日本海戦隊  >  二次作品
こんなベリー・メリー・クリスマス -[1] -[2] -[3] -[完]


こんなベリー・メリー・クリスマス(1)


 先ほど、バダムという名を持つ海賊島の占拠に成功した。しかし、その島名がキーワードと一致したのは、偶然に過ぎなかったようだ。

〈アマルガム〉とは何の接点もなく、今回の作戦は徒労に終わってしまった。

 この作戦に参加していた、宗介はすでに報告書を作成し終えたので、空腹を押してヘリに乗り込み、さっさと東京へ帰っていった。

 彼がもう少し、報告書に時間をかけていれば、美少女の手によるスパゲッティを食べる栄誉に浴することができたかもしれない。

 運命というものは、一つの歯車が狂うことで、どこまでも予想外の展開をすることになるようだ……。




 次の日──。

 メリダ島基地のSRT(特別対応班)のオフィスに、クルツの姿があった。

「……じゃあ、伝えとくよ」

 そう言って、クルツは通話を終えた。

 入り口に姿を現した同僚のマオに、今の会話について説明する。

「姐さん。ソースケが今回はパスするってさ。先約があるらしいぜ」

「は? なに、ふざけたこと言ってんのよ。作戦行動なのよ」

「そりゃ、言ったよ」

「ソースケ自身が聞き出した、バダムの一件じゃないの」

「それも、伝えたって」

「あいつ、なに考えてんのよ。ただでさえ、パートタイマーやっておいて、作戦をサボる気?」

 さすがに、マオの声にも苛立ちが含まれる。

 香港での一件で、宗介は作戦中に姿を消した前歴がある。しかし、あれはマオとしても弁護する余地があった。あのときの宗介は、かなめと二度と会わないことを強制させられ、情緒不安定だったのだ。

 しかし、今は状況が異なる。

 宗介が高校生活を送っているのはあくまで仮の姿であって、本業は軍事組織〈ミスリル〉に属する傭兵なのだから。

 そのうえ、今回の作戦は、宗介の宿敵とも言えるガウルンの死に際に、彼自身が聞き出した、「バダム」というキーワードに関わるものだ。

 これまで、後手後手に回っていた〈アマルガム〉に対して、初めて攻勢に回れるまたとないチャンスだった。

「あんた、ちゃんと説明したんでしょうね?」

 マオににらまれる。とんだとばっちりだった。

「当たり前だろ。……まあ、あいつも忙しいんじゃねーの?」

 クルツがにへらっと笑う。

 黙っていれば、美青年と言えるのだが、彼は本心を隠すことができない人間だった。

「なによ?」

「ほら、クリスマスだぜ。あいつも、恋愛について勉強したんじゃねえか?」

 くくくっと、こみ上げる笑いを我慢できない。

「ソースケが?」

 マオの知る宗介は「恋愛オンチ」の「戦争ボケ」だ。その評価は正しく、百人に聞けば百人がそう答えるだろう。

「聖なるクリスマスの夜に、二人っきり。ムード満点の夜の甲板で……。く〜っ、たまんねーな」

 クルツが想像を逞しくする。その様子は、友の成長を喜んでいるわけではなく、単に野次馬根性丸出しとしか見えなかった。

「それに、誕生日だって話だしな。二重に特別な日ってわけだ」

「……? なんで、テッサの話になるのよ?」

「は? なんだよ、テッサって。カナメが、イブに誕生日なんだとさ」

「カナメが? あの子、イブに生まれたの?」

「そうらしいぜ。今の通話でソースケが言ってた」

 12月24日がかなめの誕生日?

 マオは、同じ誕生日である別な人物を知っている。

 それは──。

「……テッサ?」

 クルツが驚きの声をあげる。

 マオが振り返ると、戸口にテッサが立っている。

 なにやら、目つきが座っており、怒りのオーラを身にまとっている。

 普段温厚なテッサとしては、非常に珍しい。

「あの、どこから聞いてたの?」

 マオがおそるおそる尋ねてみる。

「いえ、ほとんど聞いてません。ただ、サガラさんが、カナメさんの誕生日に、作戦をサボる事ぐらいしか聞こえませんでした」

「…………」

「…………」

 マオとクルツが言葉に詰まる。

 大事な部分をしっかり聞いていたらしい。

「今回は、西太平洋戦隊として、非常に重要な作戦なんです。作戦本部にも知らせずに、独断で事を起こすんですから」

 マオもクルツもそれは理解している。こくこくと頷いた。

「人手はいくらあっても足りないんです。優秀なSRTメンバーを遊ばせておくなんて、ありえません。どんな重要な約束があるか知りませんけど、こちらを優先させてもらわないと困ります」

 今回は奇襲作戦なので、いつもに比べて危険は減るだろうが、戦隊として重要な事に変わりはない。

 まだ一六歳の少女に過ぎないテッサだったが、彼女は戦隊長であり、この西太平洋戦隊の責任者なのだから、彼女の意見はもっともだといえる。

 しかし、マオもクルツも、そういう公的な理由よりも、非常に私的な理由が重要視されているように思えた。テッサが宗介に好意を持っているのを、ふたりとも知っているのだ。

 改めて、テッサが回線を開き、宗介に事を問いただした。

「……ウェーバーさんから、聞きました。どういう、重要な用件があるのか知りませんけど、無責任な事をされては困ります」

『申し訳ありません。大佐殿のお怒りはごもっともですが、どうしても参加できません。ご理解願います』

「ご理解? サガラさんが、カナメさんとイチャつくから、その間、あたし達がどんな危険な目にあっても我慢してくれって、そう言うんですか?」

 これまでにないほど、テッサの口調はトゲトゲしい。

 しかし、それも仕方のないことだろう。

 テッサ自身、宗介の気持ちが、よりかなめに傾いていることは自覚している。だからといって、急に無関心になれるわけもない。かなめは宗介への気持ちを認めようともしないし、宗介はかなめへの気持ちに自分でも気づいていないようだ。これでは、あきらめきれるものではない。

 マオ達は誤解しているようだが、なにも個人的感情を優先しているわけではなく、彼に責任ある行動を要求しているだけだ。

 それが間違っているとは思わない。戦隊長としても、軍人としても、なにより、彼を好きになった女の一人として、彼には責任を自覚した行動をとってほしいのだ。

『すみませんが、どうしても優先しなければならないことが……』

 宗介の返答は歯切れこそ悪いものの、撤回するつもりはなさそうだった。

「そうですか……。じゃあ、仕方ありませんね」

 文字にすると、了承したとしか思えない返答だった。しかし、テッサは怒りの表情を消し去り、無機質な声でそう告げたのだ。ひんやりとした金属を印象づける声だ。

『…………』

 さすがの宗介も気づいたようだ。

「そうですか……、そんなにかなめさんとの約束が大事なんですね」

『いえ、そういうわけでは……』

「でしたら、好きにしてくださって結構です。こちらも勝手にしますから」

『……申し訳ありません』

 聞く方が情けなくなるような口調で、宗介が謝罪する。

「もう、いいんです。……ひとつだけ、言わせてください」

『なんなりと』

「私たちの邪魔はしないでくださいね」

『それは、どういう……』

 プチッ。

 宗介に最後まで言わせず、テッサは通信機を切った。

 うつむいていたテッサが肩を震わせている。

 マオとクルツが後ろから見ていて、彼女が泣いているのかと想像したのだが……。

 くすくすくす。

 笑っていたらしい。

「…………」

「……テッサ?」

 緊張感に耐えられずに、マオが話しかけた。

 揺すっていた肩がぴたりと止まり、テッサがふたりを振り返った。

「今回の作戦を決定しました。あなた達おふたりが提案した作戦を実行します。これならば、一石二鳥、一挙両得です」

 握り拳で宣言した。

 戦隊員全員を驚かすその作戦。

 陸戦隊の責任者であるカリーニンから「消極的な賛成」は得られたものの、彼女の副長であるマデューカス中佐や、堅物のクルーゾー中尉からは断固として反対されてしまう。しかし、彼女は「上官命令」の一言で黙らせ、その作戦を決行に移すのだった。

 なかには、マオやクルツのように、ノリノリで作戦準備にかかる人間もいたが、戸惑う隊員の方が多数派だった。




 パシフィック・クリサリス号。

 和名にするなら「太平洋のさなぎ」号といったところだ。

 今、この豪華客船に、陣代高校の生徒達が乗り込もうとしていた。

 不幸にもハイジャックに遭遇して中止となった修学旅行に変わって、彼らはこの豪華客船の一泊二日クルーズ旅行に招待されたのだ。

 ただ、ハイジャック事件そのものは、学校関係者に死者は出なかったうえ、生徒達は監禁された飛行機内でゲームやマメカラに興じるわ、最新鋭の軍事兵器を目にして涙するわで、彼らは少なからず楽しんだ。

 宗介とかなめに限っては、あの事件が無ければ、ここまで親しくはならなかっただろう。悪いことばかりではなかったのだ。




「カナちゃん。楽しそうだね」

「そう見える?」

 かなめに尋ね返されて、恭子が笑い出した。

「だって、そうとしか見えないよ。気がついたら、鼻歌まで歌っているし」

 そう言われて、かなめが真っ赤になった。

「なんで、そんなに嬉しそうなの?」

 にやりと笑って、恭子が尋ねる。

「別に、たいしたことじゃ……」

「カナちゃん、さっきから、きょろきょろしてるね。……そういえば、相良くん見かけないけど、気になるの?」

「あ、あたしはただ、あいつがまた、問題起こさないか、監視しておこうと思って」

「なんて、冗談だったんだけど、ホントに気にしてたんだ?」

「……っ!」

 かなめの顔がさらに赤くなる。

「な、なんか、お腹減っちゃった。マユのとこ行って、お菓子もらってくる」

 そう言い捨てて、かなめが逃げ去っていった。

 恭子の指摘は全て当たっていた。

 かなめは宗介の事情を全て、彼の口から聞かされていた。〈ミスリル〉の作戦を断って、このクルーズに参加したことを。「先約だから」と言ってはいたが、普通に考えればこの選択はあり得ない。いつもの宗介を知っているだけに。

 もっとも、もしも〈ミスリル〉を優先していたら、自分は腹を立てたに違いないのだが……。

 恭子が微笑みながら、かなめを見送った。

「いいこと、あるといいね」

 そうつぶやいた。




 さて、一方。

 宗介は艦内を調べている。

 かなめが〈ウィスパード〉という特殊な存在であることから、現在も狙われている人間なのは確かだ。

 自分が彼女の護衛を外され──それどころか、〈ミスリル〉上層部からは接触すら禁じられたのだが──、それでも、自分は彼女のそばに残り、上層部にはそれを無理矢理了承させている。

 彼女のそばにいたかったからだ。

 彼は持ち前の使命感というか、危機感から、船内を見回っている。

 限定された空間で過ごすことになるのだから、周囲の警戒にあたるのは当然だった。すくなくとも宗介の常識に照らし合わせればそうなる。

 艦の構造、人員の配置。

 宗介は人を記憶するのが得意なので、見知った人間がいればすぐにわかる。

 しかし、ざっと見渡したところ、怪しい人間はいないようだ。

 お互いに顔を合わせなかったのは幸運だったのかもしれない。

 それとも、不運と言うべきか……。




 なにもない廊下で、一人のメイドがずるぺたーんと派手にすっ転んだ。持っていた掃除用具をぶちまけている。

 先ほども艦長に目をつけられて怒鳴られたばかりだった。

 メイド服という、変わった格好ではあるが、そのアッシュブロンドという特徴から、見知った人間であれば、間違えようがない。

 説明するまでもないが、テッサである。

 すっと、一人の人間が近づいて、拾い上げるのを手伝ってくれた。

「ありがとうございます。……あっ!」

 相手の顔を見て、テッサが驚きの声を挙げた。

 その学生服の少年もテッサを見返して、驚いている。

 驚くのも当然だろう。

 以前、テッサが転校生として陣代高校に訪れたときに出会った友人の一人だった。

 宗介を除けば一番親しくなった男子生徒だったが、〈ミスリル〉に関しては当然秘密である。どうして同じ船に作業員の格好で乗船しているか、説明ができるわけもなかった。

 問いかけに困惑するテッサを見て、少年は話題を変える。

 唐突に、「可愛い格好だ」などとほめられたため、テッサはとっさに返事もできず、真っ赤になった。

「あのぅ……、わたしがいることは、学校のみんなには黙っていてくださいね」

 そう口にしただけで、そそくさと足早に去っていく。

 思いもかけない少年との再会は、テッサにとっては嬉しい誤算だった。ちょっとだけ、気分が良くなり、口元には笑みも浮かんでいた。




 皆が、思い思いに船の散策をし、彼らの最大の楽しみとも言える、食事の時間が訪れた。

 学校の体育館ほどもある大ホールに、食いきれないと思えるほどの豪華な食事が並んでいる。本当に食いきれないかどうか、彼らは試す気マンマンである。

 食事を前にしながら、校長の言葉を聞かされる。この状況で、聞いている人間がいるとは思えないが、校長も言うだけのことは言っておく必要があるのだ。

 続いて、ハリス船長が壇上にあがる。

 型どおりの挨拶と、船の安全性を訴える。

 そのとき──。

 大きめのサングラスをかけた、カジノのディーラー姿をしている女性が、ステージにあがった。

 肩から提げているサブマシンガンを天井に向けて発砲する。

 その場にいた数百人が凍り付いた。

「全員、動かないで! この〈パシフィック・クリサリス〉はあたしたちが占拠したわ!」

 驚きが過ぎ去り、やっと、女の言葉を理解した皆が、同時に口を開く。

『またかよっ!』

 彼らの感想は、至極もっともなものだった。




 サブマシンガンで武装した給仕や清掃員が、会場に姿を見せる。もちろん、作業員に身をやつしたテロリストの一味だろう。

 事前に顔を見られてしまったメンバーの一人は、会場に姿を見せるのを自粛したようだ。

 幸運にも、無用な混乱は起こらなかった。

 陣代高校の生徒などは、以前にもハイジャックされた経験があるので、おとなしく従えば安全だと記憶しているのだろう。

 しかし、テロリスト達はわずかに戸惑っていた。それぞれが、自分のそばにいる人間に視線を向けると、アイコンタクトで意思の疎通をはかる。

 彼らが首を振っているのは、「見ていない」「知らない」という意思表示だ。

 要注意人物の姿を、だれも確認できていないのだった。

 そう、陣代高校で唯一、自分たちと互角にやり合える人物のことである。

 テロリスト達が立っていた壁際で、突如として煙が吹き出した。事前に仕掛けられていた発煙筒が発火したのだ。

 さらに、まばゆい閃光が、すさまじい音響が、室内に満ちる。

 視覚と聴覚を奪われ、生徒達がパニックになる。

 マシンガンの銃撃音がする。

「騒がないで! じっとしてなさい!」

 壇上の女テロリストが怒鳴っている。

 やがて、静かになり、煙が晴れたとき、室内にいたもう一人の重要人物である少女が、姿を消していたのだった。




 ──つづく。




 あとがき。

 思いついたのは、非常に単純な理由からです。

 原作でのセイラー艦長の活躍も面白かったんですが、あくまでも彼は部外者。実際、彼が退場になって、「よかった」と私は思ったものです。(これ以上、ひっかきまわされずにすむから)

 そこで、もうちょっと、重要な人間にジョン・マクレーン役をしてもらおうと考えたのが、今回の話。

 ちょっとだけ登場した「少年」が誰なのかわからない方は無視しておいてください。この話の内容にはまったく絡みませんから。

 これは四話ほどで終わる予定です。もしも、長引いたら、五話になるかも。








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