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悪夢の南海遭難事件-[序] -[前] -[後] -[終]


悪夢の南海遭難事件(後編)


 クルーゾー中尉の騒動は、彼の死をもって一応の解決をみた。

 宗介とクルツは賭に勝ったのだ。

〈ファルケ〉を貫いた砲弾は、〈アーバレスト〉に達する寸前で、ラムダ・ドライバの力場により弾かれた。宗介も〈アーバレスト〉も無傷だった。

〈トゥアハー・デ・ダナン〉も、窮地を脱したかに見える。

 しかし……。

 誰が考えても、クルーゾーの行動は不可解だった。

 仮に、彼が敵との内通者だったとしても、今回の行動は場当たり的すぎる。

 あれでは皆と心中することになるだけだ。

 単に沈めるだけなら、どんな方法も採れたはずなのだ。

 あれは、張本人がすべき行動とは思えない。むしろ、何者かの捨て駒にされた印象がぬぐいきれない。

 クルーゾーにあのような行動を取らせた人物は、今もどこかで、のうのうとしているのではないか?

 その推測に、宗介は冷水を浴びせられた気がした。




 テッサが、クルツの説明を聞き終えて、入れ替わりに宗介を呼んだ。

「サガラさんの口からもう一度説明してもらえますか?」

「了解しました」

 宗介が説明を始めた。

 話の内容はクルツと変わる物ではない。

 しかし、ことは強襲揚陸潜水艦〈トゥアハー・デ・ダナン〉の命運に係わるかもしれないのだ。

 面倒な手順になるが、個別に情報を聞き出し、その相違点が手がかりにならないとも限らない。いまは、どのような情報でも必要だった。

 それに、彼女の配下から、再び裏切り者が出たとなると、上層部からはテッサの更迭論が出ないとも限らなかった……。




 テッサが宗介への事情聴取を終えて、二人は並んで部屋を出た。

「申し訳ありません」

 宗介からの謝罪に、テッサが不思議そうに見つめ返した。

「その、今回の一件については、自分は当初から説明を受けていたというのに……」

「サガラさんが気に病む必要はありません。事前に察知するのは不可能でしょうし、むしろ、サガラさんのおかげで、最悪の事態は避けられたんですから」

 テッサがそう慰める。

 彼女の言葉は正しいだろう。だが、それでも残念に思うのだ。

 艦内で一番事情に詳しかったはずなのに、自分はなすすべもなく、あわや艦の撃沈寸前にまで事態が進展したのだから。




 ふたりが通りかかったとき、第一状況説明室からがたごとと音が聞こえた。

 不思議そうに宗介とテッサが中を覗く。

「ちょっと、どういうつもりよっ!」

 怒鳴り声の主はマオだった。

 マオはシャツを半分引き裂かれた状態で、相手から距離を取った。

 彼女の怒りの視線を受けて、楽しそうに笑っている人物がいた。

 クルツだった。

「なんだよ。あいつが死んで寂しいんだろ? 俺が慰めてやるよ」

「あんた……」

 クルツを見るマオの瞳が鈍い光を放つ。

 そこにあるのは、殺意だった。

 よほど、クルツの行動に怒りを覚えたのだろう。

「いい加減にしないと、……ただじゃおかないわよ」

 マオは、静かな声でつぶやいた。

 宗介でさえも、その状態のマオとやり合おうとは思わない。

「クルツ。何があったかしらないか、やめておけ」

 宗介が止めたのは、むしろクルツのためだった。

「ちっ!」

 分が悪いとみたのか、クルツは舌打ちすると部屋を飛び出ていった。

「……なにが、あったんですか?」

 かろうじてテッサが尋ねる。

 マオの態度や、破れた着衣などを見ると、彼女にも経緯の想像はついてるだろう。それでも、信じられないのに違いない。

「言いたくないわ」

 マオはそうつぶやいただけだった。

 破れたシャツを何とか前で縛って、下着だけは隠す。

「あいつ……。冗談でも、こんなマネするようなヤツとは思わなかったわ」

 悔しそうに唇を噛んでいた。

 宗介もテッサも声もかけられずに、立ちすくんでいる。

 突然、爆発音が響いた。

 艦が揺れる。

 つづけて、警報が鳴り響いた。

『格納甲板にて、M9が起動。艦内の破壊活動を確認』

 宗介とマオが目線を交わす。

 二人は格納甲板に向かって駆けだしていた。




 クルツのM9が艦内を破壊している。

 まるで、クルーゾーのように。

 宗介は自分の目が信じられなかった。

 艦を破壊しようとしたクルーゾーを止めたのはつい先ほどのことなのだ。そのとき、宗介と共にクルーゾーの行動を防いだのは、クルツ本人だ。

 彼らが仲間ならば、初めから共同で事を起こせばいい。

 それなのに、先ほどやめさせようとした行動を、クルツが行おうとしている。

 なぜだ――?

「あの、バカ!」

 吐き捨てるように言って、マオが自分の機体に向かって走った。

「マオっ!」

 宗介が後を追おうとしてテッサに止められた。

「ダメです。危険すぎます!」

 すでに、マオ機も起動し、クルツの機体と正面から対峙していた。

『へぇ。ASでなら、相手をしてくれるってわけか?』

「減らず口はそこまでよ! 叩きのめしてやるわ」

 格納甲板では、二機のM9が単分子カッターや銃を使って暴れ出した。

 すでに生身の人間がいられる状況ではなくなっていた。




 そして、その瞬間が訪れた。

 けたたましい警報音が鳴り響いた。

『外壁に亀裂発生。格納甲板へ海水の浸入を確認しました。付近の人間は至急待避願います』

 宗介達の眼前で緊急扉が閉まりだした。

「ばかな! まだ、クルツもマオも中にいるぞ!」

 思わず扉を殴りつける。

「サガラさん……」

 しかし、扉の向こうからは、まだ衝撃音が響いている。

 どちらが優勢なのかはわからないが、艦の被害は刻一刻と増え続けているはずだ。




 テッサは発令所へ連絡を入れて、乗員への退避指示を出すよう命令した。

 続いて、自分も発令所に向かう。宗介もそれに従った。

 だが、そのふたりの前に立ちはだかる人物がいた。

 SRTを含む陸戦隊の責任者であるカリーニン中佐だった。後ろにはPRT(初期対応班)の二名を引き連れていた。

「サガラ軍曹。君も飲料水に混入された薬物の件は知っているはずだな?」

 カリーニンは、そう言葉を投げかけた。

「……それが?」

 なぜ、その事を彼が知っているのだ?

「ならば、すでに語ることはないはずだ」

「どういう意味でしょうか?」

「彼女を引き渡してもらおう」

 宗介は、カリーニンの視線を遮るように、テッサの前に立った。

 カリーニンはわずかに眉をひそめて宗介を見た。

「……実力で排除しなければならんようだな」

 カリーニンがホルスターの拳銃引き抜く。

 宗介も瞬時に応じた。

 二人が拳銃を構えて、互いに銃口を向ける。

 宗介が緊張に唾を飲み込んだ。

 自分だけならば慣れたものだ。

 しかし、今は自分の後ろにテッサがいた。

 自分が回避行動に出ると、おそらくテッサが犠牲になる。

 彼女を守るためには、先んじて攻撃に移るしかない……。

 宗介の視線が硬くなる。

 カリーニンはおそらく宗介の覚悟に気付いているはずだ。だが、彼は平然としており、毛筋ほどの動揺も見せない。

 二つの銃口が同時に銃弾を吐き出した。

 一発はカリーニンの腹部に、一発は宗介の耳をかすめて壁面に着弾する。

 倒れたカリーニンの後ろに立つ二人の隊員があわてて銃を引き抜く。

 だが、宗介の方が早かった。相手に二発づつ打ち込むと、その標的となった二人がその場に倒れた。

 宗介が危なっかしい足取りで、カリーニンの元へ歩み寄った。

「……少佐。なぜです?」

 宗介は驚きの表情でカリーニンを見下ろす。

 宗介の問いは、彼の行動理由についてではなかった。

 彼がわざと狙いを外したことについてだった。カリーニンの腕で、この距離の的をはずすとは思えない。

「ふっ……私に君は撃てんよ」

 腹の苦痛に顔をゆがめながら、自嘲気味の笑みを浮かべる。

「自分は、あなたとは違います……」

 床に伏したカリーニンに銃口を向けた。

 数年前、自分にいくつかのことを教えてくれた人物――その相手に、今は銃口を向けている。

「……好きにしたまえ」

 一瞬の沈黙。

 そして──。

 銃声が鳴った。




 脱出ポッドへの通路に、何十人もの隊員が群がっていた。

 ボコン……ッ。

 すでに人間が乗り込んだポッドが、大量の空気と共に船外に射出された。

 宗介とテッサは順番待ちの人間を突っ切って、反対へと通り抜けた。

 ふたりは目的のポッドにたどり着いた。それは艦長専用の脱出ポッドだった。

 ドォオン!

 そこへ、爆発音が響く。

 腹に響くような低音の爆発音。

 海中で何かが爆発したのだ。おそらく、先行して脱出したポッドだろう。

「く……」

 宗介が唇を噛んだ。

 敵の目的はなんだ?

 乗員の全てを葬り去ることなのか?

 それならば、なぜ艦の全てを爆破しようとしなかったのだ?

 そんな疑問が浮かぶ。

 皆が脱出ポッドに駆け込もうとするのを、宗介が駆け寄って止めようとする。

 しかし、テッサが宗介の腕にしがみついた。

「だめです」

「しかし……」

「他に脱出方法はありません。運を天に任せて、乗り込む意外に方法は……」

「…………」

 宗介が動きを止めた。

 テッサの言うとおりなのだ。艦が沈むとしたら、海中からの脱出方法はポッドしかない。ASでもこの深度では耐えられないのだ。

 それに、仮に止めたとしても、従う人間はいないと思えた。

 テッサが操作パネルにユニバーサルキーを差し込む。

「大佐殿。このポッドも危険です」

「いえ。これは例外なんです。このユニバーサルキーがなければ、誰も中に入れないんです」

「了解しました。では、急いでください……」

 開いた扉にテッサの身体を押し込む。

「待ってください。サガラさんも一緒に」

「そうはいきません。この艦には多くの生存者がいます。自分はクルツを助けなければ……」

「サガラさん」

 宗介を見つめたテッサがゆっくりと首を振る。

 言葉には出さないが、無駄だと言いたいのだろう。

「たぶん、敵の目的はこの艦を沈めるだけではなく、おそらくわたしを……」

 彼女の判断は正しいだろう。

 敵の内通者──おそらく、カリーニン──は、艦内を自由に行動できたのだ。その意志があれば、艦を爆破することもできた。それをしなかった理由はおそらく……。

「わたし、ひとりでは……」

 テッサがうつむいた。

 比べるようなことではないが、かなめならば危機も自らの力で乗り切ることができるだろう。しかし、彼女では……。どんな知恵があったとしても、行動に移せなければ意味はない。

「もう、この艦はおしまいです。せめて、サガラさんだけでも……」

 テッサはそう言って宗介を誘う。

「…………」

 まだ、クルツもマオも生存しているはずだ。方法は思いつかないが、生き残る可能性もゼロではない。

「サガラさん」

 テッサが強い口調で決断を迫る。

「……了解しました」




 狭いポッドに二人が乗り込む。

 ためらいながらも宗介は、そのレバーを引いた。

 ポッドを固定していたフックがはずれると、艦体のハッチが開き、ポッドが射出される。

 気泡に包まれながら、ゆっくりとポッドが離れていく。

 デジタル処理された〈トゥアハー・デ・ダナン〉が、モニター内で徐々に離れていく。

 そして、モニターにも映らなくなった。

 海水を通して、その音が伝わってきた。

 バコン!

 金属のひしゃげる音する。

 ボコン!

 空洞になっている何かがつぶれる音。

 ゴゴゴン!

 圧壊する音が海水を震わせた。それは、おそらく〈トゥアハー・デ・ダナン〉の……。




 ポッドが漂っている。

 ……自分はまた、生き延びてしまった。

 仲間達を失い、何もできず……。

 クルツ、マオ……。それに、カリーニンもだ。

 皆、死んでしまった。

 宗介の身体が小刻みに震えている。

「サガラさん……?」

 テッサが驚いたように宗介を見つめた。

 それで、宗介も気付いた。

 自分の頬が濡れていたのだ。

 指先で触れてみる。

「……涙? 俺は泣いているのか?」

 こんな事態だというのに、その小さな事実が宗介を驚かせた。

「サガラさん……」

 テッサが宗介の首に抱きつく。

「あの、わたしがいますから……。ですから……」

 彼女の小さな声が、宗介の耳元に届く。

「申し訳ありません」

 自分などより、彼女の方がよっぽどつらいはずだ。

 彼女は、全隊員の名を全て覚えている。そのすべてが、彼女の部下なのだから。




 ふたりを乗せた脱出ポッドは、小さな無人島に漂着した……。




 ──つづく。




 あとがき

 

 前回の比ではありません。

 クルツファン、マオファン、カリーニンファン等々、〈トゥアハー・デ・ダナン〉乗員全てのファンに謝らなければなりません。

 こんな話を書いた私ですが、見捨てないでくださいね。

(切に願います。……ホント)。

 

「艦長の退艦は最後」という不文律(?)がありますが、話の都合でこうなってます。

 きっと、普通の展開なら、テッサは「最後まで残る」と言い張って、「強制的に脱出させられる」か、「誰かに気絶させられる」展開と思われます。

 できれば、終章もおつきあいください。










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