「一体、何をしてんのよ。アンタたちは!?」 「千鳥さんには知る資格がないって言ってるのに……」 幾度目かのかなめの問いに、さやかは同じ返答を繰り返す。 「あの二人を野放しにしたら、何をするかわからないのよ!」 「相良さんに言われたもの。千鳥さんには教えず、近づけるなって」 「あいつがなにかしでかして、迷惑を被るのは、あたしなのよ!」 かなめが怒鳴りつけたとき――。 どーん! 「なに!?」 かなめが、窓に身を乗り出して、音源を探る。 探すまでもない。 雑木林で黒煙がたなびいている。 今のような状況でなくとも、陣代高校近辺で爆発を起こす人間など一人だけだ。 「あのバカ」 言ってかなめが走り出すと、慌ててさやかが追いかけた。
陣代高校の裏の林には、人知れず宗介が仕掛けた罠がいくつもある。 敵を誘い込んでゲリラ戦を仕掛ける可能性もありえるからだ。事実、今現在役に立っている。 〈アラストル〉が発動させたトラップで、何度も爆発が起きた。 なにかの手違いで無関係な人間がひっかかる可能性もあるため、火薬は減らしており、〈アラストル〉の損傷も軽微なものだ。 対戦車ミサイルでもあれば簡単に始末できるかもしれないが、さすがに手元になかった。 「天野、あの木の陰に誘導するぞ」 「了解しました」 ちはるは宗介の指示に過不足なく応じる。彼女は自分の力量を知っており、宗介のサポートすることだけを考えている。 木陰でその罠が発動した。 爆発で飛び散ったのは爆煙ではなく、粘液である。 非致死性兵器(ノンリーサルウェポン)。敵を傷付けずに捕獲するためのものである。 それほどの効果を期待したわけではないが、〈アラストル〉の体表が、木々に接着される。 その瞬間に銃弾を叩き込む。 それでも〈アラストル〉は動きを止めない。 おそるべきパワーで生木を引き裂くと、木々のかけらを機体に貼り付けたまま、こちらに向かってくる。 ここでの戦いは一時間近くも続き、二人に残された弾薬はすでに尽きかけていた。 電話でさやかに状況を説明したが、果たして援護は間にあうだろうか……。
かすかなローター音が聞こえて来た。 宗介とちはるが一瞬だけ空に視線を向けて、その接近を確認する。 ジャイロプレーン。 骨組みだけの小型ヘリである。接近している機体は情報部特注の完全電気駆動なため静音性が高い。 宗介や彼女達が生活するマンションの屋上に、解体した状態で安置してあったものだ。 機体の下に、大きな荷物をぶら下げていた。 〈アラストル〉がその接近に気づいた。 ジャイロプレーンに向けて、初めて内臓した機銃を発砲する。 直撃はしなかったものの、回避行動を取ろうとして、機体はバランスを崩した。荷物をぶら下げているため、制御しきれないようだ。 高度が低くなり、生い茂る木々で姿が隠されて、機体は視認できなくなる。ローターが何かを削る音がこちらに届いてきた。 「どちらがいきますか?」 「先に行け。お前ではヤツを押さえられない」 「了解しました」 ちはるは、宗介一人を残して、不時着したと思われるジャイロプレーンへと向かった。 ただ一人で、〈アラストル〉と対峙するのは、重圧が強い。 木を盾にしながら宗介が動く。 時間を稼ぎながら、宗介自身もちはるの後を追う。 装備を手に入れたちはると合流するのが行動目標だが、あまり早すぎると必要な時間が稼げない。 二律背反する条件に縛られながら、なんとか宗介は〈アラストル〉相手に反撃を繰り返す。 そして、その苦労は報われた。
宗介に向かって迫る〈アラストル〉に、赤い影が突進した。 〈アラストル〉が戸惑う。搭載された認識装置が、かわいらしい造形を敵と判別できずにいるのだ。 犬かネズミかよくわからない顔に、ずんぐりとした体型。おしゃれな帽子と蝶ネクタイ。この赤く塗装された機体は、宗介から購入した〈ちはる専用ボン太くん〉である。 「ふも、ふもる(ここは、私に)」 「任せた」 ちはるの言葉はボイスチェンジャーで変換されてはいるのだが、宗介にはそれで通じる。 二人は役割を入れ替えた。 敵を牽制するためにサブマシンガンで発砲する。やっと、〈アラストル〉も敵と識別できたようだ。 〈アラストル〉の銃撃を受けて、ちはるがその場に転がった。 さすがに生身のほどの行動は取れない。だが、その代価として、優れた防弾機能がある。銃撃で受けるのは衝撃だけで、身体には傷一つない。 こちらも、被弾を気にせず銃口を向ける。弾丸は〈アラストル〉の装甲に弾かれた。 接近してきた〈アラストル〉に、左手を捕まえられた。 「ふもっ!」 その手を力ずくで引きはがした。 機体での行動をサポートするためのパワー・アシスト機能だが、出力を上げれば格闘戦も可能なようだ。当然、機体には負担がかかるため、長くは持たないだろう。 ちはるはボン太くんがなければ、とても〈アラストル〉に対抗できない。生身でひきつけていた宗介の技量には、素直に感嘆するしかなかった。 〈アラストル〉が正面から、こちらを押さえに来た。両腕ごと〈アラストル〉に抱え込まれる。 みしりとフレームが鳴いた。 まずい……! 死の予感に捕らわれて、背筋に冷たいモノが走る。 があん! ショットガンが〈アラストル〉の頭部に炸裂する。 赤いボン太くんを押さえている両腕が緩む。 ちはるは身を退いて、拘束から抜け出す。 振り向いた先には、もう一体の黄色いボン太くんが姿を見せていた。 「ふもっふ(待たせたな)」 宗介の駆るオリジナルの機体――〈ボン太くんマーク2〉であった。
2体のボン太くんが〈アラストル〉を翻弄する。 被弾を気にせず攻撃を行え、たとえ、肉弾戦となっても、致命傷は避けられる。 「天野、ヤツの背中を狙いたい。数秒だけヤツの足を止めてくれ」 通信機を通じて命じる。 『わかりました』 ちはるは正面から〈アラストル〉に挑んだ。お互いに両手を押さえて動きを封じる。 宗介が〈アラストル〉の背後に忍び寄った。 〈アラストル〉のハッチにショットガンを向けて至近距離で発砲する。 数発を受けるとさすがにひしゃげた。すかさず、ボン太くんの手でハッチを無理矢理引き剥がす。 剥き出しになった内部に、宗介は変わった銃を向ける。 護身用として使用される電気銃だった。 電気針を射出する。 バチィッ! 一瞬だけ、〈アラストル〉が痙攣し、右肩から煙が上がる。 続けて、二発目。 バチバチィッ! 死にかけた人間のように、幾度も震えて、〈アラストル〉はその動きを止めた。 宗介もほっと安堵の吐息を漏らすが、何かが本能を刺激する。 「すぐに離れろ!」 あわてて命じるが、ちはるからの反応がない。 しまったっ! ボン太くんのボイスチェンジャーの変調は、とある人物の電気銃の一撃を受けたことが原因なのだ。 今の電撃で機体に不調が起きたのかもしれない。 『ザッ……動け……。離れ……さい』 ノイズ混じりの断片的な声が聞こえる。 「くっ!」 宗介は、動かない赤いボン太くんの背中に回る。 ファスナーを開き、ちはるを中から引きずり出そうとする。 「危険です。相良さんだけでも離れてください」 ちはるの張り上げた声を完全に無視する。 腕を回して、無理矢理引っ張り出した。 背後に跳んで、ボン太くんの身体でちはるを押し倒す。 爆発! ただの爆発ではなく、殺傷能力の高いボール・ベアリングを周囲にまき散らした。 生身だったならば、まず命がない。 ボン太くんは体を盾にして、ちはるを救ったのだ。
ジャイロプレーンはフレームがひしゃげてしまい、修復は不可能だろう。 あとで処分することにして、その場に放棄した。 さやかが持ち出した銃器類はそうもいかないので、三人で学校まで引き上げることになった。
「……なぜ、私を助けようとしたのですか?」 かろうじて助かったものの、爆発の規模によっては、宗介も助からなかっただろう。 ちはるとしては、プロらしくない宗介の行動が気になったのだ。 「確かに危険は大きかったが、見捨てる選択肢はなかった。天野は戦友だからな」 「私もプロです。その覚悟はできています」 「気持ちは判るが、諦めるというのは、一番簡単で弱い選択だ」 「弱い……?」 「兵士だろうと、民間人であろうと、生き延びることを放棄するのは間違っている。俺はある人物にそのことを教えてもらった」 「…………」 宗介自身が、その言葉で救われた経験があるのだろう。 宗介に感銘を与える人物だ、余程優秀な軍人にちがいない。 ちはるも今の言葉を胸に刻み込んだ。
生徒会の備品室に装備を持ち込んだところ……。 「……っ!?」 その光景に宗介が驚愕する。 かなめが椅子に縛り付けられていたのだ。 宗介が周囲を警戒しながら、慎重に歩み寄る。 かなめが怒りの視線を宗介に向けていた。 かなめの猿ぐつわをはずそうとした宗介は、かなめの頭突きを受けてその場に倒れた。 「な、なにをする!?」 「んーっ。んんっ!」 「わからん。いま、はずすから、じっとしていてくれ」 宗介は、かなめを警戒しながら猿ぐつわをはずした。 「よくも、やってくれたわね!」 「なんのことだ?」 かなめの剣幕に宗介がうろたえる。 「あんたがさせたんでしょうがっ!」 戸惑う宗介が、入り口にいる二人を振り返った。 すがりつくような宗介の視線に、さやかが口を開く。 「私がかなめさんを縛ったの。相良さんに、『千鳥を近づけるな』って言われてたから」 さやかはそう答えた。 「…………」 ぎぎぎぎぎっ。 そんな擬音が聞こえそうな、首筋がさび付いた様子で、宗介がかなめに顔を向ける。 「……いや、それは……」 「さっさと、はずしてくれない?」 かなめのこめかみに血管が浮かび上がるが、それでも口元には笑みが浮かんでいる。とてつもなく不吉な笑みだ。 宗介は頷くことしかできなかった。 ぎこちない指先で、宗介は拘束しているロープをほどいていく。 かなめは立ち上がると、ロープで固定されていた手首をもみほぐす。 首を回したりして、身体を軽く動かす。 しかし、その目は宗介を捕らえたままだ。 宗介は蛇に睨まれた蛙のように動きを止めて、だらだらと汗を流し始める。 ちはるとさやかはお互いに顔を見合わせて、小さく頷いた。 ガラガラガラガラ、ピシャン。 扉が閉められた。 その無情な音は宗介の耳にも届いた。 宗介を救う人間はどこにもいない。 室内の起こった騒音は、しばらくやむことがなかった。
「一体、何をしたかったんだい?」 「ちょっとした実験ですよ。〈アラストル〉の実践テストもかねた」 たどたどしい英語で若者に答えたのは、中肉中背の中年男性だった。 国籍は日本らしいが容姿からは判然としない。髪を七三に分けているくらいで、眼鏡もかけていなければホクロもない、のっぺりとして無個性な顔。 「失礼だね君は」 「多少なりとも問題点は解消しておいた方がいいでしょう?」 男の口元には、かすかな笑みが張り付いている。真意のわからない”アルカイックスマイル”を常時口元に浮かべていた。 「一番の障害となる彼のデータは多い方がいいですから」
その日。 ちはるから連絡があった。 先日の戦闘により、至近距離で〈アラストル〉の爆発に巻き込まれた〈ちはる専用ボン太くん〉は、全損してしまった。 そのため、新しいボン太くんを購入したちはるが、カスタマイズを終えてお披露目をするというのだ。 宗介達が生活しているタイガースマンションの屋上に、四人が顔を揃えていた。 上からかぶせていた布を、さやかがぱっと取り払う。 「…………」 宗介は無言でそれを見つめていたが、 「天野。契約書は読んでいるだろうな?」 そう、ちはるに問いかけた。 「無論です」 うなずくちはるに、宗介は暗記している一文を読み上げる。 「”甲(購入者)は乙(販売者)の許諾なくして、塗装の変更をしない”という一文をわざわざ追加してあったはずだ」 「承知しています」 「だったら、あれはなんだ?」 そう言って指さした先には、赤いボン太くんが鎮座ましましていた。 「”契約に違反した場合、乙は金銭の授受なくして商品を回収できる”そうなっていたはずだ」 「肯定です」 「では、あのボン太くんは回収させてもらおう」 「そうはいきません」 「どういう意味だ?」 「甲はわたしのはずです」 「当然だろう」 「塗り替えを行ったのは、さやかなんです。つまり、私は違約してはいません」 「……なに?」 「契約書にきちんと記述されています。”ただし、第三者に要因が求められる場合にはこれを除外する”と。ちなみに……」 ちはるがポケットから写真を取り出した。 「これが、証拠写真です」 宗介が受け取った写真には、ボン太くんをスプレーで塗装しているさやかが映っていた。呆れたことに、さやかはカメラ目線でピースサインまでしている。 もともと、ちはる自身も純正ボン太くんを気に入っていたはずなのだが、自分用に塗装した機体に愛着が沸いたようだ。 どうやら、すべて計算ずくなのだろう。 「…………」 宗介は無言のまま写真を見つめている。肩が小刻みに震えていた。 「千鳥。アレを貸してくれ」 不意に話しかける。 「……もしかして、コレのこと?」 「そうだ」 頷いて、宗介が受け取る。 宗介はちはるの頭頂部にソレを叩き付けた。 すぱあぁぁぁんっ!
──『決戦は泉川町』おわり。
あとがき。 ひさしぶりにボン太くんの活躍です。やりたかった”ダブル・ボン太くん”ネタ。 〈アラストル〉は、てっきりレナードおつきの機体と考えていたので、『踊る〜』で登場したときには悔しかったです。本当はその前からこのネタを考えていたものですから。 前後編で別掲載を予定していましたが、掲示板などでボン太くん登場予測をされると驚きが薄れそうなので、一括掲載となりました。 |
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