宇宙はとっても広いので
4.
乗員二人が連れ去られたことが判明した聖なる翼号のほうでは、ただちにルヴァ少佐とゼフェル少尉が各種データを詳細に分析して、カウンセラーとランディ少尉は19:30すぎにカウンセリングルームから転送されたという結論を得ていた。その時間帯に転送装置を使って移動可能だった場所は、宇宙基地かポリンギ艦以外にない。そこまで突き止めてから宇宙基地に二人がいないという確認を取り、疑わしいのはポリンギ艦であるという報告がキャプテンに対してなされ、聖なる翼号はポリンギ艦を追跡することになった。ワープ9* という猛スピードでポリンギ艦の後を追った艦は、数時間のうちに距離を急速に詰めつつあった。
そしてこちら、ポリンギ艦。
拘束室の中、エネルギーフィールドをはさんだままクラヴィスとポロックは無言で対峙していた。ランディは、「もしかして俺、ゴーモンとかされちゃうのかな」とはらはらしながら二人の様子をうかがっている。ポロックはクラヴィスから視線をはずすと、ランディに向かっていやな笑い方をした。
「守衛!」
ポロックの後ろに控えていた強そうな男3人が、エネルギーフィールドを解除してランディの方へと向かった。三人に押さえられ、あっという間にランディは体の自由を奪われてしまった。
「さあて、その少年をどうしましょうか。あまりひどいことはしたくないのですがね。まずは鞭で軽く、というのはいかがですか。ポリンギ人の鞭使いはなかなかのものですから、それをご自分の体で存分に味わっていただくというのはどうでしょう?」
両脇に立つ守衛に腕を取られたまま、ランディはふるふると首を振った。
「お嫌ですか。残念です。ではナイフはどうでしょう。…それもお気に召さない? では君が持っていたフェイザー* は? 自分の武器で痛めつけられるというのはなかなかいいとは思いませんか? ああそうだ、芸術的に縛り上げてゆっくりと楽しむのもいいかもしれません。どういうのがお好みです?」
クラヴィスの目が険悪に光った。
「無駄口もたいがいにすることだ。お前の長口舌を聞いていると気分が悪くなる。」
ポロックはクラヴィスに目を向けると、うれしそうににんまりと笑った。
「あなたがこの船にとどまって、私ともっとよく知り合いたいと言ってくれるのなら、誰もそんなことはしませんよ。」
「ランディは無傷で艦隊に帰すと約束するか?」
「もちろんですとも。この少年には特別な興味は持っていませんしね。あなたさえいてくれれば、喜んで彼は帰してあげましょう。」
「……わかった。直ちに聖なる翼号との通信を頼む。」
「クラヴィス様! 俺のことはいいから、そいつと変な約束なんかしないでください!」
痛い目に遭うのはいやだけど、クラヴィス様を犠牲にして自分だけ艦に戻るなんてできない、とランディは声を上げた。
「大丈夫だ、ランディ。どうすべきか、私はきちんと心得ている。心配は無用だ。」
クラヴィスがようやく自分になびきそうだ、だったら邪魔なランディなんかはさっさと送り返して、恋人と過ごしたいものだと期待に胸をふくらませているポロックは、技官に催促した。
「聖なる翼号との連絡はまだつかないのか?」
「はい、今つながりました。我々は追われていたようです、かなり近くまで来ています。」
「それはかえって好都合。後戻りして少年を送り返す手間が省けるというものです。」
ランディを送り返したら、あとはクラヴィスとゆっくり…と考えて、ポロックはうれしそうに両手をこすり合わせた。
「ポロック様、スクリーンに相手艦長が出ます。」
部屋の片隅にあるコンソールで操作していた技官が伝えると同時に、壁面にある中型のスクリーンに聖なる翼号のブリッジが映し出された。スクリーン中央にはどどーんとジュリアス艦長。向かって左隣にはオスカー副長、そして本来カウンセラーがいるべき右隣は空席となっている。
「ポロック、そなたと別れの挨拶を交わしたのはつい昨日のことであったな。これほど早く顔を見ることになるとは考えもしなかったぞ。我々のクルーを拉致したのはそなたか。」
「これは艦長、拉致だなどといきなり手厳しい。クラヴィスと私は恋に落ちたのです。クラヴィスは自分の意思でここに残ると言っています。」
とんでもないことを言い出したポロックに、ブリッジにいたクルーはただ絶句。彼が、迷惑そうにしているクラヴィスに金魚のフンのようについて回っていたのは誰もが目撃していた。ジュリアスは冷静に相手の矛盾点を突く。
「ではランディ少尉は? クラヴィスがそちらにいる理由が恋だと言い張るのならば、どういう理由でランディまでもがそちらにいるのか、納得のいく説明をしていただきたい。」
「少年については、確かに何らかの手違いがあったようですから、そちらに送り届けようと思っていたところです。」
にやにやしているポロックをジュリアスはにらみつけた。
「カウンセラーと直接話したい。」
「どうぞ、艦長。」
そう答えるポロックの背後から、クラヴィスが顔をのぞかせた。
「ジュリアスか…」
「そなた、そこで何をしている!」
いつも通りのしれっとした無表情であらわれたクラヴィスに、安堵と同時に何やらむかっ腹が立って、拉致された被害者であるクラヴィスをつい叱りつけるような口調になってしまうキャプテンである。
「何をと言われてもな…すでに聞いたのではないのか? ポロックともっとよく知り合うために、私はここに残る。」
「何を言い出す。宇宙艦隊の士官が、勝手に任務を離れて良いわけがなかろう!」
「キャプテン、だまされちゃいけません! ポリンギ人は俺をゴーモンするってカウンセラーのことおどかして、言うことを聞かせてるんです!」
守衛の手を振り切ったランディが通信に割り込んできた。
「ランディ! 負傷はしておらぬようだな。……さてポロック、少尉の言うことが真相であるように私には思われるが、どうなのだ?」
「さあそれは…カウンセラーにお尋ねください。私の言うことなど、どうせ信じてはもらえないのでしょう?」
クラヴィスは淡々とした表情で告げた。
「私はここに残る。そういうことでポロックと話はついている。」
クラヴィスはポロックの団扇のような耳に口を寄せて「だから、ランディは今すぐに帰してやってくれ」と腰砕け〜な声でささやいた。ポロックは思わずにやけて、技官に尋ねた。
「聖なる翼号の現在位置は転送圏内か?」
「はいポロック様。転送可能です。」
「では少尉は帰してやりなさい。」
その言葉が終わるや否やランディは転送され、無事に聖なる翼号のブリッジに姿を現した。
5.
「おーランディ、心配させやがってこのヤロー! どこもケガしてねーな!?」
ゼフェルが飛びつくようにして出迎えた。
「ありがとうゼフェル、大丈夫だよ。でもまだカウンセラーがあっちに残ったままだから。」
「気にすんな。あとはキャプテンに任せときゃーいいって!」
「そうかな…そうだよな。」
「ランディ!」
医療室からブリッジの様子をモニターしていたドクター・オリヴィエはランディが戻ったのを知り、医療助手のマルセルを伴ってターボリフト* から飛び出してきた。ドクターはランディに駆け寄って、感極まって抱きしめて頭をぐりぐりしている。
「あんたよく無事で!」
間近でそれを見て「よかったですねドクター、いいなあ家族愛って」と涙ぐむマルセル。頭をくしゃくしゃにされたランディはひとり冷静に、
「もういいでしょう兄さん。俺のことあんまり子ども扱いしないでください。それにまだカウンセラーが帰ってないんだし。」
と言った。
「そうだったね。でもクラヴィスとジュリアスなら任せておいて大丈夫さ。あんたたちがどこに行ったのかはっきりしなかった間はずいぶんと心配したけど、あのチンケな男が相手なら、ひけを取るような二人じゃないって。安心してていいよ。」
「ですよね。クラヴィス様って落ち着いていらっしゃるし、キャプテンは信頼できるし、俺たちは黙って見てればいいんですね。」
「そうそ☆あとはあの二人のお手並み拝見ってカンジでいいと思うよ。」
それにしてもさ、あのポリンギ人てばクラヴィスにあそこまで果敢にアタックするなんて、あんなチンケな男のわりには思い切ったことするよね、と妙なところで感心しているドクターであった。
ランディの無事を目の端で確認すると、ジュリアスはスクリーン越しの話を再開した。
「ランディは戻った。あとはクラヴィス、そなただけだ。ポロックに何を言われたか知らぬが、言いなりになることはない。そなたも戻ってこい。」
「艦長、それはひどい。クラヴィスは私と一緒に行くと約束したんですよ!」
「卑怯な手段で人の自由意志を踏みにじり、勝手に連れ去ろうとするような輩にクラヴィスを渡すことなどできぬ。」
「待て、ジュリアス。私は帰らぬ。お前とはもう終わったのだ…」
(ジュリアス、話を合わせろ。ポロックに私とお前が恋人同士だと思わせるよう振る舞え。お前がうまく立ち回れば私は戻れる…)
クラヴィスが口に出した言葉とは別にテレパシーで話しかけてきた内容に眉間のしわをますます深くして、ジュリアスは通信を一時切るようリュミエール少佐に命じ、救出部隊を送り込むことができるかを尋ねた。
「ポリンギ艦にクラヴィス救出のための人員を転送することは可能か?」
「…無理です。相手はシールドで防御しています。転送装置が使えません。」
「そうか…」
何やら思案しているジュリアスに、リュミエールが遠慮がちに声をかけた。
「キャプテン、先ほどクラヴィス様のおっしゃったことは……?」
ジュリアスはこめかみを押さえ、苦々しげに吐き捨てた。
「あれは本気で帰らぬと言っているのではない。単なる遊びだ。」
「遊びとおっしゃいますが、この状況で、ですか?」
「その通り。よりによってこのような非常事態に…というのであろう? だがあれはそういう男なのだ。クラヴィスが何を考えているかくらいはわかっている。つまりは『いかなる手段を使ってでもお前の手で私を取り戻せ』という謎かけであろう…。
皆、聞いてほしい。この先ポロックとの交渉で私が言うことはすべてクラヴィスを無事に連れ戻すための方便に過ぎぬ。私が何を言い出そうとも、そのつもりで聞いていてくれ。」
思えばあれは昔から私の頭痛の種だったのだ…。
ジュリアスは、クラヴィスを艦に迎えることにした自分の決断を呪った。これからクルーの前でとんでもない振る舞いに及ばなくてはならない事態になって、頭が痛い。だが今回の件はもともとクラヴィスは純粋に被害者であり、大事なクルーの一員であり、さらに言えば、頭痛の種であれ何であれかけがえのない幼なじみであるには違いない。取り戻せないのはもっと痛い。
どう話を進めればポロックがクラヴィスを帰す気になるか。考えているところへオスカーが声をかけた。
「何をなさるおつもりですか。」
クラヴィスの出方次第だ、なるようにしかならぬ。
意を決したようにジュリアスは顔を上げた。
「決まっている、全力を挙げて取り戻すのだ。クルーを拉致した相手をここまで追い詰めながら、取り戻すことを断念するなどあり得ぬ。リュミエール、通信再開だ。」
再びスクリーンを通しての会話が可能になった。ジュリアスは一度深く息を吸い、静かに吐き出して、心を落ち着けてから口を開いた。
「クラヴィス、私の元へ戻れ。私にはそなたが必要なのだ。」
職務上でクラヴィスが有用であり、艦にカウンセラーが必要なのは事実なので、この言葉は平然と口にできた。
「もう終わったのだと言っているだろう…」
「ななな何を言うか。←恋愛がらみの方向に持ってこられて一気にうろたえている(笑)
…わっ私はっ! そなたを…げふごふっ…失うわけにはいかぬ!」←やけくそ
ジュリアス、怖いくらい真剣な表情。というか、はっきり言って怖い。幼い子どもが見たら「こあいよーおかあちゃーん」と泣き出すに違いないってくらい、怖い顔になっている。
それに対してクラヴィス、微笑。
「では、まだ私を愛している…と…?」
ぐっと詰まりかけたジュリアスだが、そこは異例の大抜擢を受けて聖なる翼号の艦長に就任したほどの男であるからして、クルーを取り戻すために耐えがたきを耐えた。
「もちろんだ。……愛している。」
言っちゃったよこのヒト。ただし台詞棒読み状態、しかもジュリアスらしくない小声で。クラヴィスの微笑が深くなる。
「……聞こえないのだが。」
クラヴィスめ、どこまで私を追い詰める気だ。ある意味ポロックよりも質が悪い。
「…ぅ…ぅぁ愛している!!」
死にそうな気分になりながら、それでもがんばるジュリアス様、ステキ(笑)。衆人環視の中でこの台詞を叫ぶことを余儀なくされて、ついにキャプテンの中でぶちんと音を立てて何かが切れた模様。
「なぜ帰らぬなどと言って私を困らせる。私たちは愛を誓い合ったのではなかったか。そなたの言葉はすべて偽りであったとでもいうのか。私だけを愛するとささやいたその唇が他の男に愛を告げるのか。」
立て板に水の勢いで朗々と、それでいて切々と心情を告げるかのような真に迫った台詞回しに、クラヴィスは少し驚いたように眉を上げた。でもせっかくジュリアスがノッてるんだし、とさらに芝居続行。
「人の心は変わるものだ…」
「そのような言葉、聞きたくはない。私たちの愛は永遠だと誓ったではないか。
そなたは月の光だ。静かに私を照らし、癒してくれる。私はそなたがいてくれることで己を保つことができるのだ。ポロックに渡すことなど考えられぬ。戻ってこい、私の腕の中へ! そなたを再びこの手に抱くためならば私は何でもしよう!」
両手広げて陶酔モード。普段のキャプテンからは到底想像できないような言葉の洪水に、ポロックは圧倒されて顔色が変わっている。クラヴィスはと言えば、あまり表情は動かさないものの微妙に楽しそう。スクリーンのこっち側のクルー、あっけに取られて成り行き注視。
リュミエールは口に手を当てて目を丸くし、ルヴァとランディは意味もなく手を取り合いながらキャプテンを見つめ、オリヴィエはブリッジ後方でおなか抱えてひぃひぃ笑いながら悶絶、ほとんど呼吸困難に陥っている。マルセルはドクターの背中をさすりながら、キャプテンとスクリーンとを交互に見ている。
なんかよー、キャプテンのやつノリノリじゃね?なんてゼフェルがぼそぼそ言っているのに答えて、ああそうだな、あれで案外ジュリアス様は楽しんでいらっしゃるのかもしれんな、なんてオスカーまでもがこそこそ言っている。
「悪いが……お前とのことはもう過去だ。」
「どうあっても私の元に戻る気はない、と? 私よりもその男を愛していると言うのだな?」
その男、と言いながらジュリアスの指先がビッ!!とスクリーンのポロックを指した。青い瞳に射すくめられたポロック、あまりの迫力に指差されたと思しき額のあたりに痛みすら感じて、思わずそこに手をやって後ずさった。
「ああそうだ。どうでもというのならば、ポロックの屍を乗り越えてでも私を連れ戻しに来い。それができたら考え直さぬでもない。」
「え、そんな。クラヴィスっ、あんまりです。私を殺す気ですか。」
とポロックがおろおろと声を上げたが、誰にも相手にされなかった。気の毒に。うろたえるポロックを完全無視して、不敵な笑みでジュリアスが応じる。
「そのくらいのことが私にできぬと思うか? リュミエール、光子魚雷* 発射準備!」
6.
リュミエールはこの展開を冷や汗をかきながら見守っていた。保安責任者なんていう役職についていて、戦略の専門家でありめっぽう腕の立つ男ながら、根っからの平和主義者なのである。
私は争いごとは嫌いなのですが…これはあくまでもお芝居ですよねキャプテン、先ほど確かにそうおっしゃいましたよね、まさか本当に攻撃するなどとは…クラヴィス様までも危険にさらすようなことはなさいませんよね…?と心の中で突っ込みつつも、リュミエールは熟練した手さばきですばやくコンソールを操作して「アイ、サー。光子魚雷発射準備完了」と答えた。
「ポロック、今の保安責任者の言葉、しかと聞いたであろうな。今から10秒以内にクラヴィスが私の腕に戻らねば、そなたの艦を攻撃する。そちらのシールドがどこまで持ちこたえられるものか、見せてもらおう。10…9…」
「ま…待ってください、ジュリアス艦長!」
それでなくてもうろたえていたポロック、今度はクラヴィスを責めはじめた。
「クラヴィス、あなたがあの艦長とそういう仲だったとは一度も聞いていません!」
「いつであったか、お前が私の過去の恋の話など聞きたくはない、と言ったからだ…」
彼らが話している間にもジュリアスのカウントダウンは続いていた。
「4…3…」
ポロックはスクリーンに大写しになっているジュリアスを見た。カウントダウンを止める様子は微塵もない。
あの艦長は本気で我々を攻撃しようとしている。私を亡きものにしてでもクラヴィスを取り返す気でいるようです。死んでしまっては元も子もない。命あっての物種、クラヴィスは惜しいがここは引くべき時でしょう。
と、とっさに判断したポロックは、ほとんど悲鳴のような声で技官に命じた。
「シールド解除! クラヴィスをあの艦長のところへ転送しなさい!! 今すぐーーーっ!!」
聖なる翼号のブリッジは異様な緊迫感に支配されていた。まさか、本気でポリンギ艦を攻撃するのか? もしもそんなことになったら戦争が起こる…と誰もが肝を冷やしてジュリアスのカウントダウンの声に聞き入っていた。
「…2…1…」
リュミエールが青い顔になりながら光子魚雷の発射ボタンにかけた指に力をこめかけたとき、クラヴィスがブリッジに現れた。艦長席の横の自分の定位置に戻された彼は、ジュリアスを見ると婉然と笑った。
「ジュリアス」
艦長席に一歩近づくとジュリアスの膝の上に片膝をかけ、首に両腕を回してしなだれかかってきたクラヴィスに、ジュリアスは渋面を作った。そんなジュリアスに額をくっつけながら、クラヴィスはフッと笑った。
「せっかくの美形だというのに。そのように怒ってばかりいると、はげるぞ。」
「人の頭のことなど放っておけ。」
「そうはいかぬ。あれだけ盛大に愛の告白をしてくれたお前が、早々と老けるのはやるせない。」
「誰がっ!! 愛の告白だ!!」
言い合う間にもクラヴィスは艦長席にと言うか、ジュリアスの膝の上に無理やりにすわり込んでしまった。スクリーンを通してここまでの一部始終を見ていたポロックは、悔しそうに唇をかんだが、精一杯の虚勢を保ってジュリアスに呼びかけた。
「艦長、カウンセラーは確かにあなたの腕の中にお返ししました。これでよろしいはずですね?」
ジュリアスは、押しのけようとしても一向に膝の上から降りようとしないクラヴィスのことは諦めて、そのままの状態で口を開く。なんつーか、キャプテンの威厳度9割5分ダウン。
「本来ならばこれだけで済まぬことをしでかしたという自覚はないのか。そなたのしたことは少なくとも、合意に達したばかりの貿易交渉を白紙に戻さねばならぬくらいの違法行為だ。…とは言え、ランディ少尉もカウンセラーも無事に戻った以上、ことを荒立てる気は私にはない。ただし!」
ジュリアスの青い瞳に射すくめられて、ポロック硬直。
「以後手出しをしてくることはまかりならぬ。今回のことは艦隊上層部への正式な報告はしないが、そなたの違法行為の記録は残しておく。これ以上クラヴィスに手を出すようであれば、私はいつでも迎え撃つ用意がある。わかったか。」
芝居続行中であるためにとがめられないのをいいことに、クラヴィスはこの間ずっとジュリアスの頬をなでてみたり鼻をつついてみたり金髪をちょいちょいとひっぱってみたり、ジュリアスの膝の上でやりたい放題。困惑しつつも堂々とした態度を崩さないジュリアスの勇姿を楽しみ、二人の様子を見てポロックが内心歯噛みしているのもついでに楽しんでいた。
ポロックの本来の仕事は貿易交渉であり、それが失敗するのは彼の今後のキャリアにとって大きなダメージである。せっかく、仕事のついでに美人の恋人ゲットおおおおお!とご満悦だったのに横取りされて(←ポロック視点)悔しくはあっても、今は引き下がるしかなかった。
「わかりましたよ。貿易に関する合意をご破算にする気は私にもない。我々はこれで母星に帰還します。ではごきげんよう、艦長。そしてクラヴィス。」
ポロックはわざとらしく丁寧に礼を取ると、通信を切ったのだった。
クラヴィス、いまだジュリアスの膝の上。人の悪い笑みでキャプテンを見つめている。ジュリアスむっつり、あえてクラヴィスとは目を合わせずに前方に視線を固定したまま、言った。
「……いい加減にどかぬか。重い。」
「冷たいな、お前は。つい先ほど、あれほど熱烈に愛を語ってくれたばかりだと言うのに…」
表情は動かさないものの、キャプテンの顔が赤く染まった。
「あれは芝居だ!」
「…お前、役者にでもなればよかったのではないか? フッ…なかなか堂に入っていた…」
言うと、クラヴィスはジュリアスの鼻先にちゅっとキスをして立ち上がり、いつもどおりの無表情に戻った。
「私を救い出してくれて感謝する、キャプテン。…愛している。」
「カウンセラー、冗談にもほどがある。学生の頃とは違うのだ。ブリッジでそういう不穏当な言動は慎め。」
いまだ赤みの引かない顔をしてまじめに怒っているジュリアスを眺めて、クラヴィスは目を細めた。
これだからジュリアスのそばは離れられぬのだ。お前をからかうのは……楽しすぎる。この楽しみがなくては生きている甲斐もないというものだ。広い宇宙で別の艦などに乗り組んだら、いったいいつになったら会えることやら皆目見当もつかぬからな。
「そういう言動は慎め、というそれは…命令か?」
「その通り。艦長である私の命に服さぬようなクルーは困る。」
「それはすまなかった。私の振る舞いの至らない点は謝罪する。」*
「わかってくれればよい。」
ブリッジにはびみょ〜な空気が立ち込めていた。くすくす笑ったり目配せし合ったりしていたクルーは、立ち上がったジュリアスに見渡されて一斉にまじめな顔を取り繕った。こほんと一つ咳払いをし、艦長席にすわり直したジュリアスは、次の目的地を告げる。
「ランディ少尉、ヴァリル星系にコースをセットせよ。」
「アイ、サー。」
ブリッジにキャプテンの声が響いた。
「発進。*」