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フルメタ・サクラ大戦  -[壱] -[弐] -[参] -[四] -[五]


(壱)花咲く乙女


 春――。

 広い公園内に、桜の木々が立ち並ぶ。

 風が吹くと、ざーっと桜の花びらが舞った。

 その下で食事するのには不便だろうが、見るだけの人々にとっては壮観な眺めだろう。

 桜吹雪の中、一人の少年がぽつんと立っていた。

 常に緊張感をまとっている彼にしては珍しく、目前の景色に魂を奪われたようになっている。彼は人の手による芸術には極端に疎いのだが、自然の景観というものには素直に感動する一面があった。

 そんな光景の一角で、悲鳴があがる。

 声がしたと思われる方向から、蜘蛛の子を散らすように人が逃げ散っていく。

 彼は躊躇せず、そちらへ走り出した。




 逃げ出している皆に逆行して、少年は騒ぎの中心へと向かった。

 そこにいたのは鎧武者だった。

 日本での生活に馴染んでいるとは言い難い彼ですら、やはり異様なモノだと認識した。

「あれは……?」

 最近、各地で怪物が出現するとの噂が飛び交っている。彼ならずとも、その話を思い返すはずだ。

 しかし、その鎧武者の正面に立ちはだかるように、一人の少女が立っていた。

 恐怖に立ちすくんだわけではなく、その鋭い視線が鎧武者に向けられている。

 うす桃色の小袖と、深紅の袴。和服に身を包んだ少女だった。

 彼女は鎧武者に正対したまま、腰に差した日本刀に手をかけた。

 鎧武者が歩を進めるが、少女は動かない。

 少年が腰のホルスターから拳銃を引き抜き、発砲する。

 その銃弾は確実に鎧武者に命中したが、どのような傷も与えられなかった。

 しかし、注意を引くことだけには成功した。

 鎧武者の一瞬の隙。

「はーっ!」

 少女の可憐な唇を割って、裂帛の気合いがほとばしる。

 銃弾を弾いたはずのその鎧が、少女の振るった刀で切り裂かれる。

 少女は、鎧武者を一刀両断して見せたのだ。

 少年が驚きの視線を、少女に向けた。

 その視線に気づいたのか、少女が近づいてきた。

「お手伝い頂いて、ありがとうございました」

 ぺこりと頭を下げた。

「たいしたことはしていない。俺が手を出さなくても、結果は変わらなかったはずだ。礼の必要はない」

「いえ。おかげで、手早く片づけることができました」

「それより、なぜ君が戦う必要があったのだ?」

「これも、私の仕事なんです。魔に属する物を滅することが」

「……よくわからん」

 少年が率直に答える。

 その少年の顔を、しげしげと見つめて少女が尋ねてきた。

「……あの、もしかしたら、相良宗介軍曹ですか?」

 そう問われて、少年が頷いた。

「肯定だ」

「そうでしたか。わたしは真宮寺さくらといいます。米田中将より、相良軍曹をお連れするようにとの任務を受けて参りました」

「それでは、君も?」

「はい! 私も帝国華撃団・花組の一員なんです。よろしくお願いします」




 相良宗介。

 真宮寺さくら。

 二人は、桜の舞い散る上野公園で出会った。

 共に17歳の春のことである──。




 宗介が、公園にいたのは、個人的事情とは異なる。

 まだ年若いものの、彼は凄腕の傭兵だった。

 彼は所属している超国家規模の秘密組織〈ミスリル〉からの指示により、この場で彼女と合流したのだった。

 年が明けてから、彼と、彼の守るべき少女は、激動の日々に翻弄された。しかし、その敵対組織との対立も一応の決着を見て、再び彼らの望んだ日常生活へと戻ることができた。

 当初はカモフラージュの一環として高校へ通学していた宗介だったが、今ではその生活は彼にとってかけがえのないものとなっていた。

 そんなおり、次のような辞令が宗介に下された。

 曰く「帝国華撃団・花組隊長を命ずる」というものだ。

 そんなわけで、昼は高校へ通い、夜は華撃団に帰ってくる。宗介の新たな生活が始まろうとしていた。




 さくらの先導で、宗介はその場所へやってきた。

 ふたりが立っているのは、大帝国劇場の前だった。

「俺は、新部隊への参加と聞かされていたのだが?」

「詳しい事情は、支配人の米田さんから聞いてください」

 宗介が首をひねるが、さくらはそう答えただけだった。

 普段は少女だけの演劇で賑わうこの劇場も、休演日となる本日、ホール内は広々と感じられる。

 そこに、ひとりの少女がこちらを見て、立っていた。

 金髪に青い瞳をした10歳ぐらいの少女だった。彼女の祖国で作られるフランス人形のように愛らしい少女で、両手でクマのぬいぐるみを抱きしめていた。

「アイリス。どうしたの?」

 さくらの声に反応せずに、その隣にいる少年をじっと見つめていた少女は、その場から走り去ってしまった。

「ちょっと、アイリスったら」

 様子のおかしい少女にさくらは不安になる。

「あっ、相良軍曹。米田中将は支配人室にいらっしゃいます。あたしはちょっと失礼します」

 そう言い残して、さくらは宗介の前から去ってしまった。




「どうしたの、アイリスったら? 顔を見て逃げ出すなんて、失礼でしょう」

 そう言ってさくらが少女をたしなめる。

「だって、あの人。怖かったんだもん」

 そうつぶやいた。

「怖い?」

 確かにさくらとしても、彼の身にまとった雰囲気に、自分の霊感を刺激する何かを感じ取ったのだが……。

 一般人でも宗介の身にまとった緊張感に気づくくらいなので、霊感の強い彼女たちには刺激が強いのかもしれない。




 支配人室で、宗介は米田と対面した。

「お前さんが、相良軍曹か?」

「肯定です。中将閣下」

 ぴしっと背筋を伸ばして、宗介が敬礼をしてみせる。

「いいよ。かてぇ挨拶はなしにしようや」

「はあ……」

 戸惑いながらも、宗介が右手を下ろす。

 宗介は持参した命令書を差し出すが、米田は読みもせずに引き出しにしまってしまう。

 宗介の言わんとすることがわかったのか、米田が先に口を開く。

「話は聞いてるよ。確認するまでもねぇやな」

 どうやら、ずいぶんと型破りな人物のようだ。

「なあ、相良。この東京には怨霊やら、悪霊やらが、あちこちに出現しているんだよ」

「例の怪物騒ぎの噂でしょうか?」

「おう、それよ。しかしな、魔物を相手に、人間は余りに非力だ。だからこそ、皆を守ってやれる人間が必要なのさ。これまでにも、祟られ屋とか、陰陽師やら、ゴースト・スイーパーなんかが、歴史の裏で戦い続けてきんだよ。だが、最近は魔物の力が強力になってきていて、どうにも戦力が足りねぇ。そこで、霊力のある人間を集めて、魔術ではなく科学で戦いを挑もうってわけさ」

「それが、帝国華撃団だと?」

「ああ。だから、今回の〈ミスリル〉からの技術提供は渡りに舟って奴だ。なにより、あの娘たちを傷つけたくはないからな」

「娘?」

「お前の部下は全員女なんだよ」

「……初耳です」

 わずかに動揺した宗介を、米田が面白そうに見やった。

「しかし……だ。来てもらっておいて、悪いんだがよ。まだ、肝心の〈光武〉の調整も終わってないもんで、開店休業といった状態でなぁ。逆に、表向きの歌劇団の方が盛況なぐらいさ。まあ、しばらくは、劇場の仕事でも手伝ってくれや」

「なぜ、劇場などを運営しているのでしょうか?」

「歌ったり、舞ったりするのは、霊力を高めるのに都合がいいのさ」

「そうなのですか……」

 宗介はその理屈が理解できなかったのだが、門外漢なので深く追求はしなかった。

「とりあえず、お前さんにはモギリでもしてもらおうか」

 そう米田に告げられたものの、宗介は理解できずに問い返した。

「モギリとは、なんでしょうか?」

「入場する客から、入場券の半券をもらう仕事さ」

 その言葉に、宗介が表情を曇らせる。

「なんでぇ。文句でもあんのかい?」

「自分に接客は向かないと思います。別な任務はありませんか?」

「へえ。じゃあ、何がしたい? 得意なモノでもあんのか?」

 米田が探るように宗介の表情を見つめる。

「……ゴミ係ではどうでしょうか?」

「あん?」

 宗介の返答に米田が呆気にとられた。

 まさか、部隊長という任務を命じられたはずの人間から、ゴミ係を希望されるとは思ってもいなかったのだ。

(〈ミスリル〉の連中も変なヤツをよこしやがったな……)

 米田は内心呆れていたが、宗介は相手のそういう感情に頓着しない。

 平然と米田の顔を見返す。

「まあ、やりたいんなら、頑張んな」

「はっ!」

 宗介が敬礼した。

 こうして、大帝国劇場は日本で一番物騒な清掃員を雇うことになるのだった。




 宗介はほうきとチリトリをもって、劇場内の掃除を始めた。彼のことなので、不測の事態に対応できるよう、建物内の構造を把握するのが主たる目的である。

 彼は掃除の間に、自らの仲間となるべき面々と、顔を合わせることになった。




 まだ、宗介自身には詳しく知らされていないが、帝国華撃団・花組は戦闘部隊だった。しかし、霊力の関係から武術には通じていても、実際の戦場を経験した人物は少ない。

 花組では、マリアという少女だけに実戦経験がある。すらりとした長身と、金髪碧眼が特徴の、男装の麗人だ。ロシア人とのハーフのため、ソ連で内戦を体験していた。

 その彼女の目には、宗介は優秀な兵士として映るのだった。

 周囲に配る視線は鋭く、身のこなしに隙がない。

 自分より若い日本人の少年が、どうしてこんなにも軍人たり得るのか? その点に、マリアは興味が沸いた。

 普段の彼女を知るものには信じられないことに、彼女がいたずら心を出した。

 宗介とすれ違いざまに、背後から拳銃を向けて、その反応を見ようとしたのだ。

 しかし、宗介の行動はマリアの予測を遙かに上回った。

 マリアとしては拳銃を向けて、撃鉄を起こした音が開始の合図だと思っていた。

 しかし、宗介は拳銃を向けられる寸前には行動に移っていた。

 マリアの迂闊さというより、油断だったのだろう。床に落ちた影が、マリアの動きを宗介に知らせたのだ。

 すかさず腰の後ろのホルスターから愛銃・グロック19を引き抜き、銃を握ったマリアの右肩に銃口を向ける。

 マリアもまた鍛えられた兵士だった。その銃口を避けるように、とっさに身をかわす。

 その瞬間、銃声が鳴った。

 マリアですら驚愕の表情を浮かべた。

 彼女の認識ではあくまでも冗談のつもりだった。宗介がどの程度の人物か見極めるテストと考えていた。

 だが、宗介はそれを身近な危機として感じ取ったのだ。

 この少年はこの年でありながら、常に戦場を意識しているのだろう。筋金入りと言っていい。

 宗介はマリアを油断なく見つめて、拳銃を向ける。

「銃を棄てろ。スパイなのだろう? 貴様の背後関係を聞かせてもらう」

 ずいっと詰め寄る。

「なにをしているんですかっ!」

 銃声を聞きつけて姿を見せたさくらが、二人の元へ駆け寄ってきた。

 烈火のごとく怒ったさくらに、宗介が謝り、マリアが取りなすと言った妙な役回りとなった。




 廊下を歩いていたその少女が、マリアを見かけて声をかけた。

「さくらさんが、憤慨してましてよ。あんな危険な人物は隊長にふさわしくないと」

「そうかしら? 私はそうは思わないわ」

 マリアは落ち着いたものだ。

「あら? もしかして、貴女はすでに認めたんですの?」

「ええ」

 マリアのような人間が認めたその隊長に、彼女も少し興味が沸いた。




 建物の見取り図を確認しながら、宗介は掃除を続けている。

 そこへ何者かの声が聞こえてきた。

 聞こえてくるのは一人の声だけだ。

 宗介が拳銃を引き抜き、声が漏れている大道具部屋に近づくと、扉を薄く開けて中を覗き込んだ。

 声が一人分だったのも道理で、そこには一人しかいなかったのだ。

 芝居の稽古でもしているのか、台本らしきものを片手に、自分の台詞だけで進めている。それは、宗介が相手の存在を信じたほど、迫真の演技で、宗介も素直に感心した。

「どなたですの?」

 少女が宗介の方を向いた。

「なぜ、わかった? 物音は立てていないはずだが……」

 その点は、宗介にとっては気になるところだ。偵察任務が得意だったのだが、自分の技術が落ちたのかもしれない。

 怪訝そうに宗介の顔を見返したその少女は、何かに気づいたようで、表情が和らいだ。

「もしかして、新しい隊長さんかしら?」

「肯定だ」

「わたくしは勘が鋭いのですわ。何かに驚いたりという感情の起伏は、外に出やすいんですのよ」

「なるほど……」

 肝に銘じるべきだろう。そのような敵が存在しないとも限らない。

 実際、宗介自身も知らずにそういう勘を働かせることもあるのだが、詳しい分析をしたことはなかったのだ。

「わたくしのことをご存知?」

「いや」

 宗介は平然と首を振る。

 その返答が、少女のプライドを少なからず傷つける。

「では、名乗らせてもらいます。わたくしは、この帝国歌劇団のトップスター、神崎すみれですわ」

 そう言って胸を張って、高笑いする。

「神崎……?」

 神崎財閥の人間がここにいると聞かされていたが、彼女がそうなのだろう。

 目鼻立ちが整っており、着飾っていれば深窓の令嬢と言っても通じるはずだ。しかし、振り袖をわざと着崩しているため、胸元が大きくはだけている。それが、彼女の気品を中和し、女性としての艶を醸し出している。

「あなた、軍曹なのですって?」

「肯定だ」

 あきらかに見下した態度で話しかけられながら、宗介の態度は平然としたものだ。

「階級が低すぎますわ。わたくし達を指揮する立場なんですから、せめて少尉ぐらいであってほしいですわね」

「それは俺に言われても困る。俺の配属に文句があるなら、中将閣下に進言してくれ」

 すみれの嫌味に、まるで乗ってこない。

「コホン……、それで、軍曹はどうしてこの部屋にいらしたんですの?」

 ちらりと、宗介の表情を伺う。

「潜入者による密談の類だと思ったのだ。そういう君は、どうして、こんな場所で稽古をしているんだ?」

「べ、別に稽古をしていたわけではありませんわ。ちょっと、気になったところがあって、確認しただけですの。第一、優秀なこのわたくしには、こんな場所で稽古する必要などありませんわ」

 身に染みついているのだろうが、うぬぼれとも思えるその態度は、不思議と反感を買うようなものではなかった。

 宗介がじっと、すみれを見返した。

「……なんですの?」

「君を見て、ある人間を思い出した」

「どのような方ですの?」

「いつも不真面目で調子がよく、軽口ばかり叩いて、ふざけ半分で人生を送っているような奴だ」

 その言葉にすみれが怒りの表情を見せる。似た人物としてあげられて喜べる人物像ではあるまい。

「失礼なっ!」

「しかし、影でしている努力を絶対に他人には見せようとはしない。そして、与えられた責任は必ず果たす。そういう男だ」

「……どなた?」

「俺の相棒だ」

「相棒?」

「うむ。君もその同類のようだな。戦場での働きに期待する」

 そう言い残して、宗介は立ち去った。




 サロンでマリアが紅茶を飲んでいると、かたんと正面のイスが引かれた。

 すみれは腰を下ろすと、マリアと同じように紅茶を飲み始める。

「…………」

 無言のマリアに、すみれが話しかけた。

「マリアさんに賛成ですわ」

 その一言を聞いて、マリアが口元に笑みを浮かべる。

 そこへ、小さな少女がやってきた。

 ちょこんとイスに座ったのはアイリスだった。

「何か飲む?」

「ココア」

 マリアの問いに、アイリスが笑顔で答えた。

 マリアの入れてくれたココアを、アイリスが嬉しそうに受け取った。

「ご機嫌ですわね。なにか、いいことでもありまして?」

 すみれが尋ねる。

「格納庫に行ったら、アイリスの〈光武〉の完成が早まりそうなんだって」

「よかったわね」

 マリアの言葉に、アイリスが強く頷いてみせる。

「それにねー。アイリス、お兄ちゃんのこと気に入っちゃった」

「あら、どうしてですの?」

 すみれが訪ねるが、

「えへへ〜。秘密〜」

 アイリスは、にんまりと楽しそうに笑っただけだった。




 そして、宗介が大帝国劇場に住み着いてから、数日がたった。

 彼は脱衣所に姿を現した。

 浴室からは水音が聞こえてくる。

 誰かが使用中のようだ。中の掃除は後回しにするしかあるまい。

 とりあえず、脱衣所の雑巾で洗面台を拭き、散乱している品をかたづける。

 無言のまま黙々と作業を進めていると、カラカラと音がして、浴室の扉が開いた。

 シャワーを使用していた人物が出てきたのだ。

 頭を起こした宗介は、鏡に映った彼女の裸体と直面してしまう。

 ハリのある肌が桜色に上気し、水滴をしたたらせている。首筋や背中に長い黒髪が張り付いて、健康的な色気があふれ出ている。

 宗介でなければ感情を抑えきれない状態になることだろう。

 少女は、居るはずのない人間の存在に驚愕し、身体を隠すことも忘れている。

「浴室の清掃は後回しにするから、まだ、使用していてもかまわんぞ」

 彼は、変な気の使い方をし、平然と対応する。

 呆気にとられた彼女の表情。

 不思議そうに宗介が彼女を見つめ返す。

「きゃーっ!!!」

 すさまじい音量で彼女が悲鳴を上げた。

 もともと、田舎育ちで純朴な彼女にとって、相手を嫌うには十分な出来事だといえよう……。




 ――つづく。

 平政桜に浪漫の嵐〜♪




 あとがき。

 今回は、クロス・オーバー物で、仮のタイトルとして『フルメタル・パニック!Sakura Wars』となっていますが、正式なタイトルは、『フルメタ・サクラ大戦』です。次回掲載からはタイトル表記も変更します。

 設定的には、疑似現代である『フルメタ』の世界観に、「花組」の面々が参入というかたちとなっています。

 原作の『サクラ大戦』と相違点を作ろうと思い、さくらは宗介と反目することになりました。ちょっとばかり、性格が違ってくるでしょうが、お気になさらないようお願いします。

 花組の面々の服装は、原作のままとしてます。現代風だと、やはりらしさが損なわれる気がするので……。








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