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宗介の何でもない日々 -[前]-[後]


宗介のなんでもない日々(前編)






 朝。

 昼間とは全く違ったテンションで、長髪の少女が歩いている。日中は握り拳でずけずけ歩く彼女だったが、朝にだけは弱かった。

 あくびを噛み殺しながら歩いている少女は、自宅付近の駅前で、その少年を見かけた。

 むっつり顔にへの字口。自分と違って朝だろうが、寝起きだろうが、年中無休で無愛想なクラスメートだった。

「千鳥。待っていたぞ」

 少年が話しかけてきた。

「ソースケ。あたしに用なの? だったら、うちに迎えに来てくれれば、よかったのに」

 宗介の方からわざわざ近所に越してきたのだから、途中でたち寄ったところで、時間的な問題は無いはずだ。

「いや、本来は学校へ向かっていたのだが、途中で急用が入ってな」

 彼がそんなことを言い出すのはいつものことだ。

 最年少の特殊部隊員として活躍している彼の姿を知っているのは、同じ高校の中でも自分ひとりだけだ。

 彼の急用は、その部隊での仕事に違いない。

「だったら、ここでなにしてんのよ?」

「君に会いたくて待っていたのだ」

 宗介は、腰のホルスターから拳銃を取り出した。

「これは俺が愛用している拳銃で、グロック19という。引き金に指をかけただけで、安全装置が解除されてしまうので、不用意に触れないでくれ」

 いきなり路上で拳銃の説明を始める。

 もともと、戦場育ちで平時の常識をわきまえていない人間だったが、こんなことは初めてだった。

「ちょっと、あたしは拳銃の説明なんてされても、わかんないわよ。そんなのは、風間くんと話してよ」

 軍事オタクのクラスメートの名前を挙げる。

「いや。君に覚えておいてもらいたかったのだ」

 すっと、そのグロック19とやらを、かなめに差し出した。

「なによ?」

「持っていてくれ」

「? どういうことなの? ……また、あたしが狙われてるとか?」

 決して自分の責任ではないが、自分が標的になりうるという事実だけは理解している。自分は銃弾の飛び交う中を、走り回った経験があるのだから。

「いや。そうではない。危険があるとは聞いていないから、君が心配する必要はない」

「だったら、どうして拳銃なんて……」

「俺がずっと身につけていた物だ。君にこれを持っていて欲しい」

 言葉だけ聞くと、恋愛感情からの発言ともとれるが、この男にそのテの発想はないはずだ。かなめ自身が骨身に染みて知っている。その上、その対象が拳銃となっては、誤解のしようもなかった。

「ちょっと、何を企んでいるのか、正直に言ったらどうなの?」

「企んでなどいない。君に俺の持ち物を持っていてもらいたいと思ったのだ。ピアノ線やプラスチック爆薬では、扱いが難しく、実用的とは言えない。これなら、緊急時に使用も可能だ。自分がいない間、持ち歩いてくれ」

「……本当にそれだけ?」

「それだけだ」

 理由がそれだけだとしても、奇妙な発言だった。

 彼が姿を消すのは、今に始まった話ではなかった。それなのに、どうして今回ばかり……。

「今度の任務って、そんなに危険なの?」

「いや。いつもと変わらない。どうかしたのか?」

「ううん」

 ますます妙だ。

「千鳥。君に会えてよかった。健康には気をつけてくれ」

 そう言って宗介がきびすを返した。

 不意にかなめは一冊の本を思い出した。

 タイトルは『なんでもない日々』。

 それは、最近のベストセラーになっている本だった。重病で余命幾ばくもない男の書いた、家族との想い出をつづった本。後半で、主人公は淡々と身の回りの整理を始めるのだ。その著者は、すでにこの世にはいない。

 かなめが彼の後ろ姿に声をかけた。

「ちょっと、ソースケ!」

「どうした?」

「……あんた、また、戻ってくるんでしょ?」

「そのつもりだ」

「ホント?」

「……? もちろんだ」

「そう……」

 かなめは宗介の後ろ姿を見送った。

 宗介の残したグロック19が、ずしりと手に重かった。




 ……どう考えてもおかしい。普通ではない。

 いつもの態度とは違い、まるで、別れを惜しむような……。

 別に、ソースケを意識しているワケではないが、クラスメートとして気になる。

 しかし、かなめがあれこれ考えても仕方がなかった。状況をはっきりさせる方法は、悩むことではなく、情報を得ることだ。

 かなめは情報を得ることのできる知り合いに電話をかけた。

 宗介と同じ軍事組織〈ミスリル〉の情報部に属している人物だった。

「あたし。千鳥だけど……わかってるわよ。だけど、急ぎなの。……ソースケの事なんだけど……。バラすわよ。……そうよ。素直でよろしい」

 弱みを握っているから、かなめの疑問にも答えざるを得ないはずだ。

「今回の作戦は? ……特に危険はないのね? じゃあ、最近の作戦とかは……この前もいなくなったし……。え? 健康診断? そんなのまで、あんの?」

 この前の不在が健康診断とは思わなかった。

 ……健康診断?

「あのさあ……その、健康診断の結果ってわかる? ……そうかもしれないけど……どうにかしてよ。まさか悪い病気とか……いい? 絶対よ」

 相手は渋っていたが、何とか調べはつきそうだった。

 まさか、そんなことはないだろうが……。

 そうではないと思いたい。




 強襲揚陸潜水艦〈トゥアハー・デ・ダナン〉。

 世界最強とまでうたわれる潜水艦であり、〈ミスリル〉西太平洋戦隊そのものともいえる。

 戦隊の中に最精鋭部隊として特別対応班が組織されており、宗介はそこに名を連ねている。

 特別対応班の待機室に、むっつりした少年と、軽そうな笑顔の青年がいた。

「健康診断が終わって帰ったと思えば、また、作戦で呼び戻されるとは、お前もついてねーな」

 軽い調子で話しかけてきたのは、同じ特別対応班のクルツだった。

「うむ。しかし、任務は任務だ。こちらの都合にあわせて事件が起きるわけでもない。健康診断のことなど、向こうは知るまい」

「堅いね。相変わらず」

 宗介とクルツは性格が正反対だった。そのわりにウマがあう。ベテランぞろいの部隊で年若いのも理由だろう。

 ただ一つ確実に言えるのは、戦場で背中を預けられる相棒だということだ。

「話は違うが……」

 宗介は、そこで言い淀んだ。

「どうした?」

「お前はしたいことがあるか?」

「……なんだよ、一体?」

「ちょっと気になってな。例えば、今日の作戦で命を落としたとして、悔いは残らないか?」

「おいおい、穏やかじゃないぜ」

「別に今回の作戦でなくても構わないが、いつか死ぬかも知れない。そのことをどう思っている?」

「どうっていわれてもな。俺には借金があるし、やりたいことは返済が終わってからのことさ。死にたくないのは確かだね」

「ふむ」

「そういうお前はどうなんだよ? したいことってのは?」

「いや、思いつかん。東京で暮らしたいとは思うが……」

「生きる理由なんて、その程度でいいんじゃないか?」

「そうかもしれん」

「なんだって、いきなり、そんなこと言い出すんだ?」

「ちょっとした心境の変化だ。いままでは、その瞬間を生き延びることしか考えていなかったが、もし、その瞬間に命を落とすとしたら……。俺は後悔しないだろうか? ……ふと、気になってな」

「らしくねーな」

「そうだな」

「カナメと、なにかあったのか?」

「いや、千鳥とは関係のないことだ」

「ふーん」




 第一状況説明室。

 作戦のためのブリーフィングが終了したところだ。

 クルツがマオを呼び止めた。

 だいたい少人数での作戦行動となると、マオをリーダーとして、クルツと宗介の三人でチームを組むことが多かった。今回の作戦でもそうなっている

 マオは女性の身でありながら特別対応班ではウルズ2のコールサインを持ち、ナンバー2の立場にいた。

「……どうも、宗介が、らしくないんだ」

「そうね。あたしも思ったわ。悩んでいるって言うか、迷ってるって感じね。あれは……」

「どうも、原因はカナメじゃないらしいんだが……。死ぬんじゃねーかって、漠然とした不安とか、そんな感じだな」

「あの子もねえ、やっとそういうこと、考えるようになったのかしらね」

「単にそれだけなら、いいんだけどよ」

「なにが言いたいのよ?」

「このまえ、健康診断だったろ? それが原因かもしれねー」

「ソースケが病気だっていうの?」

「可能性の問題だけどな」

「まさか……」

 マオが苦笑する。

「姐さんが、絶対に違うって断言するなら、それでもいいぜ。俺としても、その方がいいんだ」

 真顔で返されて、マオも聞き流すことができなくなる。

「……そうね。無視するわけにもいかないかも」

「……そうですね」

 別な声が聞こえて驚いた。

 部屋の外に、アッシュブロンドの髪の少女が立っていたのだ。

『テッサ?』

 二人に呼ばれて、少女が硬い表情を二人に向けた。

 本来、戦隊長である彼女自身がこの部屋にくる必要はない。特別対応班は陸戦隊に属しており、その陸戦隊の責任者も別にいて、作戦説明などもすでに済んでいるのだ。

 ただ、少女がここへきた理由は二人とも察しがついた。少女が宗介に好意を持っていることを、二人とも知っているのだ。

 今の話は、本来、彼女に聞かせるべきではなかったのだが……。

「〈トゥアーハー・デ・ダナン〉の責任者として、作戦担当者の健康状態を把握する必要があると思います。わたしが確認します」

 少女はそう宣言した。




 医務室をテッサが訪れた。

 ひょっこりとテッサの顔が扉からのぞいた。

「テッサ。なんか御用なの?」

 艦医を務める黒人のおばさんが、気やすく声をかけた。

「ゴールドベリ大尉。ひとつ聞きたいことがありまして……」

「二日酔いの薬の保管場所かい?」

「違います。わたしはアルコールなんて摂取しませんから」

「でも、噂は聞いてるよ」

「根も葉もないでたらめです」

「じゃあ、なんの用だい?」

「実は、健康状態を確認したい人がいまして」

「……へえ。誰?」

「サガラ軍曹なんですけど……」

「また、なのかい……」

「また?」

「サガラ軍曹になにか問題でもあるのかねぇ」

「あの、私以外にも、尋ねてきた人がいるんですか?」

「いえね……。どうも情報部がサガラ軍曹のカルテにアクセスしたらしくて……」

「情報部が? ……あの、私にも見せてもらえますか?」




 通路を思案げな顔でテッサが歩いている。

 どうして情報部がわざわざ……。もしかして、カルテの改竄を?

「テッサ、深刻そうだな。まさか……」

 クルツが緊張した面持ちで尋ねてきた。

「あっ、いえ、これは違うんです。ちょっと考え事を……」

「それで、どうだったのよ?」

 マオが先を急ぐ。

「ええ、オールグリーン。問題なしです。カルテを確認しましたし、ゴールドベリ大尉の記憶でも、重病者は発覚していないそうです」

「なんだ……」

 クルツががっかりしたように、気の抜けたため息を漏らした。

 クルツが照れ隠しにそんな態度を示すのを、マオはよく知っている。

「でも、そうなると、ソースケの態度は原因不明のままだわ」

「うーん。……じゃあ、あれかな?」

「なによ? また、ふざけたこと言ったら殴るよ」

 マオに釘を刺されて、クルツが肩をすくめる。

「いや、よく言うだろ。虫の知らせって奴。あいつ、今回の作戦で、自分の身に何か起きそうな予感があるんじゃねーかな? 象は死期を悟ると姿を消すって言うしな……」

 クルツが無表情に話した。

 テッサの表情が曇る。

「バカ!」

 結局、クルツはマオに殴られた。

「テッサも、わからないまま勝手に気をもんでるんじゃないの。あいつのしぶとさは、あんただって知ってるでしょ? 殺したって死ぬような奴じゃないわ」

「……そうですね。サガラさんの事だから大丈夫ですよね」

 なんとか笑顔をみせた。

 しかし、三人とも一抹の不安を隠せなかった。




 今回の作戦は、テロリスト訓練キャンプの制圧。

 政情不安なこの国では、テロリスト予備軍が多い。しかし、人数はともかく、敵にはASの装備もなく、特別難しい作戦とは言えない。

 宗介の一件を除けば、なんの不安も無いはずだ。

 マオ、クルツ、宗介の三人も他の陸戦隊員とともに、ヘリで現地におもむいた。彼ら特別対応班はASの操縦兵ではなく、あらゆる技能に秀でた専門家なので、生身で作戦に従事することも多いのだ。基本的には、『優秀な兵士。且つ、ASの熟練者』と表現する方が正しい。

 敵が古い防空壕などに居住しているため、ASでの制圧が困難と思われ、歩兵での作戦行動となった。電磁迷彩により可視光線すら遮断したヘリで接近する。

 防空壕の坑内図は情報部が入手済みだ。森林で降下した陸戦隊が包囲を狭め、催涙ガスなどで、無力化していく。

 敵には未熟な兵が多いのか、簡単に作戦は進んだ。

 広い場所に敵兵を集めて、陸戦隊員がそれを囲む。宗介やクルツも外周の輪の中に混じっていた。

 集められた敵の訓練兵は皆若かった。皆この国の行く末に不安を抱いて、キャンプに来たのだろう。

 宗介が珍しく、彼らの人生に思いをはせる。

 こんな国に生まれていなければ、彼らにも別な人生があったはずだ。例えば、あの平和な東京にでも生まれていれば、いまごろは、高校で友達と笑いながら話をして……。

 一人の少年がその手を宗介の方に向けた。

 少年の手に握られた拳銃の銃口を、宗介の目が正面から捉える。

 かたわらにいたクルツも気づいた。

 ぱん!

「ソースケっ!」

 銃声とクルツの声が同時に響いた。




 ──つづく




 あとがき。

『宗介の余命が数ヶ月としたら?』。それが思いついた発端です。そして、『その瞬間』がいつ訪れるか、誰にもわからない。

 後編へつづきます……。








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