宇宙はとっても広いので


※文中の *用語解説にリンクしています。


1.

クラヴィスは宇宙艦隊所属のカウンセラーだ。カウンセラーと言えば、人々の悩みや心理的な問題を解決する手助けをするための専門職だが、彼の役割はそれだけにとどまらない。一種のテレパシー能力を持ち艦隊の中では中佐という地位にあるクラヴィスは、上官に求められれば難しい折衝の場に立ち会ってアドバイスをする権限を持つ。

彼が乗り組んでいる艦の最高責任者は幼なじみのジュリアスである。生家が隣同士の二人は、同年の生まれで生まれたときからの腐れ縁、アカデミーを卒業するまでずっと一緒にいた。特に仲が良いわけでも気が合うわけでもないのに、結局学業を終えるまで一番親しいと言って差し支えない間柄だった。卒業後ふたりは別々の艦に配属されたのだが、ともに25歳となったつい先ごろ、ジュリアスはその若さとしては異例の抜擢で旗艦「聖なる翼」号の艦長に昇進し、クラヴィスは「ぜひ私をお前の艦のクルーとして採用してくれ」と迫って承諾させたのだった。幼なじみだからというのは異動の理由にならぬと渋ったジュリアスだったが、「幼なじみだからお前の艦に乗せろと言っているわけではない。お前と共に仕事をしたいだけだ。この人材がほしいと言うことは可能なのだろう?」とクラヴィスに問われて「それは可能だ」と答えてしまったところで、ジュリアスの劣勢は決定した。
「私はカウンセラーとしては有能だ。それにテレパシーもあるから、お前の艦の任務には最適な人材だ」とアピールされて、「確かに、難しい局面において交渉相手の思惑が読めればそれば有利に働く」と思わされ、共に仕事をしたいと言い出すなどまったくもって不可解な話だと思ったにもかかわらず、迷った末に自分の艦のカウンセラーとしてクラヴィスを配属してほしいと願い出てそれは受理され、晴れて二人は同じ艦に乗り組むことになったのである。
それにしても、クラヴィスはなぜこの艦に固執するのだ? 私と特に仲が良いわけでもないというのに…と言うよりは、あれとの思い出は、ささいなことばかりながら私にとってはあまり愉快でないものが多い。一体何を思って私の指揮する艦に乗りたがるのか…。
そんなジュリアスの疑問をよそに、彼らは地球を飛び立ったのだった。

聖なる翼号は戦闘艇ではない。広大な宇宙には数多くの星があり、さまざまな文明や生命体に満ちている。宇宙で起こっている事象を調査したり、未知の文明と接触し友好的関係を築く、それが主なミッションだ。
世間は、と言うか、宇宙は広い。地球文明をベースとする星間連邦政府の目から見ると理解しがたい文明を発達させた種族もある。やたらに戦闘的だったり、極端に平和主義だったり、地球人類とはまったく別の原理に従って動く他星の文明との接触は刺激的であり、場合によっては危険を伴うものでもあった。

そして今回は初めての大きな仕事として、連邦の宇宙基地でジュリアスたちはポリンギ人との貿易交渉を行った。金に汚く損得勘定でしか動かない彼らは、ある意味では扱いやすかったが、ジュリアスは彼らを苦手としていた。だがこの交渉はクラヴィスの力もあってすんなりと進み、今夜はその閉会パーティが聖なる翼号で執り行われている。
ジュリアスはパーティ会場で副官オスカーとともにグラスを手にしていた。二人はすれ違う人々とにこやかに会釈を交わしながら片隅の目立たぬ場所に移動し、そこに腰を落ち着けた。
「ようやくこれでこの任務も終わりだな。ご苦労だった、オスカー。」
「ジュリアス様こそ。お疲れになったでしょう。」
軽くグラスを合わせて、気の重い仕事が無事に終わりつつあることに祝杯を挙げる。
「どうもポリンギ人とはなじめぬ。彼らを我が艦に乗船させるのは私としては避けたかったのだがな。」
「ジュリアス様らしくないお言葉ですね。交渉は円満に済んだんですから、奴らのことはもう忘れましょう。このパーティが終わればあとは送り返すだけですよ、キャプテン。それで我々の任務は終了だ。」
「そうだな。ここだけの話だが、もう彼らのことで思いわずらう必要がないと思うと…ほっとする。」
この方が俺に多少なりとも心の内を明かしてくださるとは。感激だぜ。
オスカーは、若さに似合わぬ老練な指揮ぶりを見せる艦長の信頼を受けているのだと誇らしい気分になった。
「クラヴィスを艦に迎えるにあたってはいろいろと考慮すべき点もあったのだが、結局のところあれを配属してもらったのは正解だったな。今回はよく働いてくれた。」
満足そうにグラスに口をつけるジュリアスの横顔を眺めながら、オスカーは思い切って少し踏み込んだ話をしてみることにした。何しろこの艦での任務はまだ日も浅く、これまで他のクルーともあまりプライベートな話をしてこなかった。もちろんジュリアスとも。
「カウンセラーとは古くからのご友人ですか。」
「ああ、そうだ。ほとんど共に育ったと言ってよいかもしれぬ。さして気が合うわけでもないのだがな…」
「そう言えば、クラヴィス様がいないようですが。」←階級は同じくせに、なぜだか敬称をつけてしまうオスカー
「クラヴィスは人の大勢集まるパーティなどにはあまり出たがらぬのだ。おおかた最低限の挨拶だけ済ませて、自室にでも引き取ったのであろう。」
「カウンセラーのことをよくご存知なんですね。」
「まあな。長年共にいれば、何を好むかくらいはわかるものだ。」
これだけの大きな艦のキャプテンともなると、孤高といってよい存在だが、意外にも親しい友人がそばにいたのだとオスカーは何となく安堵したのだった。


2.

そのころ、カウンセリングルームにて。
「…で、ランディ。相談事は何だ。話してみるがよい。」
「えーっと、俺……(赤面)」
「どうしたのだ? 誰がどこで何をしているかわかりにくいパーティの時間帯に、わざわざカウンセリングの予約を入れてきたほどだ。よほど他人に詮索されたくない話があるのであろう?」
「そ、そうなんですけど。いいのかな、こんなこと訊いても…」
「私はカウンセラーだ。職務上知り得たことを他人に漏らすことはない。何も気にせず、好きに話すことだ。」
ランディ少尉はごくりとつばを飲み込むと、話し始めた。
「この前女の子に話しかけられて…それで、その子のことかわいいなって思ったんですけど、そしたらかーっと頭に血が上っちゃって…その後何話したか全然覚えてなくて…。俺、女の子とつきあうなんて考えたことなかったけど、あの子とならいいかなー、なんて思ったりして。」
「ふむ、青春の悩みだな。」←ごくごくまじめな顔で
ランディ、ますますまっかっか。
「カウンセラー、からかわないでください!」
「私はまじめに話している。それで具体的には、お前はどうしたいのだ、その女の子と?」
「できればもっとちゃんと話をしたり、一緒にスポーツしたり、仲良くなりたいんです。」
こういうことは普通、まず友人に尋ねたりするものではなかろうか、とクラヴィスは思い、心の中で嘆息した。
私に相談しにくるべき話とも思えぬがな…。
「そう思うのならば、今度はお前のほうから声をかけてみたらどうなのだ。女の子は甘いものが好きだと聞く。パフェなどを注文してやって、ゆっくりすわって話をするというのは? よく知らぬ相手ならば、知り合うことから始めるべきであろう。」
「あ、そうか。それもそうですね。ありがとうございますクラヴィス様!」
「それともうひとつ。まずは落ち着くことだ、ランディ。」
「わかりました。」
ランディは勢いよく立ち上がってぺこんとお辞儀をした。そのとき。急にカウンセリングルームの中に人が転送* されてきて実体化し、クラヴィスとランディの手をつかむと、侵入者を含めた三人の姿は消え去った。クラヴィスとランディはどこへともなく連れ去られたのだった。


パーティがお開きになって、ポリンギ人たちを彼らの艦に送り返してから2時間ほど経った22:00過ぎ。ドクター・オリヴィエからブリッジ* に連絡があった。
「弟が、ランディが帰ってこないんだよ! コンピューターに確認しても、艦内にいないって返事なんだ。シャトルで艦から離れたわけでもないし、転送室に近づいてさえいないってのに!」
「落ち着け、ドクター。とにかくブリッジへ。」
「これが落ち着いていられるかっての。オスカーってば、弟を思う私の気持ちがちっともわかってないねぇ」
ぼやきつつ、オリヴィエはブリッジへと向かった。
オスカーはコミュニケーター* でキャプテンを呼んだ。セレモニー後、ジュリアスは自室で休んでいたのである。
「オスカーからキャプテンへ。ランディ少尉が行方不明との報告がありました。ブリッジへお願いします。」
「…すぐ行く。上級士官たち* を集合させておくように。」
「アイ、サー。」


会議室に士官たちが顔をそろえた、と見えたが、クラヴィスがいなかった。いらだった様子でジュリアスが口を開く。
「どうしたのだ、カウンセラーは? また遅刻か? コンピューター。クラヴィスの現在位置は。」
「……カウンセラー・クラヴィスは艦内にいません。」
一同は思いがけないコンピューターの答えに驚いた。ルヴァ少佐はいつもどおりののんびりとした声音でその驚きを表現した。
「ランディのみならず、カウンセラーまで行方不明とは。いったい二人はどうしちゃったんでしょうね〜?」
ジュリアスは続けてコンピューターに確認した。
「コンピューター、パーティ開始時刻の18:00以降にシャトルベイに入った者はいるか?」
「いません* 。」
「それでは、ポリンギ人代表を送り返した時を除いて、同じ時間帯に転送室に入った者はいるか? 」
いません。」
「パーティ開始のときには二人は確かに会場にいた。…ではどうやって艦を離れることができたというのだ…。」
「よー、転送室じゃねーと転送できないってことはねーんだからよ、艦内で不自然なエネルギーの流れがなかったか、調べてみたらどーだよ?」
「そうだな…。ではゼフェル、そのように頼む* 。ルヴァはゼフェルと共にエネルギー解析を。何かわかり次第報告をするように。状況からして、二人は拉致された可能性が高いな。オスカーは保安責任者リュミエールと待機。二人の居所がわかった時点ですぐに救出しにいけるよう準備をしておいてほしい。」
「アイ、サー。」
「そしてドクターだが、さし当たってしてもらうことはないので部屋で休んではどうか。状況が変われば必ず知らせる。」
「待ってよキャプテン。考えたくないことだけど…もしかしたら二人はけがしてるかもしれないんだし、私もオスカーたちと一緒に行きたいんだけど。」
「では…ドクターは医療室で待機してくれ。二人に何かあった場合、医療室にそなたがいなければ話にならぬからな。以上だ。解散* 。」


3.

目を開くと、クラヴィスは見知らぬ場所にいた。どうやら拉致される際に気絶させられていたものらしい。寝かされていたのは簡易ベッドで、ランディは同じ部屋の中にあるもうひとつのベッドに横になっている。まだ目覚めてはいないようだった。
そこは部屋というよりは監房のような場所だった。簡易ベッドのほかには小さなテーブルに椅子が二脚、それがそこにある家具のすべてで、清潔でそれなりに快適ではあったが味気ないことおびただしい。クラヴィスたちのいるエリアは照明がついていたが、部屋の半分ほどは照明を落とされていて、そちら側の端にドアがある。クラヴィスはベッドから起き上がるとドアまで行こうとしたが、明かりのついているエリアと暗いエリアの境目にある透明な膜のようなエネルギーフィールドに阻まれて、それ以上先へ進むことはできなかった。聖なる翼号にも同様な部屋がある。何らかの理由で拘束する必要がある人物を収容しておくための部屋である。
「どう見てもここは拘束室だな……何の目的で私たちを連れてきたのだ。」
「クラヴィス様…」
ランディの寝台のほうに振り返り、クラヴィスは微笑した。
「目が覚めたか。気分はどうだ?」
「別に悪くないです。ここは……」
起き上がって頭を軽く振ると、ランディはあたりを見回した。
「一体どこなんです?」
「さて、な。私にもわからぬ。なぜこのようなところに連れてこられたものか…」
そのとき、エネルギーフィールドの向こう側にあるドアが開いて部屋全体が明るくなり、見覚えのある人物が姿を見せた。
「お目覚めのようですね。ご気分はいかがですか。」
「……ここはポリンギ艦か、ポロック。」
「ええそうですよ。私をお忘れでなかったとは、うれしいことです。」
にんまりと笑った相手の顔をクラヴィスは苦々しく眺めた。

ポロックは貿易交渉のポリンギ側代表の一人だった。会議で何度も顔を合わせている。貿易交渉以外の場でも何かとつきまとってきて、うっとうしい男だと思っていた。忘れるはずがない。
「艦隊の士官を誘拐したりして、どういうつもりだ。無事に終わった貿易交渉を台無しにする気か。」
「おや、私の気持ちはおわかりかと思っていましたが、カウンセラー? ああ…役職名で呼ぶのは、恋人に対してあまりにも他人行儀過ぎるというものですよね、クラヴィス。」
ランディは驚きに目を見張り、あごが外れそうな顔をした。
「こっこっこっこっこっこっこっここここここいびとっ!?」
「まるでニワトリだな。落ち着け、ランディ。」
「だってクラヴィス様、恋人って…」
この男と?とまじまじ相手を見てしまうランディ少尉なのであった。ポロックはポリンギ人としては平均的な体形で、クラヴィスよりもかなり背が低く小太りで、毛髪なし、だんご鼻、団扇のように大きな耳が顔の両脇に張り出しているという容貌の男だ。ずんぐりむっくりの異星人は、通常の地球人的感覚から言えば美しくはない。クラヴィスの隣に並んで恋人ですと言うには、少なくとも見た目的にアンバランスすぎる。とランディが思ったのも無理はなかった。
それに、ポロックって男だったよな。女の人には見えないよな。クラヴィス様だって男だよな。すっごくきれいだけど、男だよな。なのに恋人なんて…。
というランディの疑問に答えるかのように、クラヴィスは言った。
「無論、そのような事実はない。私は断ったはずだ、そうであったなポロック。」
「これはつれないことを。あなたが恋人であるこの私にあまりに冷たいから、非常手段に訴えたというわけですよ。照れるのもたいがいにしてほしいものです。」
「私が断ると言ったらそれは掛け値なしに言った通りの意味で、照れだとか遠慮だとか、そういうこととは一切関係がないのだと何回言ったら理解するのだ、お前は…」
クラヴィスはため息をついた。
「下らぬことに巻き込まれたものだ。このポリンギ人は人の話をどこまでも捻じ曲げて聞くので、ほとほと困っていた。交渉も終わってようやく縁が切れると安堵していたのにこのようなことになって、お前には本当にすまないと思う、ランディ。」
揉み手をしながらポロックが口をはさむ。
「そう思うのならその少年は聖なる翼号に返してやるべきではありませんか、クラヴィス。あなたが私と共にここにとどまると言ってくれさえすれば、悪いようにはしませんよ。」
クラヴィスは冷ややかに小男を見た。
「私はお前に興味はない。」
「ところが私のほうはあなたに興味があるんです。プライベートな時間にずいぶんと言葉を交わしたじゃありませんか。あれだけたくさんの時を共に過ごしたあなたはもう私の恋人ですから、私と行動を共にするのが当然でしょう?」
「話のわからぬ奴だな。お前が恋をするのはお前の勝手だが、あいにく私はお前の恋人になる気はない、と幾度言わせる。」
「…それは私が男だからですか。」
「たとえお前が女でもお断りだ。と言うよりはむしろ、お前が相手だから、いやだと言っている。不毛な問答はこれで終わりだ。私たち二人を直ちに艦に戻せ。それ以外は受け入れぬ。」
「ほう? あくまで私に逆らうと言うのですか。私は優しい男ですが、あなたがつれない態度をとり続けるのでしたら、その少年に少しばかり痛い目に遭ってもらわなくてはいけないかもしれませんね。」
「……脅迫する気か。」
「脅迫だなんてとんでもない。あなたの良心に訴えているだけですよ。」
ポロックは卑しい笑いを顔にへばりつかせたまま、クラヴィスを見つめていた。




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