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美少女艦長のサマー・ビーチ-[本編]- 軍曹の素朴な疑問-[前]- [後]


美少女艦長のサマー・ビーチ






 日本から遠く離れた、南の島。

 ある暑い日に、そこを訪れていた少年が、砂浜で身体を鍛えていた。

 その事を友人から聞いた少女は、所用をかたづけてから様子を見に行こうと考えていた。少しだけ、ウキウキしながら……。




 その島の東側には砂浜がある。

 果てしない水平線。抜けるような青空。背の高いヤシの木。

 素人の女の子がASの練習をするのに十分な、広い砂浜。

 デートスポットとしては申し分のない場所である。

 一般人がこれる場所ではないので、ひと気はない。

 いるのは、一泳ぎして、海からあがってきた、その少年のみだった。

 いつもと同じようにむっつり顔にへの字口。だが、水着一枚のその身体は、筋肉で引き締まっており、したたっている水滴が太陽を反射して、まぶしいぐらいに輝いて見えた。

「……精が出ますね」

「大佐殿……。どうしてここへ?」

「サガラさんがトレーニングをすると聞いたので、様子を見ようかと思って」

 少女が笑顔で答えた。

 宗介と同年齢でありながら、この島の最高責任者である少女だった。その彼女が、艦内での制服姿とはまるで違う、ピンクのワンピース水着一枚で立っていた。朴念仁の宗介でさえ、鼓動が速くなるのを感じた。

 しかし──。

 宗介が表情を引き締めた。

「特別対応班の人間として恥ずかしくないように、不断の努力を……」

 その反応に少女が笑った。

「わたしは、戦隊長として下士官の訓練を監督に来たわけじゃありません。一人の友人として、応援に来ただけです」

「…………」

「ですから、わたしのことは『大佐殿』ではなく、『テッサ』と呼んでください」

「しかし、そんなわけにも……」

 四角四面の宗介には抵抗があるようだ。

「では、こうしましょう。大佐として命令します。いま、この場にいる間は、わたしの事を『テッサ』と呼んでください」

「はっ。了解しました」

「じゃあ、呼んでみてください」

「はっ。大……て、テッサ」

「はい。サガラさん」

 ぎこちなく呼んだ宗介の声にテッサが嬉しそうに答えた。

「どうぞ。友人としての差し入れです」

 すっと、背中に隠していたスポーツドリンクを、宗介に渡した。

 きんきんに冷えており、缶の表面に水滴がついてた。

「ありがとうございます」

 礼を言って、喉に流し込む。

 渇いた喉、熱い体に気持ちが良かった。

「本当は、わたしも一泳ぎしようかと思って、ここにきたんです。……訓練の邪魔になりますか?」

「いえ。とんでもありません。ご存分に泳いでいただいて、結構です」

 宗介のその返答は予測できた。優しい彼が拒否するはずがない。わかっていてここに来たのだ。少しでも一緒にいるために。

 いつもそばにいる彼女とは違い、その一点だけでも自分は不利なのだから、少しぐらいの甘えは許されるはずだ。

「余暇にまで訓練するなんて、本当にがんばってますね……」

「いえ。兵士としての当然の務めです」

「でも、サガラさん一人だけですよ」

「そうでも、ありません。皆、影で訓練を重ねているはずです。どのような素質を持った人間でも、訓練もなしに実力を維持することはできません」

 ちゃらんぽらんに見える同僚を思い浮かべながら、弁解するように宗介が答えた。

「わかっています。皆さん、優秀ですもんね」

 宗介の誠実さに触れたようで、テッサは嬉しそうだった。

「でも、サガラさんががんばっているのは間違いありません」

「いえ……その」

「それとも、手を抜いて訓練してるんですか?」

「そんなことはありません。自分は……」

「わかります。一所懸命なのは」

 テッサは終始笑顔で宗介と会話している。

「そんな、サガラさんにご褒美をあげたいんですけど……」

「……ご褒美……ですか?」

「サガラさんはキスを知っていますか?」

「はい……。いえ、知りません」

「……どういうことですか?」

「その、人工呼吸のように、口を触れ合わせることがキスだと理解しいます。しかし、その二つがどう違うのか、自分にはわかりません」

「そうですか……、じゃあ、わたしが教えてあげます」

 すっと、宗介の前に立った。

「すこし、かがんでもらえますか?」

 宗介が戸惑いながらも、テッサの声に従う。

「今からするのが、キスですよ」

 彼の顔が近付いた。

 テッサが両手を伸ばして、宗介の頬を挟んだ。

 キスがどういう行為かは宗介も知っている。宗介の両目が落ち着きを失ってきょろきょろと動きだす。

「目を、つぶってください……」

「はっ……」

 対応に困った宗介はとりあえずテッサの指示に従ってみる。

 距離が近くなり、お互いの体温まで感じられる気がする。

「大佐殿……」

「テッサ……です」




「大佐殿」

 宗介の声が聞こえたような気がする。

 ぱちりと目を開くと、青い空が広がっていた。

 小さな雲が数えるほどしか浮かんでいない。

 ゆらゆらと身体が揺れているように感じた。

 まどろみの中にいるような、ふわふわした感覚。

 どうやら眠っていたようだ。

 ということは、夢?

「はあ。そうですよね。わたしにあんなことが……」

 少々、自己嫌悪を感じながらも納得する。

 ふと視線を感じて横を見ると、間近に宗介の顔があった。

「……え?」

 さっと頭の中の靄が晴れた。

 いや、別な困惑と入れ替わった。

「サガラさん? どうして?」

「大佐殿こそ、どうしてここに?」

「あたしは……」

 テッサが身を起こそうとすると、ぐらりとからだが傾いた。

(え……?)

 片手で身体起こそうとして、バランスを取ろうとするが、揺れが大きくなる。

 そこで、テッサは自分が小さなボートにいることに初めて気づいた。

「きゃっ……」

 驚くヒマもなく、ボートがひっくり返って、海面に投げ出されてしまった。

 頭が混乱してしまい、満足に泳げもしない。海水まで飲んでしまった。泳ぎだけは得意だったはずなのに、覚え込んだ動きが一つもできず、バタバタと暴れることしかできない。

「大佐殿! 落ち着いてください!」

 サガラさんの声が聞こえるけど、今の状態では、落ち着くなんてできそうもない……。

 もう、上下感覚も失い、視界まで暗くなる。

 もうろうとした意識の中で、がっしりとした腕に抱きしめられた気がする。

 このままでいられるなら、死んでもいいかも……。

 …………。




 ぱちりと、目をあけるとビーチパラソルがあった。

 青空をバックに、影を作り出しているビーチパラソル。

 砂浜に寝ていたようだ。

 自分の姿をみると、ピンクのワンピース水着。そう、サガラさんに会いに海に来た時の姿だった。

 どこまでが夢だったのだろう?

 隣をみると、宗介が両膝を抱えるように座って、眠っているのだろうか?

 こうしていると、夏の海に遊びに来た恋人同士みたい。

 その想像はテッサを喜ばせた。

 宗介がこちらに目を向けた。

「大佐殿、気づかれましたか……」

「テッサって、呼んでくれないんですか?」

「……その、そういうわけにも……」

 やはり、最初のは夢だったようだ。

「そうですよね。まさか、サガラさんとキスなんて……」

 そう言ったテッサの言葉を聞いて、なぜか宗介がぎょっとした。

 一瞬の驚いた顔。

 ……?

 なぜ、そんな顔をするのかしら?

 まさか、眠っている自分にキスなんて……。頬を染めながら、ありそうもない場面を想像してしまう。

「あの……、サガラさんはわたしにキスなんて、してませんよね?」

「……肯定です」

 やはり思い過ごしだろう。

「サガラさんはキスを知っていますか?」

「はい……。いえ、知りません」

「……どういうことですか?」

「その、人工呼吸のように、口を触れ合わせることがキスだと理解しています。しかし、その二つがどう違うのか、自分にはわかりません」

 夢の中での答えと一緒だった。

 さすがに、その後の展開までなぞる勇気はなかったが。

「サガラさんはキスをしたことがありますか?」

「肯定です」

 肯定? ……『キスをしたことがあるか?』の問いに、『肯定』?

「え? そうなんですか?」

 テッサが驚いた。

「はい。以前に一度だけキスをしたときは、相手の意思確認を怠ったために、池に突き落とされました」

「……相手はカナメさんですか?」

「いえ、違います」

 そう、よかった。いえ、よくはなかった。一体誰だろう? その羨ましい女性は……。

「その女性とキスをしたかったのですか?」

「いえ、単に人工呼吸のつもりだったのですが……」

 なんだ……。ありがちな話だった。

 …………?

 しかし、何かが頭の隅に引っかかった。

 今日、友人のメリッサから宗介の訓練の話を聞いて、自分はここへ来た。そして、ご褒美として彼とキスをした。いや、アレは夢の話……。確か、彼を驚かそうと思って、ボートに乗ったはずだ。そして、うとうとして、夢を見ていた。気がついたら宗介の顔が間近にあって、驚いて海に落ちた。それで、溺れて……。

 ……溺れた?

「サガラさん……。その、わたしに『人工呼吸』をしましたか?」

「肯定です」

 …………。

「えーっ!」

 テッサが、らしからぬ大声を上げた。

 サガラさんとの口づけ? それは人工呼吸とは言えず、テッサ本人の感覚でいうとキスになる。彼がどういうつもりだったとしても、純然たるキスだ。キスに違いなかった。

「な、なんてこと……」

 それも、ビンゴの景品とか、自分からねだってとかではない。彼が自発的に自分の唇に……。

「失礼かとも思ったのですが、緊急事態でしたので……」

 テッサの嘆きように、宗介が慌てて弁解する。

「どうして、わたしは覚えていないんですか?」

 妙な発言で詰め寄られて、宗介の方がうろたえる。

「その、大佐殿に意識があったら、人工呼吸はしませんでしたが……?」

 よほど、彼女は混乱しているのだろう。

 宗介としては、そこまでのショックを受けるとは思っていなかった。

「申し訳ありません。艦船の指揮をとる大佐殿が、人工呼吸でそこまで衝撃を受けるとは思いませんでした。軽率な行動だったようです。二度としないように気を付けますので……」

「いえっ、そうじゃありません! サガラさんは正しいことをしました。その判断に間違いはありません。あたしが断言します。次の機会があったら……いえ、そのような状況になったら、いくらでもしてください」

「しかし、大佐殿は嫌がっておられるようなので」

「とんでもありません。それは、まったくの誤解です。なんでしたら、いまから、してもらってもかまいません」

「は?」

「あ、いえ、なんでもありません」

 なんてことだろう。たとえ彼に他意がなかったとしても、それほどの行為をしながら、まるで覚えていないなんて。そんな運命の一瞬を、みすみす見逃すなんて! 少しでも記憶に残っていれば、この夏最大の想い出となったはずなのに……。悔やんでも悔やみきれない。

 テッサはそのことしか考えられなくなっていた。その後の事はすっかり頭からこぼれ落ちており、全く思い出せなかった。




 翌日。

 目覚めて、身なりを整えると、テッサは宗介の姿を探していた。

 お目当ての特別対応班のオフィスには、サガラさんとメリッサがいた。昨日、海へ行ったことをメリッサは知っているし、聞かれてまずい話とも思えなかった。

「あの、サガラさん……。昨日は、すみませんでした。訓練の邪魔をしてしまって」

「……昨日? なにかありましたか?」

「ですから、海で……」

「海に大佐殿は来ませんでしたが……?」

「え?」

 テッサの目が驚きで見開かれた。

「行って……ませんか?」

「肯定です」

 テッサはつぶらな瞳を、きょとんと見開いて宗介を見つめた。

 宗介が、つまらないイタズラで、嘘をつくとは思えなかった。

「……そうですか」

 狐につままれたような様子で、テッサが去っていった。

 怪訝そうに眺めていたメリッサ・マオが宗介に尋ねた。

「あの子が行かなかったの?」

 昨日の電話口の様子だと、すぐにでも飛んでいきそうに思えたのだ。

 もし、民間人に拳銃をつきつけて、その場を動くなと脅しても、涙をこぼしながら、拒否したかもしれない。

 まあ、それは冗談としても……。

「いや、来たぞ」

「なんで、嘘なんかつくのよ?」

「ふむ。……実は、大佐殿がボートから落ちて溺れてしまったのだ。人工呼吸をして一命を取りとめたのだが、目を覚ました彼女にそのことを告げると、相当の衝撃を受けたようだ」

「そりゃ、そうでしょうね……」

「要職にある大佐殿の事だ。俺のような下士官に救われては、体面上、まずいと思ったのかも知れない。もしかすると、彼女はキスと勘違いしたのかも知れん」

 最後の言葉には、『そんなのはあんただけよ』と突っ込みたかったが、やめておく。

「それで、なかったことにした方が、大佐殿も安心できると思ったのだが……」

「ふーん」

 実際は、どうだろう。やっぱり、本当の事を教えておく方が、親切ではないだろうか?

 そういえば……。

 マオが席を立った。

「どこへ行く?」

「ちょっと、野暮用」




「クルツ。いる?」

「なんだい、姐さん」

 室内から金髪碧眼の美形で、『ちゃらんぽらん』な同僚が出てきた。

「現像は終わったの?」

「な、なにを言ってんだよ? どういう意味か……」

「昨日、テッサが海に行くって、あんたも聞いてたもんねぇ。ひょっとして、お目当ての水着写真以外にも、『変わった写真』を撮ったんじゃないの?」

「いや、何のことだか……」

「まさか、東京のカナメに送りつけて、イタズラするとか。ソースケに高く売りつけようなんて思ってないわよね」

「……あたりまえだろ。同僚を信じられないなんて、悲しいことだぜ」

「もし、あんたが、それを隠そうとするなら、あんたとは同僚じゃ無くなるかもね」

「……え?」

「あんたが、特別対応班にふさわしくないって、テッサに御注進するわよ」

「げ……」

 軽く考えていたクルツは、驚きを隠せなかった。

 普段のテッサは部下に甘いのだが、今回のこの一件だけは、テッサがこちらの応援をしてくれるとは思えなかった。

 はっきりいってここは居心地がいい。それまでの傭兵家業と違い、信頼に値する同僚とともに、最新鋭機を使用して、存分に最大の能力を発揮できるのだ。作戦目標も戦闘手段も自尊心を満足させるのに充分だった。いまさら、ここを離れて別な部隊など考えたくもない。

 だいいち、給料もよかった。個人的に金銭面で問題を抱えているクルツにとっては重要な理由だった。

「く、くう」

「観念しなさい。悪いようにはしないわよ」

「女狐め……」

 渋々、写真とネガを取り出して、マオに手渡した。

(クルツも甘いわね……。これを使うなら、『隠す』ことを条件にするんじゃなくて、『渡す』ことを条件に交渉すればいいのに。テッサは、この写真を手に入れるためなら、どんな要求にも応じるんじゃないかしら?)

 写真を見て、マオが穏やかな笑みを浮かべた。

(さて、どうしようか……)

 マオはとりあえず、大事に写真をしまい込んだ。

──『美少女艦長のサマー・ビーチ』おわり。




 あとがき

 自分的にはめったに思いつかない、テッサの話です。

 二人が人工呼吸をしたら楽しいんじゃないかというのが、発端です。

 あとづけになりますが、この話も『砂浜で二人きり』に当てはまりますね。

 今回のアイテム:写真『人工呼吸』





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