 かなめのハリセンが宗介をはたいた。

「人聞きの悪いこと言わないでよね! 晴れの門出なんだから、喜んであげればいいじゃない」

「……? 俺は瑞樹をほめたつもりなのだが……」

 宗介が首をひねる。




 花婿となる白井屋の若旦那と、花嫁となる瑞樹。

 三三九度も終えて、二人が外へ出てくる。

 白井屋の前には、客達が勢揃いしていた。

 瑞樹は両手に小さな花束を抱いており、その姿を見ていた女衆が歓声を上げた。

「どうかしたのか? 危険物には思えんが……」

 宗介が不思議そうにつぶやいた。

「花嫁の投げる花束を取った人間に、次の花嫁の順番が回ってくるんだって」

 かなめが、もどかしそうに答えた。

「知らんな」

「あたしも。でも、異国にはそういう言い伝えがあるんだって」

「君も祝言をあげたい男がいるのか?」

「い、今はいないけど……。これから、出会えるかもしれないじゃない」

 真っ赤になりながら、かなめが答えた。

「いーい? 行くわよ」

 瑞樹の嬉しそうな声が響いた。

 瑞樹が何度か花束を揺らしてみせる。

「そーれっ!」

 自分の声に会わせて、瑞樹が花束を放り投げた。

 花束の降ってくる位置で娘達がもみ合う。

 お互いに花束を狙って、押し合いへし合いしている。

 そこへ、ひゅっとかすかな音がすると、花束が横へ飛んだ。

 人が跳ねても届きそうにない、塀の高い位置に花束が張り付いている。

 皆が呆気にとられて花束を見た。

 すっと人影が動き、走り寄った人物が、壁面を数歩走る。

 塀に縫いつけていた釘を引き抜いて、その花束を手に取ったのは、宗介だった。

 彼は花束を手に、かなめの元にやってきた。

 すっと、宗介が花束を差し出すが、かなめは受け取ろうとしない。

「どうした。欲しかったのだろう?」

 そう尋ねても、彼女の反応は鈍い。

 宗介の驚くべき行動で、皆の注目が集まっている。

 かなめは恥ずかしさで、真っ赤になった。これでは、まるで宗介に祝言を迫られているようだ。それも、衆人環視の中で……。

「迷惑だったのか?」

 宗介が落胆したようにつぶやく。

 瑞樹の祝言だ。いま、縁起の悪い行動を取るわけにもいかない。花束は欲しいし、宗介がイヤなわけでもない。

「そうじゃないけど……」

 戸惑いながらも、かなめがおずおずと両手を差し出した。

 ひゅっと、またも、かすかな音が鳴って、再び花束が人々の視界から消える。

 宗介だけは、気づいた。

 飛んできた礫(つぶて)が、宗介の手から花束を弾いたのだ。

 飛んできた方向もわかる。

 宗介の目が、その相手を見た。

「お頭……?」

「え?」

 宗介のつぶやきを耳にして、かなめも宗介の視線を追う。

 道の向こうから一人の侍がゆったりと歩き寄ってきた。

 男は灰色の長髪を後ろで束ねていた。そして、口ひげとあごひげのある、彫りの深い顔。

 風格のある人物がこちらに近づいてくる。

 カリーニンという彼の名を知っているのは、この場にいる人間の中では宗介だけだった。

「なぜ、ここへ?」

 宗介が尋ねた。

 自分らを束ねる城詰めのお頭が、ここへ来ること自体、奇妙だった。

「私にじきじきの命が下されてな」

「お頭に?」

 おそらく、命令の出所は姫君だろう。しかし、カリーニン直々に動くとは、よほど重大な用件と思われる。

「ある品を手に入れるよう命じられた」

「ある品?」

「うむ。それだよ」

 カリーニンの指さした先には、宗介の手から逃げた花束があった。

「どうしても、祝言の花束を頂きたいそうだ」

 本当に花束が欲しいのか、花束を誰かに渡したくないのかは、わからんが……。

 その思いが頭をかすめたが、彼はそこまでは口にしなかった。

「これは、かなめの物です」

「いや、違うな。まだ、その娘は手にしてはいまい。早い者勝ちだと聞いているぞ」

「…………」

「その花束を渡してもらおう」

「ご命令ですか?」

「そこまではせんよ。お前も好きにするがいい」

「守ってもよいということでしょうか?」

「そうだ。力ずくということになるな」

 カリーニンが珍しく、笑みを浮かべた。

 お頭との戦い──。

 軽い相手ではない。だが、だからこそ面白い。

 宗介も笑みを浮かべた。

 宗介が不意に動いた。

 空を切ってカリーニンを襲った三本の釘だったが、カリーニンは抜き放った刀の一振りで、三本とも払い落とした。

 宗介が走る。

 死角をつき、隙をつき、宗介が繰り返し攻撃する。

 その宗介の動きを読み切っているように、全ての攻撃が防がれてしまう。

 時ならぬ決闘に皆が動転する。

 宗介の投げつけた流れ釘や、カリーニンの刀から、皆が逃げまどって、大騒動になった。

 かなめに誘われて顔を出していたクルツやマオもこの場に居合わせたが、眼前のふたりの戦いは凄まじく、いっそほれぼれするような表情で、見物している。

 事態の展開に理解が追いつかずにいたかなめが、はっと我に返った。

「ちょっと、あんた達!」

 だっとふたりに駆けよった。

 クルツが止めるヒマもない。

 突如として割り込んだかなめに、宗介とカリーニンの手が止まる。

 すぱ、すぱーん!

 かなめの広げた両手には、それぞれひとつづつのハリセンが握られている。

 二つのハリセンが、ふたりの男の頭を同時にはり倒していた。

 見事に一本(二本?)取ったかなめに、客達が一斉に拍手喝采を浴びせた。

 かなめが宗介へ説教をしている傍らで、小娘の一撃を食らったことに呆然となったカリーニンが立ちつくしていた。




 その後、白井屋の屋敷で、客に食事が振る舞われた。

 カリーニンにも末席が与えられたものの、出されたお膳には一度も箸をつけず、ただ、最後まで呆然としていたようだ。




 ──『白銀藩始末記』(一応)おわり。




 あとがき。

 察しがついているでしょうが、「一応」との断りをいれたのは、裏があるからだったりでします。

 当時の祝言のしきたりやら、なんやら、ま〜ったく知りません。

(手間もかかりそうなので、調べることもしてません(^ ^;))

 次回をお待ちください。








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