日本海戦隊  >  二次作品
白銀藩始末記  -[壱] -[弐] -[参] -[四] -[裏]


(弐)宗介、女湯に出没す


 朝。

 こっかどぅーどぅるどぅー。

 どこかで鶏が鳴いている。

 この藩で生活していると動物の鳴き声まで異国風に聞こえてくる。

 かなめが目を覚ました。

「ふぁー」

 大きく伸びをする。

 眠い目をこすりながら、のそのそと窓へ向かう。

 小窓を開けると朝日が目にまぶしかった。

 板塀を近所の白猫が身軽に渡っていた。

「にゃあ」

「おはよー」

 かなめの挨拶に納得したのか、白猫がそのまま去っていく。

 ふむ。

 また一日が始まる。

「さて、朝食でも食べよっか」

 そう口に出してみると、なんとか、その気になってきた。

 かなめはかまどで手早く料理の支度を始めた。

 

 贅沢な白飯と、しじみのみそ汁、タクアンが並べられている。

「いただきます」

 両手を合わせて、かなめがつぶやく。

 箸でタクアンをつまみあげた、そのときだった。

 ごそごそとかすかな音がした。

 音を探ると、天井からだった。

 羽目板がずりずりと天井裏へ移動している。

 驚いたかなめが身動きするのも忘れて呆然と見ていると、暗い天井裏に宗介の顔が現れて、さらに仰天した。

「あ、あんた、いったい……?」

「驚かせてすまない」

 そういって、穴から身を乗り出す。

 宗介の身体が天上から降ってきて、そのまま不格好に畳の上に落ちた。

「いつから上にいたのよ?」

「昨晩からだ」

 その答えに、かなめの表情が険しくなった。

「覗きをしてたの? 正直に名乗り出るなんていい度胸じゃない」

「覗きなどではない。隠れていただけだ」

「隠れて?」

「そうだ。昨晩、二人組の暴漢に襲われたのだ。自分の部屋だと知られているかもしれないので、やむなくここへ」

「暴漢? だったら、奉行所へでも行けばいいじゃない」

「……? 行った方がよかったのか? 俺はてっきり、君の知人だとばかり思ったのだが……」

「えっ?」

 そこで、かなめも思い出した。寝起きで頭が働いていなかったのだろう。

 彼を襲ったのは確かに、かなめの知人なのだ。それどころか、頼んだのはかなめ自身である。

 彼らの腕が立つのは知っているから、無傷の宗介を見て自然と昨夜は決行しなかったと思いこんでいたのだ。

「それは、まずいかも」

 この件で役人に動かれると、さすがにまずい。

 自分に否があるのは確かなので、かなめの語調も自然と弱くなる。

 宗介がふらふらと力無く立ち上がる。

「どうかしたの?」

「身体がしびれてな」

「そりゃあ、ずっと天井に潜んでいたらそうなるわよ」

 かなめは取り合わない。

「お詫びの印に、朝食ごちそうするから、手を洗ってきてよ」

「詫びとは、どういう意味だ?」

 怪訝そうに宗介が尋ねる。

「……いいから、早く。手を洗わないと食べさせないからね」

「わかった」

 宗介が急いで井戸に向かった。

「しょうがないか……」

 こっちとしても一方的に宗介を追い払おうとしたのだから、負い目がある。とりあえず、食事ぐらいは食べさせてやるとしよう。




 

 かなめがマオ達の家を訪れた。

「よう。カナメ」

 機嫌良くクルツが出迎えた。

「俺の格好良さに、今頃気づいた?」

 かなめにじっと見つめられて、いつもの軽口が出る。

「そうじゃなくって、昨日はどうなったの? 誰も怪我してないみたいだけど」

 その言葉にクルツが眉をひそめた。

 すっと、身体をずらして、戸口をあける。

 部屋に招き入れるつもりなのだろう。

「あいつ、凄腕よ」

 室内のマオが話しかけた。

「そうなの?」

「ええ。あたしとクルツで挟み撃ちにしたんだけどね。見事にかわされたわ。あいつにそのつもりがあったら、あたしらもやばかったわね」

「そんなに?」

「そん時に、俺の吹き矢が何本かかすめたから、しびれ薬が効いていたはずなんだ。それなのに、即座に影響が出なかった。おそらく、以前から薬に身体を慣らしているんだろう。忍びとか、そんな特殊な人間だぜ」

 クルツが告げる。

 宗介の『身体がしびれている』という発言の真意を、遅ればせながらかなめも理解した。

「でもねぇ。身軽だし、その気があったら、どんな反撃でもできたはずよ。もしも、かなめへ害意があるなら、あたしらを排除した方が楽にできるはずだしね。昨日だって、もっと楽に逃げおうせられたはずよ」

「じゃあ、あいつは……」

「とりあえず、敵じゃなさそうだってこと」

「……うん」

 彼らの言葉には説得力があった。

 宗介が本当に自分の感情だけで動いていたなら、マオやクルツの身を気遣う必要はないのだ。

 結局、宗介の行動の理由などは謎のままだが、敵対するわけでないなら、遙かに気が楽だ。




 

 長屋の近くには銭湯があった。

 よくみかける蒸し風呂ではなく、湯を張った銭湯である。

 ここらでは温泉が湧き出ているので、安い料金で何件もの銭湯が並んでいる。

 そのうちの一つに、その少女の姿があった。

 月に一度の贅沢で、かなめはその小さな銭湯を貸し切ってくつろぐことにしている。

 ぬるっとした乳白色の温水に身を浸して、満足そうな表情をしていた。

 髪を布で巻いており、その頭を浴槽の縁にもたれかけて、ぽーっと天井を見上げる。

 最近の騒動に疲れた身体に、そのぬくもりが染み込んでいく。原因となったのは、最近越してきた例の若者である。

 正直なところ、かなめは宗介を嫌っているとは言い切れなかった。宗介は、無愛想で、無遠慮で、無頓着で、いろいろと問題があるのは確かだが、どう見ても『色ボケ』とは思えなかった。自分をつけ回すのも、なんらかの事情がありそうだと考えるようになっていた。

 しかし……。

 かなめの視界に、妙な影が映った。

 川に面して覗けないはずの窓に、上から何かがぶら下がっていたのだ。

 一瞬だけだったが、かなめはその正体に気づいてしまった。

 手桶を拾い上げて、たっぷりと源泉の熱い湯で満たす。

 しばらくたつと、それがまた姿を見せる。

 いきなり熱い湯をぶちまけてやった。窓から逆さまにのぞき込んでいた男は、高温の湯を浴びせられて、落っこちていった。

 川面から、どぼんと何かが沈む音がする。

 かなめは急いで着物を羽織って川へと向かう。




 

 びしょぬれで川からあがってきたのは、覗きをしていたであろう人物だった。

「奇遇だな。こんなところで会うとは」

 彼は平然とそう言ってのけた。

 宗介としても、かなめのこめかみや、頬や、口元がひくひくと動いているのに気づいていた。どう考えても怒っている。しかし、正直に言うわけにもいくまい……。

「あんたは、ノゾキなんてまねしないと思ってたのに……」

「いや、覗きと言うのは語弊があるな」

「何がよ?」

「覗きとは女体を見るのを目的とすることだろう? 俺は君の身体になど興味はないし。見たつもりもない」

「……だから?」

 かなめの肩がぷるぷると震える。

「だから、君が気に病む必要はない。気にするな」

 かなめの身体が動いた。

 かなめは右拳をひねりながら突き出した。回転により威力を高められた拳が、正確に宗介の心の臓を直撃する。

 一瞬、宗介の身体が動きを止められてしまう。

 立て続けに宗介の身体をかなめの拳が襲った。

 ぼろくずのようになって宗介の身体が崩れ落ちた。

「はあ、はあ、はあ……」

 息も荒く、仁王立ちしたまま、かなめは宗介を見下ろしている。

 しばらく倒れていた宗介が、むっくりと何事もなかったかのように体を起こした。

 そして、こんな言葉を発した。

「湯冷めするとまずいだろう? さっさと風呂に戻ったらどうだ?」

「なんであたしを風呂に入れたがるのよ」

「そういうつもりでいったのではない。君の身体を心配しただけだ」

「悪いけど、もう風呂に入る気はなくなったわ」

「それは困る」

「なんですって?」

 ぎろっと、かなめににらまれた。

「……いや、忘れてくれ」

 落胆した宗介が、とぼとぼと歩き去っていく。

 途中で足を止めて振り返ると、

「どうしても、入るつもりは……?」

 言いかけたものの、かなめの視線に射られて、歩みを再開する。

 かなめは手近な小石を拾って、彼の後頭部に投げつけてやった。

 こーん!




 

 夜──。

 その少女が、多少幼さの残る肢体を浴槽に沈めていた。

 白い肌が火照って桜色に染まっている。

 いつも自身を律している毅然とした雰囲気が取り払われて、柔らかな笑みを浮かべていた。

 最初、彼女は空耳かと思った。

「……姫様」

 男の声だった。

 びくっと身体を震わせて、身を固くすると、少女がきょときょとと周囲を見渡す。しかし、湯殿(ゆどの)にいるのは自分ひとりだけだ。

「……?」

 首をかしげた少女の耳に、再び声が届いた。

「こちら……天井です」

 汗をしたたらせる、銀色の前髪をかき上げて、天井へ視線を向けた。

「宗介……?」

 相手の正体を認めて、少女の緊張がほぐれる。

 …………。

 胸を隠していた両腕が、一度ほどかれて……。思い出したように、再び胸を隠す。

「ど、どうして、ここへ?」

「先日、人目を避けて、連絡をするようにとの指示を受けましたので。姫様が一人になる場所を選びました」

 宗介の言葉からは、なんの後ろめたさも感じない。その指示に従ったという事実しか頭にないのだ。

「こ、今度からは、湯殿は避けてください」

「では、連絡はどちらで……」

 宗介が視線を泳がせて、

「まさか……、厠(かわや)で?」

 宗介といえど、自分の思いつきに驚愕の表情を浮かべる。

「ちっ、違いますっ!」

 真っ赤になって少女が叫んだ。

 まさかそんな場所にでも潜まれようものなら、とてもじゃないが耐えられそうもない。驚きのあまり心臓が止まりかねない。

 少女の返答に、宗介もほっと胸をなで下ろす。

「しかし、それではどこで?」

「え……、と、その……」

 少女が胸元で両手の指を絡める。

 宗介の表情をうかがいながら、自分の提案を述べる。

「……し、寝所ではどうでしょうか?」

「姫様がよろしければ、拙者に異存はありませんが」

「は、はい。できればその方向で、お願いします」

 どこか嬉しそうに少女が答えた。

「それで、確認はできましたか?」

「いえ、思いのほか手間取っています。彼女は勘が鋭いようで……」

「そうですか……。他には?」

「いえ、それだけです」

「…………」

 テッサの反応がないのは、自分の行動に落ち度があったからだと考えて、宗介が口を開いた。

「ご迷惑でしょうか? それならば、平時の連絡は避けるようにいたします」

「あ、いえ、やはり、定期的な連絡は必要ですから。これからも来てもらった方が……」

「よろしいのですか?」

「はい。是非、お願いします」

「承知しました。ではこれで……」

 天井の羽目板から覗いていた宗介の顔がかき消える。

 あっさりと、姿を消した。

「ちょっ……」

 少女が呼び止めようとしたが、すでに遅かった。

「もう……。本当に任務大事なんだから……」

 そう言ってすねた。何より、それを命じたのは自身なのだが、すっかり忘れている。

 不可抗力とはいえ、裸を見られたのだから、一言ぐらいほめてもらいたかったのだ。もちろん、宗介以外であれば、見られたくもないが……。

 少女は肩どころか、口までも湯に沈めて、頬をふくらませる。

 彼には、もうちょっと女心を察するようになってほしかった。

 彼自身と言うよりも、自分の為に……。




 

 ──つづく。




 

 あとがき。

 

 管理人の中では、陣代高校と〈ミスリル〉あっての『フルメタ』です。どちらかが欠けると物足りない気がします。

 そんなわけで、ミスリル側の面々はこれから登場することになりますので……。










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