オドナル

白いサプライズ:2




「ちょっと王泥喜くん、入り口で立ち止まらないでよ。かえって、怪しく思われるよ」
「で、でででも、ここってここって!」
 壊れたレコードか。現代ならば、DJのターンテーブルか。どもり、同じフレーズを繰り返す王泥喜が盛大に問題視している理由は、ここがラブホテル―――正確に表現するなら連れ込み宿で、王泥喜にとっては禁断の花園に等しいから。
 性少年故、いつかは成歩堂と・・・とこっそりひっそり妄想した事はあっても、夢のまた夢。現実となった今は、喜びよりまず衝撃と動揺で一杯。
「好意で泊めてもらうんだから、迷惑かけないの。ほら」
「ま、まま待って下さい! 心の準備が・・っ」
「その前に深呼吸したら〜」
 都会のラブホなら同性での利用可も多いが、郊外の連れ込み宿では間違いなく断られる。この悪天候を考慮してくれたのだから無用な騒ぎは禁物、と宿側を慮った発言で成歩堂は王泥喜を引っ張っていった。
 ―――冷静さを欠いた王泥喜は、かなり稼働率の悪そうな宿の営業妨害になる筈もないし、来たとしても成歩堂達と似通った状況だと気付けないまま。
 王泥喜の、眠れない夜が始まる。




 電球を間引いているのではないかと疑いたくなる、薄暗さ。けれど、1組しかない幅広の布団を照らす行灯型の照明だけは、いやに輝いていて。この部屋の使用目的を妖しく強調する。
「お湯の出がいいから、もう少ししたらお風呂に入れるよ。・・・王泥喜くん?」
「へぁぁいっっ!?」
 申し訳程度に備えられた坐卓の前で正座し、紫のカバーがかかった布団と枕元に置かれたティッシュケースを瞬きなしで凝視していた王泥喜は、やっと成歩堂から話し掛けられている事に気付き、裏返った声を出した。
 緊張しすぎて、鼓動が早すぎて、今にも気を失いそうだった。
 目出度く魔法使いへの道程を邁進中の王泥喜故、ラブホテルへ入った事もなければ知識も少なく。ラブホテルと聞けば回転ベッドが思い浮かぶ超低レベル。けれどここは連れ込み宿なので、どちらにせよ王泥喜のイメージとはかけ離れていた。
 実体験がない分、脳内補完はお手の物といっても。和室に、坐卓に、布団。在り来たりの、どこの旅館でもありそうな調度品ばかりなのに、何故こんなにも頽廃的な雰囲気を醸し出しているのだろうと余計に思考がグルグル。
 その内突き抜けてしまい、いつもよりほんの少し優しく、いつもと同じくエロい成歩堂に登場してもらってあれやこれや想像しまくっていた所に声を掛けられたものだから、声と一緒に心臓もでんぐり返った。
「・・・ゆっくり浸かって、落ち着いてきなよ」
 目を白黒させてアワアワしているキャパオーバーの王泥喜に苦笑しつつ成歩堂は緑茶を淹れ、暖房の設定を弄った。エアコンは流石に骨董品ではないらしく、吹き出し口から暖かい空気がどっと流れ込んでくる。
「あ、あの! 成歩堂さんからどうぞっ」
 成歩堂がエアコンの真下で小さな息を吐いたのを見た王泥喜は、遅れ馳せながら成歩堂の格好を再認識した。防寒の役には立ちそうもない薄っぺらなパーカーにスウェットでは、どんなにあの寒さが堪えたか。
 気付いて当然の事に気が付かなかった己を激しく罵りつつ、慌てて風呂を勧める。
「んー、今入ると痺れそうだから先にエアコンで暖まっとくよ。ごゆっくり〜」
 成歩堂は一向に構わず、ニット帽を脱いで丁寧に座卓へ置くと座布団を枕代わりにしてゴロリと横になった。
 安穏と成歩堂に師事している訳ではないので、こういう時は成歩堂の意志を覆すのは至難の業だと王泥喜は熟知済み。この場合さっさと入って交代する事が最善で、故に正座の痺れも意識しないまま立ち上がった。
「お、お言葉に甘えて失礼しますぅっ!!」
 脱兎の勢いで脱衣所へ飛び込み、湿って重くなった衣服を脱ぎ捨て、風呂場に足を踏み入れた王泥喜は。
「+*`@;#$〜¥〜〜!!!」
 噂には聞いた事があったけれど、無論現物を見たのは初めてのそのようなアレ的椅子を目の当たりにし。寒さにくしゃみをするまで、再度固まるのだった。
「は、早く成歩堂さんと交代しなくちゃ」
 カッカカッカと全身が火照っているので5分もしない内に上がった王泥喜は、洗い場の隅で身体を洗い始めた。何故隅っこかというと、浴室の中央に鎮座しているスケベ椅子を触ってどかす事もできなかったのである。しかし気になるらしく、度々視線を椅子へと向けてはどんな風に使用するか脳トレは欠かさない。