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1:温泉に行こう!




 車を走らせる事、二時間と少し。
 ゴドーが車を止めた旅館を見るなり、成歩堂の頬が引き攣った。
 ゴドーは成歩堂に口を開く暇も与えず、さっさと荷物を持って歩き出してしまう。
 旅館の中に入ってからは、気を抜くとポカンと間抜けに開いてしまいそうな口を閉じておくので精一杯だった。
 磨き込まれた、年月は経っていても木目の美しい床。
 素人目にも高級なものだと判断できる調度品はさり気なく、しかし計算され尽くした位置に並べられ。
 しかもホスピタリティの一流な仲居さんに案内されたのは、露天風呂付きの離れときた。
 どれも庶民派弁護士の成歩堂には縁のない、別世界。
「おいおい、まるほどう。そんな大口あけてると、虫が入るぜ?」
 キョロキョロと物珍しそうに周囲を見渡していた成歩堂は、指摘通りパッカリ開いていた口を慌てて閉じた。
 照れくさそうにゴドーへと向き直る。
「すみません。でも、こんな高級な所にきたのは初めてなんで、落ち着かなくて……」
 仲居さんに案内されていた間は何とか取り繕っていたのだが、離れにゴドーと二人っきりで残されてからは、ソワソワしっぱなしだった。
 仲居さんとゴドーの会話から定宿と知れたが、如何にも高そうなここが行きつけなんて、生活レベルの違いにも呆然としてしまう。
「クッ…ここにはリラックスする為に来たんだ。緊張なんぞしたら、本末転倒だぜ」
 相変わらずからかうような物言いだったが、ゴドーの双眸はあくまで優しく、照れくささが募りながらも、成歩堂は満面の笑みを返した。
 『離れ』の『露天風呂』なんてシチュに、今までのゴドーの行動を鑑みれば速攻雪崩れ込むかと半ば覚悟したのだが。
 少し休憩した後は本館の広い浴場に連れ立って行き、夕食までのんびりゴドーの膝枕で転た寝したりと、ただただ甘やかされた。
 本当に慰安の為に連れてきてくれたのかと、年上の恋人の包容力と思いやりに感激した成歩堂ではあるが。



 その考えは、非常に甘かった――。







 ついつい食べすぎてしまう位、美味しい料理と。
 ゴドーおすすめの日本酒を堪能した成歩堂は。
 イイ気分で、ゴドーに誘われるまま露天風呂へ向かった。
 先刻大浴場で、ここの温泉が白濁している事は知っていたし、風呂に入る時ゴドーは眼鏡を外す。
 現代医療の恩恵で幾分視力が回復したとはいえ、裸眼では10pまで近付いてようやくぼんやりと輪郭を捉えられる程度だ。
 二人っきりの風呂は、(強制的に)何度も入った事はあるが。
 温泉で、充分贅沢な広さだと思う家風呂より一回り大きく、露天となれば雰囲気もがらりと違う。
 いつもより開放的な気分になっていたのか、浴槽入り口の階段に腰掛け、半身浴状態で浸かっていたゴドーに後ろから抱きかかえられても、成歩堂は表立った抗いを見せなかった。
 何で離れてるんだとばかり引き寄せる腕に『仕方ないなぁ』と呟いても、成歩堂だって満更でもなかったらしい。
 外気に晒されてひんやりした髪へ。
 上気した肌に伝わる雫を追って、項から肩へ。
 二の腕の付け根へ。
 水滴のように落とされるキスが、心地よくて。
 リラックスして寄り掛かっていた成歩堂は、故にその異変にしばらく気が付かなかった。
「・・・・・」
 気付いた後も、リアクションを起こせない。