大帝国劇場。 休館日で客のいない廊下を掃除している、若い清掃員の姿があった。 ちょうど正面ホールさしかかると、なにやらそこが騒がしい。 「おかえり、カンナ」 嬉しそうなアイリスの声が聞こえる。 「ひさしぶりやな〜。前よりもさらにたくましくなったんとちゃうか?」 「元気そうね」 紅蘭と、マリアの声も聞こえてくる。 「なんの騒ぎだ?」 宗介が歩み寄ると、そこに花組の面々が顔をそろえていた。 マリアも長身なのだが、人の輪の中心にいたのは、さらに背の高い人物だった。 「あら、軍曹。紹介いたしますわ。空手の修行で不在だった、桐島カンナ。花組で唯一のオトコですわ」 「そうか」 宗介が頷く。 「ちょっと待て! 誰がオトコだって!?」 そう怒鳴りだしたのは、紹介された当人である。 「もちろん、貴女のことですわ。どこからどう見たって、女には見えませんもの」 「なんだと〜。この、トリガラ女!」 「男女に言われても悔しくはありませんわ。オーホッホッホ!」 イヤミっぽく笑ってみせる。 「……ちょっとまってくれ」 宗介が、すみれとカンナの舌戦に割って入った。 「話を整理させてくれ、つまり、君は男ではないと記憶していいのか?」 「どういう意味だよ、そりゃ?」 カンナが、宗介をにらみつける。 「だから、君は女なのかと確認しているのだが?」 「あたしは女だ! どう見れば、男に見えんだよ!」 「どうと言われても……」 頭のてっぺんから、脚のつま先まで、しげしげとカンナを見る。 「男だと言われれば、そう見えなくもないぞ」 「軍曹は悪くはありませんわ。それもこれも、女らしくないカンナが悪いんじゃなくて?」 再びすみれが高笑いする。 「アンタが、新しい隊長だな? だったら、あたいの方こそ、アンタが本物の男かどうか確かめてやろうじゃないか」 「どうするつもりだ?」 「顔貸しな。トレーニングルームでいっちょもんでやるよ」 「……ふむ。つきあおう」 宗介が頷いた。 「お兄ちゃん。やめた方がいいよ。カンナ、強いんだから」 アイリスが忠告する。 「その方がありがたい。戦力になる」 「怪我するかも知れないよ」 「その心配は無用だ」 宗介が平然と応える。 「へん。いい度胸じゃねぇか」
宗介とカンナが対峙する。 身長差は一目瞭然だ。宗介の身長が低いわけではなく、カンナが高すぎるのだ。マリアとは違って、カンナは純粋に日本人なのだから、規格外もいいところだ。 カンナは身長に応じた体格をしており、さらに言うと、その肉体は並以上に鍛えられている。 それでも宗介は、条件に異を唱えようとはしない。 彼にとっての格闘能力というのは、全て戦場のためにある。スポーツとは違い、”同じ対格”というルールが存在しない世界なのだ。 「さあ、来な」 カンナが誘いをかけるが、宗介は動かない。 逆にカンナ自身が半歩踏み出して、軽く右拳を突き出してくる。 姿勢を低くして拳をかわした宗介の両足が床を蹴った。 これが蹴りならばカンナもすぐに反応したはずだ。しかし、この体勢と速度で有効な打撃とは思えない。気にせずに踏みこもうとしたカンナは、宗介の術中にはまった。 飛びつきカニばさみ。 宗介は両足で、油断したカンナの胴体を挟み込んだ。 そのままカンナへ体重を浴びせ、バランスを崩させた上で、空いている両手で彼女の両足を刈る。 さすがのカンナも立ってはいられずに、もつれるようにして床に倒れた。 宗介はカンナの両足を離そうとせず、まとめて脇の下に抱え込もうとする。 (関節技!?) そう察したカンナの背中に冷たいものが走り抜ける。 カンナは打撃だけで敵をねじ伏せてきたが、関節技の使い手との格闘経験がないわけではない。仕掛けるのが難しいものの、関節技は一度きまると、それだけで勝敗が決する。たとえその技を逃れたとしても、戦闘中にその傷が癒えることはない。いや、関節や腱に受けるダメージは一生残る可能性もあるのだ。 宗介が、カンナの両足を交差させて、アキレス腱を極めようと狙ってくる。 カンナは、慌てて片足を引き抜くと、宗介の片手を蹴り飛ばした。 ダメージは軽いだろうが、逃れるために十分な隙が生まれる。 カンナが距離を取ると同時に、宗介もその場に立ち上がった。
「たいしたものね」 マリアがつぶやくと、すみれもうなずいた。 「そうですわね。カンナと戦えるなんて予想以上ですわ」 「逆よ」 「……?」 マリアの返答にすみれが首を傾げる。 今の宗介の攻撃は見事だった。マリア自身、宗介と同じ技術を使えるため、その狙いもよくわかった。 虚を突かれたこともあり、カンナは見事にひっかかった。あのタイミングならば、あっさり宗介が勝ってもおかしくはない。 マリアが驚いたのは、それを脱出してみせたカンナの方である。カンナの脚力があってこその脱出法といえた。
互いに打撃技の応酬となっていた。 リーチの長いカンナが優位にたっているものの、決定打が出ない。宗介の関節技を警戒しているため、カンナの踏み込みがわずかに浅いのだ。とは言え、不用意な攻撃を仕掛けていたなら、関節技の餌食となっていただろう。
フェイントを駆使したカンナの一撃が決まり、宗介は壁に叩きつけられた。 ふらつきながらも宗介が立ち上がる。 「これで、終わりだぜ」 笑みを浮かべてカンナが迫る。 「……!」 しかし、カンナは宗介の目を見た。 その目は死んでなどいない。何かを狙っている! 間合いに入る直前で脚を止める。 関節技を仕掛けるには遠いはずだ。 そこへ、逆に宗介の方から、一歩踏み込んだ。 カンナは手首を取られることを警戒して、両手を交差させて構える。 宗介が腰を落として、低い姿勢をとりつつ、床を踏みしめた。 宗介の掌打がカンナをはじき飛ばした。 「くっ、やるじゃねぇか」 中央で、カンナが身体を起こす。固めたガードにより、威力が半減されていたのだ。 「どうする? まだ、続けるのか?」 問いかけたのは宗介の方だ。 「ふん。そっちはもうフラフラじゃねぇか。アンタの力はわかったし、ここまでだね」 そう告げたカンナが、にっと笑ってみせる。 今の打撃には驚いたが、まだ彼女の身体は動く。途中で切り上げるのは、宗介を思いやってのことだ。 「そうか……。助かった」 宗介が正直に告げる。やはり、カンナの筋力は脅威で、一撃の威力が違いすぎた。試合形式で戦う以上、勝ち目は薄いだろう。 「よろしくな。隊長」 そう言って、カンナは宗介の背中を乱暴に叩いた。 「……そういや、最後の掌底はなんて技だ? ひやりとしたぜ」 「確か、血栓掌という技だ。その使い手に何度か仕掛けられて、覚えた」 「へぇ。隊長には格闘技の素質があるんじゃねぇのか? これからも、あたいが鍛えてやるよ」 どうやら、宗介は彼女に認めてもらえたらしい。
その日、すぐにカンナは出撃の機会に恵まれた。 築地に鎧武者が十体以上も出現したのだ。 迎撃に向かったのは6機の〈光武〉と1機のボン太くんである。 カンナの機体は赤い〈光武〉。それは、防御力、攻撃力ともに最強の機体だ。 問題点は、機体よりも操縦者にあった。本人の性格もあり、一人で突出してしまうのだ。 「桐島、戻れ。先行しすぎだ」 『大丈夫だよ、隊長。軽い軽い』 カンナは宗介の指示に従わず、目前の鎧武者に攻め込んでいく。 「仕方がない。俺が桐島をフォローする。皆は陣形を崩さず、ついてきてくれ」 『待ってください。隊長だけでは……』 「命令だ。タチバナ」 『……了解しました』
宗介が危惧したとおり、カンナが敵に囲まれようとしていた。 鎧武者の陰に隠れて、カンナ機の姿が確認できない。 『ふもっふ!』 ボン太くんが急いで駆け寄ろうとする。 宗介の接近に気づいた数体が、宗介に迫る。 『相良さん!』 「くるな。ひとりでいい」 さくらを押さえつけるようにして、命じる。 これ以上分散すると危険すぎる。 ようやく視界にとらえたカンナの背後に鎧武者が迫る。あわてて、宗介は障壁を展開した。 危うく、敵の刀を防いだ。 遅れて状況に気づいたカンナが、宗介との接近をはかる。 そこへ──。 ざん! 一体が横薙ぎに刀を振るい、ボン太くんの腹を斬りつけていた。 「くっ!」 ボン太くんがショットガンを向ける。 があん! その敵は消滅させたが、倒れたボン太くんはそのまま動かない。 『隊長! 無事か!? しっかりしろ!』 カンナの声が通信機から聞こえてきた。
宗介は医務室のベッドに寝かされていた。 刀は宗介の脇腹を切ってはいたが、内臓にまで達してはいない。ボン太くんが動かなくなったのは、機体の損傷によるものだった。 あの後、鎧武者達は花組の活躍で、あっさりと始末された。イレギュラーな事態さえなければ、問題ないはずの、簡単な作戦だったのだ。 「すまねぇ、隊長。俺が一人で先走ったりしなけりゃ」 カンナが頭を下げる。 「それは関係ない。フォローは可能だったし、そう判断したのは俺自身だ。この傷は俺自身のミスにすぎない」 宗介がきっぱりと告げる。 「貴方は隊長失格です」 唐突な言葉に、皆が発言者に視線を向ける。 マリアだった。 「私は軍曹を本物の兵士だと思っていました。指揮官である貴方が、責任ある立場も忘れて、こんな判断ミスを犯すとは……」 「そんなことありません! カンナさんを助けるためにがんばったんですから」 いつもは宗介を怒鳴りつけることの多いさくらも、今回だけは宗介の味方だった。もともと、お人好しと言っていい少女なのだ。 「わたくしもそう思いますわ」 「そやそや。気にすることないで」 「お兄ちゃん。立派だったよ」 「感謝してるぜ、隊長!」 皆が宗介の肩を持った。 しかし、マリアは皆の言葉にうなずこうとはしない。 「軍曹が優秀な兵士であることは認めます。しかし、私は指揮官として認めることはできません」 マリアの断固とした言葉に、皆が言葉を詰まらせる。 「みんな、少しマリアと話がしたい。ふたりきりにしてくれ」 「相良はん……」 紅蘭が宗介に不安そうな視線を向ける。 「わかりましたわ。あとは軍曹にお任せいたします」 すみれが促すと、皆が医務室を出て行った。 残されたのは、宗介とマリアの二人だけだ。 本来、宗介が命じられているのは、花組を守ることである。極論すれば、花組が負けようと、作戦に失敗しようと、彼の任務とは関係がない。 だが、宗介はその点に触れるつもりはかった。マリアが論点にしているのが、そのことではないと思ったからだ。 「……俺も以前に、迷ったことがある。自分の知人が銃口にさらされた時だ。助けようとすれば、任務遂行の妨げとなるかも知れない。自分の身が危うくなるかも知れない。その葛藤があったが、結局、俺は助ける方を選んだ」 宗介の視線を受けて、マリアの瞳がかすかに揺らいだ。 「それまでの俺ならば、きっと、見捨てていたはずだ。兵士の判断としては間違っている。どうして、そんな決断ができたのかは、今でも不思議だ。しかし、俺はその選択を誇ることができる。兵士であることや、指揮官であることよりも、大切なことがあると思う」 それが、当時から宗介が考えていたことだった。 「……私にはわかりません。それは、……軍曹の個人的な感傷にすぎないでしょう? 軍曹には隊長としての責任があるのですから」 マリアは伏せていた視線を上げて、宗介を見る。 「とにかく。私は軍曹を隊長たる資格なしと判断します。米田中将にもそう進言させて頂きます」 そう告げて、マリアが出て行った。
「…………」 後ろ手に、扉をしめたマリアが、驚いて相手を見返した。 扉の横によりかかって、カンナがマリアを待っていたのだ。 「まあ、気持ちもわかるけどさ、大事には至らなかったんだからいいじゃねぇか? らしくねぇぜ、マリア」 マリアは視線をそらして、カンナを見返そうとしない。 マリアとカンナは一番古いつきあいだった。 カンナだけは、マリアの過去を知っている。 マリアはその時、恐怖にすくんでしまい命令を遂行できなかった。その代償として、上官でもあり大切な存在だった相手を、彼女は失ったのだ。 その一件が棘となって、今もマリアの胸に刺さっている……。
数日間は平和な時間が過ぎた。 宗介は万全を期して、傷がふさがるまでは学校へも行かず、大帝国劇場で過ごしていた。 そんなある日――。 「何を騒いでいるの?」 さくらが問いかけると、話し込んでいたアイリスと紅蘭が、争うようにさくらに寄ってくる。 「な、なに?」 「相良はんに見舞い客が来たんや。ごっついべっぴんさんやで」 「お見舞い?」 「うん。すっごい綺麗な人だよ」 ……あんな、無愛想な人に、女性のお見舞いが? さくらも興味をひかれて、二人と一緒に、宗介の部屋に向かった。 『あ……』 さくらたち三人が驚いて足を止める。 そこには先客がいたのだ。 『あ……』 宗介の部屋の扉に耳をあてていた、カンナとすみれも間抜けな声を漏らす。 「何をしてるんですか?」 「何をしにきたんですの?」 さくらとすみれが同時に口を開く。 「しっ!」 カンナが我に返って、二人に注意する。 当然の成り行きとして、全員揃って扉に耳をすませることとなった。
「……では、これまでも作戦行動は順調ですね」 「はい」 「米田中将は、ボーダ提督にも知られているような名将ですから、きっと、相良さんにとっても勉強になると思いますよ」 「そうなのですか……?」 「ええ。それで、こちらの生活は、どうです?」 「問題ありません」 「隊員とは上手くいってますか? 相良さんは、無愛想ですから気になってたんですけど……」 「彼女達も一応はプロです。心配はいらないでしょう」 「彼女……達?」 「はい。自分の部下は全て女性でした」 「…………」 「大佐殿は日本支部設立の件でこられたのでしょう? 時間は大丈夫ですか」 「そうですね……」
「……なんか、色気のない会話だな」 カンナがつぶやいた。 「はい……」 「そうですわね」 「そやな」 「そうだね」 皆も口々に賛同する。 そこへ、お約束のように、扉が内側へ開かれた。 当然、5人揃って室内へ転がり込む。 扉を開けた少女は、五人分の体重がのった扉に押されて、床の上に突き飛ばされた。 「あいたたたた」 おしりをさすりながら、客の少女が立ち上がった。 アッシュブロンドの少女は、幼さを残す外見でありながら、知性の深さを感じさせる。可憐さと凛々しさをあわせもつ、美しい少女だった。 「貴女達は一体……?」 戸惑いながら少女が問いかける。 花組の面々は慌てて立ち上がった。 「わたくしたちは、軍曹の部下ですわ。そういう貴女は、何者ですの?」 代表して応えたのはすみれだった。 「そうですか……。私はテレサ・テスタロッサといいます」 ちらりと、少女は宗介を一瞥し、改めて口を開く。 「ソウスケは、とても大切な人なんです。少し変わっているので、皆さんにもご迷惑をおかけすると思いますが、よろしくお願いしますね」 乱入者に、にこやかに告げた。 宗介に振り返って、 「では、わたしはこれで失礼します。あまり、隊員の皆さんと親しくなりすぎないでくださいね」 と言い残し、彼女は帰っていった。 ソウスケ? いつだったか、似たような事があったな……。 宗介が記憶をたどる。 それは、有明事件の頃だった。テッサが初めてかなめと顔を合わせた時に、どういうつもりか、唐突に自分を名前で呼んで、かなめが気分を害したのだ。 まさか……。 「大切な人やて……」 ジトリと紅蘭が眼鏡越しに宗介を見る。 「兵士としてだ。俺でなければ扱えない装備があるからな」 「そのわりには親しげじゃありませんこと?」 「彼女は俺の上官にすぎない」 告白されたことはあったが、それはすでに過去のことだ。 「え〜? お兄ちゃんより年下でしょ?」 「そう見えるかもしれんが、同年齢だ」 「わざわざ、上官が見舞にまで来るかぁ、普通?」 「別な用件で来たついでだと言っていたぞ」 宗介がいちいち答えていく。 よくわからんが、あのときのかなめと同じように、機嫌を損ねられるとあとあと面倒だ。 「……男らしくないですよ。相良さん」 「真宮寺……?」 「恋人なら恋人だって正直に言えばいいんです。隠すなんて、イヤらしい!」 そう言い捨てて、ぷいっと部屋を出て行ってしまった。 「ちょっ……、さくらさんっ!」 残る四人が、慌ててさくらを追いかけていった。 「だから、違うと言っているのだが……」 うーむ、と宗介が腕を組んで首をひねる。
宗介の傷が癒えた頃、彼等は再び出撃することになる。 九段下に、鎧武者だけではなく、鬼まで出現したのだ。 鬼の支配下にあるのか、鎧武者は壁となって鬼を守る。 鎧武者は通常の一撃でも撃退できる。だが、宗介のときもそうだが、鎧武者の攻撃を受けた場合、こちらも無傷とはいかない。へたをすると、こちらも一撃で倒される可能性もあるのだ。 カンナも反省したらしく、花組は陣形を組み、一丸となって敵への攻撃を開始する。
そこへ、少女の泣き声が聞こえてきた。 逃げ遅れたらしい少女が、恐怖に耐えきれず泣き出したのだ。 少女に近いのは、マリアだった。 助けようとした動きを察して宗介が声をかける。 「タチバナ、命令だ。その子は無視しろ」 『なっ!?』 それは、マリアだけでなく、皆が耳を疑った。 「敵は密集している。その子に被害が及ぶ可能性は低い。今は戦力を集中して、敵を倒す」 宗介が重ねて命じた。 鎧武者の背後にいた鬼の注意が、泣き続ける少女へ向けられた。 『相良はん。あの子がっ!』 紅蘭のせっぱ詰まった声。 その声を聞くまでもなく、マリアが動いていた。 鬼が火球を吐き出す。 マリアの黒い〈光武〉が、機体を盾にしようと、その背中を火球にさらす。 ごおんっ! 爆発音はしても、マリアはなんの衝撃も感じなかった。 周囲を探ると、自分と鬼の中間で、爆発が静まっていく。 これは……。 宗介が虚弦斥力場で障壁を作り上げ、マリア達を庇ったのである。 「だから、放っておけと言ったはずだ」 「…………」 マリアが唇を噛んだ。 宗介の方が、状況を正確に把握していたのだ。 再び鬼が火球を吐き出そうとしているのを目にして、マリアが動いた。 銃口を鬼に向ける。 イメージするのは、あの火球をも凍り付かせる雪の精霊。 「スネグーラチカ!」 銃弾が、先ほどの火球の軌跡を辿る。 鬼の頭部に炸裂した途端、その身体も、口の中の火球すらも、全てを凍り付かせた。 極低温で凍結した身体が、ぴしりとひび割れ、微細な破片をふりまきながら砕け散った。
任務終了後、〈光武〉を搬入している横で、花組の面々が顔をそろえている。 「タチバナ、お前は命令を無視した。その理由を聞こう」 「それは……、あの子供が危険だと判断したからです」 「気持ちはわかるが、命令違反をしたことには変わりない。反省はしているな」 「……反省はしていますが、後悔はしていません」 「では、命令違反の罰として、日比谷公園を30周走ってこい」 宗介が命じる。 「そんな……。独断で動いたのが問題なら、この前の相良さんと同じじゃないですか!」 さくらが反論する。 居並ぶ面々も、さくらの言葉に頷いている。 だが――。 「はい。了解しました」 マリアは、むしろ嬉しそうに頷いた。
夜に走るというのは、本人にとっても、公園にいる第三者にとっても問題が起きそうなので、マリアは翌朝にそれを実行した。 午前5時。 人気のない公園を、マリアが走っている。 そこへ──。 「どうして……?」 マリアの隣に、同じくジャージ姿の宗介が並んだのだ。 「前回の分だ。俺は傷を負っていて、走れなかったからな」 「…………」 二人は黙々と周回を重ねる。 朝日が周囲を照らし出している。 人のいない公園で、二人の規則正しい足音が響く。 排ガスの少ない透き通った空気に、緑の匂いが混じっていた。 しばらく自分の想いを追っていたマリアが、口を開く。 「……これからも、花組をお願いします。隊長」 「了解した」
──つづく。 平政桜に浪漫の嵐〜♪
あとがき。 今回は、クロスオーバーらしく、フルメタ成分が追加されています。 見よう見まねで技を決めるのは、少年マンガのお家芸なので、勘弁してください。 あと、最初に宗介が使ったのは、ロシアの軍隊格闘術コマンド・サンボ。少佐に習ったという設定になってます。 |
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