漆黒という形容が相応しい、真っ暗な天から次々と純白の欠片が舞い降りてくる様は、幻想的で。一年に数回しか雪を見る事のない都会っ子にとっては、目を奪われる光景だった。
だが、しかし。
眺めている分には、珍しくて楽しくて魅力的でも。
現実は、綺麗事ではすまなかった。
「大雪の為、**線は運休となりました。尚、++駅接続の##線も、現在運転を見合わせております―――」
「な、成歩堂さんっ、どうしましょう!?」
「うーん、どうしようかねぇ」
プラットホームに流れる、言い方こそ丁寧だが酷くシビアな現実を他人事のように淡々と告げているアナウンス。心なしか先端が萎れたツノをブルブル細かく震わせ、王泥喜は成歩堂を窺った。こんな事態でも気怠そうな雰囲気を変えない成歩堂が、億劫そうにニット帽を掻く。
「とっても若い王泥喜くんなら、線路を歩いて帰れるかもしれないけど・・」
「無理ですっ!」
アナウンスより容赦がないというか、無茶振りをお約束のようにしておいて。
「僕は面倒だから、止めとくよ」
そう告げるなりふらりと動き出す成歩堂の後を、王泥喜は慌てて追った。
「・・やっぱりダメなんだ。でも、折角買った切符が無駄になっちゃうから、ホームで待ってようかな・・え? そりゃよかった。窓口ね。どうも」
忙しなく歩き回る駅員をするりと一発で捕まえ、今夜中の復旧は見込めない事。それから切符は翌日使用できるように窓口で処理してくれるという、成歩堂的にとっては肝心な事を聞き出すと、王泥喜が付いてきているか確かめもせず再び歩き出す。
「な、成歩堂さん?」
「王泥喜くん、切符だしてー」
「え、切符ですか? はい、えっと・・確かココに・・っ」
そして窓口に来るや、くるりと振り返って手を差し出した。切符の振り替え方法を聞いた成歩堂にとってみれば極々当たり前な流れでも、駅員との会話を漏れ聞いただけで、抑もこれからどうするのか知らない王泥喜にとってみれば沢山のハテナが思考を埋め尽くしている。
そこで親切に説明―――しないのが、成歩堂。ワタワタする王泥喜を生温い眼差しで見遣り、全身を叩きまくってようやく取り出した切符を係員へ渡す。
加えて処理が終われば、またしても王泥喜を顧みる事なくのっそり動き出す。
「あ、待って下さいよ!」
中々酷い扱いだが、これが常態でもあり。尚かつ『惚れた方が負け』を地で行っている為、王泥喜は置いて行かれないよう急いで追いかけるのだった。
雨との予報が外れ、都心でも地面が真っ白になる位の雪が降り。デリケートすぎる交通網は途端に麻痺し、郊外へ調査に出掛けていた王泥喜と成歩堂は運悪く嵌ってしまった。
タクシーなんて、幾ら経費に回せるといっても数万単位の立て替えは厳しいし、この状況では捕まえるまでにかなりの時間がかかるだろう。かといって、歩いて帰れる距離ではない。
復旧に一縷の望みを抱いて、一時間以上雪の吹き込むホームで立ち尽くしていたけれど、無情にも終日運休の決断が下されてしまった。防犯上の理由で駅が封鎖されるとなれば、後はどこかで宿を見つけるしかない。
とはいえ、不運は重なるものでここは閑散とした各停しか止まらない小さな駅。辛うじて古ぼけた旅館が一件あったが、少ない客室は既に同じ境遇の人達で埋まっているようだ。
「教えてくれて、ありがとー」
満室なのは予想済みだったのか、成歩堂の声に気落ちした様子はなく。旅館のフロントから戻ってきた成歩堂は、どこか嬉しそうな雰囲気すらあった。
「成歩堂さん? どこ行くんですか?」
「んー、煙草屋を左に曲がるんだって」
「え、スルーですか? やっぱりスルーですか!?」
待っている間に、ツノへ雪がうっすら積もっても。まともに答えが返ってこなくても。成歩堂から離れるという考えがこれっぽっちも浮かばない王泥喜は、健気や一途を超越した、ご主人様まっしぐらの忠犬に等しく。
―――けれど。
「・・・は、え、ここここって・・・!!」
成歩堂が躊躇わず入っていった扉の前で硬直した数秒後、完熟林檎より真っ赤になった辺りは『雄』と言った方がよいのかもしれない。