成歩堂サーチ




最初に異変を察知したのは、恭介だった。
『俺だ』
「『俺』って、もしかして会った事もない生き別れの弟の士龍かい? 金なら、ないよ」
『・・・番号表示で、誰だか分かるだろうが』
「うーん。兄ちゃんのケー番、登録してないから☆」
『そういうオチかよ!? まぁ、お前が人非人なのはテキサスの歴史位に明らかだから怒る気にもならないがな。だが、またしてもバンビーナをかっ攫うのは許せねぇな。テキサスの熱い太陽でローストしてやろうか?』
「え〜?恐くて泣きそうだよ」
 相手からは見えないので口調だけ震え上がってみせた直斗は、携帯を顎に挟んだままくるりとペンを回した。
 現場へ赴く為に恭介と待ち合わせていた成歩堂を攫って、恭介そっちのけで現場検証をしたり。打ち合わせの場所が直斗の執務室へ変更になったと成歩堂へ電話し、恭介が駆け込んでくるまでの間成歩堂と談笑し。恭介が来てからも何やかんや理由をつけて成歩堂を執務室に留めたり。
 プライベートで成歩堂と会おうものなら、100%邪魔したりと、恭介がどれだけ抗議しようと本人はあくまで悪気のない(と言い張る)お茶目をかます直斗だったが。
 今日は成歩堂拉致が不発に終わったので、成歩堂は傍らに居ない。恭介ごときに裏の裏を掻かれたのかとムッカリきていた所への、恭介からの電話に勝利の嫌味かと辛辣に応対していたものの、どうも雰囲気が違う。
 恭介が嘘をついていればすぐに分かるから、成歩堂が待ち合わせ場所にいなかったのは、恭介が先手を打った所為ではないようだ。
「っていうか、成歩堂くん、現場に来てないの? 俺、今執務室だし」
「・・・嘘ついてるんじゃねぇだろうな?」
 恭介は直斗の嘘を殆ど見抜けない為、思いっきり不審に満ちた確認をされる。
「兄ちゃんにウソはつくけど、ベイビーの邪魔はしないよん」
 ぺろっと相変わらず何気に酷い事を言っているが、後半部分に関しては恭介からも突っ込みはなかった。
 打ち合わせ位ならともかく、現場検証に行かせないで執務室に閉じ込めたら、間違いなく成歩堂の心証を悪くする。それは、数少ない成歩堂のタブーだ。
「変だな・・。指定場所にいなかったから、てっきりお前の仕業だと思ったんだが。現場で30分待ってもバンビーナが来ないんだよ」
「携帯は?」
「繋がらないのさ。ま、お前の悪戯じゃないんなら、もう一度連絡してみるわ。―――真面目に仕事しろよ」
 無駄だと分かっていても小言を締めくくりにして、恭介が通話を終了させる。
 パチン、と携帯を綴じた直斗はしばし考え込んだ。どこかうっかりな成歩堂だが。崖っぷちだろうが、ハッタリだろうが、仕事への態度は熱意に満ち溢れている。
 しかも現場検証という、他人に協力を仰いでいるシチュなのに連絡もなしですっぽかすなんて事は、過去一度としてなかった。
 恭介が掛け終わった頃を見計らって、直斗も成歩堂への短縮ダイヤルを押してみる。
『お掛けになった番号は、現在電波の届かない所にいるか・・・』
 丁寧だが無機質なアナウンスが流れ、最後まで聞かない内に切る。単なる行き違いや勘違いで、たまたま偶然が重なって携帯が不通となっているのなら、まだ良い。
 白いシャツに跳ねたケチャップの染みのように、直斗はどうしてもその件が気になって仕方なかった。
 そして、直斗の嫌な予感が的中したと判明したのは、それから2時間後であった。




 その日、成歩堂は拘留中の依頼人と接見の予定があったというのに、拘置所にも現れなかった。何の連絡もないまま。
 拘置所から、担当検事である御剣へ問い合わせがなされたのと。
 巌徒の元に、成歩堂を拉致したとのメールが届いたのは、ほぼ同時刻だった。