go to シリーズ

1:温泉に行こう!




「コネコちゃん、温泉に行くぜ!」
 所長室の扉をバーン!と開け放つなり、お約束の珈琲カップを突き付けながら、ゴドーが高らかに宣言した。
「僕はコネコではありません。 ……ん?温泉?」
 こちらもお約束通り突っ込みを入れてから、いつもとはちょっぴり違う後半部分に小首を傾げる。
「目の下にクマを作っちゃうほど頑張ったコネコには、ご褒美をやる。それが俺のルールだぜ」
「相変わらずな、オレ様ルールですね」
 二度のコネコ呼ばわりに突っ込むのもアレかと思ったので、違う面を指摘してみたが、表情が緩んでいくのを成歩堂は隠しきれなかった。



 ここ2週間程、難しい案件にかかりきりだった成歩堂は、文字通り寝食も忘れて依頼人の為に奔走した。
 崖っぷちで綱渡りでヒヤヒヤする裁判に辛うじて勝利したものの、裁判所から帰ってくるのがやっとの憔悴振り。
 まぁ、このぐったり感は安堵した所為もあるのだろうけれど。
「ちなみに、異議は全部却下するぜ。出発は明日だ」
 パラリーガルとして成歩堂を補佐してくれているゴドーは、成歩堂の状態を誰よりも把握している。
 だからこその言葉だと、強引な台詞に込められているゴドーの気持ちは、勾玉を使用しなくても見抜く事ができる。
「行きたいですけど、あんまり高い所はダメですよ?」
 ゴドーの気遣いが嬉しいのと、ゴドーと旅行に出掛ける期待とでますます緩む表情を抑えようと、わざと片眉を上げてみせる。
「待った。俺がコネコちゃんに、代金を請求した事があるかい?」
 ゴドーも口角を上げて、突っ込み返しをしたが。
「確かに、『お金』は請求された事はありませんけど………」
 何でこんなに生活レベルが違うのか、常々疑問に思うゴドーは、何くれとなく成歩堂の世話をしてくれるが、成歩堂が幾ら支払おうとしても受け取った例はない。
 ないけれど。
 常に、しっかりと、『代償』を回収されている事もまた、事実だ。
 その『代償』が何かなんて、成歩堂の口からは絶対に言いたくないものの。
「なら、いいじゃねぇか。さっさと帰って支度をするんだな。……その後は、さっさと寝ちまうんだぜ? 睡眠不足をきっちり解消する為に、な」
 思わせぶりに付け加えられた台詞と。
 ペロリと、妙に官能的に唇を舐めたゴドーの仕草に、別の意味で目眩がした成歩堂は。
 ゴドーが『紅』を識別できなくてよかったと思いつつ、促しに従って事務所を後にした。



 紅が見えないゴドーだが。
 ちゃっかり免許と車は持っている。
 一度、『免許は失効したんじゃないですか?』と聞いたら、『クッ…超法規的措置だぜ』と質の悪い笑みを返してきたので、それ以来突っ込むのは止めた。
 とはいえゴドー自身が控えているのか、こういう遠出や必要な時以外は乗っていないようだ。
 ゴドーが運転する姿も。
 運転時に使用する、細い銀縁で淡く色のついた眼鏡をかけた姿も稀少価値が高く、成歩堂はついつい何度も盗み見てしまう。
「……そんなに熱い視線を送られると、照れちゃうぜ!」
 前方だけしか見ていない筈なのに、そうゴドーにからかわれて、慌てて否定する。
「いやいや、僕も免許を取ろうかと思って、運転の仕方を見ていただけですよ!?」
「クッ…」
 成歩堂の言い訳などバレバレだろうが、ゴドーは低く笑って滑らかにステアリングを切った。
「免許なんざ、取る必要はないぜ」
「え?どうしてですか?」
「決まってるだろ。アンタは、その助手席以外座っちゃならねぇのさ」
「!」
 揶揄されても、本気で言われても、成歩堂が赤面して絶句するか、すぐさま却下される『異議あり』で抗議するか。
 大抵この2パターンで、決着する事の多くなった二人の会話だった。