「ふぅん」
「へぇぇ・・・構ってくれないってオレに言ったのは、つい1時間前なんだけどなぁ」
「恭介ちゃんもゴドーちゃんも、若年性痴呆症なんじゃナイ? ちょっと、刺激を与えた方がイイかもネ」
巌徒も直斗も成歩堂の前だから黒い笑みは発動させなかったけれど、同時刻に肺結核が疑われる勢いで噎せ返ったテキサス刑事とカフェイン中毒検事がいた事を追記しておく。そして、後日キツイお仕置きが巌徒と直斗からそれぞれ下されたのは、巌徒のデレっぷりに次ぐ日常茶飯事なので、こちらは割愛する。
話は戻って。
「ナルホドちゃん。泳ぎに来てくれたのは嬉しいけど、ナニか用かな?」
成歩堂が来室するのと同時に、セッティングする事を秘書に厳命している豪華なお茶菓子等々を次から次へと進めながら、巌徒は優しく聞いた。
「直斗ちゃんにセクハラされたのなら、遠慮なく言ってイイよ。素粒子レベルに砕いてあげるカラ」
「だから、セクハラなんてしてませんって!」
「そ、素粒子・・? いやいや、そんな深刻な話ではないんですよ」
直斗がバラバラにされる映像でも、頭に浮かんだのだろうか。ちょっぴりビリジアンになった成歩堂が慌てて、磨り潰すかのごとくあわされた革手袋に手を添える。
「急遽、警察局に来る用事ができたので・・もしいるのなら、少しでも会いたいなぁ、と思って」
「ナルホドちゃん・・・」
直斗に聞こえないよう、最後の方は声を抑えていたものの。地獄耳な直斗は聞き逃さない。
直斗以上に近くにいる巌徒が聞き逃す訳はないから、ほんのり赤くなった成歩堂を出迎えた時以上にキッツく抱き締めてウリウリしていたが。直斗も同じ気持ちだった。
巌徒が巌徒でなければ、奪い取ってウリウリするか、少なくとも反対側から抱きついていただろう。
巌徒と成歩堂が一緒に暮らしていても、一緒に過ごせる時間は世間一般の恋人達より少ない事は他人の直斗でも分かる。
しょっちゅうベタベタできる環境だったとしても、巌徒のラブラブ度は変わらないと直斗はほぼ確信しているが。それにしても成歩堂の健気さには、斜に構えすぎて直線に戻ってしまった直斗ですら感じ入らせる力がある。
人前では敬称を必ずつけ、いくら巌徒が唆しても巨大な権力を有する警察局長の恋人の立場を利用せず、擦れ違いが続いても消して不満を漏らさず。
なのに、ほんのちょっとの隙間を縫って、巌徒に会いにきちゃったりするのだ。
年も性別も関係ない、この可愛らしさは身悶える。
言うならば、ウブカワ萌え?
巌徒が骨抜きなのも当然。
成歩堂相手に『ダメ』なんて言うのは、ベッドの中だけに違いない。そして、さぞかしえげつないダメ出しをしているのだろう。
「直斗ちゃん・・?」
うっかり下劣な想像をしてしまい、巌徒の『成歩堂サーチ』に再び引っ掛かる。
成歩堂を胸に抱き込んでいるから、おっそろしい形相と『素粒子以下のボゾンにしちゃうヨ?』という目つきは、直斗が一身に受け止めざるを得ない。
「局長、異動はなしって事で、話は終わりにしていいですか? そろそろ戻らないとヤバいので」
タイミングを逃さないのが、できる男。そして、引き際を心得ているのも。
「え? 直斗さん、異動の話があったんですか?」
プハと何のモチーフか判別し難い胸飾りに埋まっていた顔を上げ、直斗、巌徒の順で見る。
仕方ないと承知しているけれど淋しい、とオニキスの瞳が雄弁に語っていて。
「直斗ちゃんが仕事とリゾートの両立できる場所に行きたいって希望を出したものダカラ、利尻島を進めてみたんだ」
『ぇぇえ?出してませんよ?』
いきなり騒動の発端に任命されて反論する。心の中だけで。ここでゴネたりしたら、セクハラ問題が再燃するのは目に見えていたのでぐっと我慢。
「何かとストレスの多い職場だし、疲れてたんだよー。でも、利尻じゃあ、成歩堂くんに会えなくなっちゃうしね! 余計ストレスが溜まりそうだから、見送る事にしたよ」
巌徒に嫌みを言って。成歩堂に『君の為に残りました』ラブコールをして。転んでも、3つや4つご褒美がなければ起きあがらない直斗である。
「そうなんですか! 嬉しいけど、無理しないで下さいね。お酒は程々がいいですよ〜」
「・・・何で、お酒?」
ニコニコと、成歩堂は直斗の残留を純粋に喜び、純粋に直斗の心身を気遣ってくれているのだろうが。背後に透けて見える『陰謀』の所為で、直斗は純粋に頷けない。