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(四)ロシア娘の憂鬱


 大帝国劇場。

 休館日で客のいない廊下を掃除している、若い清掃員の姿があった。

 ちょうど正面ホールさしかかると、なにやらそこが騒がしい。

「おかえり、カンナ」

 嬉しそうなアイリスの声が聞こえる。

「ひさしぶりやな〜。前よりもさらにたくましくなったんとちゃうか?」

「元気そうね」

 紅蘭と、マリアの声も聞こえてくる。

「なんの騒ぎだ?」

 宗介が歩み寄ると、そこに花組の面々が顔をそろえていた。

 マリアも長身なのだが、人の輪の中心にいたのは、さらに背の高い人物だった。

「あら、軍曹。紹介いたしますわ。空手の修行で不在だった、桐島カンナ。花組で唯一のオトコですわ」

「そうか」

 宗介が頷く。

「ちょっと待て! 誰がオトコだって!?」

 そう怒鳴りだしたのは、紹介された当人である。

「もちろん、貴女のことですわ。どこからどう見たって、女には見えませんもの」

「なんだと〜。この、トリガラ女!」

「男女に言われても悔しくはありませんわ。オーホッホッホ!」

 イヤミっぽく笑ってみせる。

「……ちょっとまってくれ」

 宗介が、すみれとカンナの舌戦に割って入った。

「話を整理させてくれ、つまり、君は男ではないと記憶していいのか?」

「どういう意味だよ、そりゃ?」

 カンナが、宗介をにらみつける。

「だから、君は女なのかと確認しているのだが?」

「あたしは女だ! どう見れば、男に見えんだよ!」

「どうと言われても……」

 頭のてっぺんから、脚のつま先まで、しげしげとカンナを見る。

「男だと言われれば、そう見えなくもないぞ」

「軍曹は悪くはありませんわ。それもこれも、女らしくないカンナが悪いんじゃなくて?」

 再びすみれが高笑いする。

「アンタが、新しい隊長だな? だったら、あたいの方こそ、アンタが本物の男かどうか確かめてやろうじゃないか」

「どうするつもりだ?」

「顔貸しな。トレーニングルームでいっちょもんでやるよ」

「……ふむ。つきあおう」

 宗介が頷いた。

「お兄ちゃん。やめた方がいいよ。カンナ、強いんだから」

 アイリスが忠告する。

「その方がありがたい。戦力になる」

「怪我するかも知れないよ」

「その心配は無用だ」

 宗介が平然と応える。

「へん。いい度胸じゃねぇか」

 

 

 

 宗介とカンナが対峙する。

 身長差は一目瞭然だ。宗介の身長が低いわけではなく、カンナが高すぎるのだ。マリアとは違って、カンナは純粋に日本人なのだから、規格外もいいところだ。

 カンナは身長に応じた体格をしており、さらに言うと、その肉体は並以上に鍛えられている。

 それでも宗介は、条件に異を唱えようとはしない。

 彼にとっての格闘能力というのは、全て戦場のためにある。スポーツとは違い、”同じ対格”というルールが存在しない世界なのだ。

「さあ、来な」

 カンナが誘いをかけるが、宗介は動かない。

 逆にカンナ自身が半歩踏み出して、軽く右拳を突き出してくる。

 姿勢を低くして拳をかわした宗介の両足が床を蹴った。

 これが蹴りならばカンナもすぐに反応したはずだ。しかし、この体勢と速度で有効な打撃とは思えない。気にせずに踏みこもうとしたカンナは、宗介の術中にはまった。

 飛びつきカニばさみ。

 宗介は両足で、油断したカンナの胴体を挟み込んだ。

 そのままカンナへ体重を浴びせ、バランスを崩させた上で、空いている両手で彼女の両足を刈る。

 さすがのカンナも立ってはいられずに、もつれるようにして床に倒れた。

 宗介はカンナの両足を離そうとせず、まとめて脇の下に抱え込もうとする。

(関節技!?)

 そう察したカンナの背中に冷たいものが走り抜ける。

 カンナは打撃だけで敵をねじ伏せてきたが、関節技の使い手との格闘経験がないわけではない。仕掛けるのが難しいものの、関節技は一度きまると、それだけで勝敗が決する。たとえその技を逃れたとしても、戦闘中にその傷が癒えることはない。いや、関節や腱に受けるダメージは一生残る可能性もあるのだ。

 宗介が、カンナの両足を交差させて、アキレス腱を極めようと狙ってくる。

 カンナは、慌てて片足を引き抜くと、宗介の片手を蹴り飛ばした。

 ダメージは軽いだろうが、逃れるために十分な隙が生まれる。

 カンナが距離を取ると同時に、宗介もその場に立ち上がった。

 

 

 

「たいしたものね」

 マリアがつぶやくと、すみれもうなずいた。

「そうですわね。カンナと戦えるなんて予想以上ですわ」

「逆よ」

「……?」

 マリアの返答にすみれが首を傾げる。

 今の宗介の攻撃は見事だった。マリア自身、宗介と同じ技術を使えるため、その狙いもよくわかった。

 虚を突かれたこともあり、カンナは見事にひっかかった。あのタイミングならば、あっさり宗介が勝ってもおかしくはない。

 マリアが驚いたのは、それを脱出してみせたカンナの方である。カンナの脚力があってこその脱出法といえた。

 

 

 

 互いに打撃技の応酬となっていた。

 リーチの長いカンナが優位にたっているものの、決定打が出ない。宗介の関節技を警戒しているため、カンナの踏み込みがわずかに浅いのだ。とは言え、不用意な攻撃を仕掛けていたなら、関節技の餌食となっていただろう。

 

 

 

 フェイントを駆使したカンナの一撃が決まり、宗介は壁に叩きつけられた。

 ふらつきながらも宗介が立ち上がる。

「これで、終わりだぜ」

 笑みを浮かべてカンナが迫る。

「……!」

 しかし、カンナは宗介の目を見た。

 その目は死んでなどいない。何かを狙っている!

 間合いに入る直前で脚を止める。

 関節技を仕掛けるには遠いはずだ。

 そこへ、逆に宗介の方から、一歩踏み込んだ。

 カンナは手首を取られることを警戒して、両手を交差させて構える。

 宗介が腰を落として、低い姿勢をとりつつ、床を踏みしめた。

 宗介の掌打がカンナをはじき飛ばした。

「くっ、やるじゃねぇか」

 中央で、カンナが身体を起こす。固めたガードにより、威力が半減されていたのだ。

「どうする? まだ、続けるのか?」

 問いかけたのは宗介の方だ。

「ふん。そっちはもうフラフラじゃねぇか。アンタの力はわかったし、ここまでだね」

 そう告げたカンナが、にっと笑ってみせる。

 今の打撃には驚いたが、まだ彼女の身体は動く。途中で切り上げるのは、宗介を思いやってのことだ。

「そうか……。助かった」

 宗介が正直に告げる。やはり、カンナの筋力は脅威で、一撃の威力が違いすぎた。試合形式で戦う以上、勝ち目は薄いだろう。

「よろしくな。隊長」

 そう言って、カンナは宗介の背中を乱暴に叩いた。

「……そういや、最後の掌底はなんて技だ? ひやりとしたぜ」

「確か、血栓掌という技だ。その使い手に何度か仕掛けられて、覚えた」

「へぇ。隊長には格闘技の素質があるんじゃねぇのか? これからも、あたいが鍛えてやるよ」

 どうやら、宗介は彼女に認めてもらえたらしい。

 

 

 

 その日、すぐにカンナは出撃の機会に恵まれた。

 築地に鎧武者が十体以上も出現したのだ。

 迎撃に向かったのは6機の〈光武〉と1機のボン太くんである。

 カンナの機体は赤い〈光武〉。それは、防御力、攻撃力ともに最強の機体だ。

 問題点は、機体よりも操縦者にあった。本人の性格もあり、一人で突出してしまうのだ。

「桐島、戻れ。先行しすぎだ」

『大丈夫だよ、隊長。軽い軽い』

 カンナは宗介の指示に従わず、目前の鎧武者に攻め込んでいく。

「仕方がない。俺が桐島をフォローする。皆は陣形を崩さず、ついてきてくれ」

『待ってください。隊長だけでは……』

「命令だ。タチバナ」

『……了解しました』

 

 

 

 宗介が危惧したとおり、カンナが敵に囲まれようとしていた。

 鎧武者の陰に隠れて、カンナ機の姿が確認できない。

『ふもっふ!』

 ボン太くんが急いで駆け寄ろうとする。

 宗介の接近に気づいた数体が、宗介に迫る。

『相良さん!』

「くるな。ひとりでいい」

 さくらを押さえつけるようにして、命じる。

 これ以上分散すると危険すぎる。

 ようやく視界にとらえたカンナの背後に鎧武者が迫る。あわてて、宗介は障壁を展開した。

 危うく、敵の刀を防いだ。

 遅れて状況に気づいたカンナが、宗介との接近をはかる。

 そこへ──。

 ざん!

 一体が横薙ぎに刀を振るい、ボン太くんの腹を斬りつけていた。

「くっ!」

 ボン太くんがショットガンを向ける。

 があん!

 その敵は消滅させたが、倒れたボン太くんはそのまま動かない。

『隊長! 無事か!? しっかりしろ!』

 カンナの声が通信機から聞こえてきた。

 

 

 

 宗介は医務室のベッドに寝かされていた。

 刀は宗介の脇腹を切ってはいたが、内臓にまで達してはいない。ボン太くんが動かなくなったのは、機体の損傷によるものだった。

 あの後、鎧武者達は花組の活躍で、あっさりと始末された。イレギュラーな事態さえなければ、問題ないはずの、簡単な作戦だったのだ。

「すまねぇ、隊長。俺が一人で先走ったりしなけりゃ」

 カンナが頭を下げる。

「それは関係ない。フォローは可能だったし、そう判断したのは俺自身だ。この傷は俺自身のミスにすぎない」

 宗介がきっぱりと告げる。

「貴方は隊長失格です」

 唐突な言葉に、皆が発言者に視線を向ける。

 マリアだった。

「私は軍曹を本物の兵士だと思っていました。指揮官である貴方が、責任ある立場も忘れて、こんな判断ミスを犯すとは……」

「そんなことありません! カンナさんを助けるためにがんばったんですから」

 いつもは宗介を怒鳴りつけることの多いさくらも、今回だけは宗介の味方だった。もともと、お人好しと言っていい少女なのだ。

「わたくしもそう思いますわ」

「そやそや。気にすることないで」

「お兄ちゃん。立派だったよ」

「感謝してるぜ、隊長!」

 皆が宗介の肩を持った。

 しかし、マリアは皆の言葉にうなずこうとはしない。

「軍曹が優秀な兵士であることは認めます。しかし、私は指揮官として認めることはできません」

 マリアの断固とした言葉に、皆が言葉を詰まらせる。

「みんな、少しマリアと話がしたい。ふたりきりにしてくれ」

「相良はん……」

 紅蘭が宗介に不安そうな視線を向ける。

「わかりましたわ。あとは軍曹にお任せいたします」

 すみれが促すと、皆が医務室を出て行った。

 残されたのは、宗介とマリアの二人だけだ。

 本来、宗介が命じられているのは、花組を守ることである。極論すれば、花組が負けようと、作戦に失敗しようと、彼の任務とは関係がない。

 だが、宗介はその点に触れるつもりはかった。マリアが論点にしているのが、そのことではないと思ったからだ。

「……俺も以前に、迷ったことがある。自分の知人が銃口にさらされた時だ。助けようとすれば、任務遂行の妨げとなるかも知れない。自分の身が危うくなるかも知れない。その葛藤があったが、結局、俺は助ける方を選んだ」

 宗介の視線を受けて、マリアの瞳がかすかに揺らいだ。

「それまでの俺ならば、きっと、見捨てていたはずだ。兵士の判断としては間違っている。どうして、そんな決断ができたのかは、今でも不思議だ。しかし、俺はその選択を誇ることができる。兵士であることや、指揮官であることよりも、大切なことがあると思う」

 それが、当時から宗介が考えていたことだった。

「……私にはわかりません。それは、……軍曹の個人的な感傷にすぎないでしょう? 軍曹には隊長としての責任があるのですから」

 マリアは伏せていた視線を上げて、宗介を見る。

「とにかく。私は軍曹を隊長たる資格なしと判断します。米田中将にもそう進言させて頂きます」

 そう告げて、マリアが出て行った。

 

 

 

「…………」

 後ろ手に、扉をしめたマリアが、驚いて相手を見返した。

 扉の横によりかかって、カンナがマリアを待っていたのだ。

「まあ、気持ちもわかるけどさ、大事には至らなかったんだからいいじゃねぇか? らしくねぇぜ、マリア」

 マリアは視線をそらして、カンナを見返そうとしない。

 マリアとカンナは一番古いつきあいだった。

 カンナだけは、マリアの過去を知っている。

 マリアはその時、恐怖にすくんでしまい命令を遂行できなかった。その代償として、上官でもあり大切な存在だった相手を、彼女は失ったのだ。

 その一件が棘となって、今もマリアの胸に刺さっている……。

 

 

 

 数日間は平和な時間が過ぎた。

 宗介は万全を期して、傷がふさがるまでは学校へも行かず、大帝国劇場で過ごしていた。

 そんなある日――。

「何を騒いでいるの?」

 さくらが問いかけると、話し込んでいたアイリスと紅蘭が、争うようにさくらに寄ってくる。

「な、なに?」

「相良はんに見舞い客が来たんや。ごっついべっぴんさんやで」

「お見舞い?」

「うん。すっごい綺麗な人だよ」

 ……あんな、無愛想な人に、女性のお見舞いが?

 さくらも興味をひかれて、二人と一緒に、宗介の部屋に向かった。

『あ……』

 さくらたち三人が驚いて足を止める。

 そこには先客がいたのだ。

『あ……』

 宗介の部屋の扉に耳をあてていた、カンナとすみれも間抜けな声を漏らす。

「何をしてるんですか?」

「何をしにきたんですの?」

 さくらとすみれが同時に口を開く。

「しっ!」

 カンナが我に返って、二人に注意する。

 当然の成り行きとして、全員揃って扉に耳をすませることとなった。

 

 

 

「……では、これまでも作戦行動は順調ですね」

「はい」

「米田中将は、ボーダ提督にも知られているような名将ですから、きっと、相良さんにとっても勉強になると思いますよ」

「そうなのですか……?」

「ええ。それで、こちらの生活は、どうです?」

「問題ありません」

「隊員とは上手くいってますか? 相良さんは、無愛想ですから気になってたんですけど……」

「彼女達も一応はプロです。心配はいらないでしょう」

「彼女……達?」

「はい。自分の部下は全て女性でした」

「…………」

「大佐殿は日本支部設立の件でこられたのでしょう? 時間は大丈夫ですか」

「そうですね……」

 

 

 

「……なんか、色気のない会話だな」

 カンナがつぶやいた。

「はい……」

「そうですわね」

「そやな」

「そうだね」

 皆も口々に賛同する。

 そこへ、お約束のように、扉が内側へ開かれた。

 当然、5人揃って室内へ転がり込む。

 扉を開けた少女は、五人分の体重がのった扉に押されて、床の上に突き飛ばされた。

「あいたたたた」

 おしりをさすりながら、客の少女が立ち上がった。

 アッシュブロンドの少女は、幼さを残す外見でありながら、知性の深さを感じさせる。可憐さと凛々しさをあわせもつ、美しい少女だった。

「貴女達は一体……?」

 戸惑いながら少女が問いかける。

 花組の面々は慌てて立ち上がった。

「わたくしたちは、軍曹の部下ですわ。そういう貴女は、何者ですの?」

 代表して応えたのはすみれだった。

「そうですか……。私はテレサ・テスタロッサといいます」

 ちらりと、少女は宗介を一瞥し、改めて口を開く。

「ソウスケは、とても大切な人なんです。少し変わっているので、皆さんにもご迷惑をおかけすると思いますが、よろしくお願いしますね」

 乱入者に、にこやかに告げた。

 宗介に振り返って、

「では、わたしはこれで失礼します。あまり、隊員の皆さんと親しくなりすぎないでくださいね」

 と言い残し、彼女は帰っていった。

 ソウスケ?

 いつだったか、似たような事があったな……。

 宗介が記憶をたどる。

 それは、有明事件の頃だった。テッサが初めてかなめと顔を合わせた時に、どういうつもりか、唐突に自分を名前で呼んで、かなめが気分を害したのだ。

 まさか……。

「大切な人やて……」

 ジトリと紅蘭が眼鏡越しに宗介を見る。

「兵士としてだ。俺でなければ扱えない装備があるからな」

「そのわりには親しげじゃありませんこと?」

「彼女は俺の上官にすぎない」

 告白されたことはあったが、それはすでに過去のことだ。

「え〜? お兄ちゃんより年下でしょ?」

「そう見えるかもしれんが、同年齢だ」

「わざわざ、上官が見舞にまで来るかぁ、普通?」

「別な用件で来たついでだと言っていたぞ」

 宗介がいちいち答えていく。

 よくわからんが、あのときのかなめと同じように、機嫌を損ねられるとあとあと面倒だ。

「……男らしくないですよ。相良さん」

「真宮寺……?」

「恋人なら恋人だって正直に言えばいいんです。隠すなんて、イヤらしい!」

 そう言い捨てて、ぷいっと部屋を出て行ってしまった。

「ちょっ……、さくらさんっ!」

 残る四人が、慌ててさくらを追いかけていった。

「だから、違うと言っているのだが……」

 うーむ、と宗介が腕を組んで首をひねる。

 

 

 

 宗介の傷が癒えた頃、彼等は再び出撃することになる。

 九段下に、鎧武者だけではなく、鬼まで出現したのだ。

 鬼の支配下にあるのか、鎧武者は壁となって鬼を守る。

 鎧武者は通常の一撃でも撃退できる。だが、宗介のときもそうだが、鎧武者の攻撃を受けた場合、こちらも無傷とはいかない。へたをすると、こちらも一撃で倒される可能性もあるのだ。

 カンナも反省したらしく、花組は陣形を組み、一丸となって敵への攻撃を開始する。

 

 

 

 そこへ、少女の泣き声が聞こえてきた。

 逃げ遅れたらしい少女が、恐怖に耐えきれず泣き出したのだ。

 少女に近いのは、マリアだった。

 助けようとした動きを察して宗介が声をかける。

「タチバナ、命令だ。その子は無視しろ」

『なっ!?』

 それは、マリアだけでなく、皆が耳を疑った。

「敵は密集している。その子に被害が及ぶ可能性は低い。今は戦力を集中して、敵を倒す」

 宗介が重ねて命じた。

 鎧武者の背後にいた鬼の注意が、泣き続ける少女へ向けられた。

『相良はん。あの子がっ!』

 紅蘭のせっぱ詰まった声。

 その声を聞くまでもなく、マリアが動いていた。

 鬼が火球を吐き出す。

 マリアの黒い〈光武〉が、機体を盾にしようと、その背中を火球にさらす。

 ごおんっ!

 爆発音はしても、マリアはなんの衝撃も感じなかった。

 周囲を探ると、自分と鬼の中間で、爆発が静まっていく。

 これは……。

 宗介が虚弦斥力場で障壁を作り上げ、マリア達を庇ったのである。

「だから、放っておけと言ったはずだ」

「…………」

 マリアが唇を噛んだ。

 宗介の方が、状況を正確に把握していたのだ。

 再び鬼が火球を吐き出そうとしているのを目にして、マリアが動いた。

 銃口を鬼に向ける。

 イメージするのは、あの火球をも凍り付かせる雪の精霊。

「スネグーラチカ!」

 銃弾が、先ほどの火球の軌跡を辿る。

 鬼の頭部に炸裂した途端、その身体も、口の中の火球すらも、全てを凍り付かせた。

 極低温で凍結した身体が、ぴしりとひび割れ、微細な破片をふりまきながら砕け散った。

 

 

 

 任務終了後、〈光武〉を搬入している横で、花組の面々が顔をそろえている。

「タチバナ、お前は命令を無視した。その理由を聞こう」

「それは……、あの子供が危険だと判断したからです」

「気持ちはわかるが、命令違反をしたことには変わりない。反省はしているな」

「……反省はしていますが、後悔はしていません」

「では、命令違反の罰として、日比谷公園を30周走ってこい」

 宗介が命じる。

「そんな……。独断で動いたのが問題なら、この前の相良さんと同じじゃないですか!」

 さくらが反論する。

 居並ぶ面々も、さくらの言葉に頷いている。

 だが――。

「はい。了解しました」

 マリアは、むしろ嬉しそうに頷いた。

 

 

 

 夜に走るというのは、本人にとっても、公園にいる第三者にとっても問題が起きそうなので、マリアは翌朝にそれを実行した。

 午前5時。

 人気のない公園を、マリアが走っている。

 そこへ──。

「どうして……?」

 マリアの隣に、同じくジャージ姿の宗介が並んだのだ。

「前回の分だ。俺は傷を負っていて、走れなかったからな」

「…………」

 二人は黙々と周回を重ねる。

 朝日が周囲を照らし出している。

 人のいない公園で、二人の規則正しい足音が響く。

 排ガスの少ない透き通った空気に、緑の匂いが混じっていた。

 しばらく自分の想いを追っていたマリアが、口を開く。

「……これからも、花組をお願いします。隊長」

「了解した」

 

 

 

 ──つづく。

 平政桜に浪漫の嵐〜♪

 

 

 

 あとがき。

 今回は、クロスオーバーらしく、フルメタ成分が追加されています。

 見よう見まねで技を決めるのは、少年マンガのお家芸なので、勘弁してください。

 あと、最初に宗介が使ったのは、ロシアの軍隊格闘術コマンド・サンボ。少佐に習ったという設定になってます。








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