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迷子のプチ・キャット- [前]- [後]- ボン太くんのマーチ- [前]- [中]- [後]


ボン太くんのマーチ(中編)


 その遊園地に、かなめはいた。

 恭子や瑞樹と、女だけで楽しくはしゃいでいる。

 気になるのは先ほどからPHSがつながらないことだ。自分達だけでなく、他の客も不満を漏らしていたので、基地局そのものが故障したのかもしれない。




 かなめ達の正面から変な男がフラフラと歩いてくる。

 サラリーマン風の男で、黒縁の眼鏡をかけて、髪の生え際は頭頂部を越えて後退している。かなめは見覚えがあるように思ったが、思い出せない。

 両手で大きな紙袋を抱えている。

 男を避けようとして少女たちが右に動いたが、邪魔するように右へ歩く。左によけると、今度は左へ……。まるで、こちらの道をふさぐように男が動いた。

「ちょっと、あんた……」

 瑞樹が文句を言おうと口を開くと……、その声に驚いたのか、男は紙袋を取り落としてしまった。

 中に入っていた丸い紙包みが転がり出る。十数個ほどのハンバーガーがぶちまけられた。

「すみません。すみません」

 謝りながら、男はかがみ込んで拾い集めだした。

 おそらく家族の分までもまとめて買い込んだのだろう。

 男は不器用なのか、数個とろうとして転がしたり、入れた紙袋からこぼしたりと、手際が悪かった。

 仕方なくかなめ達もそれを手伝った。

「モタモタしないでよね」

 文句をいいながらも、瑞樹も拾い上げていた。

「あ、ありがとうございます」

 恐縮している男が、かなめのそばに転がった包みに手を伸ばすと、すっとかなめの手に何かを握らせた。

「……?」

 顔を起こしたかなめと、一度だけ視線を向き合わせて、男はハンバーガーを全て拾い上げた。

「どうも。どうも」

 ぺこぺこと何度か頭を下げながら男が立ち去っていく。

 かなめは二人に見えないように、手の中の紙切れを覗いた。

『通信機が妨害されている。二人とは別れろ』

 短くそれだけが書かれていた。

 …………。

 誰かもわからない人間からの指示を守る人間はいない。つまり、これは敵側の人間がすることではなかった。

 味方だとすると……レイス?

 自分についているはずの〈ミスリル〉の護衛に思い至った。今の男に見覚えがあるのも道理で、わざと以前に使った変装を使用したのだろう。かなめはいまだにレイスの素顔を見たことがないのだから。

 ぞくりと背筋に冷たいものが走った。

 今まで一度としてレイスからこのような指示を受けたことがない。宗介もいない今、突然の危機が訪れたのだ。

 レイスの指示に逆らうつもりは毛頭なかった。

 自分が原因で友人を傷つけられるのだけは避けたい。彼女たちとこれからも友達でいるために──。

「どうしたのよ?」

 瑞樹が声をかける。

「あ、うん……」

 うわの空で応えながら、かなめはどうするべきかを考える。

 以前にも、たった一人で敵を迎え撃った経験がある。あのときより、条件はいい。レイスも指示を出す以上、自分を守るために動いてくれるはずだ。

 この前は命を狙われたが、本来なら敵のねらいは、自分の頭の中身のはずだ。それなら、目的は拉致だろう。園外だと、車に連れ込まれれば、それっきりだ。ここなら、自分を連れて外へ出る必要がある。時間をかせげば、レイスもなんらかの行動を起こせるだろう……。

「えっと、二人とも、そろそろ帰らない?」

「えーっ! まだ、いいでしょ?」

 恭子が不満を漏らす。

「あんた、急用でもあるの?」

 瑞樹が尋ねてきた。

「ううん。あたしはもうちょっとここにいるけど」

「なによ。それ? あたしたちも遊びたいんだからね」

 瑞樹の言葉に、恭子もこくんと頷いた。

 当然だろう。

 こちらの都合で帰ってくれといっても、応じるわけがない。

 じゃあ、自分が先に帰るか? でも、彼女たちが放っておいてくれるだろうか?

「どうしたの?」

 恭子が不安げに尋ねてくる。

 本当は、一つだけ方法を思いついていたが、その踏ん切りがつかずにいたのだ。

「実は……」

 かなめが口ごもる。

「実は?」

 恭子が眼鏡の奥できょとんと見つめ返す。

「その、ソースケと約束してて……」

「相良くんと?」

「え?」

 恭子も瑞樹も驚いてかなめを見る。

「な、なんでよ?」

 瑞樹が不思議そうな表情を見せる。

「だから、その、二人だけで遊園地で遊ぼうかと……」

「どうして急に? 電話だってつながらないじゃないの」

「そ、そりゃあ、前から約束してたから」

「じゃあ、どうして、あたし達を誘ったのよ?」

「あの、えー……、ソースケが来るまで寂しかったし……」

 ふたりを早く帰そうと思って、内心焦っていたせいか、口にしているデマカセが、予想しない方向へ転がっている。

 言っている内容に気づいて、次第にかなめの顔が赤くなる。奇妙なもので、おかげで話にも信憑性が増しているのだ。

「できれば、二人っきりになりたいし、その……顔をあわせたら、恥ずかしいし、二人とも先に帰ってくれれば……いいかなあ、なんて……」

「……だったら、最初から、言っといてよね」

 文句をいいながらも、瑞樹は人の恋路を邪魔する気はないのだった。

「うん。あたしたち、先に帰るから。……後で、ちゃんと説明してね」

 そう言った恭子は、一度だけかなめの目をのぞき込んだ。

 ふたりが背を向けて立ち去っていく。瑞樹はこちらの視線に気づいて、一度だけ手を振って見せた。恭子は何度もこちらを振り返りながら、瑞樹に連れられていった。

(やっぱり、キョーコにはかなわないな)

 かなめはそう実感した。

 自分を見た心配そうな恭子の瞳。たぶん、彼女はかなめの嘘に気づいて、それでもこちらの意図を汲んでくれたのだ。

 さてと……。

 彼女の戦いが始まる。




 客が驚くような状況が発生した。

 上空に何の影もないのに、ヘリのローター音が降ってきたのだ。

 そのうえ、何もない空中からワイヤーが垂れ下がり、その先に、一体のボン太くんがぶら下がっている。

 ボン太くんは地上まで待たずに、途中で飛び降りてしまった。

 右手にマシンガン。左手には何かでいっぱいになったリュックを抱えている。場違いなオプション・パーツを手に、そのボン太くんが園内を爆走する。

 ヘリを操縦していたサントス少尉が呆れていた。

 目立たないからと、あの格好をしたのはいいが、その行動に問題がありすぎる。

 奇異な視線にさらされながら、その危険なボン太くんが周囲を見渡しながら、一人の少女を捜してかけずり回った。

 出口付近で、恭子と瑞樹もそのボン太くんを見かけたが、正体までは気づかなかった。




 レイスと合流したかなめは物陰に隠れている。

 宗介達と相互に連絡が取れていないのがまずかった。

〈ペイブ・メア〉のサントスも上空からかなめを探していたのだが、かなめ達はそれを敵のヘリだと考えたのだ。

 屋根のある箇所を選んで行動しているかなめ達は、サントスの捜索から見事に隠れ通した。

 しかし……。

 銃声と、何かの弾ける音。

 レイス──外見上は中肉中背のおじさん――の近くを、銃弾が走り抜けた。

 続けざまに、銃弾が飛んできた。

 レイスはかなめを背後にかくまうようにして、後退を始める。




 かなめの視界に赤いしぶきが散った。

 確かにかなめは視認したが、それがなにを意味するか瞬時に理解できなかった。

 レイスは右の太股に手を当てている。指の隙間から血が流れ落ちていた。

 レイスが撃たれたのだ。

「レイス!」

「逃げろ!」

 レイスがその場に残って、敵へ発砲を続ける。

「だけど……」

 かなめが躊躇する。

 自分がここにいても、レイスの足手まといになるだけだろう。そばにいない方が行動も自由になる。理屈は理解できても、感情が納得しない。

 傷を負った人間を置いていけない。

 それに、――恐ろしかったのだ。

「お前を守るのが私の任務だ。さっさと行け」

「…………」

「ウルズ7も、いずれやってくるだろう。私が、いくらかでも時間をかせぐ。お前も全力を尽くせ」

 それでも、かなめは動けなかった。

 ……ソースケ?

 確かに、彼が事態を知れば、急行してくれるはずだ。しかし、異国の地で戦争している彼には、物理的に不可能だろう。どんなにがんばっても、時間的余裕があるとは思えなかった。

 レイスの言葉は気休めにすぎない……。

 立ちつくすかなめに、レイスはさらに言葉を続ける。

「あの男はすでに護衛役を外されていて、ここにいる理由は一つもない。しかし、それでも奴はここに残った」

 ──その理由は、おそらく一つだけだろう。

 その一言が、かなめに希望をもたらした。

 確かに、ソースケは全力で自分を守ってくれた。それなのに、自分が先に諦めるわけにはいかない!

 宗介と二人で敵地に取り残されたときに、彼と話したはずだ。「自分はあなたを信じた」だから、「あなたも自分を信じてくれ」と。

 ソースケを信じる――また、そこから始めるのだ。

 かなめが自分を奮い立たせた。

 ソースケが到着するのがいつになるかはわからない。それでも、自分にはできることがあるはずだ。

 それは、一秒でも長く逃げ通すこと――。

「行くわ!」

「さっさと行け。邪魔だ」

 レイスがわざとぞんざいな言葉を投げかける。

「いい? あんたも、死んだりしたら許さないからね!」

 そんな言葉を残して、彼女は走り去った。

「…………」

 レイスは不思議そうに、かなめを見送った。

 ふん。あんな娘に恨まれるのはごめんだ。……死ぬわけにはいかないな。

 レイスは皮肉げに、だが、嬉しそうに笑みを浮かべた。




 拍子抜けするほどあっさりと、園内を駆け抜けるかなめは、自分の守護者と巡り会った。

 人間離れした黄色いもこもことした物体――ボン太くんだった。

 このような状況だ。ボン太くんの中にいるのはあいつしかいないだろう。

「ふもっふ(大丈夫か?)」

「ソースケよね?」

「ふもっふ(無論だ)」

 ボン太くんがこっくりと頷いた。

「いま、レイスが向こうで撃たれたの」

 指さす方向へ、ボン太くんが頭を向ける。

 ボン太くんが自分の頭を押し上げると、宗介の顔がのぞいた。

「いまは、放っておけ」

「だって!」

「あいつもプロだ。戻った君が敵の手に落ちれば、それこそプライドが傷つく。君は自分の身を最優先に考えるんだ」

「でも……」

「君も、人を案じていられる状況ではない」

「う、うん」

 渋々頷いたかなめを、宗介が突き飛ばした。

「ちょ……」

 銃声が遠くから聞こえた。

 ボン太くんの身体から、ひとすじの煙が立ちこめている。

 撃たれた……?

 かなめが驚いてボン太くんを見つめている。

 ボン太くんの中にいる宗介も驚いていた。ライフル弾ですら、アラミド繊維の防弾毛皮を貫くことはできないのだから、当然、無傷だ。ボン太くんに内蔵されたセンサーが、狙撃手の存在を関知したからこそ、かなめを突き飛ばしたのだが、それでも、まさかの思いがある。

 今の狙撃はかなめに当たってもおかしくはなかった。むしろ……。

 その狙撃の事実が驚かせていた。

 ボン太くんがリュックの中から小さな通信機を取り出した。以前にも使用したことがあるボン太くんとの通話用の品だ。

 かなめがのばしたイヤホンを耳に当てる。

『狙撃される。あの建物へ入るぞ』

 かなめはボン太くんの指さした方向を確認して頷いた。

『走れ!』

 駆けだしたかなめに、ちょこまかとしたリーチながらボン太くんが盾の役をこなしながら併走した。

 何発かの銃弾が飛んできたが、ボン太くんにすら当たらなかった。

 ボシュッ!

 変わった音がした。

 煙の尾を引いて、放物線を描いて何かが落ちてくる。

『千鳥。右へよけて、伏せろ!』

 すかさずかなめが応じる。

 ボン太くんがかなめの上に覆い被さった。

 先ほどくぐり抜けようとしていた入り口が爆発で吹き飛んだ。

 間違いない。奴らはかなめを殺すつもりで動いているのだ。

 周囲の客がその爆発音に驚いて騒ぎ出した。

 ボン太くんが自らの身体を盾にしながら、移動を開始する。

『千鳥。客に混じって脱出しろ』

「待ってよ。今みたいな攻撃されたら、無関係な人が巻き添えになるわ」

『しかし、このままでは……』

 ボシュッ! 

 さっきの音がまた聞こえた。

 宗介は宙に浮かんだ手榴弾をマシンガンで狙った。

 空中で場発が起こった。




 ボン太くんは絶えずかなめの盾となって動いている。

 かなめを直接狙うのが難しいと考えたのか、包囲を散開させつつ、マシンガンで乱射してきた。

 遊園地の客がパニックを起こして出口へ向かって駆けだしていく。

 客がいなくなれば、巻き添えにすることはなくなるだろう。

 しかし、かなめを逃がす術は極端に少なくなる。

 どうする?

 宗介が自問する。

 もし、一発でもかなめに当たって、動きを封じられると、それで終わりなのだ。担いで逃げるのも不可能だ。見捨てることもあり得ない。そこで、すべてが終わりになる。




 だが、宗介とかなめだけでなく、彼らの敵をも仰天させる事態が起きた。

 初めは何かの機械の駆動音がした。

 宗介達へ正面からマシンガンを発射していた男の姿が、突然、消えた。

 瞬間的に何かの火花が散る。

 男の姿の消えた場所へ、今度は忽然と何かが出現した。

 赤い液体にまみれた肉塊。それは、圧搾機で押しつぶされたような、もともと人間であったはずの物体だ。

 手近な建物の屋上のふちが、見えない爆発でも起きたように、突然弾け飛んだ。ライフルの狙撃手がいたあたりだ。

「これは……?」

 かなめも驚いて、目前の状況に目を見張る。

 状況を簡単に説明するなら、「透明な巨人が暴れている」というのが、一番近いだろう。

(ECSを使用したASなのか……?)

 可視光線までも遮断するECS(電磁迷彩)。それは宗介の属する〈ミスリル〉か、敵対する組織ぐらいしか実用化していない。

 宗介達を狙っていた男達が、そのASに蹴散らされた。攻撃を受けずに済んだ者も、事態を知って、逃げ去っていく。

 宗介とかなめの目前で、その空間に青い電光が走る。その姿が染み出てきた。

 かなめはその機体を初めて見たが、宗介は違う。先刻の作戦で戦った機体だ。だからこそ、混乱も大きかった。

 今の襲撃者とこのASは同一の指揮の下で行動しているのではないのか? 襲撃者とAS、奴らのそれぞれの目的は、一体……?

 そのASは、ボン太くんとかなめを見下ろして、じっと立ちつくしている。

 不意にASが両膝をついた。

 動力が切られて、支えを失ったその巨大な人形が、降着姿勢のような体勢になった。

 ヘリのローター音が頭上に近づいてくると、二つの巨大なフックをおろして、そのASを吊り上げていく。

 いつの間にか、サントス機以外にも、敵のヘリが到着していたのだ。

 こんな街の上空で、空中戦を始めるわけにはいかない。

 サントスも打つ手が思いつかず、敵の行動を見守っている。

 ASを吊り上げたヘリが、空に溶け込んでいくように姿を消した。

 薄い紫の帯が残った。

 その場に立ちつくしたボン太くんが、空を見上げている。

(なぜ、奴は俺たちを助けたんだ……?)

 宗介の疑問に答える者はいなかった。




 ──つづく。




 あとがき。

 まあ、宗介の疑問の答えは、皆さんにもおわかりでしょう。たぶん、正解です。

 次回で完結。







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