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フルメタ・モテモテ王国  -[1] -[2] -[3]


(1)めぐりあう二人


「ナオンと我らだけの蜜あふるる約束の地、モテモテ王国。これはモテモテ王国建国を目指す我ら親子の物語である」

 どこか遠い目をして、その男がぶつぶつとつぶやいている。

「いったい貴様は誰に向かって話しているんだ?」

 傍らにいた宗介が尋ねてみた。

「バカには、わからないんじゃよ」

「そうか……」

 宗介はそれ以上深く追求はしなかった。

 彼としては珍しく、この男に関するさまざまな事を諦めているからだった……。

 

 

 

 ことの始まりは、昨日のことである。

 唐突にこの男はやってきた。

 扉を開けた宗介に向かって、いきなり声を張り上げたのだ。

「ジーク・ナオン!」

「……なんだ、貴様は?」

 怪訝そうに尋ねた宗介の対応は、至極もっともなものであろう。

 奇妙な顔の中年の男が、変な格好をして立ってたのだから。坊主頭の頭頂部には赤色灯。両耳は半分に割ったカプセルが覆っている。

「わしはモテモテ王国建国の父・ファーザーと申す者。これより、このセーフハウスは、我が国の領土とする。追って〈ミスリル〉の沙汰があるまで、引っ込んでおるがよい」

「……〈ミスリル〉を知っているのか? お前は一体……」

「わしは、お前の世話になる為に、はるばるメリダ島からここへ来るように、カリーニンに言われただけなんじゃよー」

「なっ? ちょ、ちょっと待ってくれ」

 バタン。

 相手の返事も待たずに扉を閉めた。一応鍵まで閉めたのは、なにか危険なものを男に感じ取ったからだろう。

 

 

 

 宗介は寝室へ飛び込むと、衛星通信機を介して、メリダ島の西太平洋基地へ連絡を取る。

 驚いたことに、男の言ったことは事実だった。

 所属する陸戦隊の責任者・カリーニンから次のような話を聞かされた。

 男が〈ミスリル〉にとって重要な人物であるということ。

 男が”心の国王”であること。――どうも、”神聖モテモテ王国”とやらの国王のつもりでいるらしい。心が病んでいるそうだ。

 そして、宗介は、カリーニンから直接その命令を受けることとなる。

「では、あの男の世話をすればよろしいんですか?」

『うむ。しかし、ひとつだけ、助言しておこう』

「はっ」

『どうしても手に負えないようなら、発砲も許可する』

「は? 言葉の意味が理解できかねますが」

『言ったとおりだ。射殺してもかまわんと言ったのだ』

「それは一体、どういうことでしょうか? 説明を……」

『君にそれを知る資格はない』

 

 

 

 玄関の扉を開けると、同じ体勢で呆けたように男が立ちつくしていた。

 戸惑いを隠せない宗介に、ファーザーが声をかける。

「納得してくれたようじゃな。愚かな民衆が真実を知るのは、いつも最後なんじゃよー」

 腕組みをしながら、満足そうに頷いている。

「ところで、ファーザーと言ったな……」

 宗介が相手に視線を向ける。

 上半身には、やたらと目立つ真っ白い軍服を着用している。これは、まだいい。いや、あまりよくはないが……。

「それで……、なぜ、下半身はパンツ丸出しなんだ? というか、パンツだけで、裸足なのはどうしてなんだ? そんな格好でここまできたのか?」

「そのようじゃな」

「ズボンを貸してやるからはいておけ」

「イヤじゃよー」

「…………」

「…………」

「それだけか? その一言で、この会話を終わらせるつもりなのか?」

「聞き分けのないことを……。パンツをはいているのに、ズボンをはくバカがどこにおる?」

「わけのわからんことを言うな! いいからズボンをはけ!」

「ズボンをはいたら、七色のゲロを吐いてしまうんじゃよ! 客として人間らしい扱いを要求する!」

「人として恥をかかずにすむように、はけと言っているんだ!」

 襟首をつかんで怒鳴りつけた宗介が、ファーザーに蹴り飛ばされた。

「き、貴様……」

 俺は油断していたのか? こんな男の攻撃を食らうとは。

「わしの足は、ズボンをはくためではなく、貴様を蹴り倒すために存在するようじゃな。ありがとう。ルークパンチャマ」

「誰だ、それは? ……そこまで抵抗するというのならば、力づくで……」

 この時の戦いは、十数分に及んだ……。

 

 

 

 宗介が肩で息をしている。

「し、信じられん。……こ、ここまで強いとは……」

「ハァハァハァ。ぬう、文明の利器に溺れたウルズナンバーの分際で、なかなかやりおる」

 偉そうに語っていたファーザーは、不意の衝撃を受けてその場にくずおれた。

「これが、その文明の利器というやつだ」

 宗介の手には、いつの間にか取り出していたスタンガンが握られていた。

「観念して、ズボンをはくがいい」

「わー。やめい。エマージェンシー! エマージェンシー! わしの貞操が、風前の泥舟なんじゃよー!」

 騒ぎ出したファーザーに、宗介が無情にもズボンをはかせる。

「うっ! うっげぇぇえ!」

 ファーザーがきらめく何かを大量に吐き出した。

「ほ、本当に吐くとは……。それも、確かに七色だ。一体何者だこいつは……」

 

 

 

 有意義に過ごすにしろ、違うにしろ、時間は常に過ぎ去っていく。

 すでに正午も回っていた。

 気乗りせずに宗介が並べた昼食を前に、ファーザーは手を出そうとしない。ちなみにズボンは脱がされている。というか、はこうとしない。

「どうした? 食わんのか?」

 無愛想に宗介が勧める

「いやじゃよー。食事というのはトンカツのことを差す。このような干し肉など、トンカツとは呼べねー」

「当たり前だ」

 宗介はとりあわない。

 がっしゃん!

 ファーザーがテーブルをひっくり返した。

「なにをするっ!?」

「わしにトンカツなしで食事をしろというのかー! くぅぅっ! なぜ、わしは〈ミスリル〉に来てしまったんじゃー。あのとき、カネヤマ監督が1番くじを引いてさえいれば、わしは〈アマルガム〉に入団して、ラムダ・ドライバ率4割を越えられたのじゃよー。悔しすぎる〜っ!」

「どうでもいいが、ぺらぺらと危険な単語をしゃべるな」

「いやじゃよー。わしはトンカツなしという劣悪な食糧事情の改善を要求する! とにかく、そのー、あれじゃよ。三度の飯よりもトンカツを出すのじゃー!」

「いいから、黙れ。黙ったら、食わせてやる」

「わかったにゃ〜」

 ファーザーがぺたんとその場に正座する。

 どこからか、ボードを取り出すと、さらさらと文字を書き込んで宗介に見せた。

 一言だけ──『トンカツ』と書かれていた。

 

 

 

 宗介は近所にあるクラスメートの家を訪ねていた。

「なんなのよ? いきなり」

 突然の訪問に、かなめが驚いた。

「すまないが、君にトンカツを作ってもらいたい」

「トンカツ? 別に構わないけど、一体どうしたっていうのよ?」

「今、やっかない客が来ているのだが、どうしてもトンカツを食べさせろと……」

「お嬢ちゃん!」

 どかっ!

 宗介を押しのけて、問題の人物が姿を見せた。

「なっ、なによ! こいつは!?」

「わしはこのオンナスキーの、父にして、モテモテ王国建国の父・ファーザーと申す者」

「ち、父?」

「ま、待て。なんだそれは? そんな話は聞いてないぞ」

「知らぬのも無理はない。わしがオンナスキーの父親になったのは、おぬしが生まれる前のことじゃからの〜」

「あ、あんたの名前は、オンナスキーっていうの?」

 かなめが目を見開いて、宗介に向ける。

「いや、わからんが、たぶん違うと思うぞ」

「なにを言う。オンナスキーは生まれた時からオンナスキーに決まっておる」

「……では、俺の名はオンナスキーと言うのか?」

「むう……」

 ファーザーが宗介の顔を間近で覗き込んだ。

「オンナスキーの特徴は、眼鏡をかけた間抜けな顔と、一定以上伸びない坊主頭。ぬうぅぅ、おぬしはオンナスキーではないっ!」

 なにやら衝撃を受けたようだ。

「わしをたばかったな!?」

「わけのわからないことを言うな。貴様が勝手に言い出したことだろうが」

「そう……ですか?」

 すでにその記憶すら残っていないようだ。

 真面目に対応すること自体が、バカバカしく思えてきた。

「これも縁じゃし、二代目オンナスキーと名付けよう」

「断る」

「な、なにぃ!? このモテモテ王国大将の命令を断るというのか? 権力に屈せぬその姿勢、見事なものよ。気に入った。これからもわしのために、励むがよい」

「断ると言ったはずだ。貴様は正真正銘の馬鹿なのか?」

「ぶ、無礼者め。かくなる上は、ボーダ君にいいつけてやるわー!」

 一声叫ぶと、部屋を飛び出していった。

 

 

 

「……なんなの? あれ」

「俺にもよくわからん。突然、〈ミスリル〉からの指令で預かることになった」

 電子音が鳴った。宗介の携帯電話の着信ベルだ。

「こちら、相良……。これは大佐殿、どうして? は? ……馬鹿な! も、申し訳ありません。……ですが……。はい。……はっ! 了解しました」

 通話を切ると、宗介が呆然と床に視線を落とす。

「どうかしたの?」

「大佐殿からの命令で、任務に支障ない程度で、ファーザーの意向にさからうなと……」

「ええ!?」

「ふっふっふ。わしの凄さがわかってもらえたようじゃな」

 ファーザーが腕組みして戸口に立っている。

「貴様はいったい何者だ? まさか、ボーダ提督と知り合いとは……」

「偉い人なの?」

「ああ作戦部の頂点に立つ人物だ」

「だって、全然っ偉そうに見えないわよ。このひと」

「まったくだ。俺も心の底から同意する」

「なにやら熱い視線を感じるのー。今、時代はわしを求めてるんじゃろか?」

 馬鹿は勝手なことを言った。

 

 

 

 しぶしぶエプロン姿でトンカツを作っていたかなめだったが……。

「お嬢ちゃん!」

 ファーザーが飛びつこうとする。

「やめろ!」

 宗介が慌てて取り押さえた。

 いくらなんでも、揚げ物しているそばで暴れるのは危険すぎる。

 ぶん殴って気絶させると、ファーザーを縄でぐるぐる巻きにして、縄の先を柱に縛り付けた。

 

 

 

 ファーザーそっちのけで、宗介とかなめが食事をしている。

 目を覚まして状況を把握すると、彼が騒ぎ始めた。

「はっ! ぬぅ。わしを除いて、アットホームをつくるとは? 神をも恐れぬ所業!」

「自業自得というものだ。俺たちが食べ終わるまでおとなしくしていろ」

「おのれ〜。わしにパブロフにでもなれと言うのか〜」

 ファーザーが地団駄を踏んで悔しがる。

「なぜ、パブロフなんだ? それに、この場合、パブロフ本人とはなんの関係ないぞ」

「わしは無力なんじゃよー。トンカツを前に、よだれを拭う権利も許されておらんのかー! エロイムエッサイム・エコエコアザラク・パンプルピンプルパムポップン。わしは求め訴えるのじゃー……」

 うちふるえる彼の目からは何かがこぼれ落ちる。

「血の涙を流すのはやめておけ。気色悪いぞ」

「く〜。SRTの独断専行がここまで及んでいたとは、マロリー卿でも気がつくめー!」

 ファーザーの叫びをよそに、宗介とかなめが箸を進める。

「本当に、迷惑ね。大丈夫なの? こんなのと生活して」

「自信はない。俺自身、できることなら、誰かに変わってもらいたいぐらいだ」

 

 

 

 無視しようと努めていた二人だったが、さすがにかなめが根を上げた。

「だーっ! うるさいわよあんたっ!」

 すぱーん!

「おおーっ! ハリセンなんじゃよー。ナオンに、レンガをぶつけられた経験はあるんじゃが、こんなに優しいツッコミは初めてなんじゃよー!」

「ああーもうっ! うるさいっていってんでしょーがっ!」

 すぱ、すぱ、すぱ、すぱ、すぱぱーん!

 かなめからこれほどのハリセンを受けた人間は、宗介以外にいるまい。

「お嬢ちゃんの愛情表現は過激なんじゃね。げへ」

「げ、げへ? ……ちょっと、ソースケ。なんとかしてよ」

 かなめに助けを請われて、宗介が立ち上がった。

「おとなしくしないようなら、こちらにも考えがあるぞ」

「ほほう。聞いておこうか」

「ここに、お前のトンカツがあるな?」

 宗介が、ファーザーの皿を手に取って見せる。

「否定できる要素はなさそうじゃな」

 ファーザーが頷いた。

「そこで、窓を開ける」

「ふむふむ」

「で、……捨てる」

 宗介が皿を傾けると、トンカツが滑り落ちていく。

「わ、わしのトンカツが〜!」

 ファーザーの反応は早かった。

 柱と縛っていた縄を引きちぎり、すかさずベランダを乗り越えて、遥かなる空へと旅立った。

「ば、馬鹿なっ!」

 慌てて宗介がベランダに張り付いた。

 両腕ごとロープでぐるぐる巻きにされているため、ファーザーは直接トンカツをくわえに行く。

 ファーザーの小さな望みは叶った。

 一切れのトンカツを口にすることに成功したのだ。

 どしゃっ!

 宗介とかなめが無言のまま、地上を見下ろしていた。

 

 

 

 宗介の説明を受けてカリーニンが口を開いた。

『そうか。死亡したか……』

「申し訳ありません。自分のミスです」

『いや。軍曹の過失にはあたらない。気にするな』

「しかし……」

『いいから、今日はもう休め。明日になっても問題があるようなら、詳しく聞かせてもらおう』

「……」

 不可解だ……。

 重要人物が死亡したというのに、自分を罰することもなく、詳しい事情を聞こうともしない。

 思い悩んでいた宗介は、残念ながらしっかり休むことができなかった。

 

 

 

 翌朝、カリーニンの不可解な対応の理由を、宗介は知ることになる。

 彼の前に平気な顔でファーザーが起きあがっていたからだ。

 ひとまず驚きが過ぎ去ると、宗介が尋ねる。

「貴様は死んだのではなかったのか?」

「……死んだ」

「そのわりには元気そうだな」

「嫌なことは一晩寝れば、忘れられるんじゃよ」

「忘れたら済むことなのか? いまさら、貴様に理屈を言っても始まらないが……」

「ケセラ・セラじゃよ。まあ、わしは晴れてもパリには行かんがな」

「何が言いたいのか、まるでわからん」

 すでに宗介は、ファーザーの言葉を理解するのは諦めたようだ。

 テーブルの前に腰を下ろしたファーザーが催促する。

「それより、朝トンカツを頂こう」

「朝トンカツなどない」

「なにいっ!? 昨日はトンカツをめぐる大冒険があったというのに、わしは全くの犬死にですか? ボスキャラ相手のメガンテ状態? やはり、チェーンソーがなければ無駄骨に終わるんじゃよー!」

「言いたいことがあるなら、少しは整理たらどうなんだ?」

「これは、デジャヴーなんじゃよ。昨日もトンカツを求めて騒いだ記憶があるというのにー。ラヴェンダーの香りもなしに、わしは繰り返す時の迷宮にでも取り込まれたんじゃろかー!?」

「そんな事実はない。忘れろ」

「その上、今回は、ナンパもせずに終わりですかーっ!? ナンパのない旧愛称:キムタクなんて、クレープの入っていないコーヒーとか、そんなんじゃよー。次回こそは、モテモテのモテモテによるモテモテのための建国活動に邁進したい所存っ!」

 

 

 

 ──つづく。

 

 

 

宗介「続くのかっ!?」

 

 

 

 ──つづきます。

 

 

 

 あとがき。

 少年サンデーに連載していた、ながいけん作『神聖モテモテ王国』からファーザーを登場させました。ヤングサンデーでの短期集中連載も、もう終わってしまいます。

 ながい閣下(この呼び名はフルメタに関係なく、前からあります)は、ファンロードに掲載されていた頃から、凄まじい素質を感じさせた人で、私が過去に一番笑えたマンガ家です。

 ホントは宗介のツッコミを減らしたかったんですが、ファーザーの台詞を軽く流すと、”書いている私”の精神状態を疑われる気がするので、宗介のツッコミ比重が増えることになりました。








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