超国家規模の傭兵部隊〈ミスリル〉が手配した、セーフハウスにて――。 居候であるファーザーは拳を握りしめると、雄々しく立ち上がった。 「では、トンカツも食ったし、いざ、ナンパ!」 どうやら、トンカツの摂取に成功したもよう。 「ナンパだと? それはガール・ハントのことか?」 「そうともいう」 「そうか」 「納得したようなので、いざナンパ! リローデッド」 「ナンパは理解したが、同行するとは言っていない」 「なにぃっ!? 街はナオン群れ成す桃源郷を創り上げているというのに。投網を投げれば二・三人はかかりそうなんじゃよ」 「そういう方法は許されていないらしいぞ」 「当たり前なんじゃよー。そんなやり方はナンパとは呼ばんのじゃぜ。あんた、バカ?」 「貴様にいわれると、ことさら不愉快だな。それでは、どういう方法をとるつもりだ?」 「無論、このルックスで」 「無理だ。諦めろ」 一拍たりとも間をおかずに、宗介は否定してのけた。 下書きナシでペン入れしたような造形であるファーザーを、魅力的に感じる人間などいるはずがない。 「ははーん。わしの美貌に嫉妬しておるな。貴様がどう否定しようとも、わしともなれば、群れなす女どもを千切っては投げ、千切っては投げ……」 「俺もナンパを多少知っているが、貴様には無理だ。女に好かれる以前に、お前は人として認識してもらえるかどうかが問題だ」 「ふむ。より輝いているスタアという意味ですか?」 「違う」 「まあ、聞くがいい。ムッツリスキー。ナオンどもの正体はモマラレスキーですよ。迷える子羊どもは、飢えたる狼から守ってくれる犬っころに、ジンギスカンにされたがっておるのじゃよ」 「……よくわからん。要約してくれ」 「むう、これほどの作戦をかいつまんで話せるもんじゃろか? つまり、守ってやれば、ナオンはメロメロなんじゃよ。……やればできるもんじゃね」 ファーザーはご満悦の様子。 しかし、宗介は相手の態度に注意を払わず、真剣に考え込む。 「……そういうものなのか?」 「おぬしもその気になったようなので、いざ、ナンパ! レボリューションズ」
街へ繰り出した宗介の隣には、謎の男が立っている。 上半身には警備員の制服を着ているものの、下半身は例によってパンツ丸出しのままである。 前回のように無理矢理はかせようと試みたが、どういうわけか防衛本能が過剰に働くようで、このときばかりはファーザーの戦闘能力が上昇してしまう。 それもすでに宗介は諦めている。 ファーザーは今回の(ナンパの)作戦の一環として、こう名乗った。
[警備員・コスナー] SPとして警護していた大統領が襲撃されましたが、私は非番だったので責任は同僚にあります。 歌手なんだか、女優なんだか、わからん奴を守り抜き、気分はもうアツアツカップル。新しい仕事についても、心がつながっていそうな演出があるらしい。 実際に別れてしまっては元も子もないので、ディレクターズ・カット版では、エンディングの変更を希望する。
ファーザーの説明を聞いて、宗介が首をひねる。 「他人を装うのは仕方がないとして、経歴の偽装……というか、なんというか、貴様の精神状態が一番心配だ。むしろ、お前こそが警戒されるべき存在ではないのか?」 「これじゃから作戦部に、護衛任務は向いていないんじゃよー。アミットくんもたまには正しい」 「……貴様は一体、何者なんだ?」 そんな宗介の質問も、ファーザーの耳には届かなかったようだ。 「ナオンを発見! ターゲット、ロック・オン!」 ファーザーがその少女に向けて突貫する。
「お嬢ちゃん、守らせてー!」 無意味に両手を上げて、迫り来るファーザーに、少女が怯えた。当然である。 「守らせてー。寝室でも浴室でも、振り返ればそこにわしがいる! わしがいる限り、不審人物どころか一般人も近づけねー」 「キャー!」 たまらずに、少女が叫んだ。 「いい加減にしろ」 さすがに、宗介が制止に入った。 「護衛を邪魔するとは、寝返る気か、このボケェ!」 「寝返るも何も、貴様のやっていることは、護衛でもなんでないぞ。むしろ、変質者と言える」 「たとえ変質者と言われようと、わしは命に代えても嬢ちゃんを守ってみせるんじゃよー!」 「言っていることは立派だが、まったく、行動が伴っていない」 「くぅ〜。わしとナオンの仲を邪魔するヤツは、馬に蹴られて光善寺参り〜!」 意味不明の言葉を叫びつつ、ファーザーが殴りかかる。 リーチの差で、宗介の拳が先にヒットした。クロスカウンターである。 ファーザーががくりとその場に崩れた。 「あ、ありがとうございました」 その少女が頬を染めて宗介に礼を告げた。 もともと、宗介は整った顔をしているうえ、その堂々とした態度、落ち着いた物腰、このような場面ではとても頼もしい存在に見える。 「怪我はないか?」 「は、はい」 少女が頷いた。 「では、気を付けて帰るがいい。こういう……、いや、こんなヤツが他にいるとも思えないが、変わったヤツなら他にもいるかも知れん」 「あのう、家まで送ってもらえませんか?」 「……いや、そういうわけにもいかなだろう。すまないが、一人で帰ってくれ」 「そうですか……」 残念そうに頷いた少女が、幾度も宗介を振り返りながら去っていった。
「納得いかないんじゃよーっ!」 突如としてファーザーが復活した。 「納得も何も、貴様には護衛しようとする意図すら感じられなかったぞ」 「うるせー! 漁夫の利を貴様に独占させるわけにはいかんのじゃよー!」 「根本的に貴様の作戦に問題があるんじゃないのか?」 「責任転嫁ですか? 軍曹ごときが偉くなったもんじゃねぇ」 「…………」 〈ミスリル〉からの命令でなければ、放っておくのだが、残念ながら、そうもいかない。 「そもそも、おぬしにはこの作戦への熱意が足りん。貴様がボーっとしておるから、上手くいかんのじゃよー。軍曹にはナオンへの襲撃を命じる! それを救ったわしが、ナオンと親しくなるんじゃよー」
「アイシャルリターン」 ファーザーが再び、新たな少女に向けて走り出した。 「嬢ちゃん! 危ないんじゃよー!」 「ひぃっ」 ファーザーを見るなり、怯えている。 「危険なんじゃよ。あの男に襲われたくなくば、わしと仲良くなる以外に、方法はない。わしの言葉に逆らうと、泣きをみるものと思え」 ファーザーの必死の説得にも、少女は後ずさりしていく。 「まさか、戦略的撤退ですかー!? 軍曹、いますぐ襲うんじゃよー! 獲物を逃がすわけにはいかーん!」 つかつかと歩み寄った宗介が、ファーザーの後頭部をぶんなぐった。 一撃で沈黙する。 「迷惑をかけた。この男のことは忘れてくれ」 「え、え?」 「君に危害を加えるつもりはない。今のうちに帰ったほうがいい」 「ありがとうございました」 先ほどの少女と同じく、またしても宗介に頭を下げる。 「あの、名前を教えてもらえますか?」 「……? 相良宗介だが?」 「相良さん、ありがとうございました」 もう一度、礼をして少女が帰っていった。
その後、ファーザーは6回ほど、挑戦したが、その6人は全て宗介に感謝して去っていったという……。
「不可解なんじゃよー! 陰謀の臭いが充満しておる! おそらくあれじゃ、三島記念財団が裏で糸を引いておるのに違いないんじゃよー」 宗介を見る。 「軍曹! ちょっと行って、壊滅してきなさい!」 「そんなことができるかっ!」 「……まさか、わしの策に欠点でもあったんじゃろか? 策士策に溺れるとはこの事よ」 「そもそも、策を実行するつもりがあったのか? 一度もお前が女を守った場面を見ていないが」 「むう。配役に無理があったか……。わしはナオンを守るのには向いておらんのじゃろうか?」 「今日聞いた貴様の言葉で、一番正しい意見だ」 「そう思うかね? やはり、わしは、母性本能をくすぐって、守られ役をするべきじゃろか?」 「違うっ!」
部屋の電話が鳴った。 取り上げた受話器からは、聞き馴染んだ少女の声が聞こえる。 「……千鳥か? どうかしたのか?」 宗介の言葉を耳にして、受話器を奪い取ろうとしたファーザーを一撃で沈黙させる。 『そっちこそ、どうしたのよ?』 「なんの話だ?」 『今日、あの人と一緒に、駅前で騒いでたみたいじゃない。一体、町中でなにやってんのよ?』 「ああ……、ナンパだ」 『ナンパ!?』 「うむ。ファーザーがナンパをしたがったので、俺も同行していた」 『ナンパって……。みっともないから、やめたら? あんたには向いていないと思うし』 「向いていないのは承知しているが、少しばかり興味が出てきた。ファーザーにつきあってみるつもりだ」 『ちょ、ちょっと、ソースケ? あんた、ナンパしたいの?』 「ああ。非常に興味がある」 『で、でも……』 「……君は、俺にナンパをされては困る理由でもあるのか?」 『な、ないわよ、そんなの。好きにすればっ!』 何がまずかったのか、かなめは気分を害して電話を切った。
「ほほう、ムッツリスキー。ナオンに目覚めたようじゃな。われら親子の行く手には、輝けるナオンとの蜜あふるる地・神聖モテモテ王国が待っておるんじゃよ」 「それは別な息子を見つけて勝手にいくがいい。そんな王国には全く興味がない」 口にしたとおり、宗介が興味を持ったのは、女ではない。宗介が興味を持ったのは、あくまでもナンパそのものなのだ。
今回、ファーザーの行動そのものには問題あったものの、作戦の根本的な部分では間違っていなかったようだ。 ファーザーの襲撃(?)から守ったやった少女達は、自分に好意的だったような気がする。 ファーザーが口にした通り、女性は守ってくれた相手に行為を持つのだろう。 もしかすると、かなめが示してくれる好意というのも、ただの護衛役に対する態度に過ぎないのではないだろうか? 宗介はその答えを知りたいと望んでいた。 ファーザーにつきあうことで、自分とかなめの関係を正確に知ることができるかもしれない……。
――つづく。
あとがき。 さあ、”いざナンパ”となりました。 基本的には、二人のナンパ話で進めていきたいと思っています。 |
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