日本海戦隊  >  二次作品


宗介とかなめと罪と罰


 町中を一組の男女が歩いている。

 カップルかと尋ねると、少女は真っ赤になって、慌てて否定するに違いない。

 少女の名は、千鳥かなめ。少年の名は、相良宗介といった。

 確かに発端は、なんの色気もない事情から始まっている。危険が迫った彼女を守るために、同年齢の宗介が護衛としてやってきただけだった。

 『平和ボケ』の日本社会に紛れ込んだ、『戦争ボケ』の宗介。彼は、兵士としては飛び抜けて優秀ながら、染みついた戦争が抜けず、平和な日本でドタバタを繰り返しつつ、窮屈な生活を続けていた。

 そんなふたりの前に、またしてもその男が現れた。

「なあ、そんな面白くない奴は放っておいて、一緒に遊ぼうぜ」

 聞き飽きた台詞で、かなめを誘う。

「あたしは、あんたみたいな人と遊ぶつもりはないの。いい加減にしてよ」

 かなめの語調は弱い。いい加減うんざりしているのだ。

 二度や、三度ならば怒りが強いが、十回以上も聞かされては、呆れるしかない。自分のどこをそんなに気に入ったのやら……。

「前にも言ったはずだ。二度と姿を見せるな」

 腰の後ろのホルスターから取り出した拳銃を、宗介が相手の鼻先につきつけるが、彼はまったくひるまなかった。

 宗介がため息をついた。

「仕方がない……」

 そう言って、襟首を捕まえて、路地裏まで連れて行く。

 かなめが呆れていた。

 この場合は、宗介ではなく、その男に対してだった。

 自慢じゃないが、かなめは街を歩くと声をかけられることが多い。

 しかし、なぜ、自分なのか?

 結局、見た目でしか自分を判断していないのだ。そういう男どもは、きっと、自分と付き合うと、扱いづらいと思い知るのではなかろうか?

 自分は、はいはいと男の言葉に従うだけの女じゃない。言いたい事はずけずけ言うし、その事を誇ってもいる。コレが自分だと知っているのだ。それに、もしも自分に否があれば、それを認めることだってできる。──このあたり、宗介に尋ねると、別な意見がでるかもしれないが。

 そういう条件を加味したからこそ、『恋人にしたくないアイドル・ベスト・ワン』に選ばれたに違いない。気に入らない二つ名だが、まあ、正しい評価なのだろう。

 自分のような女と付き合うのは、普通の男には無理なんじゃないだろうか? 残念ながら、そう思う。

 よっぽど、度量の大きい人間とか、変わった人間でもない限り、自分と恋愛などできないのだ。

 銃声がして、かなめは我に返った。

 すたすたと「変った人間」が、路地裏から戻ってきた。

「終わったの?」

「うむ。もう、あの男がつきまとう心配はない」

「お礼に、なんかおごろうか?」

「では、『おはいお屋』のトライデント焼きを頼む」

「じゃあ、行こっか」




 数日後、かなめは新聞記事を見て驚く事になる。

 山中に埋められた、少年の死体が発見されたという記事だ。

 掲載された被害者の顔写真に、かなめは見覚えがあった……。




 かなめは宗介のマンションへ寄ったが、すでに彼は出た後のようだ。

 急いで、かなめも陣代高校へ向かった。

 いたっ!

 校内で見つけた宗介に、かなめが駆け寄った。

 しかし、他の生徒の目もあるところで、危険な話をするわけにもいかない。

 宗介を屋上まで連れ出した。

「あの、……ソースケ」

「どうかしたのか?」

「こ、この前、あたしに絡んできてたあいつ……どうしたの?」

 かなめが緊張の面持ちで尋ねる。

「ああ、処理した」

「処理っ……て?」

「抹殺した。これで、後の不安もあるまい。あの後、死体の始末も終えているからな」

 平然と答える宗介の言葉。

 かなめの心臓がどきんと跳ねる。締め付けられるような痛みが走った。

「な、なんで……」

 震える声でつぶやく。

「仕方がないだろう。つきまとわれては迷惑だ。あの男は仕返しすると言っていた。野放しにはできん」

 かなめは自分の身体が震えていることに気づかなかった。

 だいぶ前──敵地に、宗介とふたりきりで取り残されたときと、同じ恐怖をかなめは感じていた。あのとき、宗介を信じ、理解したと思っていた。しかし、そうではなかったのかもしれない。

 自分は本当に彼の事を理解しようとしていたのだろうか?

 宗介は自分たちにあわせようと、努力してくれた。たとえ、成果が現れなかったとしてもだ。

 しかし、自分は彼の考え方や、行動を知ろうとしただろうか? 宗介がここに残ったのは自分のためだろう。そして、自分もまた、彼の事情を知った上で受け入れたのだ。彼が生活する上で必要なことを、ちゃんと説明して理解させるのも、自分のすべき義務だったのだ。

 宗介は真剣に生きている。口先だけだったことは一度もない。彼は何度も口にしていたはずだ。「抹殺する」「処分する」「消す」と。どれも本気だった。しかし、自分は本気にしなかった。……違う。面倒だから考えようともしなかった。今までだって、ちょっとしたすれ違いで、こんな事態になりかねなかったのだ。

 彼は彼の判断で、自分のために行動した。そう、あたしのために──。

 自分のせいだ。

「……逃げて」

 そうつぶやいた。

 宗介は自分のために行動してくれたのだ。

 彼の行動に責任のある自分が、彼を裏切るわけにはいかない。

「お願い。じゃないと、あなたは警察に捕まるわ」

「何を言っている?」

「だって、無関係の人間を殺したんだから」

「……いや、〈ミスリル〉に連絡すれば、どうにか、もみ消せるだろう」

「ダメよ!」

 反射的に怒鳴った。 〈ミスリル〉にどれだけの力があるか、かなめにはわからない。しかし、任務と全く無関係な事態に、政治力を使うのは間違っている。死んだ男にだって、家族や友人は居るはずだ。事件すらもみ消すのは許される事ではない。

「宗介が捕まるのなんて見たくない」

 かなめが涙をこぼした。

「千鳥……」

「いいから、さっさと行って」

「わ、わかった。また連絡する」

 戸惑いながら、宗介が屋上を後にした。

 しかし、宗介とかなめが、顔をあわせるのも、話をするのも、これが最後となった。




 かなめと宗介の事はすぐに警察に知られた。

 少年ともめていた、制服を着たふたりの目撃証言があり、すぐに陣代高校まで刑事がやってきた。

 宗介を知らない生徒など一人もいない。彼の行動についても同様だ。

 そして、警察は彼の部屋を調べたのだが、室内のトラップにより二名が死亡してしまったため、さらにニュースが大きく扱われるようになった。

 室内から押収された武器弾薬。

 偽造だと判明した身分証明書。

 すべてが不利にはたらいた。「正体不明の謎のテロリスト・相良宗介」は全国指名手配となった。偽造書類の束から、その背後には大がかりな組織の存在が予想される。

 連日、ワイドショーなどで、真相にかすりもしない分析が行われ、陣高の生徒や付近の住民達のコメントが流されている。

『きっと、なにかやると思ったんだよ。あの目つき』

『真面目だと思ってたんだけどね。そんな風には見えなかったな』

『あれ、本物だったんだ。俺も欲しい』

 宗介の事を、なにも知らない人間達の、無責任な言葉。

 かなめはたまらなかった。

 宗介を弁護する人間の映像は一度も流れなかった。

 それに、宗介に親しい人間こそ、この事件に驚いたのかもしれない。事件そのものは、ねつ造ではなく、事実なのだから。

 一番事情を知っていながら、それをかなめは口にできない。 〈ウィスパード〉として誕生してしまった自分の事情もある。もしも、全てを話してしまったら自分はどうなるんだろう? 宗介もいない今、〈アマルガム〉以外の組織も自分を狙ってくるかもしれない。

 以前に、宗介が姿を消した時のことを思い出す。自分一人だけ裸で放り出されたような心細さ。

 それに、全てを説明しても、元には戻らない。

 彼の罪が無くなるわけではないのだ。




 宗介の偽造証明書などの一件により、彼の転入自体も調査の対象になった。

 彼の転入で動いた大金などが発覚し、校長の坪井たか子は懲戒免職となり、警察の取り調べを受けることになった。




 宗介はメリダ島にいた。

 彼を派遣した傭兵部隊〈ミスリル〉は、国際紛争の阻止を目的として結成された、超国家的な軍事組織だった。

 彼は自らが所属する、西太平洋戦隊の基地であるこの島にもどり、第一会議室に立っている。

 彼の眼前で、〈ミスリル〉高官達の映像が、彼の処遇について話し合っていた。

『……日本のメディアでは凄まじい取り上げ方をされている。”謎のテロリスト・相良宗介”としてな』

 立体映像で情報部長・アミット将軍が説明している。

『彼が注目されることで、〈ミスリル〉の存在自体も危ぶまれる。この責任を作戦部ではどう取るつもりかね? だから言ったのだよ、この男には向いていないと』

 アミット将軍が嘲笑する。前回の会議で宗介にやりこめられた事も影響しているのだろう。彼は宗介を嫌っているのだ。

『わかっている。軍曹は、二度と日本へは行かせないようにしよう』

 宗介が属する作戦部の責任者であるボーダ提督がそう答える。

「待ってくれ!」

 宗介がたまらず声をあげた。

「サガラさん」

 隣に立つテッサが押さえようとする。

『黙りたまえ。軍曹は、処分を受けるためにここへいるのだ。口出しはやめてもらおう』

 ボーダ提督が宗介をたしなめる。

『では、もしも、その男が個人的な感情を優先して東京を訪れた場合、作戦部としてはどうするつもりかね?』

 アミット将軍の質問に、ボーダ提督が答える。

『その場合は、作戦部で責任を持って処理しよう』

 ここで言う「処理」が、何を指すか皆が理解していた。

『結構』

 満足げにアミット将軍が頷いた。

 宗介が再び声をあげようとしたが、テッサに裾を引っ張られて、思いとどまった。

『あと、ペリオ諸島の一件もある。SRT(特別対応班)という形態も、再考の余地があるな。一兵士に過剰な権限は不要だ。独断で今回のような事態を招かれると、組織全体にまで累が及ぶ』

 他の戦隊の隊長からそんな意見まででた。

『いや、その件については、後日でいいだろう。いまの議題は、彼らをどのように遇するかだ』

『サガラ軍曹。君は事態を正しく認識しているかね?』

 マロリー卿が宗介を見据える。

『事は君個人の問題ではない。この一件で、〈ミスリル〉の存在が明らかになった場合、〈ミスリル〉の運営だけではなく、各国との協調、連携にまで影響が生じる。君の起こした行動、そして、その処置は非常に問題だ』

 そう指摘されると、宗介は反論の術を持たなかった。

 ボーダ提督が断を下す。

『君は、伍長に降格のうえ、〈アーバレスト〉と共に、研究部へ転属とする。当分の間、自由行動は許されない』

「ま、待ってください」

 テッサが口を開く。

『テスタロッサ大佐。君も、同様だ。ペリオ諸島の一件は君に責任があるとは言い切れないが、今回の一件については問題だ。特に、彼個人を優遇したあげく、日常生活において、重大な事態を引き起こした責任は大きい。君も、戦隊長の任を解く。降格し、中佐待遇として、作戦本部への転属を命じる』

「そんな……」

『これは決定事項だ。不満なら、除隊のうえ、十数年の軟禁生活を覚悟してもらおう』

「…………」

「…………」

 宗介もテッサも、口をつぐむしかなかった。




 今日もかなめは取り調べだった。

 宗介の行く先を知らないか? その質問ばかりだった。〈ミスリル〉関連の事は話せるわけがない。

 しかし、何度かなめが否定しても、刑事達は納得しなかった。宗介と親しい人物として、複数の証言が寄せられている。宗介の行方を知る人間は、かなめしか考えられず、そして、それは間違っていない。

 実際には、メリダ島の名前だけしか知らず、正確な座標を知らないので答えようがない。それに、言いたくもなかった。

 夜遅くなって、かなめは刑事達に家まで送られた。

 事件の余波の大きさもさることながら、彼女が一人暮らしで、親と同居していないことが、まずかったのだろう。

 彼女は連日遅くまで、事情聴取として拘束されていた。




 警察署を出たかなめは、車で送り返された。

 夜だったので気がつかなかったが、かなめが連れてこられたのは、見慣れぬビルだった。

「ちょっと、ここはあたしの家じゃないわよ」

 かなめの言葉に、彼らは答えようとしない。

「ねぇってば……」

 かなめは一室に連れ込まれ、パイプ椅子に手錠で固定されてしまった。

「な、何よこれ?」

 かなめが何を問いかけても、男達は無言のままだった。

 部屋に取り残された彼女は、不安になるだけの時間も与えて貰えなかった。

 一人の男が部屋に入ってきたからだ。

「……っ!」

 かなめは声もなく、相手を見つめている。

「また、会えたね」

 そう言って、美しい笑みを浮かべるアッシュブロンドの青年。

 かなめは悟るしかなかった。

 自分が、いままでの日常の全てを失ったということを──。




 ──『宗介とかなめと罪と罰』おわり。




 あとがき。

 作中にもありますが、宗介の台詞は全て本気だと私は思っています。だから、当然、紙一重でギャグになり、また、紙一重で、こうなるのではないでしょうか?

 掲載状態を1日で変更したのは、次の件です。

 

「こんな、終わり方は納得できーん!」という方は、こちらへ → [おまけ]








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