問題のASは、海からメリダ島に上陸してきた。 事前にその情報を入手できていたことは、〈ミスリル〉にとって幸運だっただろう。だからこそ、〈アーバレスト〉の操縦者である宗介が、この島にとどまっていたのだから。 もしも、AS襲来の報を受けてから、宗介が東京を発ったとしたら、彼は間に合わなかったかもしれない。 例によってラムダ・ドライバ搭載機と思われるASを迎撃するために、宗介は〈アーバレスト〉に乗り込んで出撃する。 鉄骨がむき出しになった、巨大なエレベーターが、〈アーバレスト〉を地上へと送り出した。 うっそうと茂ったジャングルの木々でカモフラージュされた、一〇メートルを超える鳥かごの中に、〈アーバレスト〉が姿を現す。 《所属不明機を確認。A(アルファ)1に指定します》 コクピットに、制御用AIであるアルの声が響いた。 「わかった。今から、A1を迎撃するぞ」 《ラジャー》 こうして、〈アーバレスト〉は、敵AS〈サキエル〉と対峙する。
近いうちにメリダ島への襲撃があることは、情報部から警告されていたのだ。どのようなASが使用されるかも。 どうやら情報部は、〈アマルガム〉が計画しているASの設計案について、情報を入手することに成功したようだった。 数日前に、宗介はテッサからその情報を聞かされた。 彼女は宗介の前に立ち、手元の資料へと視線を落とす。必要な情報は全て記憶しているのに。 クリスマスの一件が、彼女の心に影を落としているのだ。 「今度の襲撃に予定されているのは、〈アマルガム〉で開発された実験機です。もしかしたら、その実践テストを目的としているのかも知れません」 「実践テスト?」 「ええ。おそらく、〈アーバレスト〉との戦闘でしょう。非常に特殊な機体なので、通常の軍事行動へ投入するのは不安があったのかもしれません。世界で初めてとなる、ナノマシンで構成さされたASですから」 「ナノマシンとは?」 SF小説などに疎い宗介はその言葉を知らないようだ。 「ナノ・ミリ単位の非常に小さい機械のことです。人体を構成する細胞の様に、ナノマシンが集まって機体を構成しているようです。通常の機械とは違い、どこかが破損しても、別なナノマシンが代わりを果たし、重大な損傷を避けます。さらに、必要な物質を取り込んで、自己修復まで果たすようです」 「そんな機械が存在するのですか?」 「これまでは、ありませんでした。しかし、これからは……」 テッサが言葉を途切らせた。 現代の水準をはるかに越えるブラック・テクノロジーを現代に生み出すのは、ウィスパード(ささやかれた者)と呼ばれるごく少数の人間たちなのだ。テッサ自身もまた、そのうちの一人だ。 「さらに、人が搭乗せずにラムダ・ドライバを稼働できるように、ナノマシンには擬似的な人格プログラムを与えられているようです。外部との通信を必要としない、完全自律式のASです」 「完全自律式……?」 「はい。あの等身大AS〈アラストル〉よりも高度な判断を行えるように製造されたようです。もしかすると、ナノマシンを重層的に連結させることで、脳細胞に似たシステムを作り上げたのかもしれません。アーム・スレイブというよりも、オート・スレイブと呼ぶべきですね」 初めて、テッサは宗介を正面から見た。 「この機体は、設計案2003〈サキエル〉と呼ばれている機体です。サガラ軍曹。襲撃を予想される〈サキエル〉の撃破を命じます。それまで、軍曹にはこの基地への滞在を命じます」 以前の彼女だったら、そういう状況はむしろ望んだことだろう。しかし、宗介本人にフラれた彼女にとって、今の状況は恨めしいものだった。 宗介は、そんな彼女の葛藤に気づかなかったようだ。 仲間を守る為。それが理由ならば、彼に考える余地などなかった。 「了解しました」
戦車をも凌駕し”最強の陸戦兵器”とも称される人型兵器のアーム・スレイブ。しかし、宗介の出撃前に接触した、SRT(特別対応班)が運用しているM9では、全く歯が立たなかった。 それは機体の性能と言うより、敵機が搭載している一つの装置が原因だった。 人の攻撃衝動などを物理的な力に変換する装置であるラムダ・ドライバ。 常軌を逸するその装置だったが、〈ミスリル〉で運用可能な装置は〈アーバレスト〉に搭載した一機のみ。対する敵の〈アマルガム〉では、すでに二桁近い搭載機を戦場に送り出している。 おそらく、増産や改良が可能な〈アマルガム〉に比べて、〈ミスリル〉では装置の可動条件の解析にすら手こずる始末だ。 技術力で優位に立つ〈アマルガム〉に対し、〈ミスリル〉では宗介、または搭乗機である〈アーバレスト〉の成長に期待するしかないのが現状だった……。
〈アーバレスト〉や、M9〈ガーンズバック〉は、航空機を思わせる鋭角的なフォルムをしているが、〈サキエル〉は違っていた。 ナノマシンであることが原因なのか、生物を思わせるデザインだった。モス・グリーンの身体に、お面のような白い頭部。 〈サキエル〉が左手を開いて、〈アーバレスト〉に向けた。 掌底? 届かないはずの間合いで、宗介はそれをかわす。 その手のひらが光ると、〈アーバレスト〉をかすめて、二の腕を貫通している光の槍が突き出してきた。 「なんだ、今のは?」 これが、この機体の装備なのか? 手にしているボクサーで銃弾を叩き込むが、なにもない空間で弾かれてしまう。 ラムダ・ドライバによる、虚弦斥力場だろう。 無人ということは、ラムダ・ドライバの連続稼働による疲労を待っても無駄ということだ。
僚友達が搭乗するM9や、攻撃ヘリの援護を受けて、〈アーバレスト〉が攻撃を開始する。
最近の宗介は、ラムダ・ドライバの起動を失敗することはない。 確かにいままでは失敗したことはない。当然だ。一度でも失敗していたら、どの場面でも致命傷となっていただろう。いや、一度だけ失敗しており、それが原因で同僚を失うところだったのだ。その後悔があるからこそ、成功するようになったのかも知れない。 しかし、いずれ、どこかで、失敗するだろう。 宗介の脳裏をイヤな想像がかすめた。 そして、突如としてそれは起こった。 宗介の眼前のモニタが真っ赤に染まる。 外の光景を映し出してはいるものの、まるで赤いフィルターがかかったようだ。 〈アーバレスト〉が〈サキエル〉に向かって突進する。 まるで無防備に正面から突っ込んだ。 それは宗介の意図したものではない。 彼の意志によらず、〈アーバレスト〉自身が動いているのだ。 宗介が慌てて、手足を動かすが、まったく〈アーバレスト〉を制御できない。 「止まれ、アル!」 アルは反応を示さず、〈アーバレスト〉が暴走を開始した。
勝敗は決した──。
数日後。 戦隊員のほとんどが、TDD−1が入港している広いドッグに集められている。 『今回の人事異動について説明する』 この戦隊の副長を務めるマデューカス中佐が、マイクに向かって話しかける。 『ただいまより、テレサ・テスタロッサ大佐は戦隊長及び、TDD−1艦長職を退任する』 マデューカスがそこで、言葉を句切る。 皆の反応が分かっていたからだ。 ざわざわとした騒ぎが、どよめきに変わっていく。 彼らにとって、この戦隊が結成された時から、テッサを長としてこれまでやってきた。彼女の人柄も好ましく、その能力も疑う余地のないものだった。 なんらかの失態をおかしたわけでもないので、この人事が皆を納得させるはずもなかった。 『諸君、静粛に! 彼女にはこれより、〈アーバレスト〉の調査・研究を専任して行ってもらう』 不可解な命令とはいえ、軍隊の指示は絶対だ。それに、彼女がこの隊に残ることを知って、皆が口を閉ざす。 『TDD−1は私が艦長に就任して、替わって指揮をとる。……そして、新たな戦隊長は、陸戦隊指揮官を解任となる、アンドレイ・セルゲイビッチ・カリーニン大佐が就任する。なお、今回の異動により彼は大佐に昇進することになる』 またもどよめきが起こる。スライド式に、マデューカス中佐が戦隊長に、カリーニン少佐が副長になるのが常識的な判断だと言える。それなのに、カリーニンが二階級昇進し、戦隊長となるとは予想外だった。 カリーニンがマイクを取った。 『諸君。これからもメリダ島への直接攻撃が推測される。今回の人事異動は、この西太平洋基地の防衛戦を念頭に発令されている。この基地を守るために、諸君の奮闘を期待する。以上だ』
「マオは知っていたのか?」 「ん? 少佐……大佐のこと? 初耳よ。もともと、無口な方だしね」 「そうだな……」 彼のことだ、辞令前にぺらぺらと他言するような人間ではない。 マオにつき従って、宗介はその部屋までやってきた。 今回の人事異動というのは、部隊のトップだけにとどまらなかった。 この基地の防備を固めるために、西太平洋戦隊へ大量の人員が補充されることになったのだ。様々な物資、機材が搬入され、瞬く間に手狭になってきた。 「それより、アンタはいいの?」 「なにがだ?」 「東京に戻らなくて」 「……仕方あるまい」 そう答える。 正直、東京での生活には未練がある。 しかし、自分のわがままで、部隊の仲間を危険にさらすわけにもいかない。少なくとも、当面はあの〈アーバレスト〉と共に、この基地の防衛にあたることになるだろう。他の対抗策でもみつかれば、宗介一人で応じる必要も無くなる。 そんな事情もあって、宗介は再びメリダ島に住み着くことになったのだが、仮住まいだった宗介の部屋は、すでに別な人間に割り当てられてしまっていたのだ。 その宗介が、マオと共に、彼女の部屋の前にいた。 「俺はそこらの倉庫の隅で構わないのだが」 「そうもいかないわよ。それに、アンタのお目付役なのよ。あたしは」 「そういうものか?」 宗介には詳しい事情は分からないが、マオの部屋に転がり込むのは確定済みの事柄らしい。 宗介の監視役と護衛も兼ねているのだろう。 しかし、部屋に足を踏み入れた宗介はこう呟いた。 「この部屋に、俺のいるスペースがあるとは思えないのだが……」 彼の口にした通り、ゴミが散らばったままで、マオ以外の人間が生活できるようには思えなかった。 「ちょっと掃除すれば大丈夫よ。あんたもゴミ係だったんだから、手伝いなさいよ」 「……了解した」 宗介らしいと言うべきか、彼はゴミ袋を手にすると、不平も言わずに掃除を始めた。 「しかし、ビールの空き缶が多いのはどういうわけだ?」 「いいじゃない。ほっといてよ」 「アルコールを接種すると、脳細胞が破壊される。この仕事を……」 「わかってるわよ。がたがた言わない」
テッサに呼ばれた宗介がその部屋にやってきた。〈アーバレスト〉担当の技術士官であるノーラ・レミングもその場にいた。 先日の対〈サキエル〉戦の分析の為だった。 液晶モニタ上では、〈アーバレスト〉が〈サキエル〉に躍りかかっていた。 M9と同じく、音声認識による制御も可能なはずなのに、アルは宗介の声に従おうとしなかった。 通常なら、操縦支援用コンピュータに過ぎないAIだったが、この機体を制御する〈アル〉は、まるで人格でも持ったような会話をする。さらに、宗介の命令があれば、搭乗者なしに機動することも可能だった。 だが、戦場において、勝手に行動したことはなかったのだ。……これまでは。 接近した〈アーバレスト〉が、〈サキエル〉の力場で弾かれる。 じりじりと〈サキエル〉に迫りながら、〈アーバレスト〉は両手を突き出し始める。〈アーバレスト〉は、力場の隙間に両手をねじ込み、こじ開けるようにして力場を引き裂いた。 「あれは? 力場を中和……いいえ、浸食しているんでしょうか?」 レミングの分析に、テッサが頷いた。 「ええ。おそらく」 「このときの斥力場は自分の意志ではありませんでした」 宗介が告げると、テッサとレミングが振り返った。 「〈アーバレスト〉……いえ、アルは自分の制御を離れていました。どのようなタイミングでラムダ・ドライバを稼働させるか、自分にはその判断ができなかったのです」 「でも、確かにフィールドは確認されていますよ」 テッサが不審げに尋ねた。 「……あの〈サキエル〉が、無人でラムダ・ドライバを稼働できるというなら、〈アーバレスト〉もまた、同じ事が可能なのではないでしょうか?」 宗介の指摘は驚くべきものだった。 「そんな……」 だが、テッサにその言葉を否定する術はない。 モニター上では、〈アーバレスト〉が〈サキエル〉を蹴り飛ばしていた。 すかさず勢いに任せてタックルに行く〈アーバレスト〉。それは宗介の操縦によるものとは思えない行動だった。 〈サキエル〉を捕らえたまま、木々をなぎ倒して〈アーバレスト〉が突進する。 〈サキエル〉に馬乗りになって、動きを止めると、〈アーバレスト〉は引き抜いた単分子カッターを突き立てた。 切り裂かれた内部から、赤い球体が出現する。 「これは、ナノマシンを制御する核なのかしら?」 「はい。私もそう思います」 テッサのつぶやきに、レミングが同意する。 〈アーバレスト〉は単分子カッターを、その核に突き立てた。 微細なチェーンソーとなっているその刃が、核を削り火花が飛び散った。 しかし、核の破壊を前に、敵はその判断を下した。 〈アーバレスト〉の直下で、〈サキエル〉が自爆したのだ。 その振動は、メリダ島の地下施設まで揺らした。 モニタに映し出されていた爆煙のなかに、〈アーバレスト〉の姿が見える。虚弦斥力場が爆発の中で、〈アーバレスト〉を守ったのだろう。 先ほどの狂乱をよそに、微動だにしない〈アーバレスト〉が、炎の中に立ちつくしていた。
格納庫で宗介が〈アーバレスト〉を見上げている。 これまで、この機体はラムダ・ドライバの起動を除いて、動作上の障害は全くなかった。 しかし、これだけの力を持つ機体が、操縦者の制御を受け付けずに暴走し始めたら……。自分の望まぬ破壊をもたらすとしたら……。 この機体を動かすこと自体が、危険なのではないのか? 動かしてはいけないASではないのか? 以前に、この機体に感じていた嫌悪感が、再び頭を持ち上げてきた。 この機体は命を預けるに値するのか? 「悩んでいるのか?」 「少……大佐」 カリーニン大佐が隣に並び、同じように〈アーバレスト〉を見上げる。 「今の我々には、〈アーバレスト〉しかないのだ」 「それは承知しております」 「たとえ、お前の意志がどうであろうと、この機体を使いこなしてもらわなければならん」 すでに仕方がないことなのだろう。 「自分は、初めてこの機体を使用した時、ラムダ・ドライバの存在が危険だと感じました。しかし、それは間違いだったのかもしれません。もしかすると、〈アーバレスト〉そのものが、一番危険なのではないでしょうか?」 「所詮は道具にすぎんよ。使う人間のな。〈アーバレスト〉が危険だというなら、君が危険だということだ」 いくらなんでも言い過ぎだ。 気に入らない機体を押しつけられて、そのAIの行動にまで責任を追及されてはたまったものではない。 「まあ、気持ちはわかるが、なんとか、乗りこなしてもらうしかない。忘れるな、全てがお前の双肩にかかっていることを」
――つづく。 あとがき。 読めばおわかりでしょうが、『新世紀エヴァンゲリオン』に即した形で、物語が進展する『フルメタ』です。 賛否両論あるでしょうが、まあ、こんなのもアリということで。 これからの展開に嫌な予感のした方、たぶん、貴方は間違っていません(^ ^;) 時期的には、『キス・オブ・ザ・ゴッデス』以降の設定です。 ナノマシンについては、『ARMS』の様に増殖する細胞のイメージを優先しました。あるいは、セルフ・オーガナイズド・チップでも可。 |
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