日本海戦隊  >  二次作品
美少女艦長のサマー・ビーチ-[本編]- 軍曹の素朴な疑問-[前]- [後]


軍曹の素朴な疑問(前編)

注意:これは『美少女艦長のサマー・ビーチ』の続編にあたります。



 調布の駅前を四人の人間が歩いていた。

 皆が整った顔をしており、すれ違った人間の目を引いている。

 前を歩くのは、二人の少女だった。アッシュブロンドの髪の白人の美少女と、 モデル並の容姿で気が強そうな少女。

 その後ろに、二人の人間が付き従うように歩いている。 猫を思わせるような美女と、ハンサムだがむっつりした少年。




 指揮する艦のオーバーホール中に長期休暇を取ったテッサが、 つい先日、宗介の部屋に転がり込んだ。

 事前に準備された品だけでは足りず、テッサ本人の意向もあって、 生活用品の買い出しに出てきたのだ。 その方面では、宗介が何の役にも立たないので、かなめまで呼び出されていた。

 先導しているかなめが、テッサの好みを聞きながら店を検討している。

 護衛役の宗介とマオも同行しており、ふたりの様子を見ながら、全く別の話をしていた。

「ねぇ。どうだったのよ? あたしがいない間にあの娘になんかしたの?」

 マオが興味津々といった感じで話しかけてきた。

「俺は過労で倒れていただけだ。何かをする、気力も体力も残っていなかった」

 憮然として宗介が答えた。

 テッサの訪問の初日に、彼が精神的重圧で倒れてしまった件だ。 そうなるまでには、様々な経過があって、それにこそ原因は求められるはずだが、 彼はそれを口にしなかった。

 マオとしても、すでに事情を聞いていたし、宗介にそのテの知識があるとも思えないので、二人が清い関係なのは疑う余地はない。ただ、テッサ次第という点に興味をそそられただけだ。

 それでも、マオはこう言った。

「情けないわね。それでも、男? ちゃんと、『水筒』の使い方を覚えないと、後で困るわよ」

「よくわからんが、善処しよう」

「そんなだから、キスもまだなのよ」

「ふむ……? 普通の人間ならキスの経験はあって当然なのか?」

 不思議そうに宗介が尋ねた。

 このあたりになると、すでにかなめもテッサも口を閉じて、二人の会話に聞き耳をたてていた。

「そーね。まあ、人にもよるけど」

 マオが明るく答える。

「マオはしたことがあるのか?」

「当たり前じゃない」

 平然と答える。

「そうか……。では、俺に教えてくれ」

「……は?」

「キスを覚えた方がいいというのならば、覚えよう。キスと人工呼吸にどのような違いがあるのか、俺にしてみてくれ。確かめてみたい」

 その申し出に、さすがにマオがうろたえた。顔を赤くして視線をさまよわせている。それは宗介が初めて見たマオの表情だった。

 考えもしなかった奇襲攻撃に、マオの方が動転してしまう。男を意識している人間ならば、さらりと受け流したり、ムードのままに流されてもいい。しかし、宗介は全くその対象に含まれていなかった。デキの悪い弟のような認識でしかなかったのだ。そうでなければ、こんなに驚くこともなかっただろう。

 一方、会話に耳を傾けていた二人の少女も、ぎょっとして振り返るなり、宗介とマオを見つめている。

「?」

 マオが驚くのはいいとして、この二人はなにを見ているのだろう? そんな不思議そうな表情を宗介が浮かべている。

 しかし、気を取り直して、マオに詰め寄った。

「さあ、教えてくれ。日常生活に必要な知識なのだろう?」

 宗介の言葉も姿勢も正しいのだが、どうしてこうも使いどころや方向性を取り違えるのだろう? マオとしては呆れるしかない。

「あんたね、こんな街中で何言ってるのよ」

「人目が気になるのか? では、あの路地裏で」

 往来の真ん中で、びっと指さしてみせる。

 その行動には人目を避ける要素が全くなかった。

 さらに、マオは二つの視線が自分に突き刺さるのを感じ取っている。

 少女たちをたきつけるために、実行してみるのも面白かったが、さすがに刺激が強すぎるような気もする。

「まあ、その話は帰ってから、ね?」

「かまわんぞ」

 宗介がうなずいた。

 その後の買い物で、なぜかかなめとテッサが妙にギクシャクしていたが、宗介は全く気がつかなかった。




 翌日のこと──。

 陣代高校の屋上に、二人の生徒が立っていた。

 かなめが宗介に呼び出されたのだ。

「何よ、話って? テッサのお守りをしなくていいの?」

 かなめが皮肉混じりに尋ねる。

「むう。その通りだ」

 苦渋の表情を見せて、宗介があっさりと階段に向かう。

「あ、ちょっと、ちょっと」

 あわててかなめが呼び止める。

「せっかく来たんだから、用件くらい言いなさいよ」

「……そうだな」

 しかし、宗介は咳払いなどして、妙に言いづらそうに見える。

「実は、昨日のキスの話なのだが……」

「あっ! あんた、もしかして、マオさんと……?」

 かなめは容疑者を取り調べる刑事のように、疑惑に満ちた目で宗介の様子をうかがう。

「いや」

 宗介が首を振った。

「マオには話を聞いただけだ。自分の仕事じゃないと言って、拒否された」

「そう」

 かなめがほっと息を漏らす。

「マオには、大佐殿に任せると言われたのだが……」

「え?」

 再び、かなめに緊張感が張りつめた。

 宗介は表情をころころかえるかなめに戸惑いながら言葉を続ける。

「しかし、大佐殿にそのようなことを頼むわけにはいかないだろう」

「それは、そうよね」

 かなめがまたも安堵する。

「そこで、君に質問なんだが、千鳥はキスをしたことがあるのか?」

「え? な、なによ突然」

「普通はキスをしたことがあるらしいが、君はどうなんだ?」

 かなめは顔を赤くしながら、視線をそらすものの、

「まだよ。悪かったわね」

 そう答えた。

 幼稚園のころを思い出したが、アレはその数に含まれないだろう。

「別に悪くはない……と、俺は思う」

 しばらくためらってから、宗介が再び口を開く。

「それならば、俺としよう」

「は?」

 かなめの目が点になった。

「通常は経験しておくべきだというなら、しておくにこしたことはない。君も経験がないなら、一石二鳥だ」

 宗介がそのような表現を口にする。

「あんた、あたしのことなんだと思っているのよっ!」

 一気に怒りのボルテージを上げて、かなめが怒鳴りつける。

「……? キスの件と、君をどう思うかが関係あるのか?」

 宗介は不思議そうに首をひねる。

「キスっていうのはねえ、好きあってる恋人同士がするものなの」

「俺は君の事が好きだぞ」

 宗介があっさりと答えた。

「……っ!」

 かなめの顔が真っ赤に染まる。

「君は俺の事が嫌いなのか?」

「そ、そうじゃないけど」

「そうか」

 ずいっと宗介が一歩踏み出した。かなめは気圧されるように、一歩下がった。

「だけどっ、その、どうしても好きで、キスをしたくて我慢できずにするのが正しい手順だから……」

「ふむ。俺は君が好きで、キスをしたいと思っている。間違ってはいないはずだ」

 宗介がさらに一歩近づき、かなめが退く。

 かなめが完全にうろたえていた。

 会話は成り立っているように見えるが、意味が全く通じていない。宗介には言葉のニュアンスがまるで理解できていない。

 混迷を深めているのは、かなめが本当に嫌がっていないことだ。彼女自身も自覚しているように、宗介がもうちょっと、ムードとか順序をわきまえてさえいれば、雰囲気に流される余地もあるのだ。

 かなめはもどかしさに叫び出したいぐらいだった。

 空中を彷徨っていたかなめの視線が、一人の少女を捕らえた。

「テッサ!」

 思わず心臓が止まるほど驚いた。

「……?」

 言われて宗介も、階段の戸口に立っているテッサの存在に気付いた。

 険しい顔をして、こちらを睨んでいた。

 宗介には、彼女の怒りが想像できた。おそらく……。

「護衛を命じられていながら、大佐殿のそばを離れて申し訳ありません。この件に関しては、どのような処罰をも……」

「そんな理由で怒ってるわけではありません!」

 強い語調でテッサが否定する。

「…………」

 どうやら、宗介の推測は間違っていたようだ。

 では、一体なにに腹を立てているのだろう? 宗介が首をひねる。

 テッサは珍しく、ずんずんと称する態度で歩み寄る。

「言っとくけど、あたしが誘った訳じゃないんだからね」

 かなめが、まず弁解した。

 いつものように、彼女に変な誤解をされたくなかったからだ。

「ええ、わかっています」

 テッサは真剣な表情でうなずいた。

「かなめさんは、サガラさんとキスをしたくないんですから。そうですよね?」

「……っ!」

 かなめが言葉に詰まる。

 彼女にノセられている気がしないでもないが、自分の口から「キスをしたい」と答えることなどあり得なかった。

「そうね。別にしたいとは、思わないわ」

 視界の隅で、宗介が寂しそうな表情をするが、……この場合は、仕方がない。かなめは黙殺することにした。

「サガラさん。あの、わたしはキスをしてみたいです」

「そうなんですか?」

 宗介が意外そうな表情を見せる。

「わたしとのキスでは、迷惑でしょうか?」

 そう訪ねられて、宗介が拒絶するはずもない。

「いえ。そのようなことは」

 言下に否定する。

「よかった」

 テッサから笑みがこぼれる――それは嬉しそうに。

 対照的に、傍らにいるかなめの表情は険しさを増していく。

「…………」

 宗介としては、何一つ偽りを言ったつもりはない。

 しかし、一歩一歩底なし沼にはまるような、危機感がつのっていく。鍛えられた戦士の本能と言うべきか……。

「あの、もう一つ、聞かせてください。サガラさんは、私の事をどう思っていますか?」

「もちろん好きです」

「本当ですか?」

 テッサの顔に満面の笑みが浮かぶ。

「肯定です。大佐殿のことも好きです」

「……も?」

 テッサの顔が、笑みを浮かべたままこわばった。

「じゃあ、テッサと、誰が好きなの」

 かなめが横から尋ねる。

「もちろん、君のことだ。俺は、千鳥のことも好きだぞ。さっきも言ったはずだ」

 宗介が自分の言葉を補足する。

「あたしのこと、も?」

 かなめもまた硬い声で尋ねる。

「そうだ……が、何か……問題が?」

 一応尋ねてみたのは、宗介としても何かを感じ取っているからだった。

 宗介の頬をひとすじの汗が、つつっとしたたる。

 かなめはハリセンを取り出して、とりあえず宗介の頭をひっぱたく。

 テッサは眼下に見えた宗介の足の甲を、かかとで踏んづける。

「行くわよ。テッサ」

「はい」

 先ほどの険悪な雰囲気もどこへやら、二人が連れ立って階段を下りていく。

 宗介が一人だけ、取り残された。

「好きだと言われるのが迷惑なのか?」

 首をひねる。

 つまり、自分は二人に嫌われているのだろうか?

 頭と足がじんじんと痛かった。

 




 ――つづく




 

 あとがき

 今回は話が進んでいない割に、文字数が多かったので、前・後編に分割することになりました。






 


二次作品
(目次へ)
作品投票
(面白かったら)
<<
(前に戻る)

(もう一度)
>>
(次の話へ)