実験シリーズ

1:多分、熱視線




 ソファに深く座り。
 長く、骨格のがっしりした脚を組み。
 幾ら呑んでも、いつの間にか嵩を増やしている珈琲カップを装着し。
 ぱっと見は普段の姿と変わりないのだが。
 今日のゴドーには、何だか違和感がある。
 自分の仕事をこなしながらも、引っ掛かってチラチラと何度もゴドーの方を窺ってしまう。
 『……そうか!』
 何度か目に、ハタと気付く成歩堂。
 ソファに腰掛けてテーブルへ書類を広げてからのゴドーが、殆ど動いていないのだ。
 思考に耽っているにしては、長すぎる。
 もしかして寝ているのか?と一瞬思ったが、定期的に珈琲を呷っていたのでそれは消去。
 となれば――こちらを見ているのかも、しれない。
 ゴーグルの所為で、ゴドーの視線はいまいちはっきりとは分からない。
 見てるんじゃないかな、と感じる位で。
 発煙したり、珈琲を吹き出したり、投げつけたりと結構感情をはっきり表す事の多いゴドーだが。
 ゴドーがその気になれば、目による感情はいくらでも隠せるだろう。
 現に今も、見ているのか見ていないのか成歩堂に断言する事は不可能なのだから。
   




  「あの……ゴドーさん?」
 自分で判断できなければ、ゴドーに直接聞いてみるのが最も手っ取り早いと、成歩堂は思いきって声をかけた。
 ゴドーが想像通りこちらを見ているのなら、何らかのリアクションが返ってくる筈だし、あくまでも成歩堂の気の所為だと主張するのなら、本当に錯覚なのかゴドーに言うつもりがないかのどちらかだ。
「何だい、コネコちゃん?」
 殆ど顔を動かさず、急に呼ばれて驚いた様子もなく、ゴドーは低く渋い音域で問い返した。
 この応対で、成歩堂はゴドーがこちらを見ていた事を確信した。だが、質問に移る前に、やるべき事がある。
「いい加減、コネコと呼ぶのはやめて下さい」
 ビシリと『異議あり』ポーズを取る。いくらゴドーが『クッ…』と口角を歪めるだけで受け流そうと、これだけは突っ込み続けなければと己に堅く誓っているのだ。
 案の定ゴドーは笑みの形に歪めた口元へカップを運んで、成歩堂の抗議ごと飲み干してしまう。
「それで、オレに何か用かい? コネコちゃん」
「・・・・・・」
 突っ込むべきだとは分かっていたが、このままでは先に進まない事も分かっていたので、とりあえず『コネコ』問題は後回しにする。
「用というか……ゴドーさんこそ、何か僕に言いたい事はないですか?勘違いだったら謝りますけど、こっちを見ているようなので」
 慎重に言葉を選んで尋ねると。
 しばしの沈黙の後、ゴドーはすっと立ち上がった。珈琲カップを片手に持ったままデスクサイド、成歩堂の真横で止まる。
 高い位置から見下ろしてくるゴドーから、何故か3割増の圧迫感が漂ってきて、成歩堂は後退りたくなるのをぐっと堪えなければならなかった。
「…オレはなぁ、まるほどう」
 コネコではなかったが、例のごとく巫山戯た呼び方をしたゴドーの声は、しかし醸し出すオーラに反して酷く穏やかだった。
「ここ数日、気になっている事があってな。すっきりしなくて、つい魅惑のアロマを普段の倍呷っちまったくらいさ」
「いやいやいや、それは呑みすぎでしょう! 控えた方がいいですって」
 落ち着いた声音の剣呑な内容に、成歩堂が冷や汗を掻きながら制止をかける。
 法廷外でも、ゴドーの珈琲摂取量は半端ではない。その倍となると、他人事ながら成歩堂の胃がシクシクしてくる。
「何が気になっているんですか? ゴドーさんにしては、珍しいですね」
 一般・専門知識に加えて、探求心も豊富なゴドーが放置せざるを得ない『疑問』とは何なのか。
 俄然、興味を惹かれる。成歩堂が答えられるとはとはこれっぽっちも思っていないので、ただの野次馬根性に近かった。
 だから、ゴドーの台詞は、はっきり言って拍子抜けだった。