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(五)フランス娘の暴走


 皆が揃って夕食を終えたところだった。

 くつろいでいた宗介の前に、アイリスが立つ。

「ねえ、お兄ちゃん。今度の日曜日、デートしようね?」

 唐突なアイリスの申し出に、宗介が首をひねる。

「デートだと?」

「うん♪ この前話してた、ボン太くんの遊園地に連れてって」

「ふむ、別にかまわんが……」

 幸いなんの予定も入っていないため、宗介がうなずいてみせる。

 その様子を眺めていたすみれと紅蘭が顔をつきあわせて、ぼそぼそと話し合っている。

「デートですって?」

「ひょっとして、相良はんは、そのテの趣味でもあるんとちゃうか? この前、見舞いに来たんも、そっち系やったし」

「まさか……」

 すみれが、真剣に考え込んだ。

 

 

 

 そのデートを明日に控えた土曜日のことだ。

 ようやく、アイリス用の〈光武〉も完成し、これからは、花組の全員が作戦に参加することになる。

 ところが、シミュレーターをつかった訓練で、アイリスは何度も失敗を繰り返した。

 マリアが何度たしなめても、

「ごめんなさ〜い」

 軽い調子で返してしまう。まるで、堪えたように見えない。

 明日のデートのことで頭がいっぱいなのだろう。

「まったく……」

 周りの人間にもそれが一目瞭然なため、思わず苦笑ですましてしまう。

 しかし……。

「アイリス」

「なーに、お兄ちゃん?」

 真剣な表情の宗介を前にしても、アイリスは楽しそうに向き合う。

 その一言を耳にするまでは。

「デートは中止する」

 宗介はそう断言した。

「……えっ!? どうして? お兄ちゃん、約束したじゃない!」

「デート自体は問題ない。だが、デートに気を取られて、訓練に身が入らないのは問題だ。見過ごすわけにはいかん」

「これから、ちゃんとやるもん。だから、デートしよう」

「だめだ。よく聞け。戦場に次はない。君のミスで同僚が死んだ時、次は上手くやるから生き返れとでも言うのか? 訓練をこなせない人間は実戦でも役にたたん」

「え……?」

「しばらくは実戦に出ることも禁止する。これは命令だ」

「せっかく、アイリスの〈光武〉が完成したのに!」

「それがどうした? 君の自己満足のために、戦いに参加させるわけではないぞ。戦力にならない者など必要ない」

「そんな……」

 仲間達と参加する初めての実戦。宗介との初めてのデート。

 どちらもアイリスにとって大切なものだった。

「だったら……、アイリスは花組なんてやめる。もう〈光武〉になんて、絶対に乗らないんだから!」

 それはアイリスにとって、最後の抵抗だった。

 霊力を持っていることで、疎まれることが多かった自分。だが、その力が、やっと認めてもらえたのだ。

 世界中から選ばれたわずか6名で構成された花組。まさか、その自分を切り捨てたりするはずがない。……そう思った。

「わかった。やる気もないのなら、仕方がない。米田中将には俺から伝えておく。もう、シミュレーションに参加する必要はない」

 宗介は考慮しようともせずに、決断をくだした。

 アイリスは驚きに言葉も出ない。

 言い終えた宗介がきびすを返そうとして、その足を止めた。

「……除隊するというのならば、何をしようと君の自由だ。明日のデートには付き合おう」

 そう告げた。

 宗介を見上げるアイリスの瞳から、ぽろぽろと涙がこぼれ落ちる。

「お兄ちゃんのバカーっ!」

 声を限りに叫ぶと、小さな身体を翻して、アイリスが走り去った。

「どうしたというんだ?」

 宗介が真剣に悩む。

「相良さん、何を考えているんですかっ!」

「もうちょっと、アイリスの気持ちを考えてあげたらどうですのっ!?」

「言い方っちゅうもんがあるやろ!」

「隊員の精神状態に気を配るのも隊長の仕事の一つです!」

「おめぇ、バカだろ、隊長!?」

 残る面々に詰め寄られて、さすがの宗介が後じさる。

「待ってくれ。……君たちも見ていただろう? アイリスの問題点を指摘し、その原因を排除しようとしただけだ。彼女は自分の責任に置いて、除隊することを望んだ」

 宗介はごく真剣に彼女等に答えた。

「どこに問題があるんだ?」

 …………。

 5人そろって、ため息を漏らす。

 アイリスと同じ年頃の宗介が、そのような甘さを許されない環境にいたのは、皆が知っている。

 しかし、それをアイリスに適用されても困るのだ。

「とにかく、相良さんが謝ってください」

 さくらが、一番穏和と思われる提案をした。

「断る」

「え……?」

「俺は間違ったことをしていない。アイリスが除隊するというのなら、それでいい。好きにさせておく」

「あんなのは売り言葉に買い言葉です。アイリスだって、そんなことを言うつもりはなかったはずです」

「言葉を撤回するのはアイリス本人でなければならない。君らには関係のないことだ。訓練も終わったのだし、自室で休むがいい」

 宗介はなんのためらいもなく、いつもの調子で歩き去った。

「なんやねん。頭が固すぎやで」

「そうですわ。もう少し、思いやってほしいですわね」

「ぶん殴っても、撤回はしねぇんだろうな……」

「……本当に、アイリスは除隊させられるんでしょうか?」

「米田中将なら、そうはしないと思うけど」

 さくらに問われて、マリアが言い淀む。

 融通が利くとはいえ米田も軍人だ。宗介の判断を認める可能性もある。

 宗介に理があるのは彼女達自身もわかっている。しかし、だからといって、感情が納得するとは限らない。

 彼女達も煩悶しつつ、自室へと帰っていった。

 

 

 

 深夜――。

 突然、警報音が鳴り響いた。

 地下の司令室に真っ先に飛び込んだのは宗介だった。

「敵の出現ですか?」

「いいえ。違うわ」

 あやめが首を振る。

「では?」

 遅れてやってきた花組の面々を前に、あやめが状況を説明する。

「敵襲ではありません。何者かに、〈光武〉が強奪されました」

「〈光武〉を?」

 花組の活動に敵対組織などいない。

〈光武〉のテクノロジーを欲しがる第三者によるものだろうか?

「何体です?」

 突発的な事態であっても、プロの傭兵である宗介に動揺はみられない。

 冷静に状況を確認する。

「アイリスの機体だけよ」

「アイリスの……?」

 その名を耳にして、居並ぶ全員が左右を見渡す。

 花組メンバーのうち、一人だけがここに欠けていた。

 劇場内を探したが、肝心のアイリスはどこにもいない。

 導き出される答えは一つだけだ。

 宗介が厳しい顔で、腕を組む。

「除隊した人間が、部隊の装備を無断で使用するとは……」

「ツッコむところが違うやろ!」

 ハリセンを持っていたなら、間違いなく彼女は宗介の頭を叩いただろう。

「機体の奪取が目的でないなら、発信器が稼働しているのでは?」

「そうね。確認してみるわ」

 宗介の指摘に、あやめがコンソールを操作する。

「浅草に向かってるようね」

「では。我々も追います。機密保持のためにも、早急にアイリス機を回収しなければ」

 宗介の言葉を、さくらが訂正する。

「違います! アイリスを連れ戻しに行くんです!」

 

 

 

 しかし、悪い時には悪いことが重なるものだ。

 再び警報が鳴り響いた。

 浅草に鎧武者が出現したのだ。

 

 

 

 宗介達が浅草に到着した時、すでに黄色い〈光武〉――アイリスの機体は、鎧武者の群れに囲まれていた。

「アイリス!」

 彼女を助けようとして、宗介が意識を凝らす。障壁を創り上げようとした時、――アイリス機が消えた。

 アイリスは移動するとき、機体を動かす必要すらなかった。

 彼女の強い霊力とラムダ・ドライバが実現させた驚くべき現象。それは瞬間移動だった。

 障害物の存在を無視し、自分を中心にした特定範囲へ、一瞬にして跳ぶことができるのだ。

 その動きに、敵も、そして、味方までも翻弄される。

「いい加減にしろ。危険なのがわからないのか!」

『アイリスはもう花組じゃないもん。お兄ちゃんの命令になんて、従わないんだから』

 意地を張って、ますます、アイリスの態度は硬化する。

『待ちなさい、アイリス。言うことを聞きなさい!』

 マリアが告げても、アイリスは耳を貸そうとしない。

 

 

 

 無作為な瞬間移動。

 状況判断もなく、戦術を無視した行動。

 それはとんでもなく危険な行為だ。

 暴走する感情のままに、アイリスは無作為な瞬間移動を繰り返す。

 何度か鎧武者の眼前に出現もして、さくらたちがひやりとした。

 アイリスが無事なのは、そのつど宗介が障壁を展開していたからだ。

「アイリス。こちらの指示に従え。俺達の背後に下がるんだ!」

 宗介が通信機に怒鳴りつける。

『ふ〜んだ!』

 むくれたアイリスがぷいっと顔を背ける。

 彼女の視線の先で鬼が火球を吐いていた。

 こちらに迫る火球。

 それは、狙いたがわずボン太くんを襲った。

『ふもっ!?』

 焼けこげたボン太くんが、アイリスの前で地面に倒れた。

 アイリスに意識を向けていた宗介は、これまでに何度も鎧武者の攻撃を受けていた。

 そして、今もまた、気づくのが遅れてかわし損ねたのだ。

『お兄……ちゃん?』

 アイリスの脳裏に、先日の光景が浮かぶ。

 カンナを助けようとして、宗介は傷を負った。今と同じように……。

 自分を助けようとした行動に、嘘など含まれているはずがない。

 少なくとも、カンナと同じように自分を大切にしてくれている。

 それも、自分自身への危険を忘れるほど……。

 自分のせいだ……。

 自分のせいで、お兄ちゃんが……。

 お兄ちゃんを助けないと……。

 アイリスが、お兄ちゃんを助けるんだ!

 その想いが現実のものとなる。ラムダ・ドライバによって――。

「これは……?」

 身体に負ったはずの傷が治癒していた。

 破損したはずのボン太くんが修復していた。

 アイリス・マリオネット。

 それは生体の治療だけでなく、機械の破損すらも復元する、一種の奇跡であった。

『ごめんなさい……』

「君への叱責は後回しだ。奴らを倒すぞ」

『はい!』

 全員の声が応えていた。

 

 

 

 一夜明けても、アイリスはふさぎがちだった。

 宗介は、〈光武〉の無断使用に関しては許したのだが、除隊に関してはなぜか頑なに撤回しようとしない。

 アイリス本人は、宗介に怪我をさせたことを負い目に感じて、強く言い出せずにいる……。

 そして、宗介の方からこう切り出した。

「アイリス。デートに行くのではなかったのか?」

「え……? だって、アイリスはもう花組をやめたんだよ」

「昨日も言っただろう? 私生活と作戦行動は別だ。むしろ、アイリスが除隊するならつきあうと言ったはずだ」

「う、うん……」

 アイリスは宗介に従って遊園地へと向かった。

 

 

 

 せっかくの遊園地だったが、アイリスもさすがに楽しめないらしかった。

 宗介の対応はいつも通りなのだが、彼女自身が冷たくあしらわれていると感じてしまうからだ。

 少しも楽しそうに見えないふたりが、広場のベンチに腰を下ろす。

 意を決してアイリスが口を開く。

「……お兄ちゃん。アイリスは花組に必要ないの?」

 アイリスは、自分の存在意義を尋ねた。

 宗介としては正直に答えたくはない。だが、今の彼女に嘘をつく気にもなれなかった。

「……いや。障害物に制限されずに動けたり、戦闘中に機体を回復させられる戦力は貴重だろう」

「だったら、アイリスを〈光武〉に乗せて」

「しかし……」

「もう、あんなことはしない。絶対にお兄ちゃんの命令にも従う。だから、もう一度、花組に入れて」

 それはアイリスの本心だろう。だが、宗介としては、彼女を諦めさせたい。

「しかし、君には他にも生きる場所がある。あの舞台だ。危険に身をさらさずとも生きていけるんだ。君たちには、戦場よりも舞台の方が、似合っている」

 その言葉を聞いて、アイリスにもわかった。

 アイリスが未熟だからやめさせたいのではない。――もちろん、それも理由のひとつだろうが──宗介はアイリスの身を案じているのだ。アイリスだけではなく、花組の皆を……。

「お兄ちゃんは、戦うの?」

「俺は戦うことしかできない人間だからな」

 宗介が自嘲気味に告げる。

 そんな自分に比べて、歌劇団の舞台に立つ彼女達はどんなにまぶしい存在だろうか……。

「アイリスは花組にいたい。みんなと一緒に戦いたい!」

 宗介と一緒に、そして、同じ力を持つ仲間達と一緒に。

 アイリスの澄んだ瞳が、宗介に向けられる。決して揺らがず、真っ直ぐに――。

「…………」

 宗介は止めていた息を吐き出した。

 仕方がない。

 彼女が自分の責任に置いて望むのならば、それを無視するわけにはいかない。

「わかった」

 アイリスにうなずいてみせる。

「これからもよろしく頼む」

「……っ!」

 アイリスが宗介に抱きついていた。

 彼女を戦場に出すのは宗介の本意ではない。しかし、なぜか宗介にも嬉しく思えた。

 

 

 

「そうか……。隊長はそこまで考えていたのかよ」

 カンナがぐしっと鼻をすする。

 感情が出やすいカンナは、実は涙もろかったりするのだ。

『…………』

 口に出さずとも、皆が同じ想いを抱いている。

 戦力が減ることがわかっていながら、隊員の生き方を気遣ってくれる。そういう人間は滅多にいないだろう。

 宗介が霊的な戦いの歴史に疎いことや、これまでの戦いを優位に進めているからという事情もあるが、まあ、宗介の心情に嘘はない。

 二人のデートを心配して隠れて様子をうかがっていた面々は、思いがけず宗介の真意を知ったのだった。

 

 

 

 観客がいることにも気づかず、二人のデートは終わりに近づいた。

 宗介の本音を知って、アイリスの機嫌も完全に治っている。

 元気いっぱいでアイリスは、宗介を振り回した。

「そろそろ、帰るぞ。もう、日が暮れる」

「え〜。もう?」

「うむ」

「もう少しだけ、いようよ〜」

 そう甘えるが、そのあたり宗介はきっちりしている。

「諦めろ。また今度つきあってやる」

「……うん」

 アイリスは嬉しそうにうなずいた。

「じゃあ、はい」

 宗介を向いて、目をつぶる。

「……?」

 わけがわからず、宗介が首をひねる。

「どうしたんだ?」

「もお〜」

 不満そうに、アイリスが頬を膨らませた。

「デートの最後はキスするものなの」

「そうなのか?」

「うん♪」

「ふむ。了解した」

 宗介の言葉に、アイリスが再び目を閉じる。

 宗介は両手でアイリスの頬を押さえ、しっかりと唇を重ねた。

『あ――――っ!?』

 途端に5人の叫び声が重なった。

「ん?」

 唇を離して宗介が目を向けると、茂みに身を潜めていた5人の少女が駆け寄ってきた。

「な、な、な、なんてことするんですか!?」

「幼さにつけ込むなんて、許されることではありませんわ」

「やっぱり、相良はんはアッチが好みなんか!?」

「アイリスには早すぎんだろ!」

「隊長を見損ないました」

 宗介もさすがに驚いて、尋ねる。

「覗いていたのか?」

 一番問題となりそうな点を指摘したが、その件については誰も説明する気がないようだ。

「……今のは、アイリスが望んだからだ。見ていたのなら、わかっているだろう? 本人が了承しているのに、どこが問題なんだ?」

 いつもの口調で尋ねる、いつもの宗介がそこにいた。

 さすがに5人は頭を抱える。

 宗介が視線を向けても、アイリスは頬を紅潮させて、嬉しそうに宗介を見つめているだけだ。嫌がっているようには見えない。

 彼女達は何を気に病んでいるのだろう……。

「相良さん! 小さな女の子でも対等に扱うのは、素晴らしいことです。でも、してはいけないこともあるんです!」

 さくらの断言に、残る四人もうなずいている。

 どうやら、アイリス相手にキスをした事は、許されない事らしい。

「ちょっと待ってくれ」

 宗介は慌てずに、皆を押さえる。

「……なんですか?」

 さくらがにらむ。

「状況を性格に把握したい。電話をかけさせてくれ」

「電話……?」

 宗介は6人の少女の目の前で、知人に電話をかける。

「相良だ。……すまない。すこし尋ねたいことがある……。先ほどキスをしてくれと要望された。……だから、キスだ。……うむ。間違いない」

 宗介がデートの別れ際だと状況を要約して説明する。

「相手を意志を確認したのだから、この場合は問題ないのだろう? ……よく聞こえん。……君は何が言いたいんだ? 悪いが、イエスかノーかで答えてくれ。……では、俺に問題はないな?」

 相手の返答を聞いて、宗介が納得したようにうなずいた。

「了解した。……もう一つ、聞かせてくれ。その場合、相手の年齢は関係あるのか? ……確か十歳のはずだ」

 しばらくの間が空き……。

 

『なに考えてんのよ、このバカっ!』

 

 相手の声が、携帯電話を壊しかねない音量で響いた。

 さくらたちの耳にまでその声は届く。

 宗介を罵倒する声は一向にやむ気配がなく、見る間に宗介がうなだれていく。

「そうか……。その、すまない。気をつける……」

 さくらたちの存在に気づいた宗介は、さすがに隊長としての対面が気になった。

「……すまないが、これで切るぞ」

 そう告げて、宗介は通話を打ち切った。

 すぐさま、その携帯電話に着信が入る。

 かけてきた相手の番号を確認した宗介は、電話に出るのをためらったあげく……、何かを覚悟した上で、そのまま電源を切る。

 さすがに、それで携帯電話も沈黙した。

「……どうやら、俺が間違っていたらしい。全面的に俺のミスだ。すまない」

 さきほどの言葉はどこへやら、しょんぼりと落ち込んでいる宗介は、いっそ気の毒なほどだった。

 

 

 

 ──つづく。

 平政桜に浪漫の嵐〜♪

 

 

 

 あとがき。

 大神ならまだしも、宗介がキスしてしまうというのは、『サクラ大戦』ファンは嫌がるかもしれませんね〜。

 かといって、おでこなどにかわすというのもなんですし……。まぁ、いっか! と、開き直りました。








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