せつないふたりに50のお題 ver.2
01. ねぇ -2009こどもの日記念♪-
ねぇジュリアス、まって。
ここに小さい花がさいてるんだよ。
見にこない?
…ねえったら。
私の背に向かってクラヴィスが呼びかけてくる。
最初に顔を合わせたときに怒鳴りつけてしまった私のことを、クラヴィスは怖がっていたはずだった。それがいつの間にか、こうしてあれこれと話しかけてくるようになっていた。それはいつも「ねぇ」という優しい響きの呼びかけで始まる。
私に対してそんな呼びかけ方をする者はクラヴィス以外になかった。そんなふうに呼ばれるのに慣れない私は、少し甘えたその声を聞くと何やら落ち着かぬ気分になったが、嬉しくもあった。クラヴィスが私に気を許してくれている、友と思ってくれている証のような気がするのだ。しかしそれに続く言葉は返答に困ることが多い。今もそうだ。
花だと? 花がどうしたというのだ。
それも、花壇に咲いている特に美しい花であるとか、温室で特別に手をかけて育てた異星の珍しい花だというわけでもない。雑草にまぎれて生えている、花とも呼べぬような小さな花だぞ。
足を止めてしゃがみこんでまで観察する価値があるものなのか。
だが「それがどうした」と言ってしまうと、途端にクラヴィスはしょげ返る。それこそしおれた花のように。
雑草に気を取られて時間を無駄にすることと、クラヴィスのしょんぼりした顔とを秤にかけて、私はため息を押し殺しながら振り返って答えた。
「どんな花だ?」
ぱっとクラヴィスの顔が輝く。
「白いの。それでね、小さくてかわいいの。いっぱいついてるの」
「そうか」
「だからジュリアスもこっちにきて、見てよ。口で言うより見たほうが早いよ」
「そうだな」
百聞は一見にしかずという言葉もある。クラヴィスとの距離はわずか数歩。既に立ち止まっているのだ。たったそれだけを戻る手間を惜しむこともないだろう。
私はクラヴィスのいるところまで戻ると、隣にしゃがんで指差された「花」を眺めてみた。
――かわいい。
ただの草に過ぎぬと内心思っていた私は、驚いたことに間近に見た花の愛らしさに見とれてしまった。そして、知らず知らずのうちに命に優劣をつけていた自分を恥じた。その花は小さいながらに精一杯開いて、太陽の光を受けて輝いているように見えた。
「そなたの言うとおりだな。かわいい花だ。一生懸命生きているのがわかる」
クラヴィスは目をまん丸に見開いて私を見て、「うわぁ」と言った。
「何だ?」
「ジュリアスもぼくとおんなじこと思ったんだ」
にこにこと、満面に広がった嬉しそうな笑みを見て、時間の無駄だなどと考えずにこうして一緒に花を眺めてよかったと心から思った。
どうやら私はクラヴィスの笑った顔がとても好きらしい。
04. ありふれた魔法 -2011ジュリアス様ご生誕記念-
ジュリアスには最近の自分がおかしいという自覚はあった。最近の、つまりクラヴィスが好きだと気がついてからのことである。
好きと言ってもただの好きとはわけが違う。どう違うかと言えば、たとえばオスカーとは比較的親しくしており休みの日を共に過ごす時間は楽しい。彼のことは好きと言って差し支えないだろう。だがオスカーに対しての好きとクラヴィスに対しての好きは質がまったく違うのだ。
オスカーの姿を見ても声を聞いても動悸が激しくなるなんていうことはない。オスカーに限ったことではなく他の誰だって同じことだ。ところがクラヴィスを見ると胸がドキドキするし、自分に向かって話しかけられたのではなくても声を聞くだけで思わずウットリ。いかに恋愛に疎いジュリアスでも、さすがにこれはおかしいのではないかと気がつく。
これは、恋か? だが男同士なのにそんなことってあるのだろうか。
しかしどう考えてみても、これは恋に落ちた状態であるとしか思えない。
さてどうしたものか。初恋の相手が男だとは――。
恋や愛とは無縁の人生を生きてきて推定25年。だがそんな自分だっていつかは人並みに女性に好意を抱いて交際して、いずれはその人と家庭を築くことになるだろうと思っていたのに、どうやら男に恋心を抱いたらしいなんて、想定外すぎて困り果てた。
それでなくとも、今までに経験のない感情をどう扱ったらいいのかわからないのだ。しかもその相手が想定外の同性ときている。いわゆる「お付き合い」なんて絶対に無理だ。ではそうした感情は抜きでこの先どう接するべきか……なんてことを考えようとするとパニックに陥りそうになり、あとはただひたすら逃げに徹した。クラヴィスの前で何かとんでもなく非常識なことを口走りそうで、職務上で必要な最低限の言葉しか交わさず目も合わせず、遠くに姿を見つけるとあわてて反対方向へと遠ざかった。何かに対してしり込みして逃げる、そんな行動を取るなんておよそ自分らしくないと思いながらも、自然と体がそう動いてしまう。ところがそんなことが続いていたある日、クラヴィスの方から言われたのだ。
好きだ、と。
クラヴィスの恐ろしく真摯な態度は、それが真実であるとジュリアスに納得させるだけのものがあった。25歳にして自覚した初恋の相手が同性というハードルの高さを軽々と乗り越えて、っていうか自分は逃げの一手だったのになぜか相手の方からコクられて、結果としてみごとに成就した恋。天にも昇る心地とはこのことか。相思相愛であるとわかって、これでようやく浮ついた気持ちも落ち着くだろうとジュリアスは期待したのだったが。実際は、落ち着くどころかますますおかしくなった。
科学で説明のつかぬ現象は数多ある。不思議な事象は確かに存在する。だが魔法などない。ジュリアスはずっとそう思ってきた。
魔法など、おとぎ話の中にしか存在しない。
――だとしたら、これをどう説明する?
教えてくれ。
まるで吸い寄せられるように、そなたにばかり目が行ってしまうのはなぜだ。
私に……何をした?
以前はこうではなかった。近くに気配を感じたときも、そちらを向きたい、見たいという衝動に抗うことができた。
ところが今はどうだ。
そばにいると知れば、目を向けずにはおれぬ。
離れた場所にあってもそなたの声が耳に届くのは、どうしたことだ。
私の心にあるのはそなたの姿だけだ。
これほども、囚われてしまっている。
「好きだ」という呪文でそなたが魔法をかけたというのでなければ、何なのだ。
思い余って、自分にこのような思いをさせる当人を問い詰めた。すると半ば呆れたような、困ったような笑みと共に夢想だにしなかった答えが返ってきた。
「察しの悪い男だな。自分だけだと思っているのか」
「……と言うと?」
「私も同じだということだ」
いつも涼しい顔をしているそなたが?
「ようやく同じ気持ちになってくれたことを私がどれほど嬉しく思っているか、想像もつくまい」
その後に寝台で聞かされた言葉は。
場所が場所であっただけに、私は夢を見ていたのかもしれぬ。
熱い抱擁とくちづけの合間に聞こえた囁きは、もしかしたら夢だったのかもしれぬ。
どれほどの時をお前に焦がれながら生きてきたか、知らぬだろう?
お前だけに目が行く。
お前の声ばかりが耳に入る。
私の心にあるのはお前だけだ。
恒星の周囲を経巡る惑星のように、離れることができぬ。
世にありふれた、恋という名の魔法。
お前がその存在に気づくずっと前から――私はその魔法にかかっている。
07. 靴音 -Crossroad 2- back
商品を前にして、折りたたみ式の小さな椅子に腰掛けて雑誌に目を落としていた露天商の男は、歩道を行き交うのとは違ってまっすぐ自分を目指してくるカツカツという靴音を聴き取った。並べた銀細工を冷やかしにくる若者だろうかと一瞬思い、いや違う、見ず知らずの若者などではないもっと親しい存在だと直感した。馴染みのある気配に目を上げると金髪碧眼の男の姿が目に入って心臓が止まるかと思った。輝かしい金、深い空の青。
落ち着いたグレーのストライプ柄、ダブルのスーツを着ている男は、彼の普段の客層からは大きくかけ離れていた。
この男には見覚えがある。と言うより忘れられずにいた。交差点でのあの一瞬の邂逅から今日までの数日の間、ずっとこの男のことを考え続けていたのだ。
「また会ったな」
と、男は響きの良い声で言って微笑した。きれいだ、とその笑顔に一瞬見とれた。
相手も自分のことを覚えていてくれたらしい。
ただ一度、雑踏の中ですれ違っただけの男。
目が合った瞬間に、やっと巡り会えたのだという不可解な感情が胸に満ちた。あれからずっとこの男のことを考えていた。まるで一目惚れした少女を想う少年のように。彼のことばかりを――。
実際には、その相手は少女どころか自分よりもずっと年上の男だ。有能なビジネスマン風の彼は、オフィスビルの役員室にでも納まっているのがふさわしい雰囲気を持っている。本来なら、定職も持たずふらふらと暮らしている自分などとはまったく接点のない相手だ。親しいつき合いなどあったはずがない。けれども名も知らぬこの男がわけもなく懐かしく感じられ、心惹かれた。
これまでに声をかけてくる同年代の人間がいないわけではなかった。けれども「一緒に食事でもどう?」と誘ってくる顔見知りの若い女たちには、まったく心が動かなかった。特に友情を深めたいと思うような男もいなかった。自分自身まだ若い範疇にあり、そういう人々と親しくなる努力をするのが普通なのかもしれないとは思う。だが男であれ女であれよく知らない相手と食事をしたり、喫茶店に入ったり、何らかの行動を共にするというかかわり方は面倒だった。特定の恋人も、親しい友人さえもいないのはむしろ気楽であり、自分にはそういう生き方が合っているのだと思っていた。
それなのになぜ私はこの男にだけ、ここまで惹かれるのか。
風に乗ってほのかに香った男のコロンさえもが懐かしい気持ちを呼び起こす。だが曖昧な記憶のどこを探しても、こんな男は知らない。以前にも出会っていたとしたら、これほどまでに印象的な瞳の持ち主を忘れるはずがないと思える。かといって昔のことをあまり覚えていない自分の記憶など、当てにならないのも事実だった。
誰だっただろう。
なぜこうも懐かしく感じるのか。姿を見ただけでこんなにも胸が震えるのか。
数日来の疑問が、この男を前にして破裂寸前まで膨れ上がるのを感じた。動悸を持て余しながら男の瞳を見返す。
かつて自分の館の執事をしていた男から聞いた過去話自体が、現実味を伴わない絵空事のようなものだった。男が覚えている限り、彼は常にどこにも属していない、現実から遊離したような生活を送っていた。ふわふわと、非現実な空間を漂うように生きて、外から現実を眺めているような自分をおかしいと思ったこともなかった。だがこの男と出会って初めて、過去を明らかにしたい、記憶を取り戻したいと思った。
もっとリアルな、生きているという手ごたえがほしい。
何かが欠落していることに気づかぬままに自分は満ち足りていると錯覚していた男は、青い瞳を見上げながら過去が迫ってくる足音を聴いていた。
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08. ふりむいて
ジュリアスは、足がはやい。ぼくが立ちどまって花を見てたりちょうちょを追いかけたりしてると、すぐに置いてかれちゃう。そのたびに「どうしてそんなふうに、よそ見ばかりするのだ」って怒られる。
でもねジュリアス、ここはこんなにきれいなんだよ。ジュリアスだって聖地がすきなんでしょ? なのにどうして見ないの? 花も虫も鳥も、みんな楽しそうに生きてるよ? どうしてジュリアスは楽しそうじゃないの?
そんなにいそいで歩かなくたっていいのに。
ジュリアス、ふりむいてよ。ふりむいて、ぼくを見てよ。
「呼んだか?」
ジュリアスが振り返って大きな声で尋ねた。自分ひとりが大分先へ来てしまっていることに気づいたちょうどその時、クラヴィスの声に呼ばれたような気がしたので。かろうじて表情が見分けられる距離にいるクラヴィスの答えは満面の笑み。
何がそれほどまでに嬉しいのだ。
ものすごく疑問を感じたが、嬉しそうな顔のまま走ってくるクラヴィスを見て、どうでもよくなった。追いついて自分に飛びついてきて、「えへへへへ〜」と笑ったクラヴィスに言ったのは、「まったくそなたは。もう少ししゃんとして歩け」という小言でしかなかったが。
「ぼくが呼んだの、聞こえたんだ」
にこにこしながらそう言われて、「そなたがさっさと歩けばそれほど離れはしないだろう。遠くから呼び止める必要もないだろうに」と呆れた顔をした。
それでも平気で笑っているクラヴィスに「いつまで笑っているつもりだ。もう行くぞ」と声をかけて、また足早に歩き出した。あわててついて歩きながら、クラヴィスはジュリアスの横顔を盗み見た。
ぼく、ジュリアスのこと心の中で呼んだんだよ。声出してないのにそれが聞こえたんだって思って、なんだかうれしいの。
09. ミルクチョコレート
※16と対の話。16/「そんなに幸せそうな顔しないで」を先に読むのがお薦めルート
公園の木陰のベンチで彼女と二人でいたところをジュリアスに見られた。あれは散策の途中で休憩でもするつもりであったのか。死角になっている側からやってきたので私達がいることに気づいていなかったようだ。私も気づかなかった。光の天使が舞い降りたかのような姿が突然目の前に現れるまで。一瞬、本物の天使の降臨かと息を呑んだ。
次の瞬間にはジュリアスだとわかって動揺した。私を見つめる青い瞳にも狼狽があった。
「……邪魔をした」
顔をこわばらせてそれだけを言うと、お前は足早にその場を去った。私が彼女のことを好きだと思っているのだろうか。
立ち去ろうとするお前を追いかけて捕まえて、告げたかった。
そうではないのだ。お前の思っているようなことは何もない。
彼女――まっすぐな金の髪を持つ、まぶしい少女。
彼女のことは好きだ。だがお前の思っているような意味でではない。
気づきもしないお前に、始めは苛立ち、いやそれが当たり前なのだと思い直し、諦めようとあがいている。
お前は永遠に知ることはないだろう。
私が好きなのは――。
「ジュリアス様ったら、あんなにあわてて行っておしまいになって。このベンチ、もう一人くらいなら十分すわれますよね。お二人に囲まれたら私は両手に花だったのに。……花、っていうのは変かしら」
彼女は笑って、
「あ、そうそう」
とポシェットから何かを取り出した。それは銀色の紙に包まれた小さな菓子。
「チョコレート、お好きですか?」
私にひとつを手渡すと、もうひとつを自分のために取り出した。
それからとりとめのない会話をしばらく続けていて、ふと気づいたように腕時計を見た彼女は「もうこんな時間!」と立ち上がった。「すみません私、行かなくちゃ。じゃ、失礼します」と言うのもそこそこに彼女は駆け去った。あまりにも唐突で、言葉を返す間もなかった。
望むと望まざるとにかかわらず、私は守護聖だ。仮にも守護聖である私にそんな態度を取る者になど出会ったことがない。あっという間に小さくなっていく後姿に呆気に取られて、それから笑いがこぼれた。
…あわただしい娘だ。何か約束でも思い出したのだろうか。
それを不快に思ったわけではなかった。こうして私を置き去りにして平気でいられるところも含めて、彼女のすべてが好ましい。ただ…恋ではないというだけのことだ。
少女が風のように駆けていってしまって、残ったのは小さなチョコレートがひとつ。
そして私。
菓子を包んでいる薄い箔をはがして口に放り込んだ。
甘ったるいはずのミルクチョコレートが、なぜかやけに苦い。
10. 誰も知らない -Crossroad 11- back
次代の光の守護聖が聖地へやってきて約一ヶ月の後、ジュリアスは去った。ジュリアスがいなくなってからはクラヴィスが首座代行を務めて、聖地の日常には何も変化はない。光の執務室の主が年若い少年に代わったことを除けば。
ジュリアスがこなしていた仕事の多くをクラヴィスは引き継いで、文句を言うでもなく執務に励んでいる。これまで怠慢だと言われてきたのは何だったのかと周囲が驚くみごとな采配ぶりだった。
新しい光の守護聖も前任者と同じく金髪で、くるくるとカールした髪がまだ幼さの残る顔を縁どって愛らしい。14歳の利発な少年は、とてもクラヴィスを慕っている。
闇の守護聖の近づき難い雰囲気はずっと昔と比べれば幾分和らいだとは言え、基本のところは変わらない。口数が少なく気難しそうで静かな威圧感があり、気軽に声をかけられるような人物ではなかった。そんな、自分の年齢の倍ほどの年の首座代行に臆することなく近づけるのは、怖いもの知らずなのか才能なのか。「わからぬことがあればいつでも聞きに来てよい」とのお墨付きをもらったのをいいことに、何かといえば隣室に顔を出していた。
「おや、首座殿はまた何か困ったことでもできたか…?」
執務室に飛び込んできた少年にクラヴィスが笑みを向けると、少年は勢い込んで話し始める。
「クラヴィス様、聞いてください!」
それに引き続いて誰それがああしたこうした、何が起こってどうなったかを詳細に報告する。散々にしゃべり散らして息を切らして言葉が途切れた頃を見計らって、
「…それで、用件は何なのだ」
と尋ねられてようやく、話に夢中になるうちに握りしめてくしゃくしゃになってしまった書類を差し出してくるのが常だった。渡された書類のチェックをしながら、苦笑混じりにクラヴィスは言う。
「話をするのもよいが…もう少し執務に力を入れたらどうだ?」
「オスカー様にも言われました」
「お前は…いつも皆の名に敬称をつけて呼ぶのだな…」
「いけませんか?」
「…いや」
その言葉の響きに何かを感じ取ったのか、頬を紅潮させて少年は弁解した。
「私は一番年が若いし、聖地に来て間もない身です。先輩の皆様に敬意を払うのは当然だと思います」
クラヴィスはフッと笑った。
「むきになることはない。…それで良いと言っているではないか」
年若い光の守護聖は少し肩の力を抜くと、クラヴィスに尋ねた。
「クラヴィス様はずいぶんと早くに聖地入りなさったと聞きました。その頃年上の守護聖の皆様のことはどうお呼びになっていたのですか」
答えが返るまでにしばらくの間があった。
「…あれは…誰にも敬称などつけなかったな…。前の闇の守護聖に対してだけだった」
「あの……どなたの話です?」
「お前の前任者だ」
首座であり守護聖の中ではルヴァを除いて最年長でもあったジュリアスが、誰に対しても敬称をつけないことに少年は何の違和感も感じなかった。だからそれまで不思議だとは思っていなかったのだが、幼い頃からそうであったと聞いて首をかしげた。
少年の様子を見て、クラヴィスは微笑した。
「先代の闇の守護聖に言われたのだそうだ。守護聖は皆同じ立場で、対等だ。ましてお前は首座なのだから誰にも遠慮は要らぬ、とな。5歳で聖地に来た光の守護聖を幼いと侮る者もあったと聞く。それゆえ先代は、驕ってはならぬが、無闇にへりくだる必要もないと教えたのであろう」
「では、クラヴィス様は?」
「私がどう呼んでいたか、という話であったな」
またクラヴィスは微笑んだ。
「あれのすぐ後に守護聖となった私には、あれがすべての手本だった」
「ということは……?」
「誰にも敬称をつけて呼んだことはない」
「何でも一緒だったってことは、ジュリアス様と仲良しだったんですね!」
ふっとクラヴィスの微笑がかき消えた。
「…昔話は終わりだ」
「……なんてことがあったんです、ランディ様。それまで微笑んでいらしたのが、何だか人が変わったみたいに冷たいお顔になってしまわれて……。僕、何かいけないことを言ってしまったんでしょうか」
「クラヴィス様はよく笑顔をお見せになるのかい?」
少年は力を込めてうなずいた。
「はい! とても優しい方です」
「そうだよな。優しい方だと俺も思う。だけど俺は、あの方の笑った顔ってあんまり見たことないんだ」
「そうなんですか……?」
「いつもにこやかって訳じゃないだろ、クラヴィス様って」
「はい」
「君の言う『冷たいお顔』ってたぶん普段のクラヴィス様だから、そんなに気にすることないんじゃないかな」
「だったらいいんですけど。最近ちょっと気になるのは……何ていうか僕が話しかけても上の空っていうか。物思いにふけってるって感じのことが多くって」
「あの方は……そうだね、前からそうだったんじゃないかなあ」
ランディは首をかしげて考えながら、とりあえず年少の守護聖を安心させる言葉を言った。
女王とジュリアスの間で交わされた約束が履行されたのは、それからしばらくしてからのことだった。他の誰も知らない二人だけの約束は、それを施される本人にさえ知らされずひそかに果たされた。
To be continued...