『そんな堅苦しい服、脱いじまえよ!』
『何なら、お姉さんが剥いであげようかぁ?』
『ここはガキの来る所じゃねぇぞ〜』
震える足を叱咤して入った店だったが、成歩堂の心は早くも折れそうになっていた。早口でスラングや訛り混じりの英語が、教科書英語一辺倒の成歩堂に聞き取れる筈もなく。しかし、表情や雰囲気から内容が揶揄や嘲笑である事はビシビシ伝わってくる。
スーツの上を脱いだ位では、客層との違和感はガッツリ残ってしまう。目立たないようこっそり歩いても、その行動自体がネオンサインと同じ。しかも、日本人の中でも童顔とからかわれる成歩堂の事。発育の良すぎる外人の群に紛れ込むと、ID確認が必要な年齢にしか見えないようだ。
『ミルクでも奢ってやろうか?、キティ』
『フフッ、アタイの胸であやしてあげるよ』
『保護者はどうしたー』
「すみません、ちょっと失礼します、ごめんなさいー」
腕を取られたり顎を擽られたりハグされそうになる度、日本人特有の意味のない謝罪と社交辞令的笑みと会釈で何とか切り抜け、恭介の姿を探す。
『オウ! またキョウスケが勝ったぞ』
『次は誰だ〜』
『ジェイク、行けよ!』
『誰が来たって、今日の俺はテキサスの砂漠みたいに飲み干しちまうぜ』
「あ・・・」
賑やかな店の中。一際大きな歓声が起こり、自然と向いたその先に、成歩堂が探していた姿があった。
恭介は、全く違和感なく店や客達に溶け込んでいる。流暢に言葉を操り、笑い合い、遊び、酒を呷り。まるで、ココが最も寛げる場所であるかのごとく。
そのイメージが、何よりも成歩堂の足を竦ませる。
楽しそうに笑っているのだから、そっと踵を返して、また翌日にでも会った方がいいのではないかと己の声が聞こえる。
しかし。
「―――よし」
成歩堂は握り拳に一層力を込めて、恭介の元へ歩み寄った。
「バンビーナ!? どうしてこんな所に?」
恭介まで後数mという時、何かを感じたのか恭介の視線が巡らされ。成歩堂と目が合った瞬間、椅子を蹴り倒して一目散に駆けてきた。
『バンビーナだと? もしや、お前の可愛い子ちゃんなのかよ!』
『オイ、こっちに連れて来いって。よく見せろー』
『うるせぇ、黙れ。バンビーナに近寄ったら、ただじゃすまさねぇぞ!』
ニヤニヤ笑いと口笛と。十中八九冷やかしの言葉を周りから投げ掛けられて恫喝といってよいトーンで叫んだ恭介は、一転して表情を和らげ、成歩堂を促した。
「ここはガラの良くない店なんだ。後で連絡するから、バンビーナは早く帰りな?」
「・・・・・」
気遣ってくれている事も。成歩堂を労る優しさも。恭介の想いは、痛い程伝わってくるが。
我が儘で身勝手なのかもしれないけれど。
庇護されるだけの関係なんて、享受できないのだ。
「事件の事、聞きました」
「バンビーナ・・・心配かけたか? 気にしなくても、大丈夫だ。酒で全部、流れちまうさ」
真っ直ぐ双眸を射抜いて切り出せば、恭介の表情は一瞬曇ったものの、すぐ陽気さを取り戻す。敏腕刑事として長年名を馳せてきた彼の事だから、心身共に鍛え抜かれているから、言う通り時間もかけず立ち直れるに違いない。
安堵し、敬意を抱くべき強さなのに―――成歩堂は無性に腹立だしくて。
哀しくて。
悔しくて。
情けなくて。
込み上げる衝動のままテーブルへ手を伸ばし、縁まで酒の注がれているグラスを持ち上げた。
「僕がいます! だから、こんなモノに頼らないで下さいっ」
グィッ!
『おおーっっ?!』
「バンビーナ!?」
ターン!!
中の液体を一気に飲み干し、空になったグラスを元の場所へ叩きつける。周囲の響めきなど一切成歩堂には届いておらず、ただ恭介と対峙した。