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迷子のプチ・キャット- [前]- [後]- ボン太くんのマーチ- [前]- [中]- [後]


迷子のプチ・キャット(後編)


 ナナがメリー・ゴー・ラウンドに乗っているのを、一組の若い男女が眺めていた。

「ソースケも結婚したら、あんな風に子供の面倒をみるんだよねー」

「血痕?」

 怪訝そうに宗介が聞き返した。

「結婚!」

「ああ……、俺が?」

 一拍おいて宗介が驚いた。

「いつかはするんじゃないの?」

「考えたこともないぞ」

「じゃあ、考えておいたらいいんじゃない?」

「どうしたんだ? 突然」

「さっき、ナナちゃんとカートに乗ってるのを見てたら、結構、いいお父さんになるかもって、思ったんだ」

「どういう意味だ?」

「なんていうか、ちょっと厳しいかもしれないけど、頼りがいがあるし、優しいし、ね」

 振り返ってみると、それは自分の父親に足りなかったものかもしれない。

 ただ、宗介には別なものが極端に足りないのだが……、それは、この際無視する。

「子供か……、それも考えたことはないな」

「そう? あたしはナナちゃんみたいな子供だったら欲しいかも」

「ふむ、子供が欲しいのなら手伝おうか?」

「え? な、何を言ってんのよ! バカ!」

「なんだそれは? 千鳥が欲しいと言ったから、協力を申し出ただけだろう?」

「協力って、何をするかわかってんの?」

「無論だ」

「……じゃあ、言ってみてよ」

「孤児院を回って、ナナに似た子を見つける」

「違う!」

 すぱん!

 かなめのハリセンが炸裂する。

「じゃあ、どうするというのだ?」

「……もう、いいわよ!」

「なにが、いいんだ?」

「うるさい!」

「他の手段がどういうものか、見当もつかないが、孤児院なら明日からでも回れるだろう」

「あのね、あたしは今すぐ欲しいなんて言ってないわよ。もし、回ったとしても、高校生が子供を引き取れるわけないでしょ。社会人でなけりゃ、育てられないもの。早すぎるわ」

「年齢ではなく、本人の責任や能力の問題ではないのか?」

「本人が望んでも、世間が許さないのものなの。社会ってのは、そういうものよ」

 宗介はまだ納得がいかないようだった。

 そんな二人に、一人の男が近付いてきた。

 ナナに手を振っているのを見たのか、その男がかなめに話しかけてきた。

「君たち、……どうしてあの子と?」

「その、急にあたし達に、遊んでくれって言ってきたんです。もしかして、あの子のおじさんですか?」

「ああ。見つかってよかった。探していたんだ」

 エリートサラリーマン風で、金縁の眼鏡をかけている。あまり子供の面倒をみるようには思えなかった。それで少女が遊びたがらなかったのだろうと、かなめは思った。

 宗介も無遠慮な視線を男に向けて、眉をひそめた。

「すみません。ナナちゃんも喜んでるみたいだから、あたしたちも、おじさんを探すのを後回しにしてたところがありますし……。あんまり、怒らないであげてください」

「まあ、今日の所は許してやるか……」

 男が苦笑した。




「……おじさん」

 ナナは宗介達の傍らに立っている人物に気付いて、表情を曇らせた。

「急にいなくなったから、心配したぞ」

「ごめんなさい」

「ほら、二人に挨拶しなさい。もう、帰るからね」

「でも……」

「おしおきするよ」

 そう言われて、少女はしゅんとなった。

「お姉ちゃん。遊んでくれてありがとう」

「ううん。いいのよ」

「お兄ちゃん。……さっきは、あんな事言ってごめんなさい」

 謝ったナナが、そのままうつむいてしまう。

 宗介は片膝をついて、少女の視線の位置まで、顔を下げた。

「怒ってなんかいない。気にするな」

「……うん。お兄ちゃんもありがとう」

 そう言った少女が、宗介の左の頬にそっと口づけた。

「……ん?」

 きょとんとなった宗介を残して、ふたりが背中を向けた。

「バイバイ。お兄ちゃん」

 おじさんに手を引かれながら、ナナはもう一度振り向いた。

 胸にボン太くんのぬいぐるみを抱きしめている。

「かなめお姉ちゃんも、バイバイ」

 宗介とかなめは手を振って、少女を見送った。

 しかし、二人は少女の姿が見えなくなると、深刻そうな表情を浮かべた。

「千鳥。あの男はプロだぞ」

「どうして?」

「身のこなしでわかる。たぶん、あの子は間近にあの男を見ていたため、俺を同類だと判断したんだろう。彼女が『人殺し』だと思っているのは、おそらくあの男だ」

「……あたしも、ひとつ気づいたんだ。あたし、あの子に一度も名乗ってないのに、最後に『かなめお姉ちゃん』って呼んだわ。ソースケは、あたしを千鳥としか呼んでないのに……」

 これが、ナナ──〈ナンバー・7〉の少女と、二人との出会いだった。再び遭遇したとき、宗介は彼女が『特殊な存在』であることを思い知るのだった。




 帰りの路上で宗介が尋ねてきた。

「あれはなんだ?」

「何が?」

「あの子が俺の頬に唇を当てただろう? 前にもされたことがあったが……」

「ああ、キスよ」

「見くびってもらってはこまる。キスというのが、口と口の接触を指すことは、すでに学習済みだ」

 宗介が胸を張る。

「バカね。あれも、キスなの。『さよなら』とか『ありがとう』とか、いろいろな意味があるの。欧米だと挨拶代わりよ」

「……それは、ビンゴの賞品にもなるのか?」

 宗介が言いたいのは、以前あったパーティでのことだろう。

「なるわよ。キスしてもらえれば、あんただって嬉しいでしょ?」

「そうかもしれん」

 思い出しながら宗介が答えた。

 確かに、先程も拒絶しようとは思わなかった。

「可愛い子だったもんね」

「ふむ。肯定だ」

「ソースケでも可愛いなんて思うんだ?」

「無論だ」

「へー。それは意外。他にはどんな子を可愛いと思うの?」

「そうだな。例えば大佐殿や……」

「え……?」

「それと常盤も可愛いと言えるだろう」

「…………」

 かなめが驚いている。女性に対して宗介がそういう評価をするとは、思わなかったのだ。

『大佐殿』の意味するところが、『ムサいおっさん』で無いことは、彼女も理解している。納得のできる意見ではあるが、我知らずムッとなった。

「じゃあ、あたしは?」

「君は『可愛いい』とは言えないだろう」

 宗介が言い切った。

「なんですって?」

 とたんにかなめの表情が険しくなる。

「どちらかといえば、君は『きれい』に分類されるだろう」

「あ、そ、そう……?」

「俺はそう思うが?」

「……それで、ソースケはどっちが好きなの?」

 様子をうかがうように宗介を見る。

「別にどちらでもかまわん」

「は?」

「外観で人の価値が変わるわけではないだろう? 人の価値は何をなしたかで決まる。まあ可愛い方が敵を油断させることができるため、有利だとは言えるだろう。ボン太くんなどはその好例だな」

 宗介には、容姿の魅力を重視しないのだろう。どこまでも合理的に判断しようとしている。

「……聞いたあたしがバカだったわ」




 お互いの家の前に来た。

 ふたりがそれぞれ住んでいるマンションは、都道を挟んだ両側に建っているのだ。

「じゃあ、明日学校でね」

「うむ」

 すたすたと歩き去った宗介が、くるっと振り返ると、すたすたとかなめの方に戻ってきた。

「忘れていたことがあった」

「……なに?」

 宗介が右手で、くいっとかなめの顎を持ち上げた。

 宗介の顔がかなめの右頬に寄せられる。

 …………っ!

 硬直していたかなめが我に返った時には、すでに宗介は背中を見せて、すたすたと去っていく。

 かなめが頬を紅潮させた。

 かなめは数秒で追いつくと、その勢いを殺さずに彼の後頭部へハリセンを叩き込む。

 すぱーんっ!

「痛いぞ。千鳥」

「い、いきなり、なにすんのよ!」

「さよならの挨拶だが……? まずかったのか?」

「思いっきり、まずいわよ! びっくりするじゃないの」

「では、事前に教えるようにしよう」

「いや、だから、日本じゃ、ああいう挨拶はしなくていいの」

「ふむ……。では、日本ではやらないようにしよう」

「え……」

 それはつまり、日本とは違う場所で、例えばあの娘にするという意味だろうか?

 それはまずい。

 私は何も個人的感情で反対するつもりはないけど……、彼女にも立場という問題もあるわけだし……。

「日本じゃなくても、やめといた方がいいかも」

 そう言ったかなめの口調は、妙に歯切れが悪かった。

「つまり……『するな』と言っているのか?」

「別にその、するなとは言わないけど……」

「どっちなんだ?」

「だから……、うーん。やっぱり、しちゃダメよ」

「了解した」

「まあ、女の子からされる分には問題ないだろうけど、男の子がするのは嫌がられる可能性の方が高いもの」

「ふむ……」

 宗介はかなめを見つめたままじっと立っている。

「どうしたのよ?」

「千鳥の方からキスをするのを待っているのだが?」

「なんで、あたしがっ……!」

 声を張り上げようとしたかなめの言葉がふいに止まった。

 ふと、あれが、思い出された。

 こんな風に意地を張ってごまかしたために、失ってしまった──いや、奪われてしまった大切なもの。小さなためらいで、二度と取り戻せないものがあるという事実。

 そうだ。これは、ただの挨拶なのだ。それぐらいなら、ソースケにしてもかまわないはずだ。そして、しなかったら、きっといつか後悔する事になる。この前のように……。

「いーい? 今回だけだからね」

「了解した」

「……じゃあ、もうちょっと、頭を下げて……」

「うむ」

 どきどきと心臓が高鳴り、わずかに手が震えた。

 あと数センチまで、顔が近づく。

 そのまま、十数秒。

「千鳥、嫌なら無理にする必要はないぞ」

「いいのっ! 絶対するんだから、動かないで」

「了解した」

 思い出したくもないあの時のあの場面が、かなめの頭に浮かんだ。……くそっ! こんな時に……。

(……ごめんね。ソースケ……)

 宗介の頬に、かなめは口づけした。




 翌日。

 昨日のアレはデートではないと、かなめは思っている。親友である恭子が、遊園地をドタキャンして──かなめは、なんらかの意図があったとにらんでいるが──、チケットが余ってしまったのだ。迷子の面倒をみるために遊園地に入ったが、一度も彼を誘ってはいない。最後にあんな事までするとは思わなかったが、デートでないのだけは確かなはずだ。

 とはいえ、さすがに宗介とは顔をあわせづらかった。

 どんなに平静を装っても、顔が赤くなりそうだ。キスの事は念を押して、秘密厳守を約束させている。これを守らないようなら、二度とあいつとは付き合うもんか!

 しかし……。

 昼休みの屋上で、恭子の様子がおかしかった。妙にかなめの様子をうかがい、目が合うと視線をそらすのだ。

「どうしたのよ?」

「ううん。なんでもない」

「なんでもなく、ないんでしょ?」

「えっと、相良くんのことで、いろいろお節介して、ごめんね」

「なによ、急に?」

「あたしが言うまでもなく、二人がそこまで進んでたなんて、思わなくて」

「ちょっと、なによ。進んでたって?」

「……相良くんから聞いたんだ。相良くんには、あたしが口止めしておいたから、もう誰にも言わないと思うけど」

「……あいつ、しゃべったの?」

「うん。教室で」

 かなめの行動は早かった。

 だたたたたたーっ!

 屋上から教室まで駆け下りていく。

「ソースケっ! あんた、あれほどしゃべるなって言っておいたじゃないの!」

 荒々しく扉を開け放って、かなめが怒鳴った。

 室内が水を打ったように静かになったが、かなめはそれに気づいていない。

「何を言っている? 俺は機密を漏らすようなことはしないぞ」

「だって、恭子が……」

「常盤とは別な話をしていたのだ。まあ、それも口止めされはしたが……」

「話って、どんな?」

「昨日、迷子の相手をしていた話だが……」

「なんで、それを口止めされるのよ?」

「俺に言われてもな……」

「どんな、話をしてたわけ?」

「うむ。その子が可愛かったから、『千鳥がそんな子供を欲しがった』とか『手伝うと言って断られた』こと、『高校生には早すぎる』とか『世間が許さない』等だ……」

「妙なところだけチョイスするなっ!」

 すぱーんっ!

「君に口止めされた件は話していないぞ」

「なお、タチが悪いわ!」

 その言い合いを教室内でしているため、すべて筒抜けになった。

 怒濤のどよめきが走り、蜂の巣をつついたような騒ぎになる。

「ちょっと、違うんだからね! 聞きなさいよ! あんたたちっ!」

 必死で弁解を試みるが、かなめの声はむなしく騒ぎの中に飲み込まれてしまった。




 ──『迷子のプチ・キャット』おわり。




 あとがき

 テレビ放映が長くなれば、出てきそうなプロットです。親戚の子供とか、捨て犬とか対象は変わるでしょうが……。

 フルメタらしさを出したいと考えて、ナナの発言が飛び出てきました。

 面白がって伏線も張ってみました。話も思いついたので、少女と、金縁眼鏡の男は、続編にも登場します。

 ただ、単発で成り立っていると思いますので、気にしなくても結構です。






 


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