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悪夢の南海遭難事件-[序] -[前] -[後] -[終]


悪夢の南海遭難事件(終章)


 夜──。

 宗介は悪夢にうなされて目を覚ました。

 全身を濡らす自らの汗が、服を肌に貼りつけている。

 しかし、肉体的な事実よりも、なお、夢の記憶が宗介を不快にさせた。

 あれは、夢だったのだろうか?

 鳥の囀りや、虫の声が耳に入った。豊かなる自然の声。

 かすかに波の音。

 周囲に目を向けると、仮設テントの中だった。

 ……きっと、事実なのだろう。

 自分とテッサだけが、沈みゆくTDD−1から脱出した。だからこそ、この島に居るのも、二人だけなのだ。

 傍らで眠っているはずのテッサの姿がない。

 身を起こした宗介が、重たげな足取りで歩き出した。

 気は進まないが、大佐殿に確認するしかない。

 どんなに知りたくない事実だとしても、知る必要がある。




 彼女は海辺にいた。

 砂浜に腰を下ろし、じっと波を見つめていた。

 空に浮かぶ月は円に近く、青白い光で地上を照らしている。

 テッサの白い肌やブラウスが闇に浮かび上がり、そのアッシュブロンドが輝いて見える。

 幻想的な光景だった。




 宗介は尋ねる決心ができず、じっとテッサを見つめていた。

 じきにテッサの方で、宗介の存在に気づいた。

「サガラさん」

 テッサが宗介に向かって歩み寄ってきた。

 彼女は笑みを浮かべていた。

 この島に漂着してからずっと……。

 あれだけの事があったというのに、なぜ、こんなにも嬉しそうなのか?

 まるで、こうなることを望んでいたように見える。

 宗介は首を振って、そんな思いを振り払った。

 そんなはずはない。

〈トゥアハー・デ・ダナン〉の乗員のほとんどが死んでしまったのだ。

 生き残ったのは自分たち二人だけだ。

 そんなことを、戦隊長である彼女が望むはずがない。

 彼女には、その理由が無いのだから。




 テッサが、宗介の苦渋の表情に気づいた。

「思い出してしまったんですか?」

「……はい」

「あんまり気にしないでください。こうして、わたしたちは助かったんですから」

 そう言って、彼女が笑顔を浮かべる。




 どくんと、宗介の心音が高鳴る。

 もしも、本当にそうだとしたら?

 たとえば、最初の犠牲者は、マデューカスと、ゴールドベリだった。

 彼らの共通点──それは、特定の条件下において、テッサの権限を上回ることが許されていたことだった。もしかして、それこそが、彼らが狙われた本当の理由なのか?

 クルーゾーも、クルツもおかしくなる前に会っていたのはテッサのはずだ。そのときに、薬を飲まされていたとしたら?

 カリーニンはテッサを拘束しようとしていた。その理由が、テッサの方にこそあったとしたら?

 それらは、全て推論に過ぎない。

 しかし……。




「まさか、大佐殿が……?」

 宗介はごくりと唾を飲み込んだ。

「そうですか。気づいてしまったんですね。せっかく、ビタミン剤と偽って注射した薬で、記憶を眠らせていたのに……」

 テッサが楽しそうに笑った。

「だって、そうでもしないと、ふたりっきりになれなかったですから」

「……ばかな! そんな理由で……」

「わたしにとっては大切なことなんです」

「…………」

「この島もそのために探し出しました。この近くで脱出できるように計画を立てるのは大変だったんですよ。あと、薬を飲ませた相手は自制心の働きが鈍くなるので、暗示にかかりやすくなるんです」

「一体……」

「最初は薬を作ったんです」

「薬?」

「はい。本当の心を表に出すための薬です。最初はサガラさんの本心が知りたくて作ったんです。ですが、実験のために自分で飲んでみて、初めて、自分の心を欺いていた事を知ったんです。素晴らしいですよ。思いのままに行動するって。全ての束縛から解放されて、自由になった気がします」

「正気とは思えません。貴女は、個人的感情で、全ての乗員の命を奪ったんですよ!」

「たいしたことじゃありません。私達が二人っきりになることに比べれば」

 彼女の表情に、なんの陰りも見られなかった。

 わずかの疑問もなく、そう思いこんでいるのだろう。

「いまに、サガラさんにも、私の気持ちが分かるはずです。さっき、キスした時に、ブランデーと一緒に、薬も飲ませたんです。サガラさんも、私と一緒に、この島で欲望のままに生きていくんです」

 テッサがにっこりと笑って見せた。




 宗介はテッサを仮設テントまでつれ戻ると、彼女を突き倒した。

「サガラさん?」

 宗介がロープを拾い上げて、彼女の四肢を縛り上げる。

「ちょっと、あの、痛いです」

 テッサが訴えたが、宗介は聞く耳を持たなかった。

 ぎっちりとロープが彼女の肌に食い込んでいる。

「あの……?」

 戸惑う彼女を、宗介は硬い視線で見下ろしていた。

「申し訳ありませんが、大佐殿を拘束させてもらいます」

「どうして?」

「大佐殿は〈ミスリル〉に引き渡して、しかるべき処分を受けてもらいます」

「そんなっ! 私と一緒にこの島で暮らすんじゃないんですか?」

「それはできません。自分の望みは、こんな島で暮らすことではないんです」

 その言葉に少女が目を見開いて、相手を見返した。

 宗介が一番熱望すること、それは──。

「自分は、東京に戻って……」

「イヤですっ!」

 少女の声が、宗介の言葉を遮った。

「それ以上聞きたくありません!」

 彼女にも宗介の返答は予想がついていた。しかし、認めたくなかったのだ。ふたりきりになれれば、自分を望んでくれる。そう信じたかったのだ。

 だが──。

 地面に転がっている少女が、肩を震わせて慟哭する。

 泣き続ける少女の傍らで、宗介はただ立ちつくしていた。

     ●

 陣代高校。

 登校してきた宗介は、いつものように、むっつり顔にへの字口。

 しかし、いつもと違う。

 そう感じたのはかなめ一人だけだろう。少なくともこの日本で、宗介を一番知っているのは彼女なのだから。

 彼女は、その魅力的な容貌に反して恋人に望む人間は少ない。が、友人としてなら得難い存在だった。本来はお人好しで、なにしろ、宗介が日常で引き起こす騒動を、ほとんど一人でフォローしているくらいだ。

 休憩時間に、かなめが話しかけた。

「ソースケ。なにかあったの?」

「なにか、とは?」

「なんか、いつもと違うわよ」

「そう見えるか?」

「うん」

 宗介は、少しだけ考える素振りを見せた。

「……では、放課後に体育館裏へ付き合ってくれ」

「え?」

「人気のないところで話をしたい」

「そ、そう……?」

 突然の誘いに、かなめが戸惑っている。




 放課後。たしかに、体育館裏に人気はなかった。

 かなめが壁に身体を預けるようにして立っていると、宗介が歩み寄ってきた。

 一体、宗介の様子がおかしい理由とは、なんだろうか?

 昨日までは、いつもの宗介だったのだ。

 密かに心配しているかなめに、宗介が真剣そのものの表情で説明を始めた。

「じつは……、今朝、恐ろしい夢を見たんだ」

「夢?」

 意外な返答にかなめが驚いた。

 現実主義の宗介の口から夢の話とは、いままで聞いた覚えがなかった。

「どんな?」

「実は、海で遭難した夢だ」

「ふーん」

「俺は〈トゥアハー・デ・ダナン〉から救命ポッドで脱出して、大佐殿と二人きりで南海の小島に流れ着いた。食料なども豊富なため、そこでの生活に不自由はなかった」

「…………」

『大佐殿』が、アッシュブロンドの美少女を指すことは、かなめも知っている。

 かなめの表情が険しくなった。

「それで、大佐殿がキスをしてきて、俺の喉にある物を流し込んできた……」

 そこまで言った宗介は、かなめの肩が震えているのに気づいた。

「体調でも悪いのか?」

「おのろけ話を聞いてるヒマないわよ!」

 すぱーん!

 かなめのハリセンが、宗介の頭をひっぱたく。

 怒りのオーラを身にまとい、怒髪天を衝くといった様相で、背を向けたかなめがずけずけと歩き去る。

 恐ろしくて、呼び止めることもできなかった。

 呆然となった宗介が、その場に取り残される。

 話が核心に達する前に、かなめに去られてしまったのだ。〈ミスリル〉の話をするために、人目を避けたのに、ほとんど話ができなかった。

 携帯電話が鳴って、宗介は我に返った。

『あの、テッサです』

 彼女が直接電話をしてくることなど、これまでほとんど無かった。

 なぜ急に……?

「……ご用件はなんでしょうか?」

 わずかな緊張を含みながら、宗介が尋ねる。

『今度、サガラさんがメリダ島へ来たときに、私の部屋で一緒に食事でもどうかと思いまして』

 その言葉が、宗介の危機感を刺激した。

「……つかぬ事をお聞きしますが、大佐殿は、何かを企んでいませんか? 例えば、自分とふたりきりになることなど……」

『えっ?』

 テッサの驚きの声に、宗介は自分にぶしつけな発言があったことに気づいた。

「失礼しました。少々、夢と混同してしまいました」

『夢ですか?』

「はい。今朝、そのような夢を見たものですから」

『そ、そうですか。私がサガラさんと……』

 どこか弾んだ声で、彼女が答えた。

「夢とはいえ、失礼なことを……」

『いえ、嬉しいです。わたしは迷惑だなんて思っていませんし、むしろ、望んでるぐらいですから。現に、今度の食事も二人きりで、その……でも企んでるとか、そういうつもりも、なくはないんですけど。……いえ、その……も、もう切りますね』

 プツッ……。

 いきなり通話が途切れてしまった。

 しどろもどろになった大佐殿の対応。まさか、後ろ暗い事でもあるのだろうか?

 彼は、無意味な戦慄を覚えるのだった。




 ――『悪夢の南海遭難事件』おわり。




 あとがき

 

 はい、『夢オチ』でした。

 最初の発端は、『宗介で夢オチしたら、どうなるか?』です。

 宗介がラブラブな夢を見るとも思えなかったので、サスペンス風にしてみました。

 ホントに、この話ではテッサに頑張ってもらいました。しかし、テッサ本人はイヤがるでしょうねぇ。(テッサファンも……)

 一番見ていけない方は、テッサファンの方々でした。本当に、申し訳ありません。

 もう、これ以上ひどいことにはなりませんので、ご勘弁ください。

(……たぶん)








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