日本海戦隊  >  二次作品
女神の戯れ -[前] -[後]


女神の戯れ(後編)


 ここへの道すがら、宗介はテッサから事情を説明されていた。

「囲碁ですか?」

「はい。チェス等のように、古くから伝わるボードゲームです。二色の石を並べるだけの単純な、それでいて奥の深いゲームです」

「大佐殿にそのような趣味があるとは知りませんでした」

「……バニとは、よく打ってたんですよ」

 彼女が囲碁をするようになったのは、そのバニに誘われたからだった。

 バニ・モラウタ――テッサと同じく特殊な存在であり、宗介の愛機〈アーバレスト〉をも設計した天才である。

 彼女が口にしたとおり、シンプルなゲームなだけに、打ち手の個性が現れる。あのバニもそこを気に入っていたようだった。

 バニは当然のように強く、敵なしの状態だった。だからこそ、互角に戦える相手を欲して、自分を誘ったのだろう。

 彼が亡くなってしまった今、自分もまた、好敵手のいない寂しさを感じるようになった。より以上に感じる喪失感は、もっと別な理由によるものだったが……。

「そういえば聞いた事があります」

「なんのことです?」

 テッサが問いかける。

「たしか、アルのデータの中に、バニ・モラウタについての情報が残されていました」

 アルというのは、〈アーバレスト〉に搭載しているAIの事だ。

「そうなんですか?」

 初耳だった。テッサが興味深そうに、宗介を見返す。

「はい。確か、バニ・モラウタが好きなものとして、囲碁や、大佐殿の名がありました」

「そ、そうなんですか……」

 いささか複雑だった。今現在、好きな相手の口から、以前自分が好きだった人物の名が出てきたのだ。戸惑いを隠せない。

「……さ、最近、私はインターネットで碁を打っていたんですが、この前、初めて負けました」

「それが、そのsaiだと?」

「囲碁の世界にもプロが存在しますが、その中にも、saiほどに強い人物はいません。情報部に調査を依頼したところ、判明した事実は奇妙なものでした。saiの正体は──進藤ヒカル。まだ15歳だというのに最強の力を持ち、突如として、その力を発揮し始めたようです。まるで、なにかの知恵を手にしたように」

「では、もしかして、大佐殿や千鳥と同じ……?」

「ただ……ミラー統計法などとは適合しないんです。まあ、統計法も確率に過ぎないので、条件によっては例外もあるでしょう。どうしても、直接会って確かめたいと思ったんです」

 

 

 

 テッサと宗介の前に、問題の少年が立っていた。

「ハ、ハハハ……。なんで、その話をオレに聞きに来るわけ? オレ、saiの事なんて、ほとんど知らないんだけど」

「あなたがsaiということは、すでにわかっています。とぼけても無駄ですよ」

 テッサが静かに告げる。

「saiがネット碁に現れるのは、あなたがネットカフェにいるときだけです。あなたが使用していたパソコンの接続記録が、サーバーにも残っていました」

「え!? そ、そうなの?」

 驚きを漏らしたヒカルが、あわてて口を押さえた。

「私たちはあなたを糾弾するために来たわけではありません。少しだけ、お話をしたかっただけなんです」

 そう告げる。

「まだ、名乗ってませんでしたね。わたしの名は、テレサ・マンティッサ。この人は、相良宗介といいます」

 宗介が軽く頭を下げた。

「は、はあ」

 とりあえずヒカルも頭を下げた。

 

 

 

 ネット上で”sai”と名乗っていた人物──ヒカルの自室に宗介とテッサが腰を下ろした。

 進藤ヒカル。彼が、中学三年生にしてプロ棋士であることは、すでに調査済みだった。しかし、ネット碁で見たsaiの強さは、その程度ではない。

 ヒカルに向かい、テッサが話しかける。

「最近になって、わたしもネット碁をするようになったんですが、saiほどの打ち手を初めて知りました。そこで、どんな人間なのか確認したかったんです」

「ふーん……」

「ひょっとしたら、変わった力を持っているんじゃないかと思いまして」

「変わった力?」

「はい。例えば、何者かの声が聞こえるとか……」

 その言葉に対するヒカルの反応は鮮やかだった。

 びくっとからだが震える。

 これでは、何かを隠していると白状したようなものだった。

「聞こえるのですね?」

「もしかして、オマエもそうなの?」

「……はい」

 テッサが頷いた。

 二人の会話は噛み合っているようでいて、その実、まったく意図が通じていなかった。

 

 

 

 傍らで見ていた宗介は、ヒカルの様子に警戒心を刺激された。

 たまに視線が泳ぐのだ。

 自分にしか見えない何かを見つめている。

 中毒性薬物の禁断症状でもあるのか、もしくは、精神的に病んでいる可能性もある。

 何にせよ、テッサに危害が及ばないように注意が必要だろう。

 

 

 

「さて、ではもう一度、saiの力を見せてもらいましょうか」

 そう言って、テッサが部屋の隅の碁盤を持ってきた。

「力って言っても、saiの棋力は知ってるんだろ?」

「ええ。でも、saiとしての実力を直接確かめてみたいんです」

「でも、……オマエと打つの?」

 怪訝そうにヒカルが尋ねる。

 テッサの力を危ぶんでいるのだ。

「そう言えば、説明していませんでしたね。この前対局した、ansuzというのは、わたしなんですよ」

「え!? マジ?」

 またもやヒカルが驚いた。

「だって、オマエ、女じゃん!」

「女が強いとおかしいですか?」

 特に怒った様子もなく、テッサが尋ねる。

「そういうわけじゃねーけど……」

 戸惑いながらも、ヒカルが頷いた。

「よし。打とうぜ」

 ヒカルが碁盤を挟んでテッサと向き合った。

 

 

 

 宗介のまったく理解できない戦いが始まった。

 彼の目には、ふたりが適当に石を置いているようにしか見えない。

 しかし、ヒカルもテッサも真剣に盤上を見つめている。

 無言の、静かなる戦い。

 宗介は待つことに慣れている。彼は二人の様子を伺いながら、じっと待ち続ける。

 盤上の戦いは三時間以上にも及んだ。

 

 

 

「確かに、最強ですね」

 テッサがつぶやいた。

 終局だった。

 ヒカル――いや、saiの一目半勝ちである。

「そっちも強いじゃん。ansuzって、どんなヤツなんだ? 外国の棋士か?」

「え? あの、ansuzはわたしですけど?」

「あれ、オマエに取り憑いてる幽霊の名前じゃねーのか?」

「幽霊って? ……あの、何を言っているのかわからないんですけど……」

 ここに至って、困惑する側に回ったのはテッサの方であった。

 

 

 

 ヒカルから詳しい事情を聞くと、ヒカルに”囁いている”相手というのは、藤原佐為という名の幽霊らしい。
 ヒカルは幽霊の存在を隠したいため、佐為が碁を打ちたがった時には、顔を合わせずに対局できるネット碁という手段をとっていたのだ。当然、マウスを操作していたのはヒカルなのだが、次の一手を考えていたのは幽霊である佐為自身との事だった。

 

 

 

 逆に、ヒカルに尋ねられて、こちらも事情を軽く説明した。

 さすがに、極秘事項であるウィスパードについて説明をするわけにはいかないので、テッサは”一種の超能力者であり、天才と呼ばれる存在”だと説明しておいた。

 

 

 

「スゲェな。テレサ!」

「あ、わたしのことはテッサと呼んでください」

「マジ、すげぇよ。テッサぐらい強ければ、今すぐにでもプロになれるぜ。今度のプロ試験を受けてみろよ。絶対合格するって」

「でも、わたしは……」

「気にすんなって。中学生でプロになったヤツは他にもいるから。オレもそうだし」

「わたしは中学生なんかじゃありませんよ」

「え!? じゃあ、小学生?」

「違います!」

 さすがにテッサの声も大きくなった。

「……コホン。それに、わたしはある組織に属しているため、公の場に出るわけにはいかないんです」

「チェッ、もったいねぇ。オマエみたいに強いヤツはプロになるべきだよ」

「こちらにも、事情があるんです。残念ですけど」

 彼女としても、本心からの言葉だった。

 

 

 

 玄関まで、ヒカルが二人を見送りに出た。

 去り際に、テッサが尋ねる。

「一つ、聞かせてください。佐為さんは、強い人と戦いたいですか?」

 問われたヒカルは、傍らを見ながら答える。

「頷いてるよ」

「でしたら……」

 

 

 

 進藤家を辞去した二人が歩きながら話していた。

「幽霊だと……?」

 宗介が呟いた。

「サガラさんは、幽霊を信じていないんですか?」

「存在しないとは断言できないでしょう。しかし、今までに自分は見たことがないので、他人の目撃証言を鵜呑みにする気にはなれません」

「そうですか? わたしは信じます。彼は嘘は言ってないと思いますよ」

「彼が”そう信じている事”と、”事実かどうか”は、別な話です」

「そうですね。でも、わたしは事実だと思います」

 テッサがそう答える。

 彼女は、ヒカルの言葉をそのまま信じているようだった。

「……大佐殿は、彼がウィスパードではない方がいいと思っているのですか?」

「ええ」

 テッサが笑って頷いた。

「なぜです?」

「ウィスパードであることは、素晴らしいこととは思えませんから」

「そうでしょうか?」

「サガラさん。ウィスパードをどう思います? ASどころか、ラムダ・ドライバを作り上げる私達のような存在を……」

「どうと、言われましても……」

「わたしはたまに考えるんです。ウィスパードはこの世に存在していいものなのかと」

「…………」

「例えば、ダイナマイトにしろ、核爆弾にしろ、それは人が生み出したものです。ノーベルやアインシュタインが存在しなくても、人類史において、いずれは誕生したはずのものです。でも、ウィスパードの場合は違うと思うんです」

 テッサが真剣な表情で宗介を見返す。

「人の歩みとはまったく異種の存在……。試行錯誤することなく、直接その知識を手に入れて、本来の歴史上では発生しないかも知れない兵器群を生み出してしまう。もしかしたら、それが原因で人類が滅びるかもしれないというのに……」

「大佐殿……」

「ですから、彼はウィスパードではない方がいいんです。そして、たとえ、囲碁という小さな分野にすぎなくても、ウィスパードをも上回る”人”がいることで、わたしはとても癒される気がするんです」

「そんなものでしょうか……」

 宗介が戸惑う。

「いいんですよ。この事はたぶん、サガラさんには、いいえ、ウィスパードでない人には、理解できない事だと思います。仕方のない事ですから」

 それは人類という種を越えて、禁断の知恵の実に触れた者だけが感じる恐れだろう。どんな小さな事だとしても、自分より優れた人物がいるという事実は、重荷を軽くしてくるように思えるのだった。

「慰めにはならないでしょうが……。大佐殿がウィスパードであるおかげで、俺は何度も命を救われました。自分だけではなく、西太平洋戦隊そのものが、救われたはずです。大佐殿がウィスパードであればこそです。悲観する必要は無いと思いますが?」

 力づけようとする宗介に、テッサが笑みを向ける。

「ええ。わかっています。……それでも、そう感じることもあるんですよ。ときどきですけどね」

 そこで、テッサは口調を変えた。

「さあ、これで深刻な話は終わりです。せっかく、日本まで来たんですから、楽しく遊びましょう。ふたりで遊園地に行くのも楽しみだったんですから」

 

 

 

 その後、テッサはメリダ島で、相変わらずネット碁を楽しんでいる。

 一番の楽しみは、やはり、saiとの対戦であった。

 これまで一度もsaiに勝てたことはないのだが、だからこそ、彼女は嬉しいのかも知れない。

 

 

 

 ──『女神の戯れ』おわり。

 

 

 

 あとがき。

 あまりに畑違いではありますが、”うちのサイトならでは”なクロスオーバーとして、ヒカルが登場となりました。

 それでいて、ヒカルの出番が少ないのは、ヒカルがメインとなる別な話が存在するからです。

 次回の掲載は、『ヒカルの碁』SSで、タイトルは『棋聖vs女神』。興味のある方はご覧ください。








二次作品
(目次へ)
作品投票
(面白かったら)
<<
(前に戻る)

(もう一度)
>>
(次の話へ)