実験シリーズ

1:多分、熱視線




「純粋な闇のアロマと、アンタの穢されたアロマを混ぜると、どんな味わいになるのかって事さ」
 『穢された』なんてすごい物言いだな、とか。
 ミルクだけで、砂糖はいれてないんだけど、とか。
 何でそんな事が、琴線に引っ掛かっちゃうんですか、とか。
 突っ込み対象は多々あったが、素直に脳裏に浮かんだ成歩堂なりの解答を提示する。
「ブラックとミルク入りを混ぜたら、中間の味になるんじゃないですか?」
「確証はあるんだろうな、まるほどう?」
 ゴドーが間髪入れず追求してくるので、その勢いに若干驚きながらも言葉を重ねる。
「濃度の問題だと、思うんですが…」
 するとゴドーは、皮肉げな笑みを漏らした。
「クッ…流石ハッタリ弁護士さまだぜ。弁護士ともあろうものが、勘で発言していいのかい?」
「異議あり。ここは法廷ではありません。よって、憶測での発言は許される筈です」
「アンタは法廷でも、しょっちゅう第六感を働かせてるがなぁ…」
「グッ――」
 いつになく追求の手を緩めないゴドーに、幾分差違を覚えたものの。
 博識で、山有り谷有りの人生を乗り越えてきた、密かに憧憬の対象でもあるゴドーだが、時折こんな風に子供っぽい掛け合いを仕掛ける事がある。
 成歩堂が低レベルな言い合いにバカバカしくなって、途中で投げ出したりしようものなら。
 『拗ねる』のだ。
 この図体で。
 この年齢で。
 『アナタは幾つですか?!』なんて特大の突っ込みを入れたくなってしまう事もしばしばだが、拗ねモードのゴドーは中々扱いが厄介になるので、諦め半分で成歩堂は付き合っている。
 今日もそのパターンかと、軽く考え。
「じゃあ、実験してみますか?」
 と、成歩堂は提案した。
 成歩堂の発言は、流れとしてはとても自然なもの。
 すなわち、ゴドーが証拠の提示を求めるのなら、調度この場にはブラック珈琲とミルク入り珈琲があるのだ。
 混ぜてみれば、どんな味か判明するとの思考は至極真っ当であり、模範解答と言えよう。
 が、成歩堂はここで一つ、重要な要素を見落としている。
 それは、『ゴドー』が一連の会話の口火を切った、という点だ。
 ヤバイ位に珈琲を溺愛しているゴドーが、今はブラックオンリーとはいえ、ブレンドの味を知らない訳はない。
 そこに何らかの『作為』を、嗅ぎ取るべきだったのだ。
 しかし突っ込みは連発しても、基本的に人を疑わない成歩堂は、『ブラック珈琲しか飲んだ事、なさそうだものなぁ』止まり。
   ゴドーが時折、『コネコちゃんは迂闊な所があるから、オチオチ目も離せないぜ』と嘯くのは、成歩堂のこんな性格が所以だ。
 一度信じて懐に抱いてしまうと、恐ろしいまでに開けっ広げになる。
 『優秀な弁護士には、警戒心も不可欠なんだがなぁ』
 なんて忠告した事もあったゴドーだが。
 今まさに、ゴドーは成歩堂の無防備さにつけ込もうとしているのだから、甚だしい矛盾である。
「――アンタが、疑問解消に付き合ってくれるのかい?」
 付き合うも何も、混ぜるだけだ。
 多少苦くなっても呑めない訳ではないし、と状況を安易に受け止めている成歩堂は、考えなしに頷いた。
「…まぁ、僕でお役にたてるのなら」
 その途端、ゴドーはニィッと口の端を鋭角に吊り上げ。更に一歩、成歩堂との距離を詰めた。
「言っちゃったな、まるほどう。自分の発言には、責任を持たなきゃいけないぜ?」
「えーと、何だか嫌な予感が――」
 ゴドーの悪辣な表情を目の当たりにして、ようやく何かマズイ方向に事態が向かっているのではないかと不安に駆られた成歩堂だが。
 時既に遅し。
 常々、男らしくて格好いいとの感想を抱いていた手が伸ばされ、つい、と持ち上げられる顎。
 すっと近付いてきた、ゴーグル付きでも十二分に鑑賞に値するゴドーの顔が、見る見るうちに距離を狭め。