今にも、両開きのスウィングドアから怒号と共に拳銃を手にした男が転がり出てきそうだ。
そんな風に思ってしまう、少し白茶けた板張りの外観。デザインは映画などで見た、西部の荒くれ共が集う場末の飲み屋そのもの。
流石に銃や鞭を持った者はいないが、出入りするのはカウボーイスタイルにタトゥーまでプラスしている、筋骨隆々な外人。迫力レベルは、アメリカンなゼニトラをイメージしていただきたい。チラホラと混じる女性を例えるなら豪華な凹凸をした、お色気倍増のおキョウ。
一応道路交通法を順守しているのか、店の前の駐車場には本物の馬ではなく煌びやかに飾り立てられた大型バイクがズラリ。馬力で言うなら、そして四つ足の馬の代わりなら、車じゃないのかとか。それとも、跨るという体勢に拘っての二輪なのかとか。非常にどうでもいいツッコミが浮かんでは消えていく。
というか、ここは本当に日本なのか。
「いやいやいや・・・」
店からやや離れた場所で呆然と立ち尽くす成歩堂の顔は、既にビリジアン。インドアで少々ビビリの傾向もある成歩堂にとっては、この派手派手しく賑々しい存在感を醸し出しているウェスタン風バーへ入る事は、異次元に飛び込むのと等しかった。
最後の、微かな望みを抱いて『彼』へ電話するも。
『おかけになった番号は、電波の届かない所にいるか・・』と無情なアナウンスが返ってくるばかり。
どうやら、成歩堂に残された道は。
マッチョでワイルドで危険な雰囲気がプンプンして、異国の言葉が飛び交う(←ここが重要)店への突入だけらしい。
「・・きっと、話せば分かるさ・・・同じ人間だし・・」
そもそも、成歩堂の教科書英語が通じるのか?とのセルフツッコミすら出来ないまま、成歩堂はおっかなびっくり一歩を踏み出した。
数時間前。
「クッ・・相変わらず、落ち着きのないコネコちゃんだぜ」
フラリと現れたゴドーが、携帯を片手にウロウロする成歩堂をシニカルにからかった。
「ゴドーさん、いい所に! 恭介さんがどこに居るか知りませんか?!」
普段なら『コネコじゃありません!』と憤慨するのに、ツッコむ所か駆け寄って真剣な表情で尋ねる。詰め寄られたゴドーは一瞬驚いたように動きを止めたものの、すぐ口角をニッとあげた。
「オイオイ、まるほどう。魅惑のアロマをガッと呷って一呼吸入れてから、詳しく話してみな」
「いやいや、そんな湯気のたってる珈琲じゃ、火傷しますから。―――じゃなくて!」
どこからともなく取り出した熱々のマグカップを、ツッコミと同時に押し退け、ツッコんでいる場合じゃないとトンガリを振る。
成歩堂がこんなにも慌てている訳は、更に三十分前まで遡る。
現在扱っている事件の関係で事務所に立ち寄ったお馴染みの糸鋸刑事が、ふと問題発言をしたのだ。
『そういえば罪門刑事の話、聞いたッスか?』
『え? 何かあったんですか・・?』
同じ刑事同士、しかも一旦は巡査にまで降格した後で再び刑事へ昇進した事を尊敬しているらしい糸鋸の口から恭介の名前が出るのは特段おかしくない。しかしさも重大な話題であるかのような口調と。極めて個人的な事情で、成歩堂は過剰に反応してしまった。
『それがッスね―――』
糸鋸は、少々食い付きがよすぎる様子にも頓着せず、一部始終を詳細に―――あくまで糸鋸の基準だったが―――教えてくれた。
恭介が担当したとある殺人事件は、初めこそ傷害致死の様相を呈していたのだけれど。何か焦臭いものを嗅ぎ取った恭介は、根気強く執念深く捜査を続け。とうとう、政治家絡みの大がかりな陰謀が背後に蠢いている事を突き止めた。
しかし暗躍していた権力者から圧力がかかり、明らかに身代わりで出頭した使い捨ての駒の供述通り、傷害致死での送検が(上の指示により)確定してしまった。
性格上唯々諾々と聞き入れる訳もない恭介は怒り心頭に発し、愛用のマグナムを抜いて暴れ回ったらしい。普通なら始末書を通り越して処分ものだが、原因が原因だけにその騒動自体も揉み消されたとか。
「罪門刑事の気持ち、俺は分かるッス! 俺達は、正義の為に在るッス!!」
空回りしている感はあっても、良い意味でも悪い意味でも、糸鋸は熱血刑事で。恭介の境遇に同情し、憤慨していた。そのまま体制への批判を始め、『御剣検事に訴えて、成敗してもらうッス!!!』と路線を逸れてヒートアップしていたが、もう成歩堂は殆ど聞いていなかった。
急いで恭介の携帯にかけるも、通じなくて。恭介と同じ班の刑事に連絡を取ってみても、行方知れずだと溜息混じりに告げられ。
途方に暮れていた所に、恭介の親友・悪友であるゴドーがやってきたのだった。