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キス・オブ・ザ・ゴッデス -[前] -[後]


キス・オブ・ザ・ゴッデス(前編)

注意:これは『ボン太くんのマーチ』の続編にあたります。



 南の島。

 抜けるような青空に、白い雲が浮かんでいる。

 どこまでも澄んだ青い海と、白い波が打ち寄せる砂浜。

 リゾート地もかくやという自然あふれるこの島が、世界の最先端をいく軍事組織の基地であることを知るのは、当の〈ミスリル〉関係者だけだろう。

 国際紛争の阻止を目的として活動している〈ミスリル〉が存在する一方、〈アマルガム〉という謎の組織は、新兵器の実戦テストを目的として地域紛争を仕掛けたりもする。

 同程度の技術力を持つ二つの組織は、もしかすると同じカードの裏表なのかもしれない……。

 さて、その〈ミスリル〉の西太平洋基地であるメリダ島の砂浜に、なぜか水着姿の四人の男女の姿があった。




 一人の美少女と、一人の美女が膝まで海に入って戯れている。

 そんな姿を憮然と眺めている一人の少年がいた。

「なーに、むっつりしてるんだよ?」

 少年の傍らにいた、金髪碧眼の青年が非常に軽い調子で声をかける。

「……ASの模擬戦の予定だったのではないのか?」

「間違ってねーぜ。お前に連絡したのは俺なんだし。ASもちゃんと三機準備しただろ」

「では、なぜ、こんな事態になっているんだ?」

「ASの模擬戦をする前に、休養をとる予定だったんだよ」

「俺は聞いてない」

「言ってねーもん」

 クルツが楽しそうに笑う。

「まあ、たまには休養も必要だろ? お前も、任務を忘れて今は楽しんでおけよ」

「しかし……」

「すでに、戦隊長の許可も得ているんだから、お前が気に病む必要はねーだろ?」

 クルツの言葉は嘘ではないはずだ。

 許可どころか、その戦隊長本人が、二人の前で嬉しそうにはしゃいでいるのだから。

「反対意見があるなら、自分の口で進言してみたらどうだ?」

 クルツがからかうようにけしかけた。

 例によってむっつりした表情のまま、少年がその少女に歩み寄る。

「サガラさんも、一緒に楽しみましょう」

 宗介に先んじて話しかけたのは、わずか一六歳でありながら西太平洋戦隊長を努めるテッサであった。

「大佐殿。このような……」

 口を開いた宗介に、テッサは我慢しきれないように話しかける。

「昨日、メリッサから聞かされて、楽しみにしてたんですよ」

 テッサの傍らに、メリッサ・マオもビキニ姿で立っている。

「その、申し訳ありませんが……」

「ASの模擬戦までの、短い時間ですけど、ちゃんと息抜きをしてくださいね。戦隊長としての命令ですから♪」

 テッサが笑いながらそのように宗介に告げた。

「……了解しました」

 結局、宗介は言おうとした言葉を飲み込み、すごすごと戻ってきた。

 クルツは、その様子を見てげらげら笑っていた。




 これは、そんな一日の出来事だった。




 宗介とクルツを、テッサが眺めている。

 しかし、彼女の視界には宗介しか映っていないだろう。

「ホントに好きなのねぇ」

 呆れたようにマオが声をかけた。

 改めて指摘されて、テッサが頬を染めた。

「放っておいてください」

 照れ隠しに不機嫌そうに答える。

「乙女チックに影から見ているだけじゃ、なんの進展もしないわよ。あいつは、本当に木石と同じなんだから。あんたが、行動しなきゃ、何十年でもじっとしてるんじゃない?」

 マオがそう告げる。

 テッサを見ているとあまりにじれったいのだ。彼女自身のために、もっと頑張るべきだと、常々けしかけているのだが……。

「この機会に、キスでもなんでもしちゃいなさいよ」

「え?」

 テッサが驚きの声を上げる。

 マオを振り向いた彼女の顔が真っ赤になっている。

 この年頃で、テッサのように奥手な娘は少ないのではないだろうか?

 まあ、宗介の暮らしている日本ではどうか知らないが。

「かなめに先を越されても知らないわよ」

 その言葉に、テッサの身体がぴくっと反応する。

 テッサにとって、宗介への恋心の最大の障壁は、東京に住んでいる千鳥かなめであることは間違いない。どんなに、彼女自身が否定しようが、宗介が気づいてなかろうが、それは確かな事実だろう。

 じっと、テッサが宗介を見つめる。

 テッサの視線に気づいたのか、宗介がこちらを振り向いた。

 目があって、テッサの心臓がどきんと高鳴る。

「ほら、駆け寄るなり、なんなりしなさいってば」

 マオがテッサをヒジで小突く。

「は、はい」

 ためらいながら、テッサは両手のそろえた指先を口元に当てると、宗介の方へ向かって両手を突き出して見せる。

 そのポーズのまま動きを止めたテッサに、とりあえずマオが尋ねてみる。

「それは……なに?」

「えっと、その……投げキッスです」

「…………」

 黙ってこめかみを押さえたマオが、テッサの後頭部をぺしっと平手ではたいた。

「痛いです〜」

 目に涙を浮かべながらテッサが不平を漏らす。

「当たり前でしょ。痛くしたんだから。小学生じゃあるまいし、投げキッスで満足なの? あの宗介相手に、そんなマネしてたら、百年経っても進展しないわよ。わかってんの?」

「わかってますよ。それはもう。骨身に染みて」

 実感を込めてテッサがうなずく。

 彼には一度、はっきりと口に出して告白すらしたのだ。

 ところが、タイミングが悪かったのか、宗介はテッサの告白を「酒を好きだ」と勘違いして、まるで真意が伝わらなかった。

 さすがにあのときの脱力感はすさまじい物があった。

 もともと、テッサは恋愛において積極的に行動するタイプではないので、何かのきっかけもなしに、宗介に迫るのは難しいのだ。なんらかの理由があって、初めて彼へのアプローチが実行できる。そんな自分を、彼女自身も歯がゆく思っているのだが、なかなか思うようにいかないのだった。

 テッサの視線の先では、宗介が首をかしげている。おそらく、今のテッサの動作が理解できず、隠された意味について考えを巡らせているのに違いない。眉根を寄せて真剣な表情で推測を巡らせている。

 傍らのクルツにまで、その疑問をぶつけているようだ。

「ほら。まるでわかってないわよ。あれは」

 マオの言葉に、テッサもうなずくしかなかった。

「いっそのこと、海で溺れたら? 人工呼吸してもらうことでも期待して」

「そうですね……」

 笑いながら発案するマオの言葉に、テッサは真面目な顔でうなずいた。

「あんたねぇ。いつまでもちんたらやってると、いきなり試合終了にもなりかねないのよ。あんた自身も、自分が不利なのは分かってるんでしょ?」

 その言葉は、少なからずテッサの心を揺さぶった。

 マオの指摘どおり、テッサ自身も不利なのは承知している。

 だからこそ、焦りもしているのだが……。




 突然、警報が鳴り響いた。

 メリダ島内に巧妙にカモフラージュして設置されているスピーカが全て、最大音量を発する。

 続いて、状況を説明する、ややうわずった声。

『弾道ミサイル発射の熱源を検知! 目標はおそらくメリダ島基地! 着弾まで四三〇秒! 総員待避! 繰り返す。弾道ミサイル発射の……』

 宗介とクルツが視線を交わす。すでにふたりの顔は、一線で活躍する兵士のものだ。

 マオも表情を一変させた。すかさずテッサの手を引いて、走り出す。

 四人が出入り口目指して走り出した。

 しかし、マオの脚の早さにテッサがつきあえるはずもない。

 ずるべたーん!

 緊急事態だからといって、彼女の運動能力が上昇するわけでもないのだ。

 脚がもつれて転んでしまう。

「俺がっ!」

 そう叫んだ宗介が、テッサの身体を担ぎ上げた。

 テッサの腹を右肩にのせて、彼女の両足を右腕で抱え込む。

 文字通りの「お荷物」となってしまったテッサが、慌てて叫んだ。

「通信機をっ!」

「任せろ」

 クルツが反応した。駆け戻って、転がっているテッサのバッグを拾い上げる。

 走りながらも、バッグから通信機を取りだした。

 テッサは担がれたまま、通信機を渡されると、二回ほどファンブルして取り落としそうになる。

 何とか両手で握りしめる。

「マデューカスさん。聞こえますか?」

『艦長。連絡をお待ちしてました』

「〈デ・ダナン〉を至急発進させてください!」

『待ってください。艦長がまだ』

「そんなヒマはありません。メリダ島を直接攻撃するのならば、通常弾一発とは考えられません。おそらく、核ミサイルのはずです。メリダ島がどこまで耐えられるかわかりませんが、TDD−1の確保が最優先です」

『それでは、艦長の脱出手段が……』

「中佐! あなたの任務は、わたしの不在時にTDD−1を守ることです。個人的感情で、隊員や艦を危険にさらすことは私が許しません!」

 凛とした声。

 自分を切り捨てでも、発進するよう命じているのだ。

 この場合、切り捨てるのは、現在乗艦していない人間全てだ。宗介達だけではない、メリダ島に上陸している人間全て。

『…………』

 無線機越しにマデューカスが絶句する。

 彼自身にもわかっている。

 メリダ島基地は地下に建設されたこともあり、ある程度の核攻撃には耐えられるのだが、あえてミサイル攻撃をする以上、最悪の事態も考えられる。

 その時、被害をメリダ島基地だけで済ませるか、TDD−1も道連れにするか。軍人として答えは決まっている。

 それを即断できないのは、マデューカスの個人的感情によるものだ。

 テッサを助けたいという、その思いだ。

 だが、彼もまた軍人だった。

『了解しました。ご無事をお祈りします』

「はい。急いでください」

 プツッ……。

 通信が切れた。




 通称TDD−1。それは、最強最大にして、世界で唯一の強襲揚陸潜水艦〈トゥアハー・デ・ダナン〉のことだった。

 その発令所にマデューカスの姿があった。

「緊急事態だ。現在乗艦している人間だけで、出港する」

 マデューカスの指示が飛ぶ。

「しかし、艦長が……」

 ゴダート大尉が思わず反論してしまう。

「君も聞いていたろう。今は、艦の安全を確保するのが先決だ。それこそが、艦長の指示だ。急ぎたまえ!」

 マデューカスの声に怒りが込められた。

 テッサを助けたいのは自分も同じなのだ。

 職責上も、我意を通すわけにいかず、彼女の意志を無にしないためにも、一刻も早くメリダ島から離脱する必要がある。

 上官に憤懣をぶつけられる彼が、いっそ羨ましいくらいだった。




 宗介たちはエレベーターに乗り込んでいた。

 できるだけ深く潜った方が、地表の爆発から逃れられるだろう。

 走り続けて、やっと一息ついた。

「あ、あの〜」

 場違いな戸惑いの声。テッサだった。

「おろしてもらえますか?」

 そうつぶやいた。

 いま、宗介の顔のすぐ横に、テッサのお尻があった。

 脚を止めた状態になり、初めて彼女は自分の体勢に気づいたのだろう。

「は……はっ、了解しました」

 宗介が慌ててテッサをおろした。

「さあ、どうする?」

 クルツがテッサに尋ねた。

「まず、状況を把握しませんと。核ミサイルだとも限りませんし……。まず、司令センターへ向かいましょう」




 さすがにあわただしかった。

 迎撃ミサイルを射出し、状況をうかがう。

「馬鹿な! 当たっているはずだ」

 管制員の一人が嘆いた。

 それは一人だけではなく、数人が等しく疑問に思っていた。

 だが、どんな不可解な現象であろうと、ミサイルが無事なのは確かだった。

 手近な一人がテッサに気づく。

「大佐殿、ここは危険です。すぐに、脱出を」

「いえ。もう、間に合いません。ここで、最前を尽くしましょう」

『…………』

 皆がしんとなる。

「……そろそろ、ミサイルが到達します」

 全ての視線がレーダーに向けられた。

「待ってください。高度が……」

「妙だ。このままだと、メリダ島上空を通過します」

 誰もが驚いていた。

 虚をついたミサイル攻撃。計算し尽くした攻撃のはずなのに、肝心の目標を外すとは、だれもが信じられない思いだった。

「カメラが捕らえました」

 撮影した映像がモニタに映し出された。

 長い尾を引いたミサイルが不意に爆発した。

 いや、いくつかの部分に分かれたように見える。

 あれは……?

 ミサイルからカプセルが分離された。

 上空一〇〇メートルでカプセルがはじける。

 パラシュートで一機のASがメリダ島に舞い降りてくる。




 西太平洋戦隊でも幾度と無く、その搬送方法は行っていた。

 だが、それはすべて、離れた場所にいる宗介の元へ〈アーバレスト〉を送り込むための手段としてだ。

 弾道ミサイルのGでは、乗員が耐えられないのだ。

 このメリダ島に降りたASにどうやって、オペレーターが乗り込むのか? メリダ島内に、敵の仲間がいるのだろうか?

 あのASを無償でくれるのが目的のはずがない。破壊の意図を持ってASを送り込んだに違いないのだ。

 そうであれば、こちらの対応は決まっている。

 宗介の視線を受けてマオが頷いた。

「出るわよ。二人とも準備して」

「へいへい」

「了解した」

 男二人も頷いてみせた。

「よろしくお願いします」

 テッサの声を受けて、三人が格納庫に向かった。

 模擬戦の口実で持ち出したASが役に立ちそうだ。

 当然、最大の武器と成り得る〈アーバレスト〉も上陸していた。

 単身、乗り込むとはいい度胸だが、すぐに後悔することになるだろう。

 宗介が不敵に笑った。




 そのころ、司令センターでは──。

「……では、三人を出撃させます。三機はそれぞれ別な場所から出撃させます」

 テッサの指示が飛ぶ。

「敵を三方から包囲。〈デ・ダナン〉へも回線をつないで。敵ASへの牽制のために、攻撃ヘリを……」

 そこまで指示をして、不意に視界が歪んだ。

「……?」

 思考が途切れる。

 これは?

 浮かんだ疑問を、検討する余裕もなかった。

 身体が揺れた。

 ……わたしは……。

 テッサは、意識を失い、その場で倒れた──。




 ──つづく。




 次回予告!

『突如として弾道ミサイルで飛来した謎のASに、メリダ島への降下を許してしまった西太平洋戦隊! 敵ASを迎え撃つために、宗介、クルツ、マオの三人が出撃する。 〈アーバレスト〉をも凌駕する敵ASの性能。だが、敵の秘密を見破れるかもしれないテッサを欠いて、三人は苦戦を強いられてしまう。
 いま、メリダ島が戦場となる──』

 メリダ島の危機。これだけの発案でスタートしました。

 く〜っ、燃えるっ! 私はこういうノリが大好きです。

 予告までしつつ、後編へ続くっ! ……がっかりされると困るので、あまり期待はしないでください。










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