恵里の後に続いて入ってきた相良宗介を見て、二人の少女が小声で話している。 「やだ、さっき校門の所持品検査で、モデルガンとか没収されていた、軍事オタクよ。気持ち悪い……」 長髪の少女が説明口調で、イヤそうに言った。 「はは、でも、なんだか面白そうな人じゃない?」 とんぼメガネの少女が楽しそうに応じた。 クラスメートも、口々に朝の顛末を話している。 それを教諭は静めるべく、 「はい、みんな静かにして! 新しいクラスメートを紹介するから!」 出席簿で黒板を叩いて、叫んだ。 二年四組の生徒達は、一応、口をつぐむ。 「じゃ、相良くん。自己紹介して」 「はっ」 宗介は一歩進み出ると、『休め』の姿勢で胸を反らし、 「相良宗介軍曹であります」 よく通る声で言った。 「サルガッソーっす、ケゲンそう?…………」 「ちげえよ、羽柴・筑前守・秀吉みたいなノリだよ」 「グンソーって、軍隊のグンソー?新米をシゴく人?」 またも、生徒達が騒ぎ出す。 「静かに! ほら、まだ続くから! 相良くんも、ふざけてばかりいないで!」 「も、申し訳ありません。……相良宗介です。恐縮ですが、『軍曹』は忘れてください。以上」 「……それだけ?」 「はっ。それだけです」
教室でビデオが上映されていた。 タイトルは『二年四組のターミネーター』。 転入生の自己紹介のシーンだ。 二年四組で映画を自主制作することになった発端を、宗介はいまだに正確に把握していなかった。クラス内でなぜか映画の話が白熱した後、自分らで映画を作ろうと盛り上がってしまったのだ。 主要メンバーはほとんど、ここに集まっている。ただ、主演女優が個人的な事情とやらで姿を消していた。 土曜日の放課後、二年四組の教室で上映会が始まったところだ。暇人が多いのか、なかなかの盛況である。 主なスタッフは次の通りだ。 主演男優は相良宗介。一番の演技のポイントは無表情であること。宗介以外に考えられなかった。 主演女優は千鳥かなめ。宗介と戦うヒロイン役で、彼女以外に候補はあがらなかった。 助演男優として、オノD。 教師役。神楽坂恵里(特別出演)。 エキストラとして、クラスメート達。 脚本は風間信二。 監督は常盤恭子。
物語の序盤は、謎の転校生につけ回される少女の話だった。 どんな場面でも、宗介は偶然を装って──と言うにはお粗末ながら──千鳥に受け答えする。 女子ソフトボール部の更衣室に飛び込む等、宗介の起こした騒動のほとんどが実話だった。 観客は、創作だと思って笑っている人間もいれば、その場面を思い出して笑っている人間もいた。
そんなドタバタ劇が一転するのは、このシーンからだった。 夕日を眺めながら、屋上にたたずむ二人。 かなめと小野寺の姿があった。 「……好きな子ともっと絆を深めたい、って思うの、自然な事じゃないか」 「あたしだって、そう思うけど……」 「本当? だったら勇気を出そうよ。俺さ、今夜──」 ばん! 大きな音を立てて扉を開くと、宗介がこちらへ向かってきた。 「相良くん……?」 かなめが驚いて彼を見つめる。 「実は転校してきて以来、ずっと君をつけていた」 「なにをいまさら。んなこたーわかってるわよ! だからその辺の事情を聞かせなさいよっ!」 「君が不純異性交遊に走らないように監視していたのだ」 「まさか……あんた、本当にストーカーだったわけ?」 「違う。これは任務だ」 「任務?」 「俺は遠い未来からやってきた。その時代、俺が属している〈ミスリル〉は世界を支配していたのだが、あるとき一人の男が抵抗集団の指導者となり、勢力バランスを逆転させるのだ。その男を生んで育てた女性が、千鳥かなめ──君だ」 ──注1。〈ミスリル〉の名は脚本担当の風間信二が提案。どこかで耳にした『秘密の軍事組織』の名を無断で借用した。それを聞いたかなめは、この設定に嘆き悲しむであろう一人の少女を思い浮かべた。 「俺は〈ミスリル〉で子供の頃から戦士として育てられた。現在は、特別対応班に所属している。階級は軍曹。コールサインはウルズ7。認識番号、B−3128」 ──注2。宗介が思わず口にしたのを、面白がって信二が台詞に採用した。 「俺の任務は、『千鳥かなめの出産の阻止』だ。君はその男と生殖活動のおそれがあるため、事前に対処する必要がある。覚悟してもらおう」 彼は腰の後ろのホルスターから拳銃を取り出した。 ちゃきっ! 銃口をかなめに向ける。 小野寺が宗介の右腕にしがみついた。 「逃げろ! 千鳥!」 呆然としていた千鳥が駆け出す。 ぱん! 背後で銃声が鳴った。
「そんな、バカな話……。でも、信じないまま、みすみす殺されてしまうわけにもいかないわ」 かなめが一人で思いをめぐらす。 「そうだ!あいつの拳銃」 ひらめいた。 「あれが、モデルガンなら、全部でたらめよ。もしも、本物だったら、あいつと戦うための武器になる……」
職員室。 「先生。相良くんの持ち込んだモデルガンを見せてもらえませんか?」 「でも、あれは相良くんのものだし……」 さすがに、恵里が渋る。 「そんなこと言ってられないんです」 「まあ、千鳥さんになら、いいけど……」 二人は壁際のロッカーへ向かい、その装備を確認する。 かなめには用途のわからないチューブやピアノ線などと一緒に、マシン・ピストルや三四連マガジン、眩惑手榴弾があった。 「これ、もらっていきます」 「だめです。校内でこんなオモチャ」 二人がもめていると、そこに宗介が姿を現した。 「先生! どいて」 かなめが咄嗟に拳銃を向けた。 ぱん! ぱん! 二発が宗介の胸に命中した。 宗介が廊下に仰向けに倒れた。 しかし、ゆっくりとした動作で、彼が立ち上がる。 胸元の弾痕から煙が立ち上っている。 血は流れ出ていなかった。 「千鳥さん!職員室でなんてことを……」 恵里がかなめを叱るが、かなめはほっと息を吐いた。 「なんだ。やっぱりオモチャじゃない」 「……そうだな。オモチャも同然だ」 宗介が答える。 「俺は防弾ベストを着用しているからな」 学生服の前を開くと、グレーのベストが見えた。 宗介は手にした銃をかなめに向ける。 ぱん! ぱん! ぱん! 数発の銃声。 恵里が倒れた。 「先生!」 宗介は容赦しない。 手にした拳銃で室内にいる人間を無表情に撃ち殺していく。 職員室の教師達を皆殺しにして、平然と弾倉を入れ替えた。 静寂が戻ったときには、すでに、かなめの姿は職員室から消えていた。
撮影は実際に職員室で行い、教師にも協力者を募った。 教師達がばたばたと倒れていくのを見て、観客の生徒達が歓声をあげる。 教師も教師なら、生徒も生徒であった。
化学室では、薬品やアルコールランプで逆襲をねらう。 体育館ではバレーボール用のネットでトラップを仕掛ける。 かなめは何度となく反撃を試みるが、宗介は感情も見せず殺人機械のようにかなめを追いつめていく。 手持ちの弾薬を失い、かなめは保健室に辿り着いた。 負傷してベッドに横たわっていたのは──。 「オノD!」 「千鳥も無事だったのか」 「大丈夫?」 「ああ、何とかな。あいつは?」 「まだ、あたしを追っているわ」 「そうか……。早く逃げろ。俺が時間をかせぐ」 「でも、あなたをおいては……」 「奴がねらっているのは君だ」 「でも……あたし、あなたの想い出が欲しい」 そう言ったかなめの顔が、さすがに顔が赤くなった。 できれば、台詞を削って欲しかったが、話の展開上、削除するわけにもいかないだろう。 「千鳥……」 小野寺がかなめをベッドに引き寄せる。 どん! ショットガンの音とともに、扉を破って宗介が姿を現した。 学生服や防弾ベストを失い、ワイシャツ姿だった。左の脇腹に血の痕があった。 「なっ! どうして? 早すぎるわよ!」 脚本外の事態に、かなめが怒鳴りつけた。 重要なシーンなのに、ぶちこわしだ。まさか、本当に演じるわけではないが、『そのシーン』が全くないままでは、エンディングのエピソードへは持ち込めない。 「ノー・プロブレム(問題ない)」 むっつりと宗介が答えた。 かなめは周囲を見渡すと、カメラマンの隣にいた恭子が、両手で大きな輪を作って見せいていた。 (予定通りなの? ……何考えてんのよ) かなめは知らされていない展開のために、とまどっている。どうやら自分以外は新しいストーリーを教えられていたらしい。 彼女が知らされていたストーリーでは、この後、家庭科室までおびき寄せて、ガス爆発で倒すはずだったのだ。 宗介が小野寺に向けて発砲する。 「ぐはっ!」 「オノD!」 これでは、最初のストーリーは成立しない。 「覚悟しろ。千鳥かなめ……」 宗介は無表情のまま、かなめの額に銃口を当てる。 「アスタ・ラ・ビスタ・ベイビー(地獄で会おうぜ。ベイビー)」 そう言って、引き金を……。 「待て……」 制止したのは小野寺だった。 血を吐きながら、頭を上げた。 「お前の任務は、『千鳥かなめの出産の阻止』だろ?」 「肯定だ」 「千鳥はまだ、きれいな身体のままだ。殺す必要はない」 「そうかもしれん」 「なら、殺さないでくれ。彼女が子供を産まないように、監視すればいいんだろ。千鳥は『恋人にしたくないアイドル・ベスト・ワン』だ。俺の他に親しい男はいない」 「……了解した」 宗介の言葉に安心したのか、小野寺ががくりと首を傾けた。 宗介は、かなめの顔をのぞき込む。 「千鳥かなめ。君が他の男に抱かれるなど許さん。誰かが君に接触を図ったら、俺が実力で排除する。どんな手段を用いることになっても、阻止してみせよう」 宗介はそうするように演技指導を受けているのか、千鳥の目を見つめながら真剣そのものの口調で話しかける。 「俺は今から君のそばを離れない。例え君が遠くへ離れたとしても、どこまでも追いかける。俺から離れられると思うな。いつでも、どこでも、君の隣にいるのは俺だけだ。俺は死ぬ最後の瞬間まで君のそばにいるぞ」 かなめは顔を真っ赤にしながら、口をぱくぱくと開閉する。 確かに、話の筋は通るのかも知れない。しかし……これでは、まるで愛の告白みたいだ。 やられたっ! 恭子が喜んで監督に立候補したのは、このラストシーンのためだったのかっ! 道理で芝居を本名でやることにこだわったはずだ。 かなめは舞い上がってしまい、頭の中も真っ白になり、何をどうすればいいか思いつかなかった。 宗介は台詞を言い終えたのか、口をつぐんでしまっている。何の行動も起こさない。 まだ、撮影は続いている。 皆が、かなめの反応を待っている。 カットの声もかからず、時間が過ぎる。 なにか、言わないと……。 焦りだしたかなめが口にできたのは、ひとことだけだ。 「……ありがと」 口にしてから気づいた。 …………? 何を言ってるのよ、あたしは? 全然、ストーリーになってないじゃないの! 自分の発言に驚いて、さらに動転したかなめのアップ。 そこで画面が真っ暗になった。
『ターミネーター』のエンディング曲がかかり、ナレーションが流れた。 『こうして、女子高生・千鳥かなめは、〈ミスリル〉の兵士・相良宗介と出会った。これ以後、二人は片時も離れず、行動をともにするようになる。そして、プロフェッショナルであるはずの相良宗介は、その任務を放棄してしまい、千鳥かなめはひとりの子供を出産した。子供は京介と名付けられ、両親にたくましく育てられた。遠い未来において、救世主として活躍するために……』 エンディング曲が流れる中、画面がまた写りだした。 メイキングシーンだった。 かなめが恭子に詰め寄る。 「なによ、あのシーンは?」 「カナちゃんがなんて言うか興味あったんだ。『ありがと』なんて、物語と全然関係ないよ。カナちゃんの本音なんだね」 「なに言ってんのよ。あれは単に勢いよ。べつにソースケのことなんて、なんとも思ってないもん。う、うははははは」 とりつくろったかなめの、むなしい笑い声が響く。 その他、爆発をかぶったスタッフの映像や、NG場面が流れて、ビデオは終了した。
上映会は好評だった。 調子に乗って何度か上映会を行っており、校内で内容を知らない人間はほとんどいない。 かなめが危惧した通り、校内でひやかされる事が多くなった。まさか、芝居を真に受ける人間はいなかったが、何かしらの真実が含まれているんだろうと察しているようだ。 かなめがいつものように否定するが、彼女のそばには確かに宗介が付き従っているのだから、相手は妙な笑みと暖かい口調で「うん、わかった」ですませてしまう。『わかっていない』ように思えるのは、かなめの気のせいではあるまい。それとも、『本当にわかっている』のかもしれない。 撮影したビデオテープはダビングして、クラスの全員に配られた。 当然、かなめもこれを受け取っているが、大切にしまっているのは皆には秘密である。 しかし、宗介はビデオテープを無くしてしまった。宗介の口から聞かされたかなめは真剣に怒り出し、宗介を困らせたものだった。
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ビデオテープを無くす事情もいろいろ考えられる。 例えば──。 一人の男が同僚の机にそのビデオテープを見つけたとしよう。 彼は女性と一緒にその素人映画ビデオを楽しく鑑賞するかもしれない。 再生の途中で通りがかった上司が、二人の背後から画面をのぞき込むこともありえる。 物語のラストシーン。そして、ナレーション。 かたかたと、男女の背後で椅子が鳴りだした。 「……あ、そうそう、食事の約束があったっけ」 男が白々しいことを言い出して部屋を後にする。 「……あたしも、整備に立ち会うんだったわ」 女も続けて席を立った。 後には、ビデオテープとその人物だけが残った。 これは、あくまでも可能性の話にすぎないのだが──。
――『二年四組のターミネーター』おわり
あとがき
完全にパロディというのも、物足りなかったものですから、劇中劇としてやってみました。 もともと、『文化祭の芝居』として設定したんですが、他の方の作品と設定がカブりそうなので、ボツにしました。 芝居でのライブ感が、ラストでかなめを圧迫する要因になっていたのですが、映画に設定変更したため、ちょっと弱かったかもしれません。 その代わり、時期とか回数に制限されなくなったので、続編もありです。 二年四組名作劇場──近日公開。みたいな感じで。 少なくとも、あと一作は、おつきあいください。(『T2』ではありませんが……) 今回のアイテム:ビデオ『二年四組のターミネーター』(……つかいみちなし) |
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