宗介が独自の解釈の元で行動を起こし、かなめがその間違いを指摘しつつ張り飛ばす。 陣代高校二年四組ではおなじみの、いつものふたりの光景だった。 殴られた宗介が転がったときに、小さな音がした。 ぷちっ! あっさりと鎖がちぎれた。 「あっ!」 床に落ちたそれを見て、かなめの動きが止まる。 身体を起こした宗介は、かなめの視線を追って、それを視界に納めた。 転がっているのは、彼女がしていた銀製の十字架のペンダントだった。以前、宗介自身がかなめにプレゼントしたものだ。 宗介が沈痛な面持ちで口を開く。 「やはり、この鎖ではもろかったようだな」 「最初の一言がそれかーっ!」 すぱーん! かなめのハリセンが容赦なく宗介を襲った。
下校途中。 ずけずけと歩を進めるかなめに、うしろから宗介が声をかける。さすがに気後れするものの、言うべき事は言わねばならない。 「俺に腹を立てているのは理解している。しかし、もうそろそろ関係の修復を計りたいのだが……」 「近づかないでくれる、相良くん」 よほどを腹を立てているのだろう。彼女の対応は冷ややかだった。 こうなったときの彼女にはとりつく島もない。さすがに宗介にも、そのあたりの機微がわかってきたようだ。 宗介は翌日から学校に姿を見せなかった。 宗介には欠点も多いが、手に負えない状況だからといって、考えもなしにその場から逃げるようなマネはしない。 きっと、いつもの個人的な事情だろうと、かなめは考えていた。
休日を、かなめと恭子が楽しんでいる。 親友なので、ふたりで行動するのはよくあることだし、宗介は必ずしも同行するとは限らない。よくある休日と言えるのだが……。 「なんで、ついてくるわけ?」 かなめが振り返って声をかける。 「誤解です。たまたま行く方向が同じなだけです。偶然ですね」 そう答えたのは隣のクラスの、天野ちはるだった。 しかし、かなめはその言葉を額面通りに受け取っていない。 なにより、宗介が来た当初も、「偶然」といいながらかなめをつけ回していたのだ。ちはるの言う「偶然」も信用できるわけがなかった。 「じゃあ、どこへ行く気よ?」 「本屋へ行って小説の単行本を物色。その後、ハンバーガーショップで、シェイクなどを注文」 なにかの記録でも読み上げるように、あっさりとちはるが予定を口にする。それは、かなめ達の予定とぴたりと一致していた。 「本当に偶然だと思う?」 傍らの恭子に尋ねる。 「うーん。カナちゃんが気になるって言うなら、別なとこに行ってもいいよ」 その声が聞こえたのだろう。ちはるが説明を続ける。 「あと、代案として、商店街をのぞいて、トライデント焼きを食べることも検討中です」 その返答を聞いて、恭子が戸惑い顔を見せる。 「なんか、行動パターンが読まれているみたい」 「さすがに情報部だわ」 かなめも苦虫を噛み潰したような顔になった。 「天野さん。一緒に来る?」 少なくとも、つけ回されて監視されるよりは、そばにおいておいた方が気分は楽だ。 かなめはすでに、彼女の行動理由にも察しがついている。 宗介がかなめのそばにいたがるのは、決して恋愛感情からだけではない。ある特殊な事情から、かなめが諜報機関に狙われているため、彼はその護衛の任にあたっていたのだ。少なくとも、それが傭兵である宗介が派遣された理由だった。 ちはるがこのような行動をとるのは、おそらく、姿を見せずにいる宗介に頼まれたものなのだろう。ちはるもまた、宗介と同じ組織に属するプロなのだ。 「そのようなつもりはありませんでしたが、ご要望とあれば、おつきあいします」 ちはるが平然と答えた。
ファミレスに入った三人の少女は、一人の主張により、見晴らしのよい窓際の席をさけて、奥まった壁際の席に腰を下ろした。 「ねえ、ねえ。天野さんって、どこからきたの?」 恭子が心持ち眼鏡を光らせながら尋ねた。 「どこ……とは?」 「相良くんは、アフガニスタンで育ったんだよね?」 かなめに尋ねる。 「そうみたいね」 「天野さんは? どんな危険な国から来たの?」 「私が育ったのはソ連です」 「ソ連でも内戦とか続いてたっけ?」 かなめが不思議そうに首をかしげた。 「私の場合は、生活上の必要に迫られたわけではありません。私が育てられた施設では、教育内容に戦闘技術も含まれていました」 「そうなんだ……」 かなめはなんとなく意外に思った。 彼女がよく知る、宗介の「戦争ボケ」が日常生活において培われたもらしいので、当然、ちはるも同じだと思っていたのだ。 ちなみに、ちはると同じ施設で育てられたひとりの少年が、アラブ諸国へ刺客として送られた事実があり、紆余曲折を経て、現在は彼女らの近くで生活していたりするが、彼女らはその事実を知らなかった。当時のちはるは少年との面識がなかったのだ。 「そういうこと教えるのって、どんな人かな? 体育の小暮先生みたいな人?」 不幸な事情でやめた教師を例に挙げた。偏狭で肉体派の人物だ。 「KGBが依頼した、スペツナズの隊員だったと記憶しています」 世話になった人物を思い返しながら、ちはるが答える。 かなめが小声で話しかけてきた。 「いいの? そんなことまで話して?」 ちはるが宗介と同じく、軍事組織〈ミスリル〉に所属しているのは、陣代高校ではかなめしか知らないのだ。 彼女は陣代高校で情報部を立ち上げているが、それは隠れ蓑(?)にすぎず、本来は〈ミスリル〉情報部に所属している。 「一般人にはわからないでしょう」 そう、ちはるが答えた。 「じゃあ、スペツナズ・ナイフとかも使ったことあるの?」 恭子に尋ねられて、ちはるがぎょっとなった。 「スペツナズ・ナイフを知っているのですか?」 「ナイフの刃の部分だけが飛ぶんだよね」 恭子があっさりと答える。 ちはるがすらりとグルカ・ナイフを引き抜いて、恭子の鼻先に突きつけた。 「どこの国の諜報機関に属しているのか正直に……」 すぱーん! かなめのふるったハリセンが、真横からちはるを叩き飛ばした。 ちはるも不思議に思っていたのだが、どうしても彼女がハリセンを手にした瞬間を目にすることができなかった。 「やめなさいっ!」 むっくりと身体を起こしたちはるが、不思議そうにかなめを見つめる。 「しかし、彼女の正体を確認しなければ……」 その様子を見て恭子がくすくす笑っている。きっと、宗介のいつもの行動を思い返しているのだろう。 「マンガを読めば、KGBも、スペツナズも出てるよ」 「……そうなのですか?」 ちはるが眉間にしわを寄せると、深刻な表情を浮かべた。 「じゃあ、高城さんも同じなの?」 恭子がもう一度尋ねてきた。 「いえ。彼女はCIA出身になります。……もしかして、それも?」 「CIAは一番有名なんじゃない? ハリウッド映画でもイヤと言うほど出てるし……」 今度はかなめが答えた。 「そのような事で、情報部が成り立つものでしょうか? もっと目立たぬように……」 などと、ちはるが思わずつぶやいてしまう。 (あんたが言うなっ!) とは、声に出せないかなめのツッコミであった。
「あたし、ちょっと……」 席を立とうとしたかなめに、ちはるが尋ねた。、 「どちらへ?」 「……トイレ」 「では、私もお供します」 「え?」 さすがに、それは宗介も言い出さなかった。 「い、いいってば」 自分が用を足しているときに、親しくもない人物に外で待たれるのは恥ずかしかった。 「しかし、個室で視界がふさがれた状態では、室外への警戒ができなくなります。危険ではないでしょうか?」 「いらないわよ。絶対、トイレでまで護衛はしないでよ!」 「了解しました」 しかし、ちはるはかなめの後に続く。 「護衛はいらないって、言ったじゃないの」 「いえ、護衛ではありません。私もトイレに行きたかったんです」 「…………」
この日のかなめの苦労は、最近には珍しいぐらいだった。 ちはるは、これまでに宗介がしたようなことを、まるまるしでかした。 やれ不審者だと決めつけては、無関係の一般人に拳銃を向ける。 やれ窓際の席だと安心できないと主張し、店の人間と一悶着。 やれ爆弾だと声を張り上げて、周囲の人間を追い払う。 宗介が、一応は学習済みの事柄まで、ちはるが騒動を起こすものだから、いつもの倍は疲れたのではなかろうか? もう一度、宗介への教育を頭からやり直してる気分だ。 宗介も、あれで日常生活に馴染んできているのだろう。 あのケンカ以来、宗介の姿を見ていなかったが、今の苦労を考えると、宗介の方がはるかにマシな気がする。
ゲームセンターに三人娘の姿があった。 「天野さんも、射撃が得意なの?」 恭子が聞いてきた。 「肯定です」 「じゃあ、これやってみる?」 そう言って指さしたのは、ビーム銃で敵を倒すゲーム筐体だった。 「ダメっ!」 すかさず答えたのは、かなめだった。 「このまえ、ソースケにやらせてみて、エラい目にあったんだから。あんたみたいのはやったらダメよ!」 キュイーンとゲームの開始音がなった。ちはるが硬貨を投入したからだ。 「やるなって言ってるでしょ!」 すぱーん! かなめのハリセンが鳴った。 「これは、あたしがやるわ」 そう言って、ちはるからビーム銃をひったくった。 かなめは熱中しやすい性格なので、次第にゲームに熱くなり始める。 「このっ! きゃーっ! ちょっと、待って! 早すぎるってば! 薬はまだなのっ?」 かなめの奮闘を、恭子とちはるが見守っている。 強敵の出現にかなめの悲鳴が上がる。 「また出た。誰か助けてっ!」 「了解しました」 ちはるの声が聞こえた。 かなめがぎくっとして目を向けると、硬貨を投入したちはるが、もう一丁のビーム銃を手にしたところだった。 「あんたはダメだって言ってるでしょ!」 そう言ったかなめに、ちはるは平然と答える。 「敵が来ます」 「あーっ、もう」 かなめとちはるはなかなかのコンビネーションを見せる。 お互いに敵の登場する方向や、順番などを適度に振り分けて、ゲームを進行していく。 しかし、敵の襲来が激しくなると、当然、プレイヤーは熱中し初めて、余裕がなくなる。 オチは初めから決まっていたようなものだ。 がーん! ゲームの音とは違う、銃声が轟いた。 ちはるの発射した数発の弾丸が筐体のモニターを打ち抜いている。 かなめがはっと我に返り、嘆きのため息がこぼした。 ……やっぱり、やった。 かなめが目を向けると、ちはるは胸を張るようにして、誇らしげに仁王立ちしている。反省している様子もうかがえない。 しかし、かなめの頭に何かがひっかかった。 ちらっと見えた、今のちはるの行動が脳裏に残っている。 ちはるはビーム銃を放り棄てた後、一度スカートの中に手を回して、その後、腰の後ろのホルスターから拳銃を引き抜いたのだ。 今、ちはるが右手に握っているのは、腰のホルスターに差していたグロック19だった。かなめも自分の手で触れたことがある、宗介の銃である。これだけは見分けがつく。 かなめは唐突にその行動を起こして、恭子を驚かせた。 かなめはちはるのスカートの裾を両手で握って、がばっとめくり上げたのだ。 ちはるはきょとんとかなめの行動を見つめている。スカートを押さえようともせずに、平然と立ったままだ。 かなめの目は、ちはるの下着を見てはいない。白い太股に黒い革製のホルスターが固定されており、そこには小さな拳銃があった。 これは……? ちはるが反射的に動いたのなら、最初に手を伸ばしたこの拳銃を使用したはずだ。逆に言えば、グロック19を抜いたのは反射行動ではなかったことになる。 「……あんた。まさか、わざと拳銃を撃ったの?」 「肯定です」 あっさりとちはるが認めた。 「なんで?」 「いまの私は相良さんの代理ですから。そのために、催涙ガスやプラスチック爆弾など、常備していない物まで持参しました」 「故意にするなんて、ソースケよりもタチがわるいわよ!」 かなめが怒鳴りつける。 「……しかし、相良さんのそのような行動を、千鳥さんも楽しんでいたのでは?」 ちはるが不思議そうな顔を見せた。 「楽しいわけないでしょ! なんとか我慢してるだけなんだから」 「それなら、行動をともにする理由はないと思いますが?」 「カナちゃんが、相良くんと一緒にいるのは、突飛な行動をするからじゃなくて、一緒にいたいからなんだよ」 恭子の言葉に、かなめがさらに顔を紅くして声を張り上げる。 「ちょっとっ、勝手なこと言わないでよ! ソースケの暴走を止める必要があって、一緒にいるだけなんだから!」 「では、私の場合もフォローしてもらえませんか?」 「勝手なこと言わないでよ! わざと騒動起こすのなんて論外だわ!」 「……了解しました。では、極力おとなしくします」 彼女が宣言した後、ぱったりと騒動が減った。 ただ、ナンパしてきた相手に発砲するなど、些細なことはあったが……。 その点については、かなめも黙認するのだった。彼女もまた、宗介の行動に毒されているのに違いない。
「千鳥さん。最後に私につきあってもらえますか?」 ちはるの申し出に応じて、かなめと恭子が同行したのは、ある高層ビルの展望台だった。 オフィスビルだが、最上階にはレストランが並び、夜景の綺麗なデートスポットして有名だった。 女だけで来るというのは、少々わびしく感じられるものの、かなめと恭子は、夜景の眺めに見とれていた。 見下ろしていた恭子は服の裾を軽く引っ張られた。 「?」 不思議そうに目を向けると、ちはるが展望室の入り口を指さしてみせる。 恭子はちはるの意図を察して、ぱあっと笑顔を見せた。 恭子はこっくりとうなずいて、かなめを残したまま、ちはると連れ立って出ていった。
眼下の光景に見とれていたかなめは、傍らに恭子が居ないことにやっと気づいた。 不思議そうに周りを見渡したかなめの目に、別な人間の姿が映った。 「ソースケ?」 「久しぶりだな」 「……何しに来たのよ?」 「高城に呼ばれたのだ」 「ふーん」 かなめがとりあえず頷いて見せる。 宗介はこの手の段取りが苦手だし、前回の例もある。確かに、あのさやかならやりそうに思えた。高城さやかというのは、情報部に属するちはるの相棒で、かなめが彼女にからかわれたのは、二桁に達するに違いない。 「なにか、用?」 かなめが不機嫌そうに応じる。 「これを、返すぞ」 そう言って、宗介が胸ポケットから、それを取り出した。 右拳から鎖がぶら下がり、先端には十字架が揺れている。 「え……、直してくれたんだ?」 「うむ。千鳥が気に入っていたようだからな」 「まあ、そうね」 大切にしていた理由は、正確にはその品物にあるのではない。珍しくソースケがくれた実用的な──かなめの感覚において──品だったからだ。 「買った店に行って、直してもらったのだ」 「え? シンガポールまで行って来たの?」 「うむ」 宗介がうなずいた。 彼が作戦の合間に購入したものなので、その店はシンガポールにあった。しかし、鎖の修理や交換程度なら、日本でも問題はないのだ。 気づかなかったのか、はたまた、理解した上で店まで行ったのか、かなめにもその理由はわからない。 だが、彼がそうまでしたのは、自分のためだ。それだけで十分だった。 「これで、機嫌を直してもらえないか」 「まあ、いいわよ。事故だったのはわかってるし……」 そう言って、彼の謝罪を受け入れる。 しかし……。 どうもペンダントを見ると違和感があった。 「この鎖……?」 「うむ。気づいてくれたか」 宗介が満足げにうなずいた。 「今回のような事態が再発しないとも限らないからな。予防の意味も込めて、鎖の強化を図ったのだ」 宗介の言うとおりだった。 そのつもりでみると、鎖の太さが妙に目立つ。 おかげで、デザインが微妙に狂って、ちぐはぐな印象がぬぐいきれない。 かなめがため息をついた。 「……しょうがないか」 「何か、問題でもあるのか?」 宗介が真剣な表情で尋ねた。 今回の自分の行動や判断に間違いがあったとは、考えづらい。しかし、落ち度があったというのならば、次回への教訓とするためにも、事実を把握する必要がある。 「いいのよ」 「いや、よくはない。問題があるなら言ってくれ。善処することを約束しよう」 「いいんだってば」 かなめが答える。 確かに、以前の物よりも、品物の価値は落ちた気がする。しかし、これは金銭的価値を比較した場合で、自分にとって重要なことではない。 宗介からもらったもの。宗介の心が込められたもの。だからこそ、大切なのだ。 この後、このペンダントが使用される回数はめっきり減ることになるが、今も大切にしまわれている。
「情報部って、いい仕事するね♪」 ふたりの様子を眺めながら、恭子がちはるを誉めた。 「そうでしょうか?」 段取りを計画したのはさやかなので、ちはる自身は恭子の指摘を納得できずにいる。 「ちゃんと、ふたりは仲直りしたみたいだし」 振り返った恭子の視線を、ちはるが追った。 窓の前で、今度はなにやらふたりがもめているようだ。 戸惑った表情を浮かべている宗介と、それを、怒鳴りつけているかなめ。 恭子にとってはおなじみの光景だった。仲のいいふたりの、いつもの関係。 恭子としては、うらやましく感じたぐらいだ。 「じゃあ、あたしたちは、先に帰ろ。天野さんには、あたしがトライデント焼きをおごってあげる」 恭子が誘った。 「では、ご厚意に甘えさせてもらいます」 「うん♪」 恭子がてててっと、先を歩く。 後に続いたちはるが、足を止めて、二人を振り返った。 「天野さん?」 恭子が、怪訝そうにちはるを振り返った。 無言のままふたりを見つめていたちはるが、恭子に向き直った。 「行きましょう」 こうして、珍しいツーショットのふたりが、『おはいお屋』へ向かうのだった。
――『北から来た女』おわり。
あとがき。 主演女優がちはるの話。私はドタバタが下手なもので、ちはるの騒動は宗介からのパクリばっかりです(^ ^)。 今回のアイテム:銀製の十字架のペンダント・改
|
二次作品 (目次へ) |
作品投票 (面白かったら) |
<< (前に戻る) |
▲ (もう一度) |
>> (次の話へ) |
---|