クルーゾー中尉の騒動は、彼の死をもって一応の解決をみた。 宗介とクルツは賭に勝ったのだ。 〈ファルケ〉を貫いた砲弾は、〈アーバレスト〉に達する寸前で、ラムダ・ドライバの力場により弾かれた。宗介も〈アーバレスト〉も無傷だった。 〈トゥアハー・デ・ダナン〉も、窮地を脱したかに見える。 しかし……。 誰が考えても、クルーゾーの行動は不可解だった。 仮に、彼が敵との内通者だったとしても、今回の行動は場当たり的すぎる。 あれでは皆と心中することになるだけだ。 単に沈めるだけなら、どんな方法も採れたはずなのだ。 あれは、張本人がすべき行動とは思えない。むしろ、何者かの捨て駒にされた印象がぬぐいきれない。 クルーゾーにあのような行動を取らせた人物は、今もどこかで、のうのうとしているのではないか? その推測に、宗介は冷水を浴びせられた気がした。
テッサが、クルツの説明を聞き終えて、入れ替わりに宗介を呼んだ。 「サガラさんの口からもう一度説明してもらえますか?」 「了解しました」 宗介が説明を始めた。 話の内容はクルツと変わる物ではない。 しかし、ことは強襲揚陸潜水艦〈トゥアハー・デ・ダナン〉の命運に係わるかもしれないのだ。 面倒な手順になるが、個別に情報を聞き出し、その相違点が手がかりにならないとも限らない。いまは、どのような情報でも必要だった。 それに、彼女の配下から、再び裏切り者が出たとなると、上層部からはテッサの更迭論が出ないとも限らなかった……。
テッサが宗介への事情聴取を終えて、二人は並んで部屋を出た。 「申し訳ありません」 宗介からの謝罪に、テッサが不思議そうに見つめ返した。 「その、今回の一件については、自分は当初から説明を受けていたというのに……」 「サガラさんが気に病む必要はありません。事前に察知するのは不可能でしょうし、むしろ、サガラさんのおかげで、最悪の事態は避けられたんですから」 テッサがそう慰める。 彼女の言葉は正しいだろう。だが、それでも残念に思うのだ。 艦内で一番事情に詳しかったはずなのに、自分はなすすべもなく、あわや艦の撃沈寸前にまで事態が進展したのだから。
ふたりが通りかかったとき、第一状況説明室からがたごとと音が聞こえた。 不思議そうに宗介とテッサが中を覗く。 「ちょっと、どういうつもりよっ!」 怒鳴り声の主はマオだった。 マオはシャツを半分引き裂かれた状態で、相手から距離を取った。 彼女の怒りの視線を受けて、楽しそうに笑っている人物がいた。 クルツだった。 「なんだよ。あいつが死んで寂しいんだろ? 俺が慰めてやるよ」 「あんた……」 クルツを見るマオの瞳が鈍い光を放つ。 そこにあるのは、殺意だった。 よほど、クルツの行動に怒りを覚えたのだろう。 「いい加減にしないと、……ただじゃおかないわよ」 マオは、静かな声でつぶやいた。 宗介でさえも、その状態のマオとやり合おうとは思わない。 「クルツ。何があったかしらないか、やめておけ」 宗介が止めたのは、むしろクルツのためだった。 「ちっ!」 分が悪いとみたのか、クルツは舌打ちすると部屋を飛び出ていった。 「……なにが、あったんですか?」 かろうじてテッサが尋ねる。 マオの態度や、破れた着衣などを見ると、彼女にも経緯の想像はついてるだろう。それでも、信じられないのに違いない。 「言いたくないわ」 マオはそうつぶやいただけだった。 破れたシャツを何とか前で縛って、下着だけは隠す。 「あいつ……。冗談でも、こんなマネするようなヤツとは思わなかったわ」 悔しそうに唇を噛んでいた。 宗介もテッサも声もかけられずに、立ちすくんでいる。 突然、爆発音が響いた。 艦が揺れる。 つづけて、警報が鳴り響いた。 『格納甲板にて、M9が起動。艦内の破壊活動を確認』 宗介とマオが目線を交わす。 二人は格納甲板に向かって駆けだしていた。
クルツのM9が艦内を破壊している。 まるで、クルーゾーのように。 宗介は自分の目が信じられなかった。 艦を破壊しようとしたクルーゾーを止めたのはつい先ほどのことなのだ。そのとき、宗介と共にクルーゾーの行動を防いだのは、クルツ本人だ。 彼らが仲間ならば、初めから共同で事を起こせばいい。 それなのに、先ほどやめさせようとした行動を、クルツが行おうとしている。 なぜだ――? 「あの、バカ!」 吐き捨てるように言って、マオが自分の機体に向かって走った。 「マオっ!」 宗介が後を追おうとしてテッサに止められた。 「ダメです。危険すぎます!」 すでに、マオ機も起動し、クルツの機体と正面から対峙していた。 『へぇ。ASでなら、相手をしてくれるってわけか?』 「減らず口はそこまでよ! 叩きのめしてやるわ」 格納甲板では、二機のM9が単分子カッターや銃を使って暴れ出した。 すでに生身の人間がいられる状況ではなくなっていた。
そして、その瞬間が訪れた。 けたたましい警報音が鳴り響いた。 『外壁に亀裂発生。格納甲板へ海水の浸入を確認しました。付近の人間は至急待避願います』 宗介達の眼前で緊急扉が閉まりだした。 「ばかな! まだ、クルツもマオも中にいるぞ!」 思わず扉を殴りつける。 「サガラさん……」 しかし、扉の向こうからは、まだ衝撃音が響いている。 どちらが優勢なのかはわからないが、艦の被害は刻一刻と増え続けているはずだ。
テッサは発令所へ連絡を入れて、乗員への退避指示を出すよう命令した。 続いて、自分も発令所に向かう。宗介もそれに従った。 だが、そのふたりの前に立ちはだかる人物がいた。 SRTを含む陸戦隊の責任者であるカリーニン中佐だった。後ろにはPRT(初期対応班)の二名を引き連れていた。 「サガラ軍曹。君も飲料水に混入された薬物の件は知っているはずだな?」 カリーニンは、そう言葉を投げかけた。 「……それが?」 なぜ、その事を彼が知っているのだ? 「ならば、すでに語ることはないはずだ」 「どういう意味でしょうか?」 「彼女を引き渡してもらおう」 宗介は、カリーニンの視線を遮るように、テッサの前に立った。 カリーニンはわずかに眉をひそめて宗介を見た。 「……実力で排除しなければならんようだな」 カリーニンがホルスターの拳銃引き抜く。 宗介も瞬時に応じた。 二人が拳銃を構えて、互いに銃口を向ける。 宗介が緊張に唾を飲み込んだ。 自分だけならば慣れたものだ。 しかし、今は自分の後ろにテッサがいた。 自分が回避行動に出ると、おそらくテッサが犠牲になる。 彼女を守るためには、先んじて攻撃に移るしかない……。 宗介の視線が硬くなる。 カリーニンはおそらく宗介の覚悟に気付いているはずだ。だが、彼は平然としており、毛筋ほどの動揺も見せない。 二つの銃口が同時に銃弾を吐き出した。 一発はカリーニンの腹部に、一発は宗介の耳をかすめて壁面に着弾する。 倒れたカリーニンの後ろに立つ二人の隊員があわてて銃を引き抜く。 だが、宗介の方が早かった。相手に二発づつ打ち込むと、その標的となった二人がその場に倒れた。 宗介が危なっかしい足取りで、カリーニンの元へ歩み寄った。 「……少佐。なぜです?」 宗介は驚きの表情でカリーニンを見下ろす。 宗介の問いは、彼の行動理由についてではなかった。 彼がわざと狙いを外したことについてだった。カリーニンの腕で、この距離の的をはずすとは思えない。 「ふっ……私に君は撃てんよ」 腹の苦痛に顔をゆがめながら、自嘲気味の笑みを浮かべる。 「自分は、あなたとは違います……」 床に伏したカリーニンに銃口を向けた。 数年前、自分にいくつかのことを教えてくれた人物――その相手に、今は銃口を向けている。 「……好きにしたまえ」 一瞬の沈黙。 そして──。 銃声が鳴った。
脱出ポッドへの通路に、何十人もの隊員が群がっていた。 ボコン……ッ。 すでに人間が乗り込んだポッドが、大量の空気と共に船外に射出された。 宗介とテッサは順番待ちの人間を突っ切って、反対へと通り抜けた。 ふたりは目的のポッドにたどり着いた。それは艦長専用の脱出ポッドだった。 ドォオン! そこへ、爆発音が響く。 腹に響くような低音の爆発音。 海中で何かが爆発したのだ。おそらく、先行して脱出したポッドだろう。 「く……」 宗介が唇を噛んだ。 敵の目的はなんだ? 乗員の全てを葬り去ることなのか? それならば、なぜ艦の全てを爆破しようとしなかったのだ? そんな疑問が浮かぶ。 皆が脱出ポッドに駆け込もうとするのを、宗介が駆け寄って止めようとする。 しかし、テッサが宗介の腕にしがみついた。 「だめです」 「しかし……」 「他に脱出方法はありません。運を天に任せて、乗り込む意外に方法は……」 「…………」 宗介が動きを止めた。 テッサの言うとおりなのだ。艦が沈むとしたら、海中からの脱出方法はポッドしかない。ASでもこの深度では耐えられないのだ。 それに、仮に止めたとしても、従う人間はいないと思えた。 テッサが操作パネルにユニバーサルキーを差し込む。 「大佐殿。このポッドも危険です」 「いえ。これは例外なんです。このユニバーサルキーがなければ、誰も中に入れないんです」 「了解しました。では、急いでください……」 開いた扉にテッサの身体を押し込む。 「待ってください。サガラさんも一緒に」 「そうはいきません。この艦には多くの生存者がいます。自分はクルツを助けなければ……」 「サガラさん」 宗介を見つめたテッサがゆっくりと首を振る。 言葉には出さないが、無駄だと言いたいのだろう。 「たぶん、敵の目的はこの艦を沈めるだけではなく、おそらくわたしを……」 彼女の判断は正しいだろう。 敵の内通者──おそらく、カリーニン──は、艦内を自由に行動できたのだ。その意志があれば、艦を爆破することもできた。それをしなかった理由はおそらく……。 「わたし、ひとりでは……」 テッサがうつむいた。 比べるようなことではないが、かなめならば危機も自らの力で乗り切ることができるだろう。しかし、彼女では……。どんな知恵があったとしても、行動に移せなければ意味はない。 「もう、この艦はおしまいです。せめて、サガラさんだけでも……」 テッサはそう言って宗介を誘う。 「…………」 まだ、クルツもマオも生存しているはずだ。方法は思いつかないが、生き残る可能性もゼロではない。 「サガラさん」 テッサが強い口調で決断を迫る。 「……了解しました」
狭いポッドに二人が乗り込む。 ためらいながらも宗介は、そのレバーを引いた。 ポッドを固定していたフックがはずれると、艦体のハッチが開き、ポッドが射出される。 気泡に包まれながら、ゆっくりとポッドが離れていく。 デジタル処理された〈トゥアハー・デ・ダナン〉が、モニター内で徐々に離れていく。 そして、モニターにも映らなくなった。 海水を通して、その音が伝わってきた。 バコン! 金属のひしゃげる音する。 ボコン! 空洞になっている何かがつぶれる音。 ゴゴゴン! 圧壊する音が海水を震わせた。それは、おそらく〈トゥアハー・デ・ダナン〉の……。
ポッドが漂っている。 ……自分はまた、生き延びてしまった。 仲間達を失い、何もできず……。 クルツ、マオ……。それに、カリーニンもだ。 皆、死んでしまった。 宗介の身体が小刻みに震えている。 「サガラさん……?」 テッサが驚いたように宗介を見つめた。 それで、宗介も気付いた。 自分の頬が濡れていたのだ。 指先で触れてみる。 「……涙? 俺は泣いているのか?」 こんな事態だというのに、その小さな事実が宗介を驚かせた。 「サガラさん……」 テッサが宗介の首に抱きつく。 「あの、わたしがいますから……。ですから……」 彼女の小さな声が、宗介の耳元に届く。 「申し訳ありません」 自分などより、彼女の方がよっぽどつらいはずだ。 彼女は、全隊員の名を全て覚えている。そのすべてが、彼女の部下なのだから。
ふたりを乗せた脱出ポッドは、小さな無人島に漂着した……。
──つづく。
あとがき
前回の比ではありません。 クルツファン、マオファン、カリーニンファン等々、〈トゥアハー・デ・ダナン〉乗員全てのファンに謝らなければなりません。 こんな話を書いた私ですが、見捨てないでくださいね。 (切に願います。……ホント)。
「艦長の退艦は最後」という不文律(?)がありますが、話の都合でこうなってます。 きっと、普通の展開なら、テッサは「最後まで残る」と言い張って、「強制的に脱出させられる」か、「誰かに気絶させられる」展開と思われます。 できれば、終章もおつきあいください。 |
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