〈ミスリル〉へのタレコミがあり、ある人体実験施設が発覚した。 情報部の調査で裏付けもとれたため、西太平洋戦隊へ作戦命令が下された。
それは小さな島だった。 日本の領海内にある小島にその研究所は存在していた。 作戦指揮をとる特別対応班員も含めて、陸戦隊員十数名が参加した。こちらの行動そのものを悟られぬように、彼らは静かに任務を遂行していく。 うまくいけば、〈ミスリル〉はそのデータをそのまま手に入れることができるだろう。 少数の警備員を眠らせ、研究所員達の制圧も完了。しかし、研究所の規模に比べると、常駐している人数が少ないように思えた――。 順調に進んではいるのだが、クルツはこんなつぶやきをもらした。 「なんか、嫌な予感がするな。どうも、このテの作戦だと、事前の調査で情報部がしくじるからな〜」 「あんたねー、不吉なこと言ってんじゃないわよ。口に出したら、現実になりそうじゃないの」 マオはたしなめたものの、彼の言葉を否定したわけではない。 「やっぱり、姐さんもそう思ってんだろ?」 「……まあね」 研究室でマオとクルツが会話している。 「ちょっと、奥を見てくるわ」 「……俺も行くよ。ここ頼むな」 クルツが同じ陸戦隊員にその場を任せた。この広い室内には研究所員と警備員を合わせて一三名しかいない。陸戦隊員が五名もいれば問題はないだろう。
ざっと見て回ったが、他に人のいる気配がしない。 ふたりが立っている通路には、扉に数字のかかれた部屋が並んでいた。 一号室・二号室と四号室・五号室はただの空き部屋のようだ。空き箱一つ置いていない。 三号室の部屋は特徴があった。緩衝材で覆われており、精神病院の隔離室のように見える。 六号室にはなぜかオモチャがころがっており、子供用の衣類が数着あった。考えづらいが子供が生活していたようにしか思えなかった。 七号室も空だった。 ただ、七号室には一枚の写真が部屋の隅に落ちていた。 クルツが拾い上げた。 「ふっ……姐さん。これ……」 「あら……」 写真をみて二人の顔がほころんだ。そこに写っていたのは、遊園地のマスコットキャラクターと嬉しそうに抱きついている小さな少女だったのだ。 意外な写真に、二人の表情が和んだ。
突然に通信機が陸戦隊員の声を発した。 『ザッ……ウルズ2! 敵襲です』 「状況を説明して!」 瞬時にマオの表情が変わる。 『敵は一名。火器は携帯していません……クソ!』 ぱん! ぱん! 銃声が通信機を介さずに聞こえてきた。 『ブツッ』 通信が途切れた。 「行くわよ!」 マオが走り出す。クルツもそれを追った。 廊下を駆け抜ける途中で、照明が落ちた。窓からの月明かりを頼りに、二人は走る。 研究室の扉が開いている。 窓のないその室内は真っ暗だった。 その扉を開け放っていても、自分たちの身体が光を遮ってしまい、廊下側からでは室内の様子がわからない。 中へ足を踏み入れると、そこには血の臭いが充満していた。なまなましく湯気が立ち上るような新鮮な臭い。 物音がしない。 生存者がいるとは思えなかった。 (皆殺しかよ……) クルツがわずかに顔をしかめた。 敵も味方もなかった。この部屋にいた人間全てが息絶えているのだろう。 まだ、ここには危険な気配が残っている。マオも、クルツも感じ取っており声を発しない。 ごそっと音がして、起きあがった小さな影。おそらく死体の陰に隠れていた敵が動いた。 マオのマシンガンが一斉射する。 影が、銃弾を正面から受けて、奥の機材まで吹っ飛んだ。 ごそごそ機材をかき分けて、影が身を起こす。 「防弾か?」 「そのようね」 敵の、ASスーツに似た黒い服の防弾性能はかなりのものらしく、血の一滴もこぼれてはいなかった。 敵は驚くほど小柄だった。 ちらっと、わずかな明かりが、一瞬だけ相手の顔を照らした。 「子供……?」 クルツが驚いた。 「来るわよっ!」 マオが促す。 少年の動きは早かった。自分らと変わらないほどの動きをみせて、二人に迫った。両手にはナイフを逆手に握っている。 マオはむき出しの顔を狙った。 斉射! かわしたっ……? 熟練した戦士よりも素早い動きだった。マオの銃口が追いつけなかった。 至近距離に近づいた敵が床を蹴った。上から飛びかかるようにして、マオの首筋を狙って二本のナイフを突き立てる。 「ちっ!」 舌打ちをしながら、マオはマシンガンを横にして、両手でかかえあげた。二本のナイフとマシンガンがぶつかり、金属音を発した。 その瞬間に、クルツが横から銃口を向ける。 続けて三発。 子供の頭部が弾けた。それは熟して破裂した、赤い果実のように見えた。 子供であることは、気を許す理由にはならない。ゲリラ戦などでは、平気でそこをつけ込んでくるのだ。 少なくとも、特別対応班にいるのは、プロフェッショナルばかりだった。
構内に放送が流れた。 なぜか、子供の声だ。 『よくも、〈ナンバー・3〉を……』 「なんなんだよ! ここは?」 クルツが怒鳴った。 「知るわけないでしょ!」 お互いに無意味な愚痴をこぼす。 シャッターの開く音が聞こえてくる。 派手な音が鳴り響き、ガラス窓が震えた。 学校の校庭を思わせるような広場があり、その対面の倉庫の中からそれが姿を現した。 「ASかよ」 「まったく……」 マオが通信機に呼びかけた。 「こちらウルズ2。敵ASの起動を確認。ウルズ7、出番よ。すぐに来て!」 『了解した』 参加していたもう一人の仲間──宗介の搭乗する〈アーバレスト〉は海岸で待機している。到着まで一分とはかからないはずだ。 敵ASは、先程の敵のように、二本のナイフ──単分子カッターを逆手に構えていた。 夜のため正確にはわからないが、青く塗装された、スマートな機体だった。おそらくM9などと同じ、第三世代のASだと思われる。 敵ASは建造物に近付くと、壁面を単分子カッターでえぐった。 「何を考えてんだよ? こいつら!」 「知らないわよ!」 自分の施設内にいる敵を排除するのに、ASを使用する。考えられない行動だった。 何度か突き立てられた単分子カッターをかわしながら、ASの視界から身を隠しながら移動していく。 遠くから、定期的なASの足音と、振動が近付いてきた。 すぐそばまで、心強い味方が迫っていた。
敵ASを視界に納めて、宗介は自らも単分子カッターを引き抜いた。 構内には同僚が残っているはずなので、ショット・キャノンの使用を避けたのだ。幸い、敵の装備にも火器はなさそうだった。 敵は素早く反応して、〈アーバレスト〉から距離を取った。――かと思うと、次の瞬間には、近づいて単分子カッターで斬りかかってきた。 幾度と無く突き出される二本の刃を、宗介は何とかかわすことに成功する。 敵のASは、動き自体もさることながら、急制動などの方向転換が速すぎた。前後左右への動きの切替が極端に速く、宗介でなければその刃を機体に受けたことだろう。 ただでさえ、カクテル・シェーカーと称されるほど乗り心地が悪いというのに、これだけの機動を行えば操縦者への負担はかなりのものになるはずだ。しかし、まったく操縦に支障をきたしていない。よっぽど、操縦者に適性があるのだろう。 敵が建物から離れたので、宗介はショット・キャノンでASを狙う。 だが、発射された銃弾が空を切った。向こうの別棟に着弾する。 (かわされたっ?) この距離で自分が外すとは思えなかった。 二発目! (まただっ!) やはり、はずしたのではなく、かわされたのだ。 敵が近い。 目前に迫っていた。 攻撃を左にかわすが、敵もすかさず飛びかかってきた。 宗介は右足を突き出し、相手の機体を向こうへと蹴り返してやった。 反作用で二機が逆方向に飛ぶ。 相手との距離を再び取る事に成功した。 銃口を向けて敵の行動を牽制する。 「組み合って、ナイフでやり合うか? それとも……」 敵が間合いを詰めてくる。 宗介は、ショット・キャノンを手放した。 自分の右手のナイフを持ち上げて、敵の左のナイフを受ける。 あいている自分の左手で、もう一本のナイフを握る敵の右手を受け止めた。 宗介は、敵の突進の勢いをそのままに、後方へ機体を倒していく。 巴投げの要領で後ろに、敵の機体を蹴り投げた。 宗介はショット・キャノンを拾い上げる。 上下逆さまになって中空に浮かぶ敵機。かわすことは不可能だ。 たて続けに銃弾を叩き込んだ。 (まずい!) 宗介の本能が危険を告げる。 瞬時にラムダ・ドライバが起動した。 敵のASは、パラジウム・リアクターでは考えられないほどの爆発を起こした。おそらく爆薬によるものだ。機密保持のためかも知れない。 〈アーバレスト〉に搭載されたラムダ・ドライバが、宗介の防衛衝動に反応して、力場を生じさせて爆発を遮断する。 〈アーバレスト〉と、機体が背負っていた建物に被害はなかった。 『アレが動いたんだな? 助かったぜ』 ウルズ6から通信が入った。 「そちらの進展はどうだ?」 『もう、敵はいないようだが、捕虜もいなくなっちまった。残った資料に期待するしかねーな』 「大佐殿次第か」 『そういうことだ』 とにかく、自分たちの仕事は終わったのだ。
このとき、彼らは気づかなかった。この研究所の一番重要な施設が隠し部屋になっていたことに。 部屋の中には、円筒形のカプセルが設置されており、中では一人の少年が息絶えていた。 死体の存在を彼らが知るのは、事件が全て終わった後、再調査を行ってからのことになる。
眼下には太平洋が広がっている。 宗介はMH−67〈ペイブ・メア〉に搭乗していた。 書類整理も終えた彼は、東京への帰路にあったのだ。 日本の領海内だということもあって、今回は八丈島は経由しない。直接、自分の居住するセーフハウスまで直行することになっていた。 しかし、その宗介を驚かす連絡が入る。 『軍曹。大佐からの連絡よ』 操縦していたサントス少尉の声がヘッドセットから聞こえてきた。 大佐――つまり、西太平洋戦隊の戦隊長を勤める少女からだった。 『サガラさん? 聞こえますか』 「感度良好です。なにか?」 『先ほど回収した資料を検討していたんですが、中から写真が出てきました』 「写真ですか……?」 『その写真というのが……カナメさんなんです』 「……?」 千鳥かなめ――もともと、宗介にとって護衛すべき対象の少女だった。すでに彼は、その任務から外されているが、だからと言って無関係な存在ではない。彼にとって、一番大切な人間だということに、今も変わりないのだった。 『カナメさんの事は〈アマルガム〉でも知ってますから、極秘とも言い切れない部分があります。ですけど、もう一枚、サガラさんの写真もみつかりました。もしかすると、もともと標的として彼女をマークしていた可能性があります』 テッサが説明を始めた。 彼女の推測によると、あの施設の目的は、薬物投与や外科手術により人工的に〈ウィスパード〉を作るのが目的だったらしい。その被験者として、脳神経の発達していない幼い子供達を選別し、手術を施していたようだ。 その組織がかなめを狙う理由。それは、知識を得ることよりも、研究対象として必要なのかも知れない。 「……しかし、施設はすでに我々が占拠しています」 『それが……もともと、施設の移転途中だったらしく、そのおかげで人員が少なかったのでしょう。初めからカナメさんを狙っていたとすると、こちらの作戦行動自体が、敵の動きを誘発する可能性があります。サガラさんはカナメさんを確保して、すぐに〈デ・ダナン〉へ帰還してください。こちらでも、不測の事態に備えて増援を手配中です』 「了解しました」 通信が切れた。 「聞いていたか?」 宗介が、操縦者に話しかける。 『ええ。急ぐわよ』 サントスが答えると、ヘリの速度が増した。 宗介が自分の携帯電話を取り出して、かなめのPHSにかけてみる。 しかし、つながらない。 電波が届かないという無機質なアナウンスが流れるだけだ。 まさか、このタイミングで圏外に向かったのだろうか? 彼女と連絡がとれないと、秒単位で危険が増す。まだ、取り越し苦労の可能性もあり得るのだが……。 「くそっ!」 宗介がめずらしく、悪態をついた。 こんな事態に備えて、自分は彼女の身辺へ回されたはずだった。 〈ミスリル〉上層部からの横ヤリにより、すでに自分は警護役を解任されている。しかし、それでも自分は、彼女のそばにいて、彼女を守る。そう決めたのだ。 それなのに……。 しばらくして、またもヘッドセットから呼びかけられた。 『今度は情報部からよ』 「……回してくれ」 不審に思いながらも、接続を待つ。 『相良さんですか?』 「肯定だ」 ヘッドセットから、知っている情報部員の声が聞こえてきた。 「用件は?」 『こちらも事情は把握しています。現在、情報部でもレイスとの連絡が取れていません。千鳥さんのPHSと同じように妨害されているようです』 「なんだと……」 『この場から他への通信は可能なので、おそらく、ターゲットの周囲で妨害しているものと思われます』 相手の言いたいことは、宗介にも察しがついた。つまり、何者かはすでにかなめの居場所を捕捉済みだということになる。 「千鳥の現在位置はわかるか?」 『彼女の部屋を調べました。友人達と遊園地に向かったものと思われます』 「遊園地?」 その遊園地の名前を聞かされて、宗介はこう申し出た。 「一つ、頼みがある」
宗介を乗せた汎用ヘリは、遊園地に直行せず、宗介の生活しているマンションを経由した。 マンションの屋上で待ち受けていたふたりの情報部員が、ヘリの吊り下ろしたフックにその装備をくくりつける。宗介の依頼に応じて、彼の部屋から持ち出した特殊装備だった。 回収を終えたヘリが、進路を遊園地へ向けて、大空へと消えていった。
──つづく。
あとがき。 ノリ優先で書いています。 往年の、変身ヒーロー物と言おうか、巨大ロボット物と言おうか、定番に近い流れになっています。 全三話(予定)。おつきあいください。 ──いいわけ・1 軍曹の送り迎えをする少尉というのもどうかと思いましたが、ヘリのパイロットはサントス少尉にお願いしました。やっぱり名前の知られている人間の方がよかったので。……ただ、『踊るベリー・メリー・クリスマス』で中尉になっているのは、出世したからでしょうか? ──いいわけ・2 日本の領海内の小島……。無理があるのは自覚していますが、話の都合上やむを得ず。ヒーロー物などで、なぜか日本ばかり狙われるのも仕方のないことだと、実感した次第です。 |
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