陣代高校二年四組の教室。 まだ朝のHR前で、皆が談笑している。 かなめと恭子は、クリスマスに予定されている豪華客船のクルーズ旅行を話題にしていた。 その会話へかなめのPHSが割り込む。 「え、……ソースケ? 今日はどうしたのよ? いつもならあたしよりも早く登校してるじゃない」 しかし、宗介はその言葉にはっきりと返答しなかった。 『ちょっと急用ができてな。すまないが、天野と変わってくれ』 「ちょっと、なんなのよ、一体?」 『事は、急を要する。頼むから変わってくれ』 宗介の真剣な声。 しかたなく、かなめは二年三組の教室へ向かった。 宗介がいう天野とは、隣のクラスの天野ちはるだろう。他に心当たりがない。
二年三組に在籍している天野ちはると高城さやかは、宗介と同じく高校生以外の顔を持っている。それは、超国家的な軍事組織〈ミスリル〉に属するエージェントだということだ。その事実を知っている生徒は宗介とかなめのふたりだけだ。 「天野さん。これ」 PHSを渡されて、椅子に座っていたちはるは不思議そうにかなめを見上げた。 「ソースケから。急用だって」 不機嫌そうに答えた。電話の交換手みたいなことをさせられて不愉快なのかもしれない。 ちはるとさやかの任務は宗介のサポートなのだが、宗介は他人を頼るつもりがないらしく、ふたりの携帯電話の番号までは聞いていないのだ。 「はい。天野です。……それは? はい。了解しました。……すぐに向かいます」 ちはるはがばっと立ち上がると、かなめとPHSをさやかに渡す。 「ちょっと?」 かなめの声を無視して、さやかが電話に答える。 「こちら、高城。……うん。わかった……」 かなめがさやかの手からPHSをひったくろうとしたが、その前に通話を切られてしまった。 PHSを耳に当てても、通話終了の電子音が鳴っているだけだ。 「ちょっと、あたしのPHSなのよ。なにがあったかぐらい、教えなさいよ」 「千鳥さんに、知る資格はないから」 さやかの答えたその言葉。それは〈ミスリル〉の人間がよく口にするものだ。 宗介の連絡は〈ミスリル〉に関する事なのだろう。
宗介は町中を走っていた。 事の起こりは、十分ほどさかのぼる。
登校途中の宗介は何かの気配を察した。 いや、正確には気配とはいえない。違和感というべきだろうか。 彼の習慣となっている、尾行への注意で、一人の人間が引っかかった。 稚拙な尾行だが、確かに自分を追っている。 コート姿の男で、フードまで被っているため、顔は確認できない。しかし、だからこそ、目立つのだ。 宗介は直接問いつめるつもりで、路地裏へ相手を誘い込んだ。 隙をついて、相手の右腕を背中に回して動きを封じようとしたが、まるで動かない。それに硬い。まるで、義手のように。 敵が右腕を振って、宗介を引き離す。 続いて、左拳で宗介の頭部を狙った。 宗介は屈んでそれをかわしたが、頭上を走り抜けた左拳は、コンクリート壁をぶちぬいた。 この力。腕の強度。 こいつは……、まさか? 宗介が相手の顔を見つめる。 フードの下の仮面には、赤く光る横一文字のスロット。 〈アラストル〉かっ!? 敵の右腕が、宗介の学生服の襟首をつかんだ。 「くっ」 宗介はなんとか学生服を脱ぎ捨ることで、〈アラストル〉の間合いから脱出した。 〈アラストル〉──人間と同サイズの超小型ASだ。当然、人は搭乗せず、自律制御で動く。むしろ、ロボットと分類すべき機体だった。 腰のホルスターからグロック19を引き抜き、顔へ銃弾を撃ち込む。 同時に、空いている左手でベルトに固定している手榴弾を取り出す。片手のまま器用にピンを抜き、相手に投げつける。 結果も見ずに宗介はその場を離れた。 路地裏で爆発が起こる。 どやどやと路地への入り口に人だかりができるが、それを割って、ぼろぼろに破れたコート姿が現れた。 宗介は逃走を開始した。
宗介と、それを追う〈アラストル〉。 〈アラストル〉の行動目的はおそらく、自分の排除だろう。 しかし、行動条件が甘いようだ。 どうも、他の人間に被害を出さないようにしているようだ。 宗介を全速で追えば、通行人にも被害が出るだろう。それを避けているように思えた。内蔵火器を使用しないのも同じ理由だろう。 いずれはこちらの体力も尽きる。 そうなる前に破壊したいものの武器が足りない。先ほど、学生服ごとほとんどの火器を失った。日本の町中では武器の調達などできはしない。 車道を走っていたトラックが、不意にクラクションを鳴らす。 運転しているのは、電話で増援を依頼したちはるだった。 宗介は車道に飛び出ると、併走しているトラックの荷台に飛び乗った。 この車は宗介が所有しているものとは違う。ちはるが、陣代高校から駆けつける途中、自主的に無断で借り出したものである。のちのち十分な補償をするつもりだ。 荷台には大きめのバッグが転がっており、中に詰め込まれた品によって、ごつごつとシルエットが変形している。 宗介が指示したとおり、陣代高校のあちこちに隠してある武器をすべて持ちだしてきたのだ。 「スピードを上げろ!」 宗介の指示に応じてトラックがスピードを上げる。 標的がトラックに乗ったため、〈アラストル〉も車道に飛び出ると、スピードを上げて追走する。 バッグからサブマシンガンを取り出した宗介が、正面から銃弾を叩き込んだ。 「追いつかれると面倒だ。できるかぎり、カーブで距離を取れ」 「了解しました」 宗介はバッグの中身を確かめる。 人間相手ならまだしも、あの敵を相手にするには、やや心許ない。
追ってきた〈アラストル〉の脚を止めるために、あっちこっちで、銃声や爆発音が響く。 危機はそれだけでは収まらなかった。 さらに厄介なことに、パトカーのサイレンが追いかけてきたのだ。 「まずいな……」 宗介はつぶやくが、こうなるのは当然の展開と言える。 ただ、追ってきたのは、一台のミニパトだけだ。 「……まずいな」 またしても宗介がつぶやいた。 ミニパトを運転している婦警と目が合ってしまったのだ。 「……知人ですか?」 ちはるが尋ねてくる。 「むぅ……」 宗介は少し考えて、こう答えた。 「いや、敵だ」 『そこの暴走トラック! 止まりなさい!』 スピーカーで婦警の声が届いてきた。 『あの〜、やはり、署の方に連絡した方が……』 『馬鹿なこと言わないでよ! せっかくの手柄のチャンスじゃないの。第一、あのガキに、た〜っぷりとお仕置きしなきゃ気が済まないわ! あんただって、大怪我させられて、悔しくないの!? あのガキには人権なんて無いのよっ!』 第三者に聞かれたらまずいと思われる会話が、スピーカーから垂れ流しになっている。 しかし、車内の二人にとっては、大事なのは別な事なのだろう。 「……確かに、味方ではなさそうですね」 ちはるが感想を漏らした。 宗介は無言で頷いている。
疾走するミニパトに何かが走り寄った。 『なによ。あんた?』 奇妙な言葉に、宗介が振り返った。 婦警はマイクを口に当てたまま、相手を見た。お面をかぶっているらしいが、赤いサングラスがなぜか光った。 〈アラストル〉は、無関係な人間には手を出さないようだが、宗介を追うための邪魔者だけは排除できるようだ。 ミニパトにとりついた〈アラストル〉はタイヤを蹴っ飛ばして破裂させる。 ハンドルを取られたミニパトは、蛇行しながら、一件の店先に突っ込んでいった。 彼女の減給は当分続きそうだ。
宗介達を追って、〈アラストル〉がその交差点を曲がる。 「行け!」 宗介の声と同時に、タイヤが鳴った。 急加速したトラックが、正面から〈アラストル〉を捉えた。 衝撃でフロントガラスの全面にひびが入る。 〈アラストル〉はフロントガラスを割って右手を突き出してきた。ちはるを捕まえるつもりのようだ。 「伏せろ!」 宗介の指示が飛ぶと、ちはるは座席に身体を横倒しにする。 荷台側のガラスを宗介が割ると、ちはるの上に破片が降り注ぐ。 ガラスを割ったショットガンの銃口が吼えた。 ごおん! その衝撃を受けて、〈アラストル〉がバランスを崩す。 身を起こしたちはるがアクセルを踏み込んで、公園を囲む鉄柵へトラックの鼻面をつっこんだ。 金属がぶつかって、悲鳴をあげる。 すかさずバックさせて、敵を確認する。 ねじ曲がった鉄柵が〈アラストル〉に絡みついていたが、〈アラストル〉は怪力で鉄棒を引きちぎりつつ、のっそりと立ち上がる。 「この場は逃げるぞ」 「了解です」 トラックは〈アストラル〉に尻を向けて走り出した。 「……どうしますか?」 「そうだな……。陣代高校の雑木林へ向かってくれ。市街地では周囲の被害が大きすぎる」 森林戦なら勝てるというわけではないが、町中では周囲の人間が危険だった。銃弾をはじき返す〈アラストル〉の装甲相手では、跳弾の被害者が出ていないのは幸運といえる。 あそこなら、いろいろと罠もしかけているし、周囲への被害を考慮する必要もない。 かくして、二人の戦いは、神代高校付近へと場所を移すことになる。
――つづく。
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