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(参)中国娘、参入


「さくら。気持ちは分かるけど、今から気負っていては、本番までもたないわ」

「自分でも、わかってはいるんですけど」

 さくらはこわばった笑顔を、マリアに向ける。

 彼女が、帝国華撃団に参入したのは、宗介よりわずかに早い程度らしい。他の団員たちはすでに歌劇団の舞台に立っているのだが、彼女だけは未経験なのだ。

 そして、次に行われる公演が、彼女の歌劇団員としての初舞台となる。

 そんな様子を見かけた宗介も、さくらに一言声をかけた。

「失敗したところで、誰かの命がかかっているわけでもなかろう。気楽に行け」

 その言葉に、さくらが過敏に反応する。

「簡単に言わないでください。これは役者である私の、初陣なんですから。自分の役者生命がかかっているんです」

 思わぬ強い口調に、宗介が言葉を詰まらせる。

 プレッシャーを和らげようと思っただけなのだが……。

 残念ながら、彼女はそう感じてくれなかったようだ。

「まったく、いい加減にしてくださらない? ピリピリと八つ当たりされては、皆が迷惑ですわ」

 すみれが割って入る。

「八つ当たりなんてしてません」

「凡人の貴女に、わたくしのような演技など、誰も期待していませんわ。うわずったままでは、普段並の演技もできないのではなくて?」

「むぅ」

 その言葉に、さくらが頬を膨らませる。

 さすがに、すでに高い評価を得ているすみれに対して、演技の面で言い合いをするわけには行かなかった。

 初出演となるさくらは無論のこと、彼女と共演する他の団員にもその気合いが飛び火しているようだ。そんな緊張感も、一概には悪いとばかりは言えない。

 しかし、今回は残念ながら、悪い方向に出てしまったようだ。

 

 

 

 さくらの初出演にして、初主演となる『愛ゆえに』の初日は刻々と迫っている。

 彼女達を束ねる立場にある宗介だったが、こと演劇方面では――正確に表現するなら、戦闘以外では、まるで役に立たない人間だった。

 せいぜい、劇場を綺麗に掃除して、客に不快な思いをさせないことぐらいである。

 そういうわけで、この日も宗介は掃除に精を出している。

 

 

 

 格納庫では〈光武〉の整備が行われている。

 少女達が操縦するとは思えない、無骨な、いかにも軍用兵器然とした〈光武〉たち。

 その中に、異彩を放つ機体が存在する。

 外見上はどう見ても着ぐるみでしかないのだが、ラムダ・ドライバまで搭載している先進技術の結晶であり、宗介ご自慢の逸品だった。

 そのボン太くんを前に、一人の少女があちこち覗き込みながら、唸っている。

「俺の機体に興味があるのか?」

 宗介の声に、少女が振り返った。

 大きめの眼鏡に、三つ編みのお下げが二本。顔にはそばかすが残っており、愛嬌がある。

 機械油がついた手でこすったためか、頬に黒い汚れがついていた。

「俺のっ、ちゅーことは、アンタが新しい隊長の相良はんか?」

「肯定だ」

「珍しい機械を見ると、興味をもつんが、技術屋の性っちゅーもんやで。マイアミ市警に導入されたいうんは、聞いたことあるけど、実物にお目にかかれるとは思わんかったわ」

「それを知っているのか?」

「……なんや?」

「マイアミ市警にその機体を納入したのは、この俺だ」

 正確に言うと、この機体の前身となった量産型ボン太くんのことである。宗介がなじみの武器商と共同開発した製品だった。

「そうなんか? こうやって会えるなんて、世の中狭いもんやなぁ。これだけ遊び心に満ちた機械は、そうそうあらへんで。やるやないか」

「そ、そうか……」

 宗介の表情は、やや戸惑いながらも、嬉しそうにほころんでいた。

 ボン太くんは、性能自体には自信があるのだが、宗介が気に入っているフォルムこそが不評らしく、全く売れていない。つねづね悔しく思っていただけに、彼女の言葉は非常に暖かく感じられた。

「駆動系は、〈光武〉とは違うんやな」

「うむ。ASの構造を参考にしたからな」

「ASか〜。さすがに触ったことないなぁ。どや? おもろいんか?」

「特別意識したことはないが、興味深いぞ」

「相良はんは、ASには詳しいんか?」

「肯定だ。俺はオペレーターだが、構造についても把握している」

「じゃあ、いろいろ聞かせてもらってええか?」

「かまわんぞ」

 こうして、宗介はその少女につきあった。

 彼の親しい少女は否定していたが、どうやら、ミサイルや狙撃銃といった軍事兵器に並々ならぬ関心を持っている女性も存在するようだ。

 実際、彼女は詳細な個所にまで興味を持ち、宗介は非常に饒舌に説明をしてやった。

 最後まで名前を聞き損ねたまま。

 

 

 

 途中の格納庫で時間を取られたものの、宗介は舞台へも顔を出した。

 邪魔にならないように、傍らで眺めているだけだ。

 本番さながらに、舞台上は緊迫感に満ちている。

 主演男優(?)のマリアが舞台袖へ向かうと、さくらがそれを追いかける。

「オンドレ様!」

 そのおり、さくらが足をひねった。慣れないハイヒールが原因である。気合いを入れて舞台衣装で稽古に望んだのがまずかったのだ。

 バランスを崩したまま、とっ、とっ、とっ、と数歩進んださくらが、舞台袖を隠している幕にがっしとしがみついた。

 が、抱きついた幕ごとさくらが倒れ込んでしまった。

 決して彼女の体重が重いわけではないだろうが、幕が引っかかったキャットウォークが、果てはセットまでがきしみ出し、気がついた時には、仮組みしていたセットの全てが崩れ落ちていた。

 その恐るべき惨状に、さくらのみならず、花組の全員が呆然となった。

 

 

 

 公演日も迫っているため、どんな苦境であろうと投げ出すわけにもいかない。

 とても、一日、二日で修理が終わりそうもなく、照明係や音響係どころか、清掃員までもかり出されて、舞台の修復にあたる。

 夕方になって、食堂を使って稽古をしていた女優のひとりが、再び舞台を訪れた。

「あの……、あたしも手伝います」

 おずおずと申し出たのは、さくらだった。

「必要ない」

 宗介の返答は素っ気ない。

「でも、あたしのせいでこんなことに……」

「勘違いするな。帝国歌劇団としての最終目標は、公演を成功させることだ。君が責任を感じると言うのなら、目前の障害を気にするより、芝居を上手く演じる事を考えるべきだ。君らの演技に不安が残るようでは、セットの修理もはかどらんぞ。ここにいられては迷惑だ。君は芝居の練習に集中することだな」

 そう告げる。それは確かに正論なのだろうが……。

「わかりました! ご迷惑をおかけしてすみません。もう来ませんから!」

 頬をふくらませたさくらが、怒りも露わに立ち去っていった。

 

 

 

 すでに時計の針は十一時を過ぎた。今も修理をしているのは、ここに住み込んでいる宗介だけとなっていた。

 他の皆は明日に備えて帰ったのだが、宗介だけが黙々と作業を続けていた。

 静まりかえった舞台上で、宗介の打ち込んでいる金槌の音だけが響き渡る。

 かすかな音を最後に、金槌の音が鳴りやんだ。

 宗介の動きが止まる。

 目測を誤って、左手の人差し指を、金槌が直撃したのだ。

 声も漏らさずに、身体を振るわせて痛みに耐える。苦痛に耐えることに慣れているとはいえ、痛いものは痛いのだ。

 苦況に立っていた宗介はその接近に気づかなかった。

 舞台袖から軍服に身を包んだ女性が姿を見せていたのだ。

 理知的な瞳に、整った顔。やさしさと強さを併せ持ったような、「大人の女性」と称するにふさわしい人物だ。

「あら。怪我したの?」

 宗介の前まで来るとその場に膝をつく。

 彼の左手をそっと取ると、彼女は痛めた人差し指に口づけた。

 不思議なもので、それだけで痛みが引いた気がする。

 宗介らしくないことに、やけに胸の鼓動が強く感じられた。

「貴女は、誰です?」

 それでも、見知らぬ人物の素性を確認する。

 彼女の唇が、宗介の指から離れた。

「私は、米田中将の副官をつとめている藤枝あやめ中尉です」

「中尉殿? 失礼しました」

 立ち上がった宗介がぴしっと敬礼してみせる。年に似合わぬ敬礼ぶりである。

「あなたが、花組の隊長となった、相良くんね?」

「肯定です」

「頑張るのもいいけど、ほどほどにね。……貴方の本当の仕事は別にあるんだから」

 そう言い残して、あやめは立ち去った。

 

 

 

 さらにしばらくして……。

「手伝いにきたでぇ」

 陽気な声が聞こえてきた。

 昼間、格納庫で会った人物だ。

「助かる」

 宗介が本心から告げる。実際、進捗状況を考えると、技術者の応援は願ってもないことだった。

「なんやねん。これは?」

 少女に指摘されて、宗介が視線を向ける。

「先ほど修理した個所だ。なにか、問題が?」

「問題そのものやで」

「それだけ補強してあれば、不安を感じることもなかろう。観客も安心してみられるはずだ」

 確かに頑丈に補強されてはいる。だが、セットの前面から板きれを打ち付けていては、セットとしての役割をなさない。

「……あんなぁ。セットいうんは、シーンを盛り上げる、大切な要素やで。ひとつの違和感で、全てがぶち壊しになってしまうんや」

「しかし……」

「例えば、ボン太くんの毛皮が破れたからといって、装甲板で補強するんか? そんなこと、せんやろ?」

 彼女は、宗介にわかりやすい例をあげた。

「……確かに、外観にも留意する必要がありそうだ」

 重々しく頷いた。

「ほな、ここの直しも含めて、ちゃっちゃとやろうやないか、相良はん」

「了解した」

 作業に取りかかろうとした宗介に、別な方向から声がかかった。

「わたくしたちも、お手伝いしますわ」

 舞台袖に立っていたのはすみれだった。さらに、隣にマリアも並んでいる。

「君たちには芝居の練習があるだろう。そちらを優先すべきではないのか?」

「紅蘭はよろしいんですの?」

「紅蘭?」

 すみれが指さして見せたその先に、宗介が目を向ける。

 眼鏡をかけた少女が、宗介に手を振ってみせる。

「彼女がどうかしたのか?」

「知らなかったんですの? 彼女は、李紅蘭といって、わたくし達と同じ、歌劇団の一員ですのよ。これまでは、花やしき支部で〈光武〉の製造に携わっていましたが、明日づけで花組に戻ることになっていますわ。もちろん、今回の公演にもちゃんと出演いたします」

「なに!?」

 心底驚いたようだ。

「そないに驚くやなんて、うちはそんなに女優に見えへんか?」

「いや、その、技術者だとばかり思っていた」

「間違ってはないで。うちは歌って踊れる、技術者ちゅうこっちゃ」

 紅蘭が腕組みをして、ふんぞり返って見せた。

「それよりも、隊長。修理を進めましょう」

 マリアがそう促した。

「いや」

 宗介が首を振る。

「李、君も手伝いはいい。君らは芝居のことだけ考えていてくれ」

「そうは言うても、こないな修理されとったら、おちおち練習もでけへんで」

 紅蘭が指摘する。

 正論である。

「…………」

 言葉に詰まった宗介に、あらためてマリアが告げる。

「わたしたちにとっては、演技も舞台も大切なものです。これはわたしたち自身のためでもあります。アイリスを起こすのはかわいそうですし、ここにいる人間だけでも進めるとしましょう」

 しぶしぶ宗介が頷いた。

 ふと気づいたすみれが、廊下へと姿を消した。

「……見ているだけでは、なんの手伝いにもなりませんわ」

 そう言いながら、隠れていた少女の手を引いて、すみれが戻ってきた。

「真宮寺?」

「その陰でずっと様子を見ていたようですわ」

「……だって、もともとの原因はあたしですから」

 小声で弁明していたさくらだったが、宗介の視線を受けて、さらに口を開いた。

「それに、セットが気になって、芝居に集中できません。公演を成功させるためには、ちゃんとセットを完成させないと。こんな修理をされたんじゃ迷惑ですから」

 先ほど、宗介に追い返されたのが悔しかったのだろう。トゲのある言葉を投げかけた。

 すでに宗介に反対する意志はなかった。

「仕方がない。君らにも手伝ってもらおう。ただし、芝居を完璧にこなすことが条件だ。公演に失敗しても、この事を理由にすることは許さん。いいな」

『はいっ!』

 四人の少女が頷いた。

 

 

 

 ただでさえ時間の無いときに、さらに鬼の出現がぶつかってしまった。

 場所は芝公園。

 従える鎧武者の数が十数体。鎧武者などは〈光武〉の一撃で倒すことも可能だが、背後から攻撃でも受ければこちらも無傷ではすまないだろう。

 宗介の指示で防御を重視しつつ、敵の包囲を狭めていく。

 新規に参加した紅蘭の駆る緑色の〈光武〉の特徴は遠距離・広範囲の攻撃である。

「頑張りや! うちのチビロボたち」

 紅蘭の能力はエンチャント──魔力付与というべきもので、”纏”と説明した方が通じるかも知れない。

 敵の集中した箇所へ、紅蘭お手製のチビロボが襲いかかった。

 紅蘭の活躍により、短時間で敵の殲滅に成功してしまった。

 

 

 

 肝心のセットの修理だったが、意外な助っ人が名乗り出た。

 アイリスである。

 幼い彼女は昼の稽古にだけは参加していたが、夜間の修理については知らされてなかったのだ。後で知った彼女は非常に怒った。彼女にとって、特別扱いされたのが哀しかったのだ。

 彼女の強大な霊力は日常生活でも意識せずに発露することがある。その力の一つに念動力があった。その名の通り、念じるだけで物体を動かす力だ。

 数人の手が必要な大きなものを支えたり、手渡しできない相手へ道具を届けたり、押さえづらい場所を固定して見せたり、彼女の力は非常に役にたった。

「ほら。やっぱりアイリスがいなきゃ、ダメなんだから」

 彼女は自分が必要とされる事が嬉しかったらしい。力を酷使すると、当然疲れもするが、アイリスは喜んで皆と一緒に働き、笑顔で頑張った。

 そして……。

 

 

 

 客席は大入満員だった。

 苦労の甲斐あって、大成功と言えるだろう。

 舞台上で、歌い、舞い、芝居を続ける彼女達は、宗介の目にはまぶしく映る。

 彼女達が持つ霊力のせいだろうか?

 いや、生命力そのものと思える輝きが、彼女達を包んでいるのだろう。

 宗介にはそのように思えた。

 彼女達は、戦場に生きるべき人間ではない。

 自分とは違うのだ。

 彼女達の生きる場所は、ここだった。あの舞台の上にこそ、彼女達の居場所がある。

 俺は、彼女達を守らねばならない。

 自分は直接舞台に関わることはできないが、戦場で彼女達を守ることはできる。そして、それこそが、この舞台を守ることにつながるはずだ。

 宗介は改めてそう思うのだった。

 

 

 

 芝居を終えて、カーテンコールが始まった。

 出演者達が、再び客の前に姿を現す。

 その時、宗介はその存在に気づいた。

 人混みをかき分けて、一心にステージに向かう少年。

 宗介の警戒心を激しく揺り起こす。

 何かを抱えている。

 それは、花束だった。武器を隠して対象者に接近するには絶好の道具である。

 危険だ!

 とっさに宗介もステージに向かって走った。

 舞台上のさくらは、駆け寄ってきた少年を目にとめる。

 少年が差し出した花束を、さくらはまったく不審に思わず受け取ってしまった。

 拍手喝采が起きて、宗介の叫びは届かなかった。

 花束に隠されたのは、武器ではないようだ。

 となると……。

 そこへ宗介が舞台へと飛び上がった。

「さ、相良さん?」

 呆気にとられて、見返すさくらから花束を奪い取ると、宗介はステージの隅へと放り投げた。

 花束は、なにごともなく、床に落ちた。

 すでに観客の拍手もやんで、皆が作業服を着た闖入者の動向を見守っている。

 宗介が警戒しつつ近づき、花束を解体してみるが、不審な品は見つからない。

 ただの花束だったようだ。

「爆発物ではなかったのか……」

 バラバラにほぐした花の束を手に、宗介が戻ってくる。

「君も不用意に物を受け取るな。危険な品だったらどうするつもりだ。俺には君たちの安全を守る義務があるのだ」

 花と、ビニールと、リボンを、さくらに渡す。

「まあ、装飾は外してしまったが、花には違いない。欲しかったのなら、持って帰るがいい」

 平然と口にする。

「…………」

 うつむいて肩を振るわせていたさくらが、視界の隅にそれを捕らえた。

 紅蘭が芝居の中で使用した、関西方面でよく見かける小道具だった。

 すかさず拾い上げたさくらが、宗介の頭に振り下ろした。

 すっぱーん!

 ハリセンの音が高らかに鳴り響いた。

 静寂。

 誰かが吹き出した音が聞こえると、堰を切ったように笑いが起こった。

 観客全員、いや、出演者だった花組の皆も、大笑いしている。

 肝心のさくらの気持ちをよそに、彼女の初公演は和やかに終了したのだった。

 

 

 

 ――つづく。

 平政桜に浪漫の嵐〜♪

 

 

 

 あとがき。

 この回の細部の検証のため、ひさしぶりにゲームをしました。

 紅蘭の攻撃は、通常攻撃なら広範囲なのに、必殺攻撃だと対象は単体のみのようです。話の展開上、細部には目をつぶってください。








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