とある放課後の生徒会室。 面倒見の良さを買われて生徒会副会長に就任した千鳥かなめと、生徒会長直々の指名で安全保障問題担当・生徒会長補佐官に任命された相良宗介が、この部屋にいた。 「千鳥くん、ちょっといいかね?」 生徒会長の林水が呼びかけた。 オールバックに真鍮フレームのメガネ。生徒会長という枠を超えた知性の持ち主である。 「はい」 呼ばれたかなめが近づく。 「新しい創部届けが提出されたので、処理しておいてくれたまえ」 「部室が足りないって騒いでいるのに、部を増やすんですか?」 「規則を遵守して、必要な部員を集めているのならば、生徒会権限で握りつぶすわけにもいかんだろう?」 そう言われては、かなめも反論できない。 「天野くんや、高城くんに、部の設立を認める旨を伝えておいてくれたまえ」 その二人の名を聞いて、かなめは暗雲が立ちこめたような気がした。 「どんな部を作ったんですか?」 「実は、私も初耳なのだが、情報部だそうだ」 「情報部?」 かなめがその言葉を繰り返す。 かたわらで聞いていた宗介がピクっと反応した。 「なんでも、インターネットなどを使用して、情報の収集や研究を行うらしい。設備なども個人所有の物を使用すると言って、当面の部費は必要ないそうだ」 「はあ、陣代高校情報部ですか……」 かなめの隣に、宗介が足早にやってきた。 「会長閣下。早急に発足をお願いしたい部があります」 「なんとなく予想できるが、……一応、聞かせてもらおう」 「ぜひとも作戦部を設立願います」 「作戦部とは、なんだね? 作戦の立案、研究かね」 「いえ。実戦部隊です。他校との抗争時において、拠点の確保や敵陣の偵察と目的とします。実戦経験者をそろえて……」 「あほかっ!」 すぱん! 今日もかなめのハリセンが鳴り響いた。
かなめは提出された部員名簿をしげしげと眺める。 よくもこんな短期間で人数を集めたものだ。その行動力は侮れない。どう考えても、社交的に見えない二人なのに……。 並んでいる部員名の中に、見知った人間の名前があった。 同じ二年四組のクラスメート・風間信二である。 「ソースケ。風間くんにどうして入部したか、聞いてみてよ。写真部にも入っているんだし、なんでその気になったか」 「了解した」
信二はクラスの中では宗介に親しい人間の一人だ。かなめほどではないが……。 クラスに戻ると、宗介が話しかけた。 「風間。情報部に入ったらしいが、理由はなんだ?」 「え? うーん。相良くんになら教えてもいいかな……」 信二は宗介を教室の隅に連れて行く。 「いい? 絶対、誰にも言わないって約束してくれる?」 「了解した」 「実は、高城さんから写真をもらったんだ」 「写真だと?」 「これだよ」 生徒手帳から取り出したその写真をみて、宗介は驚きを隠せなかった。 ASと呼ばれる人型の軍事兵器の写真だ。それも、米軍が実戦配備しているものより高性能な機体。 「……これは、まさか?」 「M9だよ。修学旅行の時に見たから間違いないよ。凄いでしょ?これをくれるからって、名前だけ貸したんだよ」 信二は軍事オタクであり、本職の宗介を驚かすほどの知識量を持つ。ASの写真を撮り歩くくらいなので、情報が制限されている次期主力ASの写真ともなれば、垂涎の的だろう。 写真を持った宗介の手がぷるぷると震えている。 信二は宗介のことを自分と同じ軍事オタクだと考えているのだが──ある意味、的を射てはいるが──、それは正確ではない。変わった高校生とは仮の姿であり、宗介の本当の姿は現役の傭兵である。それも、数年先の技術を有する優れた軍事組織に所属し、なにより、写真に撮影されているM9すらも、手足のように操ることのできるスペシャリストなのだ。 「相良くんも入部すれば、もらえるかもよ」 嬉しそうに話す信二だったが……。 びりびりびり! 「あー! ひどいよっ! なんてことするんだ!」 信二が悲痛な嘆きの声をあげた。 宗介の手からこぼれた破片を、それでもかき集めようとする。 「すまん。しかし、これを持っているのは危険なのだ」 宗介が足早に教室から出て行った。
「高城はいるか?」 宗介は、二年三組にずけずけと入り込むと、高城さやかの席までやって来た。 「どうしたの? 相良さん」 「風間に聞いたぞ。一体どういうつもりだ? 情報部員が機密をバラまくなど、考えられん」 さすがに声を潜めて詰め寄った。 宗介がそうであるように、彼女もまた普通の高校生ではなかった。 さやかは陣代高校情報部どころか、宗介と同じ軍事組織〈ミスリル〉の情報部に属しており、その作戦行動の一環として、相棒とこの高校に通っているのだ。 写真に写っているM9は米軍でも開発中の機体で、写真が出回るような代物ではない。その情報を、自分と同じ組織の人間が洩らすのを、見過ごすわけにはいかなかった。 「ああ、これのこと?」 言って、ファイルケースから、同じ写真を取り出した。 「これは合成写真」 「何? どう見ても本物だぞ」 宗介にとっては熟知した機体なのだから、間違えようがない。 しかし、さやかが人差し指で、宗介を招き寄せる。 近寄った宗介の耳元に、小声で説明した。 「これは、本物の写真のデータを切り張りした合成写真。コンピュータで解析すれば、確実に合成写真だってわかるの。だから、第三者に渡っても大丈夫。見る分には本物だけど、証拠にはならないもん」 「……そうなのか?」 「私も本職だし」 彼女にしては珍しく、普通の笑顔を浮かべてみせる。 「早計だった。申し訳ない」 謝罪して、すたすたと戸口にまで行った宗介が、振り返ってすたすたと戻ってきた。 「すまないが、その写真をもらえないか? 風間の写真を破ってしまったのだ」
二年四組の教室。 宗介とかなめが宿題の話をしていると、そこへ情報部の片割れである天野ちはるがやってきた。眼鏡をかけた、二本の三つ編みの少女だ。 つかつかと教室内に入り込むと、宗介に向けてデジカメのシャッターを切る。 「いきなり、どうした?」 宗介が訪ねた。 「すみません。相良さんの写真が欲しいものですから」 「……え?」 かなめが驚いて、ちはるの顔を見た。 「どうして、ソースケの写真なんか……」 「さあ? 私にもわかりかねます」 「? ……欲しがってるのは、天野さんじゃないの?」 「依頼人は明かせませんが、欲しいとの依頼を受けました」 「ソースケの写真を?」 「肯定です」 普通に考えれば、宗介を好きだから写真が欲しいのだろう。しかし、この宗介を好きになる人間がいるだろうか? 隣にあたしがいるのに。いや、それは関係ないか……。 「千鳥さん。すこし、相良さんから離れてもらえますか?」 「……わかったわよ」 ムっとしながらも、言葉に従う。 「相良さんは、千鳥さんを見るようにしてください」 「了解した」 「なんで、わざわざあたしを見せるのよ?」 「カメラ目線をやめて欲しかっただけです」 びっくりしたかなめに、ちはるは平然と答える。 「ただ、千鳥さんを見ている方が、相良さんは優しそうな顔に見える気もします」 言いながらも、ちはるはかなめの方を振り返りもせず、ファインダーを覗いている。 「千鳥、顔が赤いぞ」 「気のせいよ」 ぷいっと顔を背ける。 「……それより、なんだって、おとなしく撮影されているわけ?」 「むう。同じ情報部員としては、従うしかない」 「え? あんた、入部したの?」 「本意ではなかったのだが……」 「なんでよ?」 「彼女たちは、実際に情報を仕入れて、それを材料に取引を行っているようだ。部員もそうやって集めたのだろう。俺も借りができてしまって、引き受けるしかなくなったのだ」 「ふーん」 「情報部の看板に偽りはなかったようだ。……あなどれん」 カメラの前で、構わずに話している宗介達。 そこへ別な声が割って入った。 「教室での撮影だけだと、つまんないかも」 いつのまにか、教室内にやってきたさやかの台詞であった。 「では、どうします?」 ちはるに問われて、さやかはアイデアを口にした。
格闘場に宗介は立っていた。 それも空手部から借りた道着姿であった。 似合っているようで、似合ってないような、妙な感じであった。 「…………」 かなめですら、どう表現していいか戸惑っている。 このまま写真を撮るのならば、コスプレにしか見えない気がする……。 かなめと同じ感想を、さやかも持ったようで、『対戦相手を準備する』と言っていた。 「天野さんが宗介の相手をするわけ?」 制服姿の彼女に尋ねる。 「いえ。私では無理です」 「じゃあ……」 かなめが言いかけると、そこへさやかが当人を引き連れてやってきた。 小柄で、端正な顔の少年だった。容貌からは想像もつかないが、殺人拳”大導脈流”の使い手で、名を椿一成という。素手の格闘戦において、宗介と互角に戦える人物だった。ただ、彼と宗介を接触させると、必ず騒動が大きくなる。 「連れてきたよ」 「え? 椿くんなの?」 「千鳥、見ていてくれ。今日こそ俺が勝つところを」 「なんで、椿くんが?」 「相良さんに本気を出させるためには、このぐらいの相手じゃないと」 のほほんとさやかが答えた。 「でも、椿くんて、あんた達のこと……」 「うん。嫌われてるみたい」 「そうなんですか?」 かなめに尋ねられて、さやかはうなずき、ちはるは首をひねる。 以前、ちはるの取った行動から、一成の方で毛嫌いしているようだ。女が相手では殴りかかるわけにもいかないので、ある意味、宗介よりも始末におえないのだろう。 「よく、引き受けてくれたわね」 「相良さんと戦えるというのも理由の一つだし。お礼に写真を渡すから」 「写真? ……椿くんでも、欲しい写真があるの?」 かなめがその疑問を口にした。 それを耳にして、一成は落ち着きを失い、そわそわし出した。 「椿くんの憧れの空手家とか、そんな人?」 「いや、その、俺は自分の流派が最強だと思っているから、他の格闘家に興味はない」 「じゃあ、誰の写真?」 「それは……その……」 かなめに重ねて尋ねられて、一成がうろたえる。 「そろそろ、始めてくれ」 宗介の声が割って入った。 どこかジレているような、トゲを含んだ声だった。 「そ、そうだな」 一成にとっては、珍しく宗介に救われたかたちになった。 かなめは一人できょとんとしていた。
「じゃあ、ルールです。特に相良さんは覚えてね」 二人の間に立ったさやかが説明を始める。 「武器の使用は禁止。見せても、触っても、ダメ。武器以外の物でも、攻撃を受けるために使ったり、投げつけてもダメ。目つぶしと、金的攻撃もダメ。これでいい?」 さやかが一成にだけ尋ねた。 「ああ、それでいい」 本来、どちらか一方がルールを決めるのはおかしいのだが、宗介に決めさせていては、いつまで経っても終わらないだろう。 「では、……はじめ」 さやかが離れると、二人が間合いを計りだした。 「やっと、決着の時がきたな」 一成が不敵に笑う。 「そうか」 「写真と勝負と、一石二鳥だ」 「ふむ。……誰の写真だ?」 「そ、それはお前には関係ないだろう!」 宗介の問いに、一成がうろたえた。 その隙を見て取ると、すかさず宗介が殴りかかった。 宗介の方から仕掛けるとは、一成も思っていなかったらしく、虚をつかれた。 しかし、素手での戦いとなれば、一成の土俵だ。 激しく体を入れ替えながら、突きや蹴りを交える。 宗介にとっても身体を存分に動かすのは嫌いではない。闘争本能に火がついたのか、彼の口元に小さく笑みが浮かんでいた。 伸びきった腕をとらえて投げたり、組み伏せて寝技に移行したりと、様々に四肢を駆使して組み合う。 飛び散る汗、躍動する肉体。 その様子をさやかがデジカメで撮影している。 「…………」 寝技も高度なポジション争いに移行すると、さすがのかなめにも理解仕切れていない。 隣を見ると、ちはるは熱心に戦いを見つめている。 「おもしろい?」 「はい。相良さんはわかっていましたが、椿さんがこれほどとは、思いませんでした」 視線をかなめに向けず、組み合う二人を見つめている。 立ち上がった二人は、両手を取り合い、お互いの身体を振り回した。 その勢いで、外との大きな窓を割って、二人とも飛び出してしまった。 お互いに戦いに没頭しているふたりは、広い場所に出ると縦横無尽に走り出した。 「そういえば、場外については規定しなかったっけ……」 さやかがのんきにつぶやく。 「ちょっと、あんなの野放しにしたらどんなことになるか」 「大変なことになりそう」 「止めなさいよ」 ぴっ! と、二人が走り去った方向を指さしてみせる。 「……用務員さんを呼ぼうか?」 さやかが苦肉の策を上げて見せる。 「なんで、用務員さんがでてくるわけ? だめよ、そんなの」 「……じゃあ、無理」 さやかが両手を上げてみせる。 「あんたたちの責任じゃないの! なんとかしなさいよ!」 「うーん」 ちはるが眉間にしわをよせて、困った表情を浮かべた。
二人による被害は大きかった。 たとえ素手でも、二人の攻撃は十分な武器なのだ。 校舎内に突入したため、教室内では机やガラスなどの被害が、刻一刻と増える一方だった。 野次馬が追っているものの、とても止められる人間はいなかった。 追ってきた中に、かなめとさやかの姿もあった。 「……あれ、天野さんは?」 「さあ? なんとかしようとしてるんじゃない?」 「なんとか……?」 かなめの表情がくもる。 もしも、ソースケだったら、どんな行動に? まさか……? そこへ、人をかき分けてちはるが前面へ出てきた。 ショットガンを携えて。 「ちょっと、やめ……」 かなめが制止しようとするが、遅かった。 じゃきっ、どかん! じゃきっ、どかん! ショットガンの二連射。 宗介は、音を聞いてすかさず反応した。その場で床に伏せた。彼にとっては確かな条件反射となっており、本能に直結する行動だった。 しかし、一成ではそうはいかない。聞き慣れない音に反応することもできず、ゴム・スタン弾を横から受けて、その小柄な身体が吹っ飛んだ。ヘビー級のパンチの威力を、予測もしない側面から受けたのだから。 一成は、机を巻き込んで倒れたまま、沈黙する。 宗介は跳ね起きると、ちはるの構えたショットガンを目にとめる。 じゃきっ、どかん! 驚いたことに、宗介は足の裏を突き出して、ゴム弾の軌道を反らして見せた。 「さすがですね……」 ちはるが感嘆の声を漏らす。 じゃきっ! 装填したショットガンを、机の陰に隠れた宗介に向ける。 「む……」 空手着に着替えたため、宗介の手元には銃が残されていなかった。 宗介は、足首に隠し持っていたナイフを、投げつけようとするが……。 そこへ、援軍が到着した。 すぱーん! かなめのハリセンを受けて、ちはるの攻撃が止まる。 「やめなさいよ。あんたは!」 「しかし、二人を止めるためには、このくらいはしないと、無理です」 ちはるは、むしろ、止められたことに驚きの表情を浮かべ、平然と答えた。 「まったく、もう! 椿くんが、止められたんなら、もういいのよ」 「いえ、相良さんのことですから、とどめをさすまではやめないと思いますが?」 「あのねえ……」 かなめが呆れるが、横から別な声が答えた。 「その通りだ」 「あんたは黙ってなさい」 口を挟んだ宗介をにらみつける。 「椿くんだって、あんたたちが頼んで連れてきたんじゃないの」 「椿さんは大丈夫。だって、依頼したのは『闘う』ことだけで、決着の必要はなかったから」 軽く答えたのはさやかだった。 「だけどねえ……」 「写真を余分にあげるから、ご心配なく」 「そんなんで、いいの?」 「千鳥さんがいいなら」 「え? あたし? 別にかまわないわよ」 不思議そうに、かなめが答えた。
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南の島──メリダ島。〈ミスリル〉西太平洋基地。 忙しかった仕事を終えて、その少女は自室に戻る。 テッサは、いそいそとパソコンを起動し、外部との回線にアクセスして、目的のメールが届いていないか確認する。 着信あり! 画像ファイルが添付されているのに喜んで、すかさず開く。 モニター一面に彼の顔が写る。 「わあっ……」 テッサが満面の笑みを浮かべて、うっとりとモニターを眺めた。 他にも数枚の写真が添付されている。それぞれの画像を見て、テッサはそのたびにはしゃいでいる。 陣代高校に潜入している〈デュエット〉の二人から打診があったとき、テッサはすかさず応じた。 宗介の情報をもらうことと引き替えに、いろいろと便宜を図ることを約束している。 陣代高校情報部は〈ミスリル〉内部にまで、その勢力を広げているのである。
──『情報部のファーストミッション』おわり
あとがき。 設定が面白そうなので、やってみました。 |
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