ゴドーなら、恭介の行き先を知っているかもしれないと一縷の希望を抱いたものの、話を聞いたゴドーはあっさり肩を竦めた。
「ここ二・三日、アイツとは話してねぇよ」
「そう、ですか・・・」
成歩堂同様、ゴドーも事件で多忙な恭介を慮って、不必要な接触を控えていたらしい。頼みの綱がなくなって悄げた成歩堂に、ゴドーは顎髭を擦りつつ質の悪い笑みを浮かべる。
「だが、心当たりはあるぜ?」
「え?! 本当で――す、か・・?」
思わせぶりな台詞が耳に届き、勢いよく振り仰いだ成歩堂の顔がヒクリと引き攣る。
あの表情は。
十中八九、成歩堂に災難を齎す兆候だ。そう読み取れる位、幾度となく成歩堂はゴドーに弄ばれてきた。立ち所に語尾を弱め、身体全体も引き気味になった成歩堂へズイ、と近寄り。ゴドーは、口説くかのような甘い声音で囁きかけた。
「アイツが憂さ晴らしに行く店は、昔から決まってるのさ」
恭介とゴドーは、長い付き合いで。単純な比較なら、恭介に対する理解度は圧倒的にゴドーの方が高い。今更ながら(分かってはいたけれど)事実を突き付けられ、成歩堂の胸へ痛みが走る。
「だが、あそこはコネコちゃんにはチョイと荷が重いだろうよ。オススメはしねぇな」
乱暴者ばかりで喧嘩と騒動がただで振る舞われるのさ、と耳朶のすぐ近くで流される情報はどんどん成歩堂から顔色を奪っていく。
鋭すぎるゴドーはまた、成歩堂の性格も熟知している。根っからの草食系平和主義者で、暴力やそれに準じるものにはからっきし弱い事も。
そういう関係になって日が浅いとはいえ、仮にも『恋人』なのに恭介の行き先一つ思い当たらないのを恥じている事も。
だから止めとも言える言葉を、ゴドーが柔らかく、優しく、温かく、紡いだ。
「こんな時、真っ先に来るべき場所はちゃんとあるだろう。おかしいと思わねぇかィ・・?」
「・・・・・」
「避けてる、としか取れないぜ。だったら、行っても歓迎されねぇかもなぁ」
「・・・・・」
そう。
成歩堂だって。
『何故』と考えずにはいられない。
どうして、連絡がないのか。自分には相談できない程、頼りないと感じているのか。恭介が一人で何もかも抱え込んでしまうのなら、成歩堂の存在は一体―――。
恭介の元へ辿り付いても、優しく、けれど素気なく追い返される惨めな姿が脳裏にまざまざと浮かんだ。
「クッ・・漆黒の闇を見詰めながら、俺と深遠な考察をするってのは?」
「ゴドーさん・・」
耳から滑り込んできた言の葉はするりと心に落ち、じわじわと『内』へ染みていく。ゴドーの言う通り、真剣にじっくり考える必要があるかもしれない―――そんな気持ちになってしまう。
「まるほどう、ホラ、こっちへ来な」
思考に深い旋律が絡み付くように。成歩堂の身体が傾いてゴドーの懐深く収まる。温もりと緩やかな鼓動が、意識を麻痺のように弛緩させる。このまま穏やかな停滞に身を委ねてしまえ、と何処からか囁きが聞こえた。
「・・・はっ! あ、ありがとうございます、ゴドーさん」
それを引き戻したのは、ゴドーが好んでつけるコロンの香り。最近嗅ぎ慣れていた、少し乾いた革の匂いとの相違が、成歩堂を正気付かせた。
鍛え上げられた肢体は恭介と同じ位安心感を与えてくれるけれど、恭介ではない。小さく息を吸い、ぎゅっと拳を握ってゴドーに礼を言い、しゃきっと立つ。自分自身へ活を入れるように、勢いよく続けた。
「どうなるか分かりませんが、兎に角行ってみます。教えてもらえますか?」
どこか遠くを見詰めていた視線が力を取り戻し、真っ直ぐ見上げる成歩堂に。ゴドーは数秒沈黙し、それから普段通りにニッと笑った。
「諦めないコネコちゃん、嫌いじゃないぜ!」
つい数秒前の空気は、綺麗さっぱり拭われていても。それは錯覚や幻ではない。けれど成歩堂は敢えて話題にする事なく、そっと蓋をした。その方が良いような気が、何となくして。