「え? お酒呑んで暴れたってとかのエピソードを、ゴドーさん達が沢山教えてくれたんで」
『やっぱり・・・(怒)』
直斗が牽制を茶飯事にするように、恭介達の牽制もまた当たり前のように行われる。
「直斗ちゃんの酒乱振りは有名だからネ〜」
そして巌徒の陥れも。
『男が外に出たら、何人の敵がいるんだっけ?』
悪友が以前言っていたのを思い出す。直斗の『敵』は少数だが、その分強烈極まりない。
まぁ、直斗に引く気は毛頭ないが。
「呑む相手次第だから!成歩堂くんと一緒だったら、嗜む程度で済むと思うんだ☆今度、呑みに行こうね〜。約束だよ! じゃっ、失礼しました!!」
一方的に約束を取り付け、成歩堂が返事する暇も巌徒が却下する隙も与えず、局長室から光速ダッシュで退室する。
成歩堂で遊ぶのも、スリルとサスペンスのレベルが上がってきている。直斗は局長室から充分に離れるとテンガロンハットを持ち上げて汗を拭い、胸にあてながら軽く会釈した。
防犯カメラに向かって。
成歩堂と嬉し恥ずかしの関係になって以来、デレデレに溺愛する色ボケジジイの印象が網膜に焼き付いて時折夢で魘される位だが。巌徒の『黒い』部分は、消えた訳ではないのだろう。
直斗は成歩堂と会う前の巌徒を、よく知っている。
仕事は優秀だが、それだけの、単なる警察局長の枠に収まっているタイプではないと早々に気付いた。何がしたいのかは分からないが、何かをやっていると。それが良くない事だとも薄々感づいていた。
直斗はどんなに軽薄で『あ軽い』言動をしていても、正義を追い求める気持ちはトン級に重いと自負している。故に、巌徒のよろしくない行動を察知した時から、水面下でいろいろと探りを入れ始めた。
だが、直斗ですら巌徒の情報網を見誤っていたらしく、ある時から逆に『見られている』という感覚がつきまとい始めた。どこかで直斗の探索が発覚し、監視対象となってしまったのだろう。すぐに大人しくしたものの、チェックは外れる所か徹底的に調査されているような悪寒にまで発展していき。
今だから言えるが、身の危険も覚えたのだ。身辺整理をして打てる手は打っておいた方がよいと、何の確証もなかったのだが本能的に悟った。
だが、直斗は寸での所で命を取り留めた。巌徒の意識が『うるさい羽虫を払いのける』事から、別のものにすっぱり向いたお陰で。
そう、成歩堂の性格を気に入っているのは言うまでもないが、直斗の命の恩人として感謝の念も抱いていたりする。
成歩堂と巌徒が出会い、成歩堂が巌徒の闇の部分を封印しなかったならば、直斗を始め多数の者が人知れず暗黒に呑まれたに違いない。
だから、適材適所という言葉もある事だし、成歩堂には末永く巌徒を骨抜きにしていて欲しい。
巌徒のお守りを押しつけている一方で、成歩堂にちょっかいをかけているのは、多少の刺激があった方がいいだろうとの判断と。
純粋に楽しいからという、何ともお気楽な辺りが直斗クオリティであった。
着眼点は、間違っていない。
大切にしている=弱点という図式も。
だが肝腎な事を、『彼ら』は考慮に入れ忘れた。
即ち、巌徒ともあろう者が、弱点を弱点のままにしておく筈がないという事を。