メリダ島。 そこには、〈ミスリル〉西太平戦隊の基地がある。 戦隊長として最高責任者を努めるのはテッサの愛称で呼ばれる美少女であるが、その彼女が自室から「今日は休む」と副長へ連絡を入れてきた。 それほど重大な懸案事項があるわけでもなく、彼女が休んでも本日の作業は問題なく進むだろう。 しかし、珍しいことには違いなかった。 副長であるマデューカス中佐が、首をかしげた。
「マオ曹長。なにか知らないかね?」 「…………。いえ、知りません」 マオの返答を受けて、マッデューカスがじっと瞳を見つめ返す。 「何か思いついたように思えるのだが、私の気のせいなのかね?」 「気のせいですよ。気のせい」 マオが両手をパタパタと振ってみせる。 「なにか、よからぬ事でも、企んでいるのではないだろうね?」 「よからぬ事とはどのような事でしょうか? 憶測で言われても、理解できかねます」 「……行きたまえ」 「はっ」 彼女の後ろ姿を見ると、肩を揺すっているように見えた。 笑っているのではないのか? 不機嫌そうにマデューカスが見送った。 彼の勘は正しく、マオは確かに声を出さずに、笑っていたのだった。
「悪巧み……?」 自分の言葉で、自然に連想が働いた。 不可解な状況で、なにやら企むと言えば、真っ先に思い浮かぶ人間がいる。 団体行動を好まず、規律違反の常習者。 あの男なら、なにかを企んでいてもおかしくはない。 最近は、マオともども、艦長と親しくなっているようだからな。彼女に何かを吹き込んだのかもしれん。 勝手な推論を進めると、彼はSRTのオフィスへ向かった。
陸戦ユニットの最精鋭部隊SRT(特別対応班)。 優秀な人材が揃っているというのに……いや、優れているからこそ、個性的な人間が多いのかもしれない。偏屈な人間や、お調子者など、軍人に向いていなそうな人間も多かった。 「ウェーバー軍曹」 「へ? 俺に用っすか?」 金髪碧眼の青年がきょとんとなった。 「君はなにか隠してる事はないかね?」 眼鏡の奥からジロリと睨む。 わずかにクルツが動揺したように見えた。 動揺したのは、心当たりがありすぎることが原因だったので、マデューカスが何を指摘しているのかは、彼に伝わってはいなかった。 「なんの事っすか?」 このあたり、クルツは筋金入りで、誰に対しても軽い態度を取る。それでいて実戦でヘマをすることもないので、昔かたぎの職業軍人にとっては小面憎いことこのうえない。 「何を企んでいるのか、正直に白状したまえ」 「いや、そう言われても、心当たりが……」 首をひねる。 「クルーゾー中尉のビデオの件っすか?」 「中尉のことではない」 「じゃあ、レミング少尉の着替えの件?」 「そうではない」 「はて……?」 芝居じみて、腕を組む。 「艦長のことだ。急に休暇を申し出られた。何か、吹き込んだのではないかね?」 「テッサ?」 周囲に視線を巡らせると、かすかに笑みを浮かべて、こう答えた。 「何のことだか、さっぱりわかりません」
幾人かの元を訪れたが、艦長の予定に関して知らないかと尋ねると、誰もが「否定(ネガティブ)」と答える。なぜか楽しそうにだ。 自らの仕事も放ったからしにして、基地内をうろつき回っていたマデューカスは、ついにその情報に突き当たった。 昨夜遅く、〈キングエア〉がこの島に降り立っていたのだ。日本の八丈島からの便である。 SRTのヤン伍長に尋ねたが、その便に搭乗していた人物の所在も不明らしい。
マデューカスが足早にテッサの部屋までやってきた。 手荒くドアを叩く。 「艦長! いらっしゃいますか? 艦長!」 返答はない。 いないのだろうか? まさか、あの軍曹とよからぬ行為に及んだのでは? 「艦長! もしも、返事もできない状況ならば、強硬手段に訴えてでもドアを開けますよ」 再びドアを叩く。 「いま、いいところなんですから! 邪魔しないでください」 いらだった少女の声が聞こえた。 「艦長! いったい、何をしているんです?」 扉を叩く。 「静かにしてください。気が散るじゃないですか!」 一体、何に熱中しているのだ? 彼女らしくない。 まさか、あの下士官と、不埒な行為を……。 その光景を頭に思い浮かべそうになって、あわてて、頭を振った。 その彼に、傍らから声をかけられた。 「どうかしましたか?」 ひどく無愛想な声だ。 「艦長の一大事だ」 焦っているマデューカスは相手も見ずに応えた。 「では、一刻も早く、中へ侵入しましょう」 「うむ。だが、どうやって……」 「レーザートーチを持ってきて、この扉を焼き切りましょう。自分が格納庫から、持ってきます」 その少年が駆けだした。 「待ちたまえ!」 マデューカスの制止の声に、その少年が足を止めた。 マデューカスが改めて相手を確認する。 じっと、見つめられて、彼が戸惑いの表情を浮かべている。 「……なにか?」 「君は何をしているのかね?」 「レーザートーチを取りに行こうとしていますが?」 「なぜ、ここにいるのかね?」 「先ほど、ヤンから中佐が自分を捜していると聞きまして」 宗介が答える。 「軍曹はこれまでどこにいたんだ?」 「格納庫で〈アーバレスト〉の整備についてサックス中尉と打ち合わせていました」 「では、艦長は一体……?」
ふたりがあまり意味のない会話をしていると、当の本人が自室から顔を出した。 「マデューカスさん。何かあったんですか?」 「もしや、艦長に何かあったのではないかと……」 その返答に、テッサの表情がこわばる。 「……不審者の潜入した痕跡でもあったんですか?」 「いいえ。その、私の勘違いだったようです」 おそらく、マオやクルツは宗介の帰還を知っていただろうから、彼らが想像した理由は自分と同じものなのだろう。そうなると、彼女の行動の理由がまったく不明のままとなる。 マデューカスが咳払いして、改めて尋ねる。 「艦長の方こそ、通話機も切って何をしておられたのですか?」 「ちょっと、ゲームに熱中していただけです。ネット上での出会いでは、次に会えるのがいつになるかわかりませんから」 「ゲームですと?」 マデューカスの視線が厳しいものになる。 「ええ」 「関心できませんな。時間と才能の浪費です」 「あながち、そうとばかりも言えませんよ。頭脳の活性化につながるかも知れませんし」 「しかしですな……」 「それより、情報部と連絡を取ってください?」 「情報部ですか?」 テッサが頷いて見せる。 「ええ。ちょっと、調べて欲しい事が有りまして……」 ネットで遭遇した彼が何者なのか? もしかすると……。
テッサが久しぶりに、日本を訪れた。 目的地は、目前にある一件の家である。政府機関とはまったく関係のない、平凡な一軒家である。 ここにインターネットで出会った”彼”がいるはずだった。 チャイムを鳴らしてしばらく待つと、少年の声が応えた。 「はーい」 中から若い声が聞こえてきた。 ばたばたと足音がして、内側から扉が開かれた。 顔を出した少年が、こちらを見つめる。 情報部が入手した写真で、テッサはすでに相手の顔を知っている。 間違いない。この少年だ。 玄関口に立っているテッサと宗介を見て、少年は怪訝そうな表情を浮かべている。 「えっと、うちになんの用?」 そう尋ねてきた。 「あなたが、進藤ヒカルさんですね?」 その問いかけに、少年がうなずいた。 「……どこかで会ったっけ?」 「ええ。……ただし、直に顔を合わせたのはこれが初めてになりますが」 「え?」 「インターネットで一度だけ貴方と対局しました」 「ネットって……? だって、オレは確か……」 「あなたにsaiの事でお聞きしたいことがあります」 「……っ!」 ヒカルの目が驚きで見開かれた。
sai――それはインターネット碁に出現した、最強の棋士である。 彼が二年前に出現したときは、毎日のように対局を重ねて、その一月間の戦績は無敗。 さらに、今年の春先に再び登場してから、現在も無敗を続けている。 saiの秘密を知るべく、テッサはヒカルの元へ訪れたのだ。
──つづく。
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