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宗介の何でもない日々 -[前]-[後]


宗介のなんでもない日々(後編)






 かなめが学校の廊下を歩いていた。

 軽く鼻歌など歌いながら……。

 ちょっとした心配事が解消されて、気が晴れたのだ。

 昨日受けた電話によると、宗介の健康診断では重病が発覚したという事実はないらしい。

 それでも、多少の疑問は残っている。

 いつもと違う彼の態度は、何故だったのか?

 どん。

 角を曲がった拍子に誰かとぶつかった。

 お互いに床に転んでしまう。

 かなめが見ると、相手は自分の担任教師である神楽坂恵里だった。

「あ、先生」

「千鳥さん? ごめんなさい。大丈夫だった?」

 生真面目な恵里らしく、自分も床に転んでいながら、かなめを気づかった。

「あたしは、大丈夫です。先生は?」

「ええ。私も平気です」

 立って、ほこりを払った恵里が、かなめの鞄を拾い上げようとする。

 落とした拍子に開いてしまったのか、中身が飛び出て廊下に散らばっている。

 教科書やノート類。そして……拳銃。

「…………? 千鳥さん。あなたまで……」

 思わず、理恵が嘆いていた。

(まったく。相良くんと一緒にいて、趣味がうつったのかしら)

「こんなの、持ち込むなんて……、没収しますからね」

「……お断りします」

「え?」

 予想外の返答に恵里が驚いた。

 彼女だって、こんなモノを持ち込むことが問題だとの自覚はあるはずだ。それなのに、注意に対して素直に従わない……。

「これはソースケから預かったんです。あとで、あいつに返すから、それまで、見逃してもらえませんか?」

「……千鳥さんが、そう言うなら」

 宗介と違って、かなめならば問題はないだろう。いつも、宗介に悩まされている者同士なのだから、宗介のような物騒な真似はしないはずだ。

「ありがとうございます」

 かなめは礼を言うと、グロック19という代物をしまった鞄を抱いて歩き出した。

 不意にPHSが鳴った。

「はい。千鳥です」

 宗介の健康状態を教えてくれた人物からの連絡だった。

「……え? ……撃たれた?」




 かなめはあの時の会話を思い出す。

『今度の任務って、そんなに危険なの?』

『いや。いつもと変わらない。どうかしたのか?』

 宗介の言った、『いつもと変わらない』という言葉を、自分は意味を取り違えていた。それは、『危険がない』という意味ではなく、『いつもと同じ程度の危険』なのだ。

 彼が呼び出されるのは、デスクワークのためではない。そして、優秀な兵士である彼が呼び出されるのも、彼でなければできない仕事のためなのだ。そして、そのたびに、彼は銃弾の飛び交う戦場へ向かう。

 宗介の部屋を訪ねてみたが、鍵がかかっていた。当然、不在のままだ。

 合い鍵を預かっていたが、主のいない室内を確認したところで意味はないだろう。

 その後、かなめのPHSは沈黙したままだった。




 強襲揚陸潜水艦〈トゥアハー・デ・ダナン〉。

 たたたたたたっ!

 艦内の狭い通路を艦長が走っていた。

 その足音は医務室の前で止まる。

「はあはあはあはあ」

 よほど急いだのか、彼女の息は荒かった。

「あのっ、サガラさんは……?」

「あら、テッサ。そこにいるわよ」

 マオが軽い調子で応対する。

「大丈夫ですか?」

「問題ありません。ご心配をおかけして、申し訳ありません」

 無愛想に宗介が答えた。

 上半身はタンクトップ一枚になって、左腕の銃創を治療されている所だった。

 ゴールドベリ大尉が不在だったので、クルツが処置をしている。

「よかった」

 ほっとテッサがため息をついた。

 宗介が負傷した件は、テッサの所にも連絡が入ると思ったので、マオは自分の口から怪我の程度を伝えていたのだ。だから、彼女も容態を知っていたはずなのだが……、やはり、心配していたのだろう。

「ソースケ。ちょっと、聞きたいんだけどよ……。お前の様子がおかしかったのは、どうしてなんだ? その傷だって、気が散っていたのが、原因じゃねーのか?」

 クルツが尋ねた。

 あの瞬間、宗介も虚をつかれた形になったが、辛うじて身をかわすことに成功した。腕を軽くかすめた程度だったので、その後の任務にも支障はなかった。現地は政府軍に任せてきたし、撤収も完了している。

 残るは書類整理だけだ。

 時間はたっぷりある。

「……おかしかったか?」

「ああ」

「ええ」

「はい」

 三人三様に答えた。

 宗介が鼻の頭をぽりぽりとかいた。

「特別、どうということでもないのだが……」

 前置きしてから、宗介が話し出した。

「テレビのニュースで見たのだが、いま、ある本が売れているそうだ。余命が短いと知った男が、家族にむけて書いた内容らしい。それを知って、自分の死について考えたのだ」

 三人がそれぞれ顔を見合わせた。

「俺も、いずれ、どこかの戦場で死ぬことになるだろう。俺の死体は、放棄された戦場に残され、朽ち果てていく。それが当然だと思っていた」

 宗介が遠い目をした。

 昔に死んだ戦友達に思いをはせているのかもしれない。

「だが、最近はただ死ぬのではなく、自分がいたことの証を残したい。生き残った人間に自分の事を覚えておいてもらいたい。……そんなことを考えるようになった」

 宗介の視線が、かたわらに立つ仲間達に向けられた。

「だが、そのせいで、作戦中に迷惑をかけてすまなかった」

 宗介の謝罪を受けて、なぜか三人が戸惑う。

「いや、これから気をつければいいんじゃねーの?」

「そうね。他には負傷した人間もいなかったんだし……」

「はい。作戦遂行上でも、影響はありませんでしたから」

 戦場に立つ限り、宗介のような思いは誰もが持つ。

 一瞬先が、全く保証されない世界。危険な場所に身を置いている人間に、絶えずつきまとう苦悩だった。

「いつもと変わらないつもりだったが、わかってしまうものだな」

「そりゃーな。そういう意味じゃ、バレバレだぜ」

「そうか。千鳥にも心配をかけたのかもしれん」

「カナメさん?」

 テッサが微妙に反応を示した。

「はい。愛用の拳銃を手渡してきました。そういえば、彼女も不思議がっていた気がします」

「そうですか……。彼女に拳銃を……」

 すっと、テッサが顔を伏せたまま医務室から出て行った。

「……テッサには、なにか渡したりしないの?」

 閉まった扉を見ながらマオが尋ねた。

「大佐殿に? 作戦の前後には顔を合わせているし、自分の死体も確認できるだろう? それに比べて、千鳥の場合は、それっきりになる可能性が高い……」

「つまり、カナメとは、それが最後の別れになるかもしれないけど、テッサは戦場をともにするから、その必要はない。そう思ったワケね?」

「その通りだ」

 マオがため息をついた。

「だったら、彼女に自分の口でそう言いなさい」

 ごん!

 マオが宗介の頭を殴った。

「なにをする?」

「テッサの分よ」

 ごん!

 クルツにも殴られた。

「こいつもだ」

「……どういう意味だ?」

「いいから、テッサに謝ってこいよ」

「よくわからんが、そうしよう」




 医務室にふたりだけが残った。

「変わんねーな。あの朴念仁は」

「しょうがないわよ。そんな相手を好きになった以上、ある意味、自業自得ね。避けようがないわ」

「まあ、そういうこった。……それがいやなら、やめとくべきだぜ。あれがソースケなんだからな」

 クルツがつぶやく。彼自身は宗介があのままでいいと考えているのだろう。

 マオはクルツの顔をしげしげの見つめると、

「あんた、本当にソースケのこと気にいってんのねぇ」

 感心したようにつぶやいた。

「なに言ってんだよ。馬鹿馬鹿しい」

 クルツが肩をすくめて、視線をそらした。

「姐さんはどうなんだよ」

「あたし? あんたと同じでソースケのこと好きよ」

 当たり前のようにマオが答えた。

「ちぇっ」

 クルツが舌打ちする。

 自分と違って、はっきり口にしたのが、悔しかったようだ。

 そんな二人のもとへ、すごすごといった様子で宗介が戻ってきた。

 失敗したのは一目瞭然だった。

 捨てられた子犬のような様子だったし、その上、左の頬に真っ赤な手形が残っていた。

 呆れながらクルツが尋ねる。

「ちゃんと謝ったのか?」

「うむ。謝罪は受け入れられた」

「だったら、今度は、何があったんだよ?」

「よく、わからん」

「順番に話してみてよ」

 マオが促した。

「俺が謝罪したことで、大佐殿は機嫌を直したようだった。それで、『自分に残せる物』の話になり、……自分は戦争しか知らないのだから、武器や戦術のノウハウをマニュアルにしてみようかと、そういう話をした」

「それで?」

「千鳥は素人だからな。そのようなマニュアルがあると、自分がいないときなど、役に立つはずだ」

「わざわざ、カナメの話をしたわけ?」

「なにか、問題が? ……もしかすると、二人は仲が悪いのか?」

 深刻な表情を浮かべて宗介が尋ねる。

 マオが、処置なしといった調子で首を振った。

「で、どうしたの?」

「大佐殿も欲しがったくれたのだが、彼女の知識に俺がかなうはずもなかろう。いまさら、俺の武器の応用法や、戦術論など、恥ずかしくて見せられるわけがない。断念してもらったのだが、彼女は俺の頬を殴って立ち去った。もしかすると……泣いていたかもしれん」

「あんたは、なんて言って断ったの?」

 こめかみをおさえつつマオが尋ねた。

「普通に、『お断りします』と」

『…………はあ』

 マオとクルツがため息をついた。

 ごん!

 クルツが宗介の頭を殴った。

「これは、テッサの分な」

 ごん!

 マオも宗介の頭を殴った。

「これも、テッサの分よ」

「……どうして、そうなる?」

「いいから、もう一回行ってきなさい。『完成したら、もらってくれ』って、お願いするのよ」

「いや、しかし……」

「いいから、行け!」

 びしっと、マオが宗介の背後を指さした。

「……了解した」




 セーフハウスに宗介は戻ってきた。

 今回は、星回りが悪かったようだ。

 負傷した上に、テッサとももめて、マオやクルツに殴られた。

 とりあえず一息つこうとして、冷蔵庫からミネラルウォーターを取り出した。

 そこへ……。

 どたたたたーっ!

 けたたましい足音が響いてきた。

 チャイムが連続して鳴り続ける。

(何事だ?)

 宗介が玄関に出ると、そこにいたのは──。

「千鳥?」

「……ソースケ?」

 出迎えた自分を見て、千鳥が驚いている。自分がここにいるのが不思議なのだろうか?

「何かあったのか?」

「『何かあったのか?』じゃないでしょ。あんたの方こそ、撃たれたんじゃなかったの?」

「腕にかすり傷を負ったが、問題ない」

「……そうなの?」

 だが、かなめは心配そうに宗介を見た。

 これまでも、こうだったんだろうか? 自分が気づかなかっただけで、どこかに怪我を負いながらも、平気な顔で学校に通って……。

 修学旅行の時に、負傷をおして、自分を救ってくれたように。

 今も、こうやってあたしのために……。

「それより、どうして君が知っているんだ?」

「え? ……いやぁ、その、虫の知らせってヤツよ」

「虫の知らせ? 君のは随分と有効性が高いようだな」

「そ、そうね。〈ウィスパード〉だからかもね。う、うはははは」

「むう。あなどれん」

 宗介の様子はいつもと変わらなかった。

「部屋に明かりがついたのが見えたから、もしも、〈ミスリル〉の人間が来たんだったら、あんたの容態が聞けると思って……」

「心配をかけてすまなかった」

「別に……無事だったんだし、いいけどね」

 ほっと、かなめがため息をついた。

 心配してくれたのか? ……俺のことを?

 何度か彼女を危険に巻き込んだ事があり、その最中に彼女は自分の身を案じてくれたことがあった。しかし、戦場からここへ戻ってきて、彼女の言葉で迎えられたのは、初めてかもしれない。

「なにを、笑ってんのよ?」

「いや、笑ってなどいないぞ」

「あたしがどれだけ心配したと思ってんのよ!」

 顔を赤くしてかなめが怒鳴った。

「だから、すまなかった、と……」

「だったら、ニヤニヤしないでよ! あたしのことからかってるワケ?」

 かなめが襟首を締め上げる。

「違う。誤解だ。千鳥」

 いや……もしかすると、本当に笑っているのかもしれん。千鳥が俺を心配してくれて、嬉しく感じているのは確かだ。多少手荒いが、これが千鳥だということを自分は知っている。

「だから、笑うなって言ってるじゃないの!」

 かなめが襟首を締め上げて、がくがくと揺さぶった。

 しかし、宗介は自分の首を絞めている彼女を、まぶしそうに見つめ返した。

 共に戦う仲間がいて、帰りを待っていてくれる相手がいる──。

(俺は、自分で考えているよりも、幸せなのかもしれない……)




 その後、相良宗介著『なんでもない日々』が完成した。

 ベストセラーの本とはまるで方向性が違い、驚くほど殺伐とした内容になる。ある意味、テロリスト必携の書と思えるほど、実用本位な一冊だった。

 しばらくして……。

 かなめは、宗介の不在中に、窮地に立たされる。そして、宗介から渡された、グロック19と、『なんでもない日々』で、難を逃れる事になるが……、それはまた別の話である。




 ──『宗介のなんでもない日々』おわり。




 あとがき。

 というわけで、宗介は無事に戻ってきました。

 前編だけで投票してくれた方には申し訳ありませんが、あまり深刻な話には発展していません。

 ホントは、「なんでもない一日」としたかったのですが、往復の時間を考えると数日かかりそうなので、タイトルが変更になりました。。

 この話も、伏線ポイんですが、続編は考えていません。『宗介の本に頼りながら、かなめが単身で敵と戦う』。プロットは好みなんですが、書くのは無理そうなので。(……私はそのテの知識に乏しいのです。あえてあげると『パイナップル・アーミー』と『マスター・キートン』ぐらいしか知りません)。

 『終わるデイ・バイ・デイ(下)』と、設定もカブってしまうし……。

 今回のアイテム:かなめ所有のグロック19、宗介著『なんでもない日々』×二冊







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