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キス・オブ・ザ・ゴッデス -[前] -[後]


キス・オブ・ザ・ゴッデス(後編)


〈アーバレスト〉が、そして、二機のM9が地上に出撃する。

 通信機からマオの指示が届いた。

『ウルズ2より、ウルズ6、ウルズ7へ。敵機がラムダ・ドライバ搭載だとすれば、有効なのは〈アーバレスト〉の攻撃だけよ。攻撃担当はウルズ7、ウルズ6は援護に回って』

『了解』

 宗介と、クルツの声が揃った。

 敵のただ中へ突入させるとなると、おそらくラムダ・ドライバ搭載機だろう。ラムダ・ドライバ搭載のASが相手では、通常のASはまったくの無力なのだ。たとえ、それが、最新鋭のM9であっても。

 この場合、西太平洋戦隊で通用するのは、宗介の駆る〈アーバレスト〉一機だけだ。

『大佐。敵の動きはどうなの?』

 司令センターへのマオの通信が、こちらにも聞こえてくる。

 だが、それに対するテッサの返答がない。

「?」

 疑問に思ったのは、宗介だけではないだろう。

『こちら司令センター。大佐が、その……』

 聞こえてきたのは管制官の声だった。

『……ちょっと替わって。わたしよ。ゴールドベリ』

 次に聞こえてきたのは、艦医をしているゴールドベリ大尉だった。彼女も下船していたようだ。

『テッサに何かあったの?』

『ついさっき倒れたのよ。今も意識不明。身体には異常がなさそうだし、精神的なものだと思うわ』

 その返答に、三人がわずかに動揺した。

 ……大佐殿が? 奇襲を受けたプレッシャーなのか?

 いや、そんなはずはない。

 潜水艦戦闘における心理的重圧というのは、AS戦の比ではないはずだ。なにしろ、ソナーが探知する音と自らの判断だけを頼りに、指示を出す。一瞬の遅疑・誤認で乗員全てを犠牲にしかねないのだ。彼女は艦長らしからぬ容姿ではあるが、能力を超えた職責を押しつけられているわけではない。

『ペギー。テッサを頼むわ。……あたしらはまず、あいつを撃退すること。いいわね』

「了解だ」

『わかってるよ』




 ラムダ・ドライバ――人の攻撃衝動などを物理力に変換する装置だった。

 おそらく、搬送に使用したミサイルが迎撃ミサイルを防いだのも、あのASに搭載したこの装置のおかげだろう。

 戦闘は不利だった。

 M9の砲撃どころか、同じくラムダ・ドライバを搭載した〈アーバレスト〉の攻撃までも防がれているのだ。

「アル。ラムダ・ドライバは動いていないのか?」

《否定です。すでに装置の起動が確認されています》

 人工知能であるアルの無機質な声が宗介に答えた。

「だったら、なぜこちらの攻撃が通用しない?」

《向こうの装置の方が高性能なのではないでしょうか?》

「くっ……」

 以前、宗介自身が敵のラムダ・ドライバの力場を破って、攻撃を叩き込んだ事がある。今回は、その力関係が逆なのだろう。相手の防御力が、こちらの攻撃力を上回っているのだ。

 発生する力場の強さは、搭乗者の心理状態に左右される。その時々によって、発現する力に差異が生じるのだ。

 この敵と互角に戦えるのは、自分だけだというのに……。

 しかし、宗介は抽象的な精神コントロールが苦手なのだ。

 精神論は好きではないが、必要だというならば、これから鍛えていくしかないだろう。

 すべては、今日を生き延びられたらの話だったが……。




『ソースケ、俺の合図で同時に攻撃するぞ』

「了解した」

 これまで、攻撃を控えていたクルツからの通信だ。何か、考えがあるのだろう。

『今だっ!』

 クルツの声を合図に、引き金を引く。

 クルツは、ほぼ正反対の位置に陣取っていた。挟撃するため、場所を選び、タイミングを計っていたのだろう。

 しかし、両側からの同時攻撃にさらされても、二つの力場を発生させて、敵は砲弾を弾き返してしまった。

『これもだめかよっ!』

 クルツが嘆く。

『しょうがないわね。こうなったら持久戦よ。向こうがヘタばるまで、攻撃を繰り返して、隙を見て一撃を叩き込む』

 香港でも同じ作戦をとったと、宗介は聞かされている。

 その時は、効果が出始めた矢先に、新たな敵が出現したため、確実な成果をみることができなかったらしい。

〈アーバレスト〉のラムダ・ドライバが通用しない以上、他に手はなかった。

 ヘリのローター音が聞こえてきた。

 浮上したTDD−1から攻撃ヘリが近づいてきたのだ。




「不幸中の幸いでしょう」

 TDD−1の発令所で、モニターを眺めているマデューカスの隣に、カリーニン少佐が並んだ。

「どういう意味かね?」

「いま、基地には優秀なSRT隊員が三名も残っています。彼らなら、期待できます」

 カリーニンの管轄である陸戦隊のなかでも、最精鋭となる特別対応班(SRT)。

 宗介、クルツ、マオの三人は年も若く、他の軍隊であれば重用されることはないだろう。しかし、そんな彼らだからこそ、SRTに認められるには、飛び抜けて優秀な技能が要求される。

 彼らは幾度となく作戦に参加した。成功もあれば、失敗もある。しかし、同じ局面で彼ら以上の成果を得るのは、誰にもできはしないだろう。

「そうかもしれん。……しかし、その彼らも三機だけでは、苦戦を強いられている」

 基地内に入港していたため、乗員のほとんどが下船していた。他のSRTメンバーも同じで、今、彼らのそばにあるASは一世代古いM6しかない。あの敵を相手に、M6では殺されに行くようなものだった。

「あの敵は確かにやっかいです。しかし、優れたASではありますが、操縦者はそこまでのレベルではないようです。つけいる隙はあるでしょう」

「?」

「優秀な戦士の条件とは、状況の変化に対応できる事です。いかに不測の事態が起きようとも、冷静に行動を起こせるか。そして、その状況を利用して、有利に戦闘を進められるか」

「どうするつもりかね?」

「我々にできるのは、不測の事態を作ることです」




 クルツ機が被弾した。

『クルツっ!?』

 マオが叫ぶ。

 煙の中からM9の姿が飛び出してきた。

 敵の攻撃を受けた左腕が失われている。

『大丈夫だ。やられたのは片腕だけだ。まだ、なんとかなる』

 その軽い口調に、宗介もマオも安堵のため息を漏らした。

 このASは強敵だった。

 機動性能が高く、以前戦った〈ハーリティ〉というASに近かった。

 スペック上で言えば、M9にも同じ動きが可能かもしれないが、その機動を行うと搭乗者の身体が耐えられなくなる。ASは乗り心地の悪さで有名なのだ。

 搭乗者の限界を越える単純な方法がある。無人にすればいいのだ。〈ハーリティ〉は完全遠隔制御の機体だった。

 しかし、この機体は?

 無人機だからこそ、弾道ミサイルに搭載しての襲撃を可能にし、その機動性を用いて自分たち三人を翻弄している。

 しかし、ラムダ・ドライバは人間が搭乗していないと稼働しない。

 有人である条件下で、無人の利点を併せ持つ機体。

 さらに、この操縦者はヘリからの攻撃すら受け止めてみせる。こちらの行動をすべて予測しているかのように。

 優秀な機体と優秀な操縦者……だが、かすかな違和感があった。

 確かに、最善と思われる行動をとっているが、足場が崩れたりといった予想外の事態に、戸惑いがかいま見えるのだ。

 それは、マニュアル通りの行動しかとれない新兵を思わせた……。

 ASにではなく、この操縦者にならば、勝てるかもしれない。

 だが、それでも敵のASは、西太平洋戦隊の三機のASと三機のヘリを相手に、いまだ無傷であった。




 突如としてセンサーが何かを検知した。

 横から突進してくる、一発のトマホーク・ミサイルがレーダーに映った。

 敵も味方も、その乱入者を避ける。

 ミサイルが地表に着弾したが、その爆発は小さかった。信管を外しているようだ。

「いったい誰が?」

 宗介が思わず声に出した。

 いや、わかっている。近くの船と言えば、TDD−1しかいない。

 味方からの攻撃であれば、何かの考えがあってのことだ。

 続けて、ミサイルが飛来する。

 全部で九発。

 宗介は敵ASを視界に納めた。

 マオもクルツも、同じ判断をしたようだ。

 ミサイルとの距離があるにもかかわらず、すかさず回避しようとしたASに、三方から銃撃を開始する。

 非常に優れた装置であるラムダ・ドライバも、稼働し続けることは難しい。力場が途切れた瞬間ならば攻撃することも可能だし、力場の許容量を超えた負荷をかければ故障するかもしれない。

 次々と飛来するミサイルを盾として、また目隠しに使いながら、宗介達はその陰から銃撃する。

 ミサイルの軌道上に押しとどめられたASに、一発のミサイルが接近した。

 マオの銃撃に気を取られたASが、ミサイルを回避しそこねた。

 その推進力と質量をもって、トマホーク・ミサイルがASに迫る。

 だが、ASを叩きつぶすはずだったミサイルが、その場に静止した。

 ASの生み出した力場が、まだ噴射しているミサイルを、正面から受け止めたのだ。

『なんて奴だ』

 クルツが呆れている。

 しかし、すべき事を忘れたりはしない。

 三人が周囲から集中砲火を食らわせたが、そのASはミサイルをその場に押しとどめながら、すべての砲弾が弾いて見せた。

 敵ASが機体を動かすと、支えていた力場と軸線がずれたのか、トマホークは地表に落ちて、地面を削りながら走り去った。




 これまでにも、それなりの時間を経過しているのだが、まるで影響が見えない。

 この敵には時間による疲労すら、ないのだろうか?

 長期戦はこちらにも疲労をもたらす。

 なにしろ、こちらの攻撃がまったく通用しないのだ。いかに信管を外したとはいえ、ミサイルを受け止めるとは想像を超えている。

 一方、こちらはそうはいかない。この〈アーバレスト〉ならまだしも、M9は敵の弾をすべてかわすしか方法がないのだ。

 三人とも歴戦の勇者なので、かろうじてミスはない。だが、永遠にミスをしないことなど不可能だ。いつか、どこかで……。

 慄然とした宗介の耳に、その通信が入った。

『サガラさん、聞こえますか?』

「大佐殿? 大丈夫なのですか?」

『はい。私のことは気にしないでください。今は、敵を倒すことだけを考えて』

「しかし、この敵には砲弾が通用しません。ラムダ・ドライバをこれだけの時間使用し続ける……」

『わかっています。いまから、敵のASに隙を作ります。サガラさんはその瞬間を見逃さないようにしてください』

「隙? それは、一体……」

『すみませんが、断言はできません。なんとか、合図をしますから、くれぐれも敵ASから目を離さないでいてください!』

「了解しました」

 肝心な部分が不明瞭だが、その合図とやらを待つしかないようだ。

 このやっかいな敵に、どうやって隙を作ろうというのか?




 頭の片隅で思考を巡らせながらも、宗介は、クルツや、マオとともに砲弾を叩き込む。

「今のを、聞いていたか?」

『ええ』

『まーな』

「どういう意味なんだ?」

『考えてもしょうがねーよ。テッサの方が頭がいいんだ。任せよーぜ』

 クルツが軽く答える。

『テッサは頭脳労働、俺たちは肉体労働ってわけだ』

 その言葉にマオがかすかに笑った。

『そーね。必要だったら、テッサが説明したはずよ』

 そうだな。

 指揮官が作戦を指示してきた以上、従うしかない。

 宗介達の前で、敵ASの動きが急に鈍る。

 無防備に動きを止めてしまい、棒立ちとなった。

 これが、隙?

 疑問を挟む余地もなく、宗介が反応した。

 ショット・キャノンで砲弾を発射する。

 しかし、結果は変わらなかった。

 ASに達せずに砲弾が弾かれてしまう。

 隙でも何でもなかった。

 このASに搭載されたラムダ・ドライバが停止しない限り、こちらの攻撃は全く通用しないのだ。

 ASが再び動き出す。

 だが、これは──?

 眼前のASが奇妙な行動を取った。

 両手を顔の下──人間で言えば、口元を覆うようにして、手のひらを重ねる。それを、宗介に向かって投げつけるような動作。

 テッサが海岸でして見せたポーズ──クルツが『投げキッス』だと称していたものだ。

 これかっ!?

 宗介がショット・キャノンを再び向ける。

 知っている人間が動かしているAS──宗介はわずかなためらいを感じたが、それでも引き金を引いた。

 撃ち出した砲弾は、力場で遮られなかった。

 三発の砲弾が、ASの機体に叩き込まれた。

 すかさず、クルツもマオも反応した。

 三方向から砲撃を浴びせられ、蜂の巣になる。

「二人とも下がれっ!」

 ソースケの言葉が終わる前に、二人とも機体を退けた。

 破壊したはずのASに、危険を感じたからだ。

 おそらく、機密保持の爆薬によるものだろう。

 いままでにも、敵のASが行動停止後に四散したことが多かったのだ。

 凄まじい爆発が起こった。

 この爆発を最後に、メリダ島で行われたAS戦は終わりを告げた。




「攻撃ヘリ。聞こえますか?」

 テッサが通信機に呼びかけた。

『こちら、テワイズ8。どうぞ』

 宗介達を援護していた、攻撃ヘリから返答がきた。

「北北西に向かってください。おそらくECS(電磁迷彩)で透明化したヘリがいるはずです。敵の指揮官が搭乗したヘリは、真っ先に逃走を図るはずです。反撃してくる機体よりも、逃走する機体を優先して攻撃してください」

 それは、今回のASを遠隔制御している人物のはずだった。

「できれば、敵を捕獲……いえ、撃墜を許可します』

 決意を込めて、そう命令した。

 三機のヘリが攻撃に向かう。




 ECCS(対ECSセンサー)により、テッサの指摘通りヘリの存在が確認できた。

 こちらと同じ三機のヘリ。

 数の上では互角だというのに、敵のヘリの一機はすぐさま逃走を開始した。テッサが目標と指示した機体だろう。

 追撃しようとした〈ミスリル〉機だったが、残る二機に追いすがられて、応戦せざるを得なくなった。

 二機の撃墜には成功したものの、重要な一機を取り逃がす結果となった。

 報告を受けたテッサが複雑な表情を浮かべる。落胆半分、安堵半分といったところだ。

「いえ。仕方がありません。向こうとしても重要な人物が乗っていたのでしょう。ご苦労でした」

 テッサは、そうヘリのパイロットをねぎらった。

 もう、戦いは終わったのだ。




 TDD−1が、再びメリダ島に入港している。

 副長のマデューカス中佐や、カリーニン少佐は、テッサが倒れたという事実を知り、急いで病室を訪れた。

 テッサは大丈夫だと言い張ったのだが、ゴールドベリ大尉が許してくれず、ベッドに寝かされていたのだ。

 部下の二人を前に、テッサは今回の事件のあらましを説明し始めた。

 ちなみに、話は機密扱いとされ、マオ達は閉め出されてしまった。

「まず、あのASの正体からです。おそらく、この前の事件で使用された技術が応用されているものと思われます」

 それは、外科手術や、薬物投与で人為的に作られた人工ウィスパードの事件だった。そこでは、人工ウィスパード用の遠隔制御式AS〈ハーリティ〉の研究もされていた。研究所は西太平洋戦隊が破壊したものの、研究データが〈アマルガム〉の手に残っていても不思議はない。

「しかし、無人のASでは、ラムダ・ドライバが稼働できないのでは?」

 マデューカスが当然の疑問を差し挟んだ。

「違うんです。おそらく、今回使用されたのは、遠隔制御ASの方ではなく、人工ウィスパードの技術なんです」

「それは、一体……?」

「以前に、情報部の資料で見たんですが、生体コンピューターというのをご存じですか?」

「いえ……」

 マデューカスも、カリーニンも首を振った。

「コンピューターも発達してきたとはいえ、まだ応用面など総合的に見ると、人間の頭脳の方が優秀です。それで、機械を制御するために、胎児から摘出した脳を埋め込んで、コンピューターとして使用する技術があるんです」

「まさか、そんな……」

「たしか、日本の安曇重工では、実用化に成功した記録があります。今回は、人工ウィスパードの手術を施した上で、機体に接続していたのだと思います」

「しかし、あれだけの機動を自律式のASでできるものでしょうか? もしも、そうだとすると……」

 もしも、無人の機体であれだけの戦闘が行えるとしたら、とんでもない事態だった。そのうえ、人的資源に縛られずに投入されては、例え〈ミスリル〉でも防ぎきれない。各国の現用兵器ではまったく歯が立たないだろう。

「いえ。あれは自律式ではなく、遠隔制御によるものです。それに、あれが市場に出回ることはありません。おそろしく操縦者が限定されますから」

 テッサはなんとか笑みを浮かべる。

「あの機体は〈アシュラ〉といって、ウィスパード専用機なんです。ウィスパードである人間同士が行う共振を転用し、ASの生体コンピューターを操っていたんです。だからこそ、無人機としての機動と、ラムダ・ドライバの使用を可能にしていたんです。逃走したヘリに、その操縦者が乗っていたのでしょう」

「しかし、どうやって、敵の動きを止めたのですか?」

「それも共振です。人工ウィスパードの技術が不完全なためだと思いますが、正確な理由はわかりません。操縦者の意志がASを経由して、私にも流れ込んできたんです。私が気を失ったのも、予期せぬ共振の余波を受けたからでしょう。しかし、そのおかげで、その制御システムを察する事ができました」

 一度、言葉を切った。

「この場合、わたしがより戦場に近かったことが幸いでした。むこうの開発者も、そのような欠陥があることに気づかなかったようです。実験段階では発覚しなかったのでしょう。ウィスパードが複数存在しなければ、わからないことですから」

 事前にわかっていたとすれば、当然、修正しているはずだ。

「それでは、艦長がこの島にいたことが幸運だったと言うわけですな」

「そうですね」

 考えたくないことだが、もしも、自分がここにいなかったら、敵の圧倒的な性能の前に、全滅していたかもしれないのだ。

「敵は、直接メリダ島に攻撃してきました。これからの戦いは厳しくなるかもしれませんね……」




 扉を開けて、マデューカスと、カリーニンが姿を見せた。

 マオが入れ替わりに入室しようとしたが、マデューカスに止められてしまった。

「まちたまえ。マオ曹長」

 怪訝そうに見返すマオから、マデューカスは視線を移す。

「サガラ軍曹。艦長がお呼びだ」

「……はっ」

 ぴしっと背筋を伸ばして答えると、宗介だけが室内に入った。




「自分にご用でしょうか?」

「今日はご苦労様でした」

「いえ。むしろ大佐殿の方こそ大変だったのではないでしょうか?」

「わたしは安全な場所にいただけですから……」

「そんなことはありません。……まさか、大佐殿があのような状況まで想定して、自分に合図を送っていたとは思いませんでした。自分が命拾いすることができたのも、大佐殿のおかげです」

 海での事を言っているのだろう。

 テッサがため息をついた。

 本来は、原因と結果が全く逆なのだ。後の事態を予測して海でポーズを取ったわけではなく、あくまで海での一見があったからこそ合図に使用したのだ。

 どうしてこうも、ズレているのだろう。

「……本当に、感謝してます?」

 テッサが下から、宗介の顔を覗き込んだ。

「無論です」

「だったら、お礼をしてもらっても、いいですか?」

 なぜか彼女が頬を染めた。

「お礼……ですか?」

「はい」




 数分後には、扉を開けて宗介が出てきた。

 狐につままれたような、奇妙な表情を浮かべている。

「どうしたのよ?」

「いや、……なんでもない」

 マオに答えるが、どうも気が抜けて見える。

 マデューカスは、何を考えたのか宗介の前に進み出た。

「軍曹。私には、艦長の補佐をする権限が与えられている」

「承知しております」

 分かり切ったことだ。

 だが、なぜ、それを言い出したのか、そこがわからない。

「そして、艦長にその責任を全うするだけの能力があるかどうか、見極めるのもその任務に含まれる。……いま、室内で何があったのか、話してみたまえ」

「……その質問には、お答えすることができません」

「私は、彼女の言動を逐一知る義務があるのだ。軍曹、これは命令だ」

「大佐殿の命により、極秘扱いとさせてもらいます。ご理解ください」

「ほう……」

 マデューカスが眼鏡の奥から、冷たい視線を向ける。

「その命令が正しいかどうか、私は判断しなければならん。そのために、事情を聞いてるのだがね」

「申し訳ありません」

 宗介も強情だった。




 この後、マデューカス本人による尋問が、3時間以上に渡って続けられたのだが、宗介は沈黙を守り通したのだった。




 ──『キス・オブ・ザ・ゴッデス』おわり。




 あとがき。

 マンガ『紅い牙 ブルーソネット』(作:柴田昌弘)の作中に登場した設定を流用しました。この設定を知らなければ、〈アシュラ〉は思いつかなかったと思います。安曇重工もこのマンガに登場した会社です。 








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